冷たい風が吹き荒れる、最も寒冷な季節。そんな厳冬の季候に急かされるようにして、  
一人の青年が廊下を早足で歩いていた。  
「うー、今日は冷え込むねぇ……」  
 思わずそう独り言を呟いてしまうような寒さの中、青年は白く色付いた息を吐き出しながら  
居間に入ると、こたつのスイッチを入れていそいそと入り込む。内部が温まるまでの気を  
紛らわすようにキョロキョロと視線を動かすと、テレビのリモコンを取って電源を入れた。  
チャンネルを回して興味の湧く番組を探し始めると、夜にやっていたドラマの再放送などが  
流れている。途中から見てもしょうがないなとさらにチャンネルを変えていくと、昼の情報番組が  
目に留まった。青年は満足げに「よし」と頷くと、リモコンをテーブルの上に置き、暖を取りながら  
暇を持て余し始める。  
『関東地方の上空に寒気が流れ込み、平地でも雪が積もる可能性が――』  
 天気予報で、レポーターが積雪の警戒を呼び掛けている。いつもは太陽のマークで一杯の  
地図を、白い雪だるまが我が物顔で埋め尽くす。これから押し寄せる真冬の波に、お天気アナが  
スタジオの司会者と焦燥混じりの会話でやり取りしていた。  
「雪……」  
 どこか遠い目をしてそう口をついて出した青年は、中年に差し掛かったような大人の渋味を  
滲出させていた。そう呟くと、ゆっくりと視線を動かして外の景色を望む。すっかり冬の空といった  
感じの光景は、見ているだけで震えを誘引するものだ。窓から差し込む心地よい光が、光沢の  
よい碧髪を照らして輝かせる。ぬくぬくと気持ちよさそうに暖まってきた青年がそんな頭髪を  
さり気なく掻くと、一本の髪がハラッと舞い落ちた。青年は慣れない物を見るようにして、引力で  
落ちていくその髪を目で追う。  
 その瞳は、青年の穏和そうな性格を表すようにか、パッチリとして大きいのが特徴的だ。  
学生という範疇からは卒業していそうな見た目よりは、いくらか若々しいイメージを連想させる。  
テーブルの上で動きを止めた髪の毛をすくい取り、指の腹でクルクルと擦り合わせて遊ぶ。  
しばらくするとそれにも飽きたのか、またテレビの画面へと視線を移していった。  
 
「クックック……」  
「お……?」  
 流行り物の特集をなんとなしに眺めていると、よく聞き慣れた笑いが耳に入り、青年は  
クルッと振り向く。すると、部屋の中でくつろいでいる青年を満足そうに眺めながら、  
クルルが居間へと入ってきていた。  
「その様子なら大丈夫そうだが…、地球人の身体にはもう慣れたかい? 隊長……」  
「おおっ、クルル。いや〜、大分慣れてきたであります。これならイベントもバッチリって  
カンジ? ケ〜ロケロケロケロ……」  
 いつもの姿からは想像も付かないが、今までかもし出していた雰囲気を無にするような  
セリフを話すその声は、間違いなくケロロのものである。ケロロは、地球侵略を円滑に  
進めるため…と言うのは建前で、ネットで知った大規模なガンプライベントへ円滑に参加  
するために、いわゆる地球人への擬態を行っていた。それは、どうしても不自然さが出て  
しまう、頭部だけを接合させる地球人スーツとは違い、クルルの発明による、正に地球人  
そのものへの体質の変化。イベントへの日数はまだ余裕があるが、今日はその性能を  
実際に確認するため、ケロロが試験的に地球人化していたのだった。  
「クックック…、そりゃ良かった……」  
 クルルが自身の生み出した成果を目の当たりにして静かに笑っていると、何者かの  
気配を感じ、その目線を横へと向ける。すると、廊下の向こうから自分の方へと人が  
近付いてきていた。  
「え……?」  
 冬でも寒々しいスカートを履いたその人物は、クルルを一瞥するとペコッと小さく挨拶して  
部屋に入ろうとする。だが、そこで見慣れぬ青年の姿を目にして戸惑い顔になった。派手な  
金色に染まった髪をショートに切り揃え、黒く焼いたような肌。そんな都会の中を歩いて  
いそうな女子高生のような容貌だが、彼女は、自分の力で地球人の姿へと擬態している  
モアである。ケロロは部屋へと入ってきたその少女と目を合わせた。見たこともない男が  
突然家の中でこたつにあたっていたらさぞ驚くだろうと、心の中でその反応を少し楽しみながら。  
 
