日曜日の夕暮れ。  
日向夏美はそのオレンジ色に染まる道を歩いていた。  
 
「あ〜、早く帰って、シャワー浴びたいわ」  
 
そう夏美はひとりごちる。  
学校の運動クラブの助っ人をしていたため、汗をかいている。  
制服のブラウスに汗が纏わりつくのが少々不快だ。  
夏美はその不快感をいち早く取り除きたいため、足を早め家に帰宅した。  
玄関の扉を開けてみるなり、異様な静けさに夏美は少し驚いた。  
鍵は開いていた。つまり、家に誰かがいるはずだ。  
しかし、しんっと家内は静まり返り、なんとなく不思議に思った。  
いつもならボケガエル達か冬樹がなんらかの行動を起こし、  
それなりに音がするはずなのに、と。  
だけど、夏美は少しだけそう思っただけで、  
構わずに靴を脱ぎ、居間へと向かっていった。  
シャワーを浴びる前に何かしら飲みたかったからだ。  
居間を通って、台所に行こうとしたとき、夏美は驚いた。  
ソファーの上に寝転んでいる弟の冬樹を発見したのだ。  
雑誌を胸に載せて、すぅすぅ、と寝息を立てている。  
雑誌がオカルト物というのが彼らしい。  
もう少し色気のある物でも読めばいいのに、と夏美は苦笑する。  
もちろん夏美は弟の昼寝姿ぐらいでは驚かない。  
彼女が驚いた理由は、ソファーの前に膝を抱え座りながら、  
冬樹の寝顔を覗いているモアの姿だ。  
モアは夏美に気付くと、小声で彼女に語りかけた。  
多分、冬樹が起きないようの配慮だろう。  
 
「夏美さん、帰ってきてたんですね」  
「う、うん。ついさっきね」  
 
釣られて、夏美も小声になる。  
 
「何してるの、モアちゃん?」  
「ええ、フッキーさんの寝顔を見てたんです」  
 
モアは恥ずかしげもなく素直に答える。  
 
「フッキーさんの寝顔って可愛いですね?」  
 
モアはニコリと可愛い微笑みを夏美に向ける。  
 
「そ、そうかな?」  
 
夏美はモアに言われて、腰を下ろし冬樹の寝顔を改めて見る。  
確かに、彼は愛らしかった。あどけなさが残るその顔に少しだけドキリとしてしまう。  
窓から射し込む橙色の夕日が冬樹の顔を色っぽく濡らし、夏美の心を揺さ振った。  
 
「どうです?」  
「まぁ、可愛くはないとは思うけど…」  
 
夏美は嘘を吐いた。本当は彼の頭を撫でてやりたい衝動に駆られていた。  
しかし、その行動はモアの前だということで憚れた。  
 
「弟がいる、ってどんな感じなんですか?」  
「へっ?」  
 
唐突な質問に夏美は素っ頓狂に抜けた声を出して、慌てて、口を塞ぐ。  
冬樹は「うぅん」と僅かに唸っただけで、目を覚ましはしなかった。  
 
「今なんて、モアちゃん?」  
「姉弟がいるってどんな感じなんですか?  
 私、兄弟が一人もいないから、夏美さん達、姉弟の気持ちがわからなくて」  
「ど、どうしてそんなこと訊くの?」  
 
モアは夏美のその問いに顔を暗くして、俯いた。  
 
「実は私、聞いちゃったんです。フッキーさんの寝言を。っていうか、半醒半睡?」  
「聞いたって、どんな寝言?」  
「こんなこと私の口から言っていいものか」  
「いいわよ、言っちゃって。モアちゃん、お願い。気になるじゃない」  
 
モアはその唇をきゅっと結ぶ。そして、決心して口を開こうとした瞬間、  
ソファーの上から声がした。  
 
「あれ、姉ちゃん…」  
 
冬樹が起きたのだ。  
冬樹は寝ぼけまなこで目の前に座っている夏美を見据える。  
夏美とモアはバツが悪そうに顔を見合わせた。  
今の話を聞かれたのではないかと心中、ひやひやとさせていた。  
 
