ケロロがモアに翻弄される数分ほど前。日向家地下のクルルズ・ラボ前に、訝しげな表情を  
しながら腕組みをするギロロと、そんな様子を不思議そうに見つめているタママの姿があった。  
 ギロロは人型と化したケロロのことを尋ねられたことで、その擬態について深く考えていた。  
ケロロ一人でそんなことが出来るとはとても思えないし、クルルの関与は間違いないだろう。  
どうやらテント捜しという目的は、クルルを尋ねることで解決されそうである。  
「ギロロ先輩、どうかしたですか? 早く入りましょ〜よ」  
「む、ああ……。そうだな」  
 いつになく嫌な予感に少し慎重になっていたギロロだが、タママに促されると止めていた足を  
動かし始めた。疑心暗鬼になっていたためか、ノックをすることなくラボの入り口を開ける。  
「タママ、中に入ったら少しの間だけ静かにしていろ」  
「? いいですけど〜……」  
 ギロロは戦場で培ったその洞察力で、今クルルが何をしているのか探るべきだと悟っていた。  
ラボの中に静かに入室する。物静かな空間を抜き足差し足で、二人はどんどん奥へと進んで  
いく。  
(グッ……!?)  
 いつもクルルがひとりで居座っている辺りが見えるような位置まで入り込んだ時、先を歩いて  
いたギロロがピタッと足を止める。どうやらその予想は的中してしまったようだ。  
 タママは、突然固まってしまったギロロの横からその先を覗き見る。そこに映っていた者は  
男女二人。寄り添っている様子から恋愛ドラマでも見ているような気分になったが、その女の  
方の顔にはよ〜く見覚えがあった。  
「おいおいおい〜……。密会現場、目撃ですぅ〜〜っっ!!」  
「うおっ!? 待て、タママッ!!」  
 その光景を見たタママは、スクリーンに突撃しそうな勢いで飛び出していく。自分のライバル  
である女が、いきなり知らない男と雰囲気良さげにしているシーンを見たのだ。驚愕と感動で  
気持ちが溢れかえり、どうにもそれを抑えきれなかったのである。必然的に、今までそれを  
見ていたクルルにも完全に気付かれてしまったのだが。  
 
「おいおい、いつの間に……。ノックぐらいはしてほしいねェ」  
 クルルは少しだけ驚く素振りを見せたが、またすぐにいつもの冷静さを取り戻した。もっとも、  
クルルにとってはこの状況ですらも楽しみに思えるのかもしれない。そんなマッドな頭脳兵を  
見るギロロの目は、やれやれといった呆れのような気をクルルに感じさせる。  
「クックック……。まあ、そんな顔しなさんなって。こいつは俺が頼まれて、親切にやってやった  
ことなんだからよ」  
「ほう……、その割には随分と楽しそうだが。詳しく説明してもらえるんだろうな?」  
 ギロロはそう言い放つと、視線を強めてクルルを見据える。クルルは初め、小さく目を逸らす  
だけだった。しかし、ギロロがいささか怒気を含んだ視線を浴びせると、面倒なことになるのを  
危惧したクルルは舌打ちの後に一つ溜め息をつく。  
「チッ、わかったよ……」  
 そうして、渋々と事の顛末を語り出した。  
 ――クルルの話しによれば、モアが「勇気が出るようにしてください」と頼んできたのが事の  
始まりだった。人の精神状態をコントロールする薬は、地球ですらたくさん存在するものだ。  
それを作ることぐらいクルルには容易なことだったが、ただそうするだけでは面白くない。そう  
やってモアに与えたのは――  
「何ぃっ、眠っている恐怖の大王としての性格を刺激する処置を施しただと!?」  
「クックック、そういうことだな。これで大体の流れはわかっただろ? ただ……、一つ問題が  
あるんだがね」  
 ギロロがその言葉を聞いて「やはりな」と呟く。大概クルルの発明には、その好奇心ゆえに  
何らかの副作用を秘めている場合が多い。自分も漏れなく被害にあってきたのだから、その  
思いも一入だ。  
「もしその恐怖の大王としての人格が暴走を始めた場合、気付いた時には地球が真っ二つに  
なってたりしてな……。ク〜ックックック」  
「おいっ、それは笑い事ではないだろうっ!!」  
 予想以上の危険を告げられ、ギロロは思わずクルルの首下を掴んで前後に揺さぶった。  
 