 目を丸くした少女の顔立ちは、都会向けに飾られたものでなければ、もっと無垢で  
可愛らしいのかもしれない。もっとも、いくら姿形を他の誰かに似せたところで、少女  
本来の優しい性格は内面から滲み出していた。もし自分が保護者のような立場で  
なかったら、ついつい口説き文句の一つを掛けてしまうかもしれない。このまだ幼い  
容姿の少女は、そんな魅力を振りまいていた。今は子供のように表情を豊かに変えて、  
率直かつ大胆に、その心境を露わにしている。  
「も、もしかして、おじさまなんですか……!?」  
 その表情通りといった反応を見せる少女は、多少大袈裟とも思えるリアクションを  
とって、無意識に小さく後ずさる。モアは、地球に降り立った頃から地球人の姿で居る  
ことがほとんどとはいえ、いざベージュの肌をした碧髪のケロロを目前にすると、さすがに  
驚きを隠せないようだ。  
「おおっ、モア殿。吾輩がわかるのでありますか?」  
 ケロロは、自らの姿形がすっかり変わってしまい、面影と言えばその声ぐらいであろうと  
自覚していた。ものの数秒で正体を見抜いたことに、擬態をしている者にはわかる何かが  
あるのだろうかと勘繰ってもみたが、ここは素直にモアの自分を見抜いた眼力を賞賛する。  
「は、はい……」  
 次第にモアの驚きの表情は影を潜め、なぜか悪い事をしてしまった時のような、罪悪感を  
感じさせる表情になっていた。そんな心許ない目つきで怖ず怖ずとクルルの方を見やるが、  
クルルはその視線に気付いたようにはしていなかった。  
「まあ、立ち話も何であります。モア殿もこたつに入ったらどうでありますか?」  
「クックック……」  
 モアに語り掛けるケロロに割って入るようにしてクルルが一つ笑うと、モアに何かをボソボソと  
耳打ちした。モアは慎重そうにそれを聞き取り、小さくコクコクと頷く。ケロロは、怪訝そうに  
その様子を観察していた。そして、二人に向かって何をしているのか尋ねようと思った時、  
クルルの方からこう告げてくる。  
 
「…じゃあ、隊長。俺はそろそろ行かせてもらうぜェ……」  
「え、もうでありますか?」  
「まあ、いいって事よ…。ク〜ックックック……」  
 来て早々に部屋から立ち去っていったクルルを、不思議な気持ちで見送るケロロであった。  
でも廊下を通っている時にちょっと立ち寄っただけかもしれないなと、気を取り直して前を  
見上げれば、そこに残されたモアが座布団へと腰を下ろしていた。  
(おぉっ…と……)  
 と、その短いスカートの奥に真っ白な物が垣間見え、ケロロはサッと目を逸らす。  
(モア殿は白っスか……。うむ。その色のように純粋な娘に育ってくれて、吾輩も嬉しいで  
あります)  
 カカロット現象などの問題点は置いといて、ケロロは下着を感傷的な雰囲気へと強引に  
結び付けると、心の中でしみじみと頷いていた。この少女は、少し世間知らずなことも  
あってか、男の目というものに無頓着である。それが時には心配となって、必要以上に  
気に掛けることがあった。これも、惹かれているという意味で取るなら、彼女の魅力の  
一つなのだろうか。  
「では、お邪魔しますね…」  
 そんなことを考えているうちに、モアはそう断りを入れ、モソモソとこたつ内へ脚を入れて  
きた。なぜそんなに畏まるのかと思ったケロロだが、その理由はすぐにわかる。  
「あっ、その…。おじさま、すいません……」  
 モアが伸ばしてくる脚が、自分のものとゴツゴツ当たる。ケロロがいつものクセで大きく  
脚を伸ばしていたせいで、こたつの中を大きく陣取っていたのが原因のようだ。いつもより、  
あまりにスタイルの良いその身体を、無遠慮に持て余していたのである。  
「おおっ、吾輩の方が悪かったであります。いつものクセでつい……」  
 長くなった手足をまだ把握しきっていないケロロが、自分の誤りに気付いて脚を引こうとする。  
「いえ、その…。おじさまは楽にして下さってて構いませんから……」  
「へ? でも、そうしたらモア殿が窮屈に……」  
「私なら、大丈夫ですよ♪」  
 モアは不満な様子などつゆ見せず、ニコニコと微笑みながらそう促す。この少女はそういう  
性格なのだろうなとケロロも小さく笑い、無下に断るのは止める事にした。  
 