「あ、うるさかった?」  
 
夏美は内面、激しく動揺しながら極めて冷静な態度を彼に示す。  
そして、さりげなく今の会話を聞いていたか、探りを入れる。  
 
「ううん、なんか姉ちゃんの匂いがしたから、起きちゃったんだ」  
 
ふあ、とアクビを噛み殺し、ゆっくりと言葉をつづる。  
 
「バッ──!」  
 
夏美は冬樹のその言葉に顔を赤くする。  
そして、すぐにモアの方を見遣る。  
モアもその言葉を聞いてか、夏美同様、顔を赤くしてしまっている。  
冬樹は夏美の視線を追う。すると彼の瞳にモアが入ってきた。  
冬樹はバッと起き上がる。  
 
「あ! モ、モアちゃん、いたの?」  
 
どうやら、モアの存在に気付いていなかったらしい。  
 
「え、ええ、最初からいました」  
 
モアはうろたえながら、答える。  
その間に夏美はすっと立ち上がり、当初の目的通り、  
冷蔵庫からペットボトルを取り出し、一口飲むと、  
浴室へと向かっていった。  
その一連の行動が終始無言だったため、  
そして、その顔が熱く紅潮していたので、  
冬樹もモアも夏美に声をかけられなかった。  
バタンと浴室の扉が閉まる音がリビングにまで響く。  
今度は冬樹とモアが顔を見合わせた。  
 
「怒ってましたね、夏美さん」  
「そうだね…」  
 
冬樹は力なく肩を落とし、がっくりとうなだれた。  
 
その日は夏美が夕食当番だった。  
チョモランマよりも高く、マリアナ海溝よりも深い日向家の鉄則により、  
夏美は台所で夕飯を作っていた。  
一家の長である、秋は今夜も漫画家先生の張り込みのため、帰ってきていない。  
ケロロ達も地球侵略における大事な会議のため、その姿を食卓に出していなかった。  
必然的に夏美と冬樹、二人きりで夕食を囲むことになってしまっていた。  
いつもはケロロも加わり、賑やか過ぎる夕食なのだが、  
今夜は冬樹のあの言葉が影を落とし、気まずい雰囲気のままの食事だった。  
そしてお互い言葉を交わさないまま食事を終え、  
その後、冬樹が洗い物をした。  
食器を洗っている途中で、不機嫌そうに夏美は二階に向かい、  
自分の部屋に篭ってしまった。  
 
 
寝に入る前に冬樹は夏美の部屋をノックしてみた。  
返事は無かった。だけど、冬樹は言葉を切り出してみた。  
 
「姉ちゃん、怒ってる?」  
 
しかし、返事は来ない。  
しんと静まり返った、夜の廊下がやけに冬樹の心を寂しげな物にする。  
十分ぐらいそこに立ち、冬樹は姉の返事を待った。  
あきらめかけた時、中から夏美が声をかけてきた。  
 
「いつまでそこにいるのよ?」  
「え、あの…」  
 
いざ声をかけられたら、冬樹は動揺して声がどもってしまう。  
夏美の溜息が聞こえる。深い、それでいて呆れたような。  
 
「怒ってると思う?」  
「う、うん」  
「なんで?」  
「モアちゃんの前であんな事、言っちゃったから」  
「そう」  
「うん」  
「アタシって、そんな臭うの? 寝ている人間が起きるぐらい」  
「いや、違うよ、姉ちゃん。そうじゃないよ!」  
 
冬樹は慌てて否定する。  
 
「あー、うんッ!」  
 
そこで夏美の咳払いの声が聞こえた。  
 
「姉ちゃん?」  
「冬樹、大きな声出すと近所迷惑だから、中に入ってきなさいよ」  
「え、でも…」  
「いいから、姉の言うことがきけないの?」  
「う、うん、わかったよ」  
 
冬樹はドアノブを回し、室内へと入る。  
ふわりと甘い匂いが冬樹の肺を満たす。  
姉ちゃんの匂いだ、と冬樹は思う。  
クラスの女生徒とは違う、また母の秋とは違う、独特の優しい匂い。  
冬樹はドキドキと動悸を早める。  
 
