「あと、何か知ってる?」  
「う〜……神経衰弱くらいしか……」  
「我輩も、地球産のカードは詳しくないでありますからなぁ」  
あーあ、と大きな息を吐いて夏美がソファに上体を投げ出す。  
その振動でテーブルの上の蝋燭に灯った炎が揺れる。  
「こんな状態じゃ、神経衰弱は危ないですものね」  
しっかりと冬樹の隣を陣取った桃華がたおやかに微笑む。  
しかしその表情は一瞬で変わり、不敵な笑みが顔中を覆いつくす。  
(薄暗い部屋! 至近距離!! っしゃぁ!!)  
外は嵐。停電と雨のおかげで、日向家リビングは普段のこの時間よりも人口密度が高い。  
「それじゃ、宇宙トランプで遊ぶですぅ? 持ってくるですよー」  
「久々に、宇宙ドボンとでもいくのか? それなら付き合うぞ」  
「あれ楽しいんだよねェー、たまにカードに噛み付かれそうになるけど」  
日向家捕虜のケロロ、桃華と一緒に足止めをくったタママ。  
そして、テントが水没しかけたので避難をしてきたギロロ。  
わいわいと宇宙トランプ談義に花を咲かせるケロン人三名に、夏美は冷たく言い放った。  
「却下」  
「西澤さんは? 他に何か、いい暇つぶし知らない?」  
急に冬樹に話を振られ、桃華の頬が一気に紅潮する。  
「え、えっと、あと私が知ってるのは……」  
慌てる表の思考の隙間を突いて、裏は思案を巡らせる。  
(冬樹君ともっと親しくなる方法っ! 肉体的接近、精神的接近……)  
「おっ、王様ゲームなんてどぉでしょうかっっ!!?」  
結果、裏が出した提案を、表桃華は上ずった声でどうにか告げた。  
「王様ゲームぅ? 意外ね、桃華ちゃんからそんな案が出るって」  
「でも、楽しそうだよね。凄いや、西澤さん」  
 
割り箸に番号を振って、一人2枚ずつ出したお題の紙を空箱の中に入れる。  
四つ折にした紙の一枚に小さく爪で印を付け、桃華は裏の表情で笑みを浮かべた。  
(よし、準備は整ったゼ。あとはこれで、冬樹君と………!!)  
「それじゃ、いくよー? 王様、だぁーれだっ!」  
82%ほど美化された冬樹と戯れる妄想に浸っていた桃華は、夏美の声でようやく我に返った。  
「えへへ、王様は僕ですぅー。それじゃね、1番が王様にー……」  
嬉々として告げながら、お題ボックスに片手を差し入れる。  
そして、引いた紙を広げて。  
「……腕立て伏せを50回させる……。……………伍長さんでしょぉ〜」  
「ぬ? 何か問題でもあったか?」  
「ゲロッ! つーか1番て我輩だし!!」  
「え〜っ!? なんか余計に悔しいですぅ! ……伍長さん、恨む、うらむですぅ……」  
ケロロ達のやりとりを笑って見物しつつ、桃華の内心は穏やかではなかった。  
(しまったぁああ!! 誰と誰が何をするか決めるのは王様じゃねーか! てか、誰が何番だかなんてわかんねーし!!)  
しょんぼりとして項垂れながらも、二度目の籤を引く。  
疲労困憊したケロロが、それでもしてやったりとばかりに立ち上がった。  
「っしゃぁ! 天下取ったり、であります!」  
「げ、ボケガエルが王様なのぉ?」  
「ゲロゲロゲロリ。これを期に、我輩の祈願を達成するであります!」  
「ケロロ、それは……!」  
いつになく雄雄しい表情のケロロに、ギロロは目頭が熱くなるのを感じた。  
なんだかんだ言って、ケロロは任務を忘れたわけではなかったのだ。  
たとえゲームだったとしても、今はそれでいい。  
頼もしい仲間を見る目つきで、ギロロはケロロに視線を向けた。  
「2番と3番がぁー!!」  
箱から抜き出した勢いそのままに、ケロロの手が小さな紙片を開く。  
「ゲロ……お菓子を食べさせる、でありますか」  
「あ〜、それさっき僕が引きたかったですぅ〜!!」  
「ちぇー、これに便乗して家事当番脱出の計画が台無しであります!」  
「なっ!? ……キサマ、それを「お題」にしたわけなのか?」  
「まぁねー。あと、「ケロロ軍曹にガンプラを」ってのと」  
「……キサマに期待をした俺が馬鹿だった……」  
 
ケロロ達の会話に隠れるようにして、桃華と冬樹は黙って見つめ合っていた。  
冬樹の手にある割り箸には、小さく「3」の文字。  
「冬樹、く、ん。それ、」  
「……2番、西澤さんだったんだ」  
照れ笑いを浮かべ、冬樹は目の前に置かれたお菓子の皿を引き寄せた。  
「西澤さん、何食べたい?」  
「そっ、それはもう、冬樹君からなら何でも、いえ寧ろ冬樹君をっ!!」  
混乱し、とんでもないことを口走る桃華だが、冬樹がそれに気付くはずもない。  
冬樹は生クリームの乗ったクラッカーを、桃華は小さなチョコを手にし、  
好奇の視線が向けられる中、向かい合う。  
(グッジョ、タマ公! 緑っ!!)  
「そ、それじゃあ」  
ほんの少し頬を赤らめた冬樹が、桃華に向かってついと腕を伸ばした。  
緊張で身を震わせながら、桃華も同じように冬樹へ腕を伸ばす。  
冬樹の薄く開いた唇の隙間にチョコレートを届けるため、指を伸ばす。  
計算通り、小さなチョコを口内に入れる瞬間、指先が唇に僅かに触れた。  
(触っ、ちゃった)  
「次は僕の番。……西澤さん、もっと口開けてくれないと入らないよ」  
前髪同士が触れ合いそうになるほどの距離で言われ、桃華は慌てて口を開けた。  
口中に甘い味が広がって、桃華がしたのと同じように、冬樹の指が唇に触れていった。  
「あ、あはは……なんか恥ずかしいね、こういうのって」  
ひゅーひゅーと冷やかす外野に視線を向けつつ、冬樹は指に付いた生クリームを無意識に舐め取った。  
桃華の、唇が触れた、それを。  
「ふ、ふゆ、ふゆ、ゅ、ゅ、ゅ……………」  
桃華の顔はギロロと張れるほどに赤くなり、次の瞬間にはがくりと失神した。  
気を失いはしたものの、桃華の表情は限りなく幸せそうである。  
「にっ、西澤さん―――――――!!?」  
「……いや、それは多分冬樹殿が悪いであります」  
 