「そうでありますか…。では、お言葉に甘えて」  
 とはいえ、少しでも脚を動かすとまたぶつかってしまいそうで、余計な力が入ってしまう。  
ただでさえ慣れていない身体は、次第に硬直から来る疲労感に見舞われた。  
 ピタッ…  
「あっ。え〜、その…、すっ、すいません…であります……」  
 ケロロは脚をついピクンと動かしてしまい、モアの脚へと触れる格好となる。しどろもどろに  
謝罪の弁を述べていると、少女の熱が女性特有の柔らかい肌の感触と共に伝わってきた。  
ケロロは心の中で小さく悶えながら、その肢体の主を見やる。モアはわずかに目を逸らして、  
恥ずかしそうに俯くだけだった。  
「私なら、平気です……」  
「えっ、モア殿……?」  
 ケロロは異変を感じて、そう呼び掛けていた。モアは浅く位置取らせていた足先を、どんどんと  
奥に潜り込ませてきてたのだ。やがてそれはケロロの脚と触れ合い、絡み付くような状態になる。  
「モ、モア殿…、これは一体……?」  
 自分の脚を引っ張ろうとも考えたが、今するとモアを無理に振り解くようで、申し訳なかった。  
触れ合う少女の柔らかい脚の感触が、プニプニと妖しく擦られ、押し付けられる。そんな心地よい  
感触を味わえば、それに呼応するように心がドクンと脈打つ。気付けば、今までモアと居た時には  
感じたことのないような意識が芽生えていた。それはケロロが人型になったことの影響も、  
少なからずあるのだろうか。  
「こうやっておじさまとくっつけば、二人でもっと暖まれると思ったんですけど…。もしかして、  
ご迷惑でしたか?」  
 モアはシュンと沈んでしまい、落ち込んだ表情をしていた。ケロロは慌ててフォローに入る。  
「い、いや〜っ。そう言う事でありましたか。ならば、吾輩もその方がいいであります故……」  
「本当ですか…?」  
「ほっ、本当…であります……」  
 思わず上擦ってしまった声を発してしまい、怪しまれるのではないかと不安になるケロロだったが、  
モアは表情を緩めて脚を擦り寄せてきた。  
 
「わぁ…、おじさまの脚、暖かいです……」  
「む、むぅ…。ず、ずっとここに入っているでありますからな……」  
 こちらはズボンを履いていたが、モアの生脚からは、柔らかい肉の感触が止めどなく  
伝わってくる。そういう意識が、ケロロの頭の中で危険信号を発令し、モアの顔を見て  
それを訴えようとした。  
「エヘッ……♪」  
 そんなケロロの視線に気付いたモアは、そのつぶらな瞳をウインクさせて、無邪気に  
微笑むのだった。自分の心中を察してもらえなかったケロロは、首をガクッと下ろして  
押し黙ってしまう。  
(くぉぉぉ…。こ、これはなかなかにマズイのでは……?)  
 寒さですり合わせる掌のように、モアはどこか楽しそうにしながら脚を絡ませてくる。  
モアに限ってそんな気はないのだろうと自分に言い聞かせながらも、その行為に自分が  
誘惑されているようで、慣れない身体をグッと強張らせる。ムラムラとしたもどかしい何かが  
感じられたかと思うと、その地球人の股間に常備された器官が、正直な気持ちでムクムクと  
膨らみ始めた。  
「おじさまぁ…、ここより北の所はもう雪が積もってるんですね〜」  
 モアがテレビを眺めながら、ふいにそう呟く。倒錯する思考を現実に引き戻されたケロロは、  
一つ深く息を吐き出し、気を取り直してからそれに応える。  
「そ、そうですな…。今日はこれから、どんどん寒くなっていくそうであります……」  
「でも、私はおじさまと一緒で暖かいです……♪」  
 モアはこの状況にとても嬉しそうにして、脚をスリスリと動かしてくる。女性らしさを帯びた  
モアの脚から、腿やふくらはぎの艶めかしい柔肉の感触が伝わると、ケロロは再び妖しい  
世界へと引き戻された。  
(ふぉぉっ!? マズイであります…。そこは吾輩のモノの近く……)  
 モアは子供が遊ぶような楽しげな表情で、大胆にも足先を腿の内側にも入り込ませてきた。  
このままでは膨らんでしまった股間を突かれてしまうのではないかと冷や汗を垂らしながら、  
ケロロは何とかそれを逃れようと下半身をモゾモゾと動かしていく。  
 