「姉ちゃん」  
 
明かりはついていなかった。冬樹は暗がりの中、夏美に声をかける。  
中はとても暗かった。かろうじて夏美がベッドの上にいることがわかるほどだ。  
 
「こっち来なさいよ」  
「う、うん」  
 
冬樹は促されて、ゆっくりと夏美のベッドへと近づく。  
そして、その前に座る。  
 
「何やってんのよ、廊下、寒かったでしょ?  
 アタシが言ったのは、布団の中に入りなさいって意味よ」  
 
夏美はそう言って、布団の端を持ち上げる。  
 
「えぇ、いいよ」  
 
慌てて冬樹は首を横に振る。  
 
「5〜」  
 
夏美は恥ずかしがる弟に対して、口を開いてポツリとそう言う。  
 
「え?」  
「4〜」  
「姉ちゃん?」  
「3〜」  
 
カウントダウンということが冬樹は理解する。  
なんとなく数えられると冬樹は言うことを聞かざるえなかった。  
それは幼少の頃からの条件反射だろう。  
 
「わ、わかったよ、姉ちゃん」  
 
冬樹は夏美の布団の中に自分の身体を滑り込ませる。  
夏美の布団の中は人肌に温まり、とても心地良かった。  
その心地良さと、カウントダウンに間に合った安堵感で  
冬樹は思わずホッと軽い溜息をついてしまう。  
すると、その溜息が夏美の前髪にかかる。  
すぐに冬樹は姉と向き合っていることに気付いた。  
暗闇に目が慣れ始めていた冬樹は夏美の表情を一瞥することができた。  
いつものツインテールに束ねた赤い髪を下ろしている。  
布団の隙間から姉のチェックのパジャマが垣間見える。  
襟の上にある夏美の顔は怒っていなかった。  
むしろ、優しい微笑みを冬樹に向けているように思えた。  
 
「わ! アンタ、足、冷たいわね」  
「あ、ごめん」  
 
冬樹は当たっていた自分の足を引っ込めようとした。  
 
「バカ、いいわよ。入りなさいって言ったのは姉ちゃんなんだから、  
 冬樹の足、アタシが暖めてあげるわ」  
 
そう言うと、夏美はそっと裸足の両足を冬樹の足へと絡ませ始める。  
 
「あ…」  
 
布団のぬくもりで暖まった夏美の素足の感触に冬樹は思わず声を漏らす。  
 
「どう? あったかいでしょ?」  
「うん」  
 
夏美と冬樹の距離は非常に近い。  
喋ると熱い吐息が顔にかかるぐらいだ。  
冬樹の心臓は相変わらず、ドキドキと木霊して、  
彼女の吐息が唇にかかった時など、そこが蕩けてしまうような錯覚を覚えた。  
薄暗い室内で間近で見る姉の唇と吐息に興奮していることに気付く。  
しかも、夏美の足の動きは止まっていない。  
すりすりと擦り付けて、冬樹の足を温める仕草に努めている。  
いつの間にか、夏美と冬樹の足はふくろはぎまで触れ合わせていた。  
パジャマとパジャマの布生地で隔たれているが、  
両とも、足の感触を感じられることができた。  
それはどちらから近づけたとは判断できない。  
ひょっとすると同じタイミングで合わせたのかもしれない。  
だけど、冬樹にとってこれは非常にまずい事態ではある。  
当たる吐息と、夏美の足の動きで冬樹のオトコは屹立していたのだ。  
腰を引っ込めようと思った瞬間、夏美の太腿に硬い物が当たった。  
 
「うっ…」  
 
太腿の柔らかさに冬樹は小さく呻く。  
それと同時に顔を伏せてしまう。  
勃起していることが姉にばれてしまったのだ。  
夏美が再び不機嫌になるのが冬樹には容易に想像できた。  
 
「冬樹…」  
 
夏美の小さな声が冬樹の耳に届く。  
その抑制されたように落ち着いた声が、冬樹をより不安にさせ、  
彼の身体はビクッと震えた。  
何故震えたのか、それは怖いからだろう。  
姉に怒られるのが怖いのではなく、嫌われるのが怖いのだ。  
冬樹は喉が詰まってしまい、返事ができないでいた。  
「冬樹」ともう一度、名を呼ぶ声がする。  
だが、冬樹は身体を縮こませて、夏美の顔が見られない。  
その時だった。急にふわりと柔らかな感触が、冬樹を包んだ。  
 
「ね、姉ちゃん!」  
 
驚きのあまり、冬樹は声を荒げてしまう。  
すると「し〜」と夏美が冬樹に大きな声を出すなという言葉を伝えた。  
冬樹はすぐに気付く。夏美が自分を抱き締めていることに。  
柔らかな乳房が冬樹の顔に当たる。  
甘い香りが鼻腔をくすぐる。  
勃起した下半身が言い訳しようもないぐらい、夏美の脚に触れている。  
 