「ククク……。先輩、こんな事やってる場合じゃないかもしれないぜェ?」  
「何ッ!?」  
 ギロロはしばらく目を離していたモニターを見やる。人型化したケロロとモアの距離はますます  
接近し、明らかに通常時の少女の様子とは一変していた。  
 しかし、先程からさらに変わっているものがモニターの前にあった。クルルに気を取られていて  
忘れていたが、モニターを注視していたタママから何やらどす黒いオーラが噴出されている。おそ  
らくモニターを見ているうちに、その男がケロロであることに気付いたのだろう。  
「ま、待てタママ。落ち着け、落ち着くんだ」  
 非常事態とはいえ、タママが暴走するとさらに状況が怪しくなりそうだった。ギロロは何とかそれを  
止めたかったのだが、うまい言葉が見つからない。そのうちにも黒い気はどんどんと膨れ上がり、  
部屋全体を覆っていく。  
「あの女〜〜ッッ。もう許せないですぅ〜〜!!」  
 ギラギラと嫉妬に燃える血走った眼を、モニター先のモアにぶつけている。そんなタママから  
増幅した禍々しい気が一気に放たれ、近くにいたギロロとクルルを部屋の外まで吹き飛ばす。  
「うおああああっっ!?」  
 あまりの勢いに為す術無く二人は吹き飛んでいった。ラボ内の物が一緒に飛んできては自分  
たちにボコボコと当たってくる。  
「クックック……。おや、どうやら収まったみたいだな」  
 突然、ラボ内から吹き出してくる邪気が流れを止めた。ギロロはホッと息を付いたのもつかの間、  
自分に被さる物を押しのけて、部屋の中へと足早に入っていく。  
「おいっ。タママ、どこだっ!?」  
 埃と煙が立ち込める部屋の中で、ギロロがタママを捜し回る。が、見当たらない。段々と視界が  
ハッキリとしてきたが、タママの姿がここから消え失せている。  
「やれやれ、カメラがほとんどやられちまった」  
 そんなギロロとは対照的に、クルルは不自然なほどに落ち着いていた。そうやって文句を言い  
ながらも少し楽しそうなのは、おそらくもう気付いているからだろう。タママが、ケロロとモアのもと――、  
その待ち合わせていた公園へ超空間移動したことに。  
 
 
そしてタママとケロロたちは相対する。  
タママはクルルの話していたことを伝えるが、モアの意識はすでに変容してしまっていた。  
モアはタママの問い詰めを受け続け、ついにはケロロが「好き」だと公言する。  
もっとも、ケロロにはそれがモアの本当の意思なのかどうかの判別は付かなかったが。  
モアはコートを脱ぎ去り、破壊の神器ルシファースピアを右手に携える。  
一方のタママも、退くつもりなどは毛頭無い。  
モアとタママの想い。かくして二人のそれは激突した。  
モアの圧倒的な力は大地を揺るがし、タママはそれをかわしながら好機を探る。  
ケロロをも巻き込むその闘いは、誰の制止も入ることなく佳境へと差し掛かっていった。  
 
 
ハァー……、ハァー……」  
 タママの息が荒い。その細腕でルシファースピアを振り回すモアにパワーでは対抗でき  
ないと踏み、スピードで何とか攪乱しようとする作戦に出た。しかし、それは想像以上に  
スタミナを消耗するものだったのだ。  
 吹き飛ばされた衝撃でいまだ身悶えているケロロは、守られるようにしてタママの真後ろ  
に位置している。結果的に、タママがモアからケロロを奪ったような形になっていた。それが  
今の恐怖の大王としての少女の神経を異常なまでに逆撫でし、逆鱗の鉄槌がタママに襲い  
掛からんとしている。  
「返して……。おじさまを……返して……」  
 何度目だろうか。少女は、先程からうわごとのようにその言葉を繰り返していた。その目の  
焦点は、戦闘を