「ひぁっ!?」  
「モ、モア殿…?」  
 その時、モアが突然高い声を上げて動きが止まった。ケロロは心配そうに尋ねる  
と同時に、そうやって動きが止まった隙を見計らって、崩れた体勢を戻そうと身体を  
動かす。  
「んっ…んんっ…! おじ…さまぁ……」  
(ん…? 何でありますか、この感触は……)  
 足の先に何やら柔らかいものが当たっている。そこは布のような感触で、プニプニと  
気持ちのいい弾力があった。ケロロは不思議に思いながらも、その正体を調査する  
ようにして指先で何度も感触を確かめる。  
「おじ…さまぁっ…、そんなに動か…ひぅんっ……!?」  
 なぜか自分が足を動かすのとタイミングを合わせてモアが反応を見せているようで、  
疑問に思ったケロロは敷布を捲ってこたつの中を覗き込んだ。  
「ケロ――――ッッ!!!? わ、吾輩の足が、モ、モア殿の、ま、ま、股にぃっ……!!」  
 あろうことかケロロの足先は、先程覗いてしまった純白の下着を、そこに守られた丘に  
押し込むようにして当ててしまっていた。自分のしでかしてしまった淫行に気付き、ケロロは  
石のように固まってしまう。人の家のガラスを割ってしまったような後悔に満ちた瞳で、  
恐る恐る悶えていた少女の顔を窺う。モアはうっすらと顔を紅潮させ、眉を小さく寄せながら、  
ゆっくりと落ち着きを取り戻そうとしているようだった。  
「お…じ…さま……」  
 目を横に逸らしたまま、顔を赤らませた無垢な少女が、感情を押し殺すようにしてそう  
言葉を発した。モアの心情が読めないケロロは、心拍を異常に高鳴らせて続きを待つ。  
「お願いが…あるんですけれど……」  
「お、お願い……? って…んぉっ!?」  
 予想とは随分違うモアの切り返しに、ケロロがそう言っていると、突然モアの脚が動き出し、  
その足先がケロロの股間に当てられた。そこをツゥーッと縦横になぞるかと思えば、ツンツンと  
突っつくようにも動き、まるでケロロの大きくなったものを、さらに膨らまそうとしているようである。  
(モア殿…、これは偶然ナノ…? それともシカエシ…? ワザトナノ…?)  
 ケロロはうわ言のように、心の中でそう呟いた。危ういほどにいきり立った肉棒は、いじらしく  
与えられる刺激に嬉々と反応している。  
 
「この後、この場所に来てくれませんか……?」  
 モアはそう言うと、何かが書かれた紙を取り出し、テーブルの上に置いた。しかし、  
ケロロにはそれを見るような精神的余裕は無い。  
「おじさま…、来て…くれませんか…?」  
 モアは人差し指をモジモジとすり合わせながら、弱々しい声でそう尋ねる。だが、  
すり合わせているのは手の指だけではない。足指をクニクニと器用に折り曲げ、  
ズボンの上から怒張した肉茎を圧迫して形を変えさせる。ついには足裏でそこを  
グッと押し付けると、ケロロはピクンと震え、性欲を刺激する得も言われぬ快感に  
顔を歪ませた。  
「は、はひぃっ! 行きますっ、行くでありますぅ――っ!!」  
 結局、ケロロはその紙を一目も見ずして、首をブンブンと縦に振ることになる。この  
淫らな攻撃から逃れられるなら、頷くのは訳無かった。  
「わぁっ、本当ですかおじさま!? 私、お待ちしています!!」  
 モアは本日最高の笑顔をパアッと浮かべると、こたつからゴソゴソと出て、部屋を  
後にする。  
「ちょっと予定とは違ったけど、上手くいっちゃいました♪ てゆーか順風満帆?」  
 そうやって廊下を楽しそうな足跡が去っていく時、ケロロはそんな声を耳にする  
のだった。  
「お、おぅぅぅ……」  
 残されたケロロはグッタリと仰向けになり、天井を見つめながらしばらくそのまま  
放心していた。次第に股間に集まっていた血も分散し、非常事態も収束していく。  
十分に時間をとって落ち着いた後、先程置かれた紙のことを思い出し、手を伸ばして  
それを掴むと、仰向けになりながら朗読を開始した。  
 