「どう? ママには劣るけど、姉の愛のスペシャルホールドよ」  
「く、苦しいよ」  
「何を〜!」  
 
ふざけた口調で、夏美は更に腕の力を込める。  
もちろん夏美は冬樹の下半身の変化に気付いている。  
だからといって、そのことを冬樹に告げて何になるのであろう。  
夏美はそんなに子供ではない。  
これが男の生理現象だというのは知っている。  
 
そもそもベッドの中に誘ったのは自分なのだ。  
いずれこれも収まるだろうと思い、  
夏美は見て見ぬふり、触って気付かないふりを決め込み、  
普段通りの感じで、弟に接していた。  
だが、彼を抱きすくめていても、一向に下半身の硬さが衰える気配はない。  
むしろ、更にギンギンと張り詰めて、苦しそうな感じがする。  
まさか、と夏美は思う。モアと聞いた夕暮れのあの「姉ちゃんの匂い」という冬樹のセリフは  
寝ぼけて、つい口ずさんだことだと思っていた。だけど、違っていたのではないか。  
もしかして、冬樹は私に欲情しているのではないかという疑問が脳裏を掠める。  
抱き締める力を緩めて、夏美は胸の中の冬樹を見下ろした。  
冬樹はくんくんとまるで子犬のように鼻を鳴らし、  
肉体の匂いを嗅ぎ、頬で夏美の乳房を感じていた。  
そして、夏美の視線に気付くと、冬樹は顔を上げて、  
切なそうな瞳で夏美を見遣った。  
そのあどけない弟の瞳に夏美の胸はドキリと蠢く。  
夏美は不意に彼の頭を撫でたいと思った。  
激しい衝動と言い換えてもいい。  
夏美は思うと同時に冬樹の黒い髪にそっと触れていた。  
つやつやとしたその髪に指を沈める。  
そして、マッサージをするように軽く撫でた。  
冬樹は夏美の柔らかな手の平の動きを享受するように、目を細める。  
ごく自然に夏美は冬樹の額にその果実のような唇をくっ付けた。  
ちゅっと、優しい音がする。しばらく、唇を付けていると、  
冬樹の荒く、熱い吐息が夏美の喉に当たり、くすぐる。  
ぞくぞくとした甘い高揚感が、首筋をかけて身体中に昇ってゆく。  
とろりと、喉が蕩けるような感覚を覚える。  
 
「あぁ…」  
 
思わず、夏美は息を口から溢す。  
「ねぇ、冬樹」と夏美は弟を呼びかける。  
相変わらず、冬樹は夏美の喉に熱い吐息を出すだけで、答えなかった。  
だけど、構わず、夏美は話を始めた。  
 
「キスってしたことある?」  
 
その問いに冬樹はびっくりして、顔を上げ、夏美を見た。  
 
「な、ないよ…」  
 
否定する冬樹だったが、その声には明らかに何かを期待していた。  
夏美は自分が何を言っているのかと、自粛する。  
こんなことを訊いて自分は弟に何をするつもりだ、と。  
 
「桃華ちゃんとは?」  
 
それでも夏美の言葉は止まらない。  
ドキドキと信じられないくらいに心臓は高鳴る。  
きっと冬樹にもこの鼓動の高まりは気付かれているだろう。  
 
「西澤さんとはただの友達だよ。何、言ってるんだよ、姉ちゃん」  
 
この鈍感男、と夏美は思った。  
 
「じゃあ、練習しようか?」  
 
『じゃあ』はどこから繋がっているのかと質問されれば、  
夏美は答えることが出来ない。  
 
「僕と姉ちゃんが?」  
「そうよ、嫌?」  
 
冬樹は慌てて首を左右に何度も振った。  
そして「嫌じゃないよ!」と少々、声を荒げる。  
その必死な仕草を夏美は可愛く、愛おしく思えてくる。  
夏美は冬樹と向き合い、ベットの上で横になりながら肩を掴んだ。  
 