「それじゃ、次は3番が1番に……」  
「あ、私1番ー!」  
「ぬ、俺か。3番だ」  
一名欠員が出たものの、夜はまだまだ長い。  
隣で横になった桃華を気にしながら紙片を取り上げ、冬樹は言いにくそうに言った。  
「…………キスする、だって」  
気楽そうに割り箸を掲げていた夏美とギロロが、ぴしっと凝固する。  
ケロロとタママは人の悪そうな笑みを浮かべ、ギロロをニヤニヤと見つめた。  
「タママくーん、王様の命令はぁ?」  
「絶対ー、ですぅ♪」  
うー、と声にならない声を出し、夏美はしぶしぶとギロロに向き直った。  
夏美がこちらを向いたことを知り、ギシギシと音の立ちそうな動きでギロロもそれに倣う。  
「ま、しょーがないか。はいギロロ、ちゃっちゃと済ませちゃって」  
そう言って軽く身を屈めると、夏美は目を閉じた。  
蝋燭の灯りのせいか、夏美の唇は濡れたように赤く、艶っぽく見える。  
喉が、ごくりと勝手に音を立てた。  
「キースー。キースーみーたーいー」  
「みーたーいー」  
居酒屋ノリで騒ぐケロロとタママを薄目を開けて軽く睨み、夏美はもう一度言った。  
「早くしてよ、ギロロ」  
 
夏美の言葉に後押しされるように、ギロロは差し出された夏美の頭に手を伸ばした。  
軽く斜め向きのそれを抱きしめるように両手で抱え、ゆっくりと自分の顔を近づける。  
心臓の音が煩い。頭に血が上りすぎて、今にも血管が切れそうだ。  
いや、むしろもう切れているのかも知れない。額を伝うのは、汗か、血か。  
ガクガクと笑う膝を必死で押さえて、ゆっくりと、ゆっくりと。  
「あらー! 仲良しさんねぇ!」  
唇に触れた感触と能天気な声で、夏美は閉じていた目を見開いた。  
焦点の合わないほど近いギロロの顔と、その向こうにはママの笑顔。  
「おお! ママ殿、おかえりでありますか!」  
「ふふ、ただいま」  
慌ててギロロを引っぺがし、勢いそのままに放り投げる。  
「普通、こういうのはほっぺしょ!? 何考えてんのよ、もー!!」  
「あらぁ、ファーストキスの相手が宇宙人だなんて素敵じゃない?」  
「ママっ!!」  
放り投げられたギロロは、先ほどの桃華と同様に失神していた。  
その表情はやはり桃華と同様、本望といったほどに満足げなものだ。  
頬を真っ赤に染め右手で唇を押さえたまま、夏美は左手でギロロをぺしりと叩いた。  
「ギロロの馬鹿、スケベ、変態」  
「……ナッチー、本当に怒ってるですか?」  
「満更でもなさそうな顔してるでありますよ、ゲロゲロゲロリ」  
「……あんたら、そんなに殴られたい?」  
夏美の迫力に脱兎のごとく逃げながら、タママはちらりと色気を含んだ目でケロロを見上げた。  
「でも、伍長さん羨ましいですぅ。僕もいつか、軍曹さんと……」  
「ゲロ? そういえば、冬樹殿はどこいったでありますか?」  
軍曹、丸無視。  
 
喧騒から僅かに外れ、冬樹は桃華の枕元に座り込んでいた。  
膝を抱えたまま、視線を桃華から手にした紙片へと戻す。  
「キスをする」と、丁寧な書体で書かれた文字。桃華の筆跡。  
桃華の寝顔をもう一度見て、冬樹は紅潮した顔を抱えた膝に埋めた。  
「………西澤、さん」  
あの時あの場にいたのは、ケロロとギロロ、タママに夏美と、そして自分。  
確信はない。ない、けれども。  
「キス、したかったの?」  
先ほどと同じように、けれど今度は自覚をしつつ、冬樹は指先を軽く口に含んだ。  
触れ合わせてみたいと思ってしまった自分を、窘めるかのように。  
「僕と、キス、したかったの? ……西澤さん」  
今、西澤さんとキスしたくなったよね、僕。  
言葉にすると、自覚してしまうと急に恥ずかしくて、冬樹はぎゅっと目をつぶった。  
指先が熱い。桃華の唇に触れた場所が、心臓のように脈打っている気がする。  
「………どうしよう」  
気付いてしまったから。自覚してしまったから。もう戻れない。  
「……起きてよ、西澤さん。……教えてよ」  
どうしたらいいんだろう?  
トモダチだと、思ってたのに。  
 

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