「なになに…。伝説の樹の下で待ってます……。って、どこよそれ……」  
「ク〜ックックック……。何やら面白いことになってるみたいだな……」  
 トラブルある所に彼の姿あり。聞いたこともない目的地の書かれた紙を見て首を傾げて  
いるケロロの所に、先程居なくなったはずのクルルが再び現れた。その手には、ケロロが  
手にしているのと同じような白い紙が握られている。  
「これと間違えちまったらしいぜ。ま、ともかくこいつを読んでくれよ」  
 どうやらモアに頼まれて、本当に渡したかったほうの紙を持ってきたらしい。クルルが  
人の使いを受けるなど珍しいこともあるものだと思いながら、ケロロはその紙を手渡される。  
「ふ〜む……」  
 そこに書かれていた文によれば、近くの大きな公園で待っているということらしい。  
「待ち合わせるより、家から一緒に行った方がいいと思うのでありますが……」  
「まあこれは、雰囲気作りってやつじゃねえか? クックック……」  
「むぅ……?」  
 クルルの言うことがよく理解できないケロロだったが、時間もあまり無いためこたつから  
モソモソと這いだした。途端、今まで暖かかった身体が外気に晒されて、鳥肌が立つような  
寒さに襲われる。  
「うぅ〜っ…。今日は本当に寒いでありますな……」  
 こたつから出ただけでこの寒さである。外に出るなどといったら、この比ではないだろう。  
ましてや、こんな日に限って公園の散歩などに誘われる可能性を感じたなら、それに文句を  
言いたくなるのも仕方のないことである。  
「目的地…、変更できないッスかねえ……?」  
 何となく、手紙を持ってきたクルルにそうぼやくケロロであった。  
「俺に言われてもな…。それに手紙の主は、もう出掛けちまったみたいだぜェ…?」  
「はは…、そッスか……」  
 ケロロはそう言って自嘲気味に苦しく笑いながら、こたつの上にベタッと突っ伏した。  
 
 
 時はこたつの中の出来事からほんの20分ほど。あまりの寒さに軽装で行くことの危険を  
感じずにはいられなかったケロロは、クルルに人型用の防寒着を求めていた。  
「Zzz……」  
 「ちょっと待ってな」と言って地下へそれを取りに行ったクルルを待っている間に、ケロロは  
こたつに胸から下を突っ込んで、とても気持ちよさそうに眠っていた。そうしていた所へ、  
畳まれたコートを両手に携えたクルルが、ゆっくりと地上エリアに戻ってくる。  
「隊長、これを使……」  
「ケロケロケロ…、ケロロ軍曹は漫画界でも順調に地球を侵略中であります……」  
 どこから用意したのか定かではないが、戻ってきたクルルはブラウンのコートをケロロに  
差し出した。そこで怪しい寝言が耳に入ると、自らが離れた短時間のうちにケロロがのび太  
並みのスピードで爆睡していたことに気付く。  
「呑気なもんだねェ…。まあ、そこが隊長らしくはある…か。クックック……」  
 クルルはやれやれと溜め息を付いた。何やらその光景が想像しがたい寝言を発しながら  
涎を頬に垂らして眠っている大人を見るのは、かなり奇異で滑稽なものである。  
 クルルはコートを地面に伏せてから、ケロロの肩をポンポンと叩く。そうすると、安眠を妨害  
された青年はしばらく迷惑そうに唸っていた。そしてさらに寝言は続く。  
「漫画賞受賞――ッッ!? ケロロ将軍…、間違いないでありますっ! 感動であります!  
ん? あれ、ええっと…、将・軍? し・ょ・う・ぐ・ん……? えええええっっ!? おかしい  
ですよ! ○○○さんッ!!」  
 執拗に肩をノックしているうちに、ケロロの声量は段々と大きくなる。ようやくクルルが自分を  
起こそうとしていることに気付いたのか、ある時突然目をカッと見開いた。  
 ドカァッッ!!!!  
「いったああぁぁぁ――――ッッ!!!? 痛い痛いっ、痛いでありますぅ――――ッッ!!」  
 妙な夢でも見ていたせいだろうか。いきなり飛び起きようとしたケロロは、深く潜らせていた  
身体をこたつの天井に思いっ切りぶつけてしまう。悲鳴を上げて痛みを連呼するが、次には  
静かになってピクピクと悶絶していた。  
 