「ママには内緒よ」  
 
夏美がそう言うと冬樹は頷く。  
 
「他の人にもよ。ボケガエル達になんてもっての他よ、わかった?」  
「う、うん」  
 
夏美は冬樹の肩を掴んだまま、ゆっくりと唇とを近づけていく。  
冬樹の唇と合わさる瞬間、夏美は目を瞑った。冬樹もまた同じく目を瞑る。  
 
「ん…」  
 
唇に柔らかな物が当たる。  
弟とキスをしてしまったんだ、と夏美は思う。  
でも、その柔らかな唇を離すことはできなかった。  
あ、と夏美は声が出そうになる。  
閉じていた目を咄嗟に開ける。  
冬樹の上唇と下唇の隙間から何かが這い出てきたのだ。  
それが冬樹の舌であることは夏美はすぐには理解できなかった。  
一体、何処で覚えてきたのだろうか。  
そんなことを考える暇もなく、冬樹の舌は夏美の口内に侵入していく。  
唾液でぬめるそれはあっさりと夏美の舌まで届くこととなった。  
 
「ふぁ…」  
 
夏美は甘い声を冬樹の口内に響かせる。  
まさか、舌が入ってくるとは思わなかった夏美は  
その奇妙な感触に動揺して、激しくうろたえることとなった。  
冬樹の舌先が夏美の舌の表面をくすぐる。  
なぞるように、ゆっくりと動いていく。  
ピクッと夏美の身体は揺れる。離さなくては、このままじゃ何かまずい気がする。  
冬樹の名を呼ぼうとしても唇は塞がっているためにもちろん動かない。  
身体を放そうとしても、いつの間にか冬樹の腕はしっかりと夏美の身体を抱きこんでいた。  
無理やり、ひっぺがそうとしても、不思議と身体に力が湧いてこない。  
逆に、頭がボーっとして、力が抜けていく感覚がある。  
まるで、本当の自分はもっと冬樹としていたい、と言っているように。  
そこで冬樹の舌がひょいと引っ込められる。  
続いて、唇が離されていく。舌先から銀色の糸がつうっと延びた。  
夏美の息は荒くしながらそれを眺める。  
興奮からか、それともベッドの中で触れ合うただの暑さのためか、  
夏美の身体は次第にカッと火照っていく。  
なんで離すの? とは流石に訊けなかった。  
今度は夏美が冬樹の顔を見ることはできなくなっていた。  
何も言わず俯いていると、冬樹の手の平が胸に触れようとしているのが見える。  
 
「いや…、ダメよ、冬樹…」  
 
身体を捩って、逃れようとするが、何故か自由がきかない。  
冬樹の手は裾から、服内に侵入していく。  
 
「ダメ、ダメったら…」  
 
夏美は力ない声で拒絶する。  
冬樹の熱い手が脇腹に触れる。そのままつつっと上部に昇る。  
 
「んあぁ…、冬樹」  
 
くすぐったさから、その健康的な白い喉を冬樹に見せ付けるように、  
身体を仰け反らす。  
先ほどの熱の篭った接吻により、鋭敏になった肌は、意識しなくても  
完璧に冬樹の手の平の動きを捉えてしまう。  
昇っていく手は、乳丘の横で、どうしようかと迷うように、留まっている。  
 
「姉ちゃん…の肌ってすべすべだね…」  
 
ずっと黙っていた冬樹がそこでやっと口を開いた。  
 
「それに…」  
 
そう言って、夏美の首筋に鼻先をくっ付け、  
くんくんと鼻を鳴らし匂いを嗅ぐ。  
 
「あん…」  
「やっぱりすごくいい匂いだし…、甘くて…。姉ちゃんの匂い…いいよ、すごく…」  
 
鼻先が首を刺激する。すんすんと音を鳴らすたびに夏美は、  
ぞくぞくとした感覚がそこから広がっていってしまう。  
 
「そんなに…、強く嗅がないでよ…、ぅん…」  
 
首に意識を集中していると、乳房の横を彷徨っていた冬樹の手の平が  
おずおずと丘を登り始めた。  
まるで、焦らすようなその動きは、夏美の期待と不安を同時に煽る。  
きっと冬樹なら優しく触ってくれる、と夏美は思った。  
しかし、一方では触れられたら歯止めが利かなくなるのでは、という思いもある。  
それでなくとも、冬樹のモノが太腿にゴツゴツと当たっているのだ。  
男の性の象徴であるソレに初めて、夏美は弟に畏れを感じている。  
それでも、構わず冬樹の手が夏美の乳丘に沈んでいく。  
発展途上の乳房でも、女性の柔らかさが詰まった部分である。  
そのふんわりとした感触に、冬樹は溜息を漏らす。  
 