「訂正がない。ただの現実のようだ」  
 まだ寝惚けて何やらブツブツ言っているケロロをクルルはしばらく面白そうに見ていたが、  
そろそろいいかとケロロに向かって話し始める。  
「ほら隊長。持ってきたぜ」  
「え? あ、あれ、ここは…。吾輩の天下統一は……?」  
 ジーンとくる痛みに悶えながら、涙目の青年は思考を整理する。そうして全てが奇異な夢で  
あったことに気付くと、恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いた。  
「いやー、はは。夢でありましたか。そうだよね、夢だよね」  
 いまだ残る打撲痛を誤魔化すように苦笑し、ようやく気持ちが落ち着いてきた所でクルルの  
方を見やる。  
 その手に携えられた防寒具はクルルの選定ということで、多少デザイン等の不安を募らせて  
いたケロロだったが、もしこれを日向家の誰かが着たとしても全く違和感が無いように思える。  
自分の嫌な予感も杞憂だったようで、ケロロはホッとした表情でそれを受け取った。  
 置き時計を見て短針、長針と確かめるが、先程からあまり時間は経っていない。が、クルルの  
話しによれば、モアはすでに家から出立したそうである。立場的にも、今日の寒さの中でモアを  
待たせるのはあまり気持ちのいいものではなかった。  
「では、早速行ってきますかねぇ」  
 ケロロがこたつのテーブルをトンッと叩いてのっそりと立ち上がる。そしてコートを羽織ると、  
玄関の方へと歩み始めた。  
「ま、頑張りな……」  
 そう送りの言葉を告げるクルルに、ケロロは後ろ向きに手を振って応えたのだった。  
 
 ケロロは玄関のドアを開けて寒空の外へ出る。生物の悲鳴など気にもしなさそうな冷たい  
風が襲い掛かってきたが、クルルが貸してくれたコートのお陰で耐えようと思えば何とか  
なりそうだと、少し安堵の色を浮かべた。  
 「さて、行きますか」と心の中で号令を掛け、一歩二歩と足を踏み出して門を通ろうとした時、  
庭の方からブツブツと声が聞こえてくる。気になったのでちょっと覗いてみると、そこには  
ブルブルと震える赤いものがあった。  
「これはギロロ。一体何をしているのでありますか?」  
「ん、ケロロか…? …ぬおっ! 貴様ッ、その姿はなんだ!?」  
 ギロロは大きな声を上げて口をあんぐりと開いていた。毎日聞いている仲間の声を聞いて  
振り向いたギロロが見たものは、当然予想される者の姿とはあまりに違う、地球人への擬態を  
しているケロロなのだ。このように取り乱すのも無理はない。  
「いや、なんつーか。擬態でありますよ、擬態」  
「フンッ、まぁた下らんことをしやがって…。まあ、今はそんなことはどうでもいい。これを見ろ」  
 ギロロは、自分が大袈裟に反応してしまったことを恥ずかしがるようにしながら、ケロロに  
その視線の先を注目するよう促した。  
「ニャーン……」  
「いつもの猫ですな…。それが何か?」  
「違うッ!! よく見ろ、ここにあった俺のテントが無いだろうが!」  
 そう言われてみればと、ケロロはそこにあるべきギロロの住処が消失していることに気が付いた。  
(はっは〜ん。そういうことでありますか……)  
 見れば、ギロロは身体をモジモジと動かしてこの寒さに耐えているようだ。「地球人の施しなど  
受けられるか」と頑なに言い続けてきた頑固者のことである。どうせその頭の中には、日向家の  
中で暖にあたらさせてもらうという考えは無いのだろう。  
「テントが無いなら、家の中で暖まればいいじゃない」  
 だが、ケロロはその硬派な軍人を敢えてからかうようにしてそう告げる。毎度のことだが、  
ギロロの固い頭には一言物申したい所だった。暖という餌にギロロがどの程度食い付くか、  
ちょっと試してみたくなったのである。  
 
「なっ、馬鹿を言え。そんな助けなどいらぬわっ!」  
 やっぱりこれか…とケロロが落胆していると、猫がトボトボとギロロの方に近付いてきて、  
その赤い脚に身体を押し当てている。口からは辛そうな鳴き声を力無く漏らしていた。  
「ああ…、その猫が可哀相であります。石頭なギロロのせいでこんなにも寒々しい思いを……」  
「フン、俺はこいつを繋ぎ止めた覚えはないぞ? 家に入るならこいつだけで入ればいい  
のだ。ほら、入れ」  
「ニャー…、ニャウン……」  
 ギロロがそう言って玄関のドアを半開きにするが、猫は悲しそうな表情でギロロを見上げて  
鳴いているばかりであった。その何かを訴えるような瞳が、ケロロの言葉と相まってギロロの  
心を激しく揺さぶる。  
「ニュー……フ…ニャァ……」  
「猫が今にも泣き出しそうでありますな…。ギロロくーん、君も意固地にならずに一緒に入って  
あげたらぁ?」  
「な、何をっ…。ぐ…ぬぬぬ……」  
 一分後――  
「ニャー、ニャー♪」  
 ギロロが白猫を付き添わせながら、玄関のドアを開いて中に入っていった。表情豊かな猫は、  
嬉しさを満面に浮かべた顔をギロロの脚に擦り付けながら、パタパタと尻尾を振っている。  
「最初からそうしてればいいのにねぇ……」  
「クッ…。い、言っておくが、寒いから入るのではないからなっ! これは俺のテントの在処を  
調べるため……」  
「あー、はいはい」  
 お固い男の長くなりそうな言い訳が始まると、ケロロはそれを聞き流すようにして門を出た。  
 
 何だか色々とやっているうちに、モアと約束を交わしてから随分時間を食ってしまったような  
気がしていた。ケロロは剥き出しの顔面に時折吹き付けてくる冷風に苦笑し、葉の抜け落ちた  
冬の枯れ木を眺めながら、公園に向かう道を早足で進んでいく。  
 コロコロ……  
「ん、これは?」  
 公園の入り口近くまで来た所で、自分の足元に白と黒の色で出来たボールが転がってきた。  
形状から間違いなくサッカーボールである。急ぎ足で吹き出た額の汗を拭いながら、どこから  
転がってきたのだろうと周りに目をやると、前方から小学生ぐらいの女の子が二人、こちらに  
駆け寄ってきた。  
「おじちゃ〜ん、それ取って〜!!」  
「お、おじちゃん!?」  
 おじちゃん…、危うい響きだった。モアにはおじさまと呼ばれているが、面識のない者に  
思いっ切りこう言われるのと話は別である。そのもう少しでオッサンという域に到達しそうな  
呼び名にケロロはよろめくが、今は地球人の姿だからそう見えるのも仕方ないだろうと、  
ここは都合良く考えておくことにする。  
 少女たちの靴は土色に汚れていた。最近女性でもサッカーをすることがテレビでやって  
いるが、この女の子たちもボールを蹴って遊んでいたのだろう。サッカーが好きなケロロは  
嬉しくなって、先程の精神的ダメージを打ち消すように顔をほころばせながら、そのボールを  
サイドキックで蹴り返す。  
(決まったぁ――っっ、ゴール前への華麗なスルーパス!!)  
 ケロロは心の中で一人実況するが、そのパスは言葉通り見事に女の子の足元へと転がって  
いった。鋭いパスが届いた少女の目の前にゴールがあれば、ネットを揺らしていたかもしれない。  
女の子の一人が少し驚いたようにしながらボールを受け取ると、二人でケロロの方へ歩み寄って  
きた。  
「すごーい! おじちゃん上手なんだね!!」  
「いやー、そう?」  
 ケロロは照れたように髪を撫でる。擬態の影響で身体能力はかなり上がっているのだろう。  
ケロン人である小さい身体の時に苦労していた微妙なボールコントロールが、こうも手慣れた  
ようにできるとは思っていなかった。  
 
「それで…、君たちはもう帰るのでありますか?」  
「うん! 今日は雪だから、早く帰らないとママに叱られちゃう。おじちゃんは?」  
 さっきから乱発されている気がするが、もうその呼び名は気にしないことにする。  
「吾輩は……、ちょっと女の子と待ち合わせをしていましてな」  
「え〜、それってデート?」  
「すっごーい。こんな日にデートなんてラブラブなんだ〜♪」  
「え? は、はは……」  
 子供の言うことだが、男女の付き合いについて根掘り葉掘り追求されるのはやはり嫌な  
ものである。ただ待ち合わせているだけと言っても聞かなさそうな女の子たちから、ケロロは  
逃げるようにしてゆっくりと歩み始めた。とそこで、少女たちが気になる言葉を発する。  
「あーっ、そういえば金髪で顔真っ黒にしたお姉ちゃんがベンチで眠ってたよ」  
「あ、そうそう。寒そうだったからあたしたちが起こそうとしたのに、全然起きなかったよね〜」  
 二人の少女は顔を見合わせてそう話した。それが耳に入ったケロロの胸は、一瞬ドキッと  
動揺を伝える。  
 