「はぁ…、姉ちゃん、柔らかいよ。僕、姉ちゃんのおっぱいに触ってるんだ…」  
「いやぁ…こら冬樹…、いい加減にしないと…、んぅ…。ね、姉ちゃん本気で怒るわよ…」  
 
言葉では怒るが、途切れ途切れに紡がれるその声には全く迫力がない。  
僅かに震える手から冬樹の緊張が伝わってくる。  
それでも冬樹は指を折り曲げて、ついに揉みだす。  
 
「ん、んぅ…。冬樹ぃ…」  
 
夏美は声を押し殺し、出てくる吐息をぐっと抑える。  
 
だが、指の動きはしっかりと夏美の性感を捉えていく。  
ちょうど、乳房の下肉の部分を掬うような愛撫。  
それは優しく、全く粗暴な感じはしない。  
痛がらないように、最小限気を遣っているのだろうか。  
贅沢を言えば、もう少し力を込めてほしい。  
そう思った所で、ハッと夏美は自分の考えに驚いた。  
私は冬樹の手の平を受け入れ始めているのだ。  
あまつさえもう少し力を入れて欲しいなんて。  
夏美は耳まで真っ赤にする。  
 
「あっ…!」  
 
夏美の身体はまたピクッと仰け反る。  
パジャマの下でもぞもぞと何かが動いている。  
冬樹の指先が乳房の先端に微かに触れたのだ。  
ピリッと甘い電気が、そこを中心にして身体中に走る。  
敏感な乳頭は夏美の身体の深奥にある何かに火を着けた。  
 
「やっ…、ダメ、お願い、冬樹ぃ…。そこは…ひゃう…」  
 
その声に驚いたのは冬樹だった。  
普段の強気な態度からは全く想像できない姉の甲高い喘ぎ。  
今、触った箇所がいいのだろうか。  
冬樹は抱きとめていたもう一方の手も、パジャマのボタンとボタンの隙間から  
忍び込ませる。姉の身体はそのもう一つの侵入者に驚いたのか、  
瞳を潤ませ、冬樹を見る。睨んでいるわけではない。  
ましてや、怯えているわけでもない。  
冬樹は一生懸命に笑顔を作り、優しく夏美の唇にキスをする。  
その後、頬に、潤んだ瞳を閉ざす瞼にキスを繰り返す。  
 
「大丈夫だよ、姉ちゃん。乱暴にしないから…」  
 
そう言って、もう一度柔らかな唇を奪った。  
 
落ち着いて口調の冬樹だったが、心臓は破裂するぐらい大きく鳴っている。  
その激しい音は静かな室内ではよく響いていた。  
触れ合う部分からもそれが充分、夏美に伝わる。  
刺激して冬樹の男を目覚めさせたのは私だ。  
なのに中途半端に終わらせるのも、冬樹が可哀想に思えてくる。  
だけど、自分達はれっきとした姉弟なのだ。  
こんなことをしていいわけがない。頭ではわかっているのだが、  
冬樹の愛撫してくれた乳房とキスをした瞬間の熱い気持ちが  
拒むことをできなくさせていた。  
禁忌の魔性の快感が夏美の心を捉え始めていた。  
 
「やぁ…。そんなのダメよ。冬樹、お願い、やめて…」  
 
しかし、夏美は本能からか、その端正な顔を手の平で覆い、かぶり振る。  
いつもの気の強い姉は何処にもいなかった。  
そこにいるのは弟の男を畏れる臆病な少女だった。  
冬樹は悲しそうな顔をする。当たり前の拒絶なのにひどく裏切られた気分になった。  
もちろん冬樹は夏美を憎んだりもしなかった。  
ただ、彼は自分の手を姉のパジャマから取り出し、取れてしまったボタンを付け直した。  
そして、はだけてしまったパジャマを直し、最後に姉の柔らかで滑らかな赤い髪に撫でようとした。  
だが、触れる瞬間、夏美はビクンと身体を揺らしたため、冬樹は手を引っ込めた。  
冬樹は身体を起こし、ベッドから降りた。  
ドアを開けて、部屋を出る瞬間、冬樹は一言「ごめん、姉ちゃん」と謝った。  
パタンと小さな音を出して、ドアは閉まる。  
夏美は泣きそうになる。あのまま冬樹は自分の制止を聞かずに、  
手を進めていたら、きっと自分は冬樹を受け入れていたのだ。  
最初は自分から挑発したのに、こんなのって…。  
謝るのは自分の方だ、と夏美は思った。  
 
「ごめんね、冬樹…」  
 
 
 
おわり  
 

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