(いくらやっても起きない…? まっ、まさか、モア殿の身に何かッ!?)  
 突然強い不安と焦燥に駆られたケロロの脳内で、捨てられた子犬が雨の中で鳴いている  
映像が流れ出した。悲しそうにしながらいくら待っても手は差し伸べられず、気温は段々と  
下がっていき弱っていく。漫画のワンシーンに出てきそうな、そんな悲しい光景。  
 やがて子犬の姿は雨で濡れたモアの姿へと置き換わる。ただひたすらに待っている少女の  
体力は、否応なしに奪われていった。そしてモアが辛そうに「おじさま……」と自分の名前を  
呼んだ時、その絶望の色が滲む涙目を瞼が隠し、空を彷徨うように伸ばしていた腕がガクッと  
落ちる。ケロロの縁起でもない妄想は、そこで幕を閉じた。  
「モ…、モ……」  
「おじちゃん?」  
 この寒空の下で待たされすぎたモアがどうかしてしまったのではないかという負の思考に  
支配されたケロロは、言葉を小刻みに発しながら悔恨の表情で両手をワナワナと震わせる。  
「モア殿――――ッッ!! すぐに行くであります――――っっ!!!!」  
「きゃあぁっ!?」  
「あー、行っちゃったぁ。変なおじちゃん……」  
 ケロロは物凄いダッシュを見せて、公園の入り口から中へと入っていく。残された少女たちは、  
前方にパスを出されたFWの如き瞬発力を見せる青年に驚き、なかば茫然としながらそれを  
見送っていた。  
 
 話は日向家に戻る。人のいない家の中に入ったギロロは、自分の組んだ脚の上で気持ち  
よさそうに丸まっている猫の頭を撫でながら、テントの在処を考えていた。  
 色々と考えてみたが、こういう事があった時に物凄く関わっていそうな人物がいた。ケロロ  
小隊がトラブルに巻き込まれる時などは、大体その者が原因である。  
「……やはり、アイツだな」  
 そうやって思い当たった人物は、ケロロ小隊のトラブルメーカーであるクルルだ。大方、  
自分のテントを何かに利用しようとして持っていったのだろう。そう結論付けて思い立った  
ギロロは、立ち上がろうとしてふと脚の上に乗った猫を見やる。  
「うにゃ〜……」  
 暖かいのが心地よかったのだろうか。白猫はいつしか目を閉じて、気持ちよさそうに鳴いた  
かと思うとスヤスヤと眠っていた。  
(すまんが、そのまま眠っていてくれ……)  
 ギロロはそんな大人しくなった猫を見て微笑すると、起こさないようにゆっくりとソファの上に  
寝かせ、廊下の方に向かって歩き出す。  
 その時突然、目の前の空間で歪みが生じた。裂けて大きくなり、人が一人通れるほどの  
大きさになる。これは何者かがここへ超空間移動をしようとする時のものだ。  
 ギロロは別段驚く様子もなくそれを見ていた。超空間移動はケロン人たちの常識で、仲間内で  
この移動手段をよく使う者といえばすぐに思い付く。今、その者が穴を通ってこちら側に降りて  
きた所だ。  
 
「チッス、ギロロ先輩! 軍曹さんはいますか〜?」  
(やはりタママ…か)  
 紺色の身体に特徴的な尾びれ。ケロロに会いに来たためか、その顔からご機嫌なオーラを  
噴出させているタママが日向家の中へと降り立つ。そう尋ねられたギロロだが、先程の会話で  
ケロロがどこかへ外出しているのはわかっていた。  
「いや、ケロロは居ないが…。しかしちょうどいい。今から地下へ行こうと思っていた所だ。  
ケロロの居場所もそこでわかるかもしれんし、一緒に行くか?」  
「ラジャーッス♪」  
 かくして二人は地下へと向かう。その一角にあるクルルズ・ラボではモアの様子を観察して  
いるクルルの姿があった。  
「あー、退屈だねェ……」  
 クルルは椅子に座り両手を後頭部に当てるようにして組みながら、ふんぞり返ってモニターを  
見ている。行儀が悪いように見えるが、いつまで経っても来ないケロロに、眠ってしまったモアを  
見ているのにもそろそろ飽きてきた所であった。  
「まあ、アレのせいで眠くなっちまうのは仕方ねえか。それよりも隊長が遅いぜ……」  
 ケロロが家を立った時間を考えても、そろそろ着いていいはずなのだが…とクルルが思って  
いると、カメラに写されたモアのいる方に向かって物凄い勢いで近付いてくる影が見えてきた。  
「クックック…、ようやくお出まし…だな」  
 クルルは一つ笑うと、逸らしていた上体を起こして真っ直ぐにモニターを見始める。それは  
これから面白くなるであろう展開に対する期待の表れであった。  
 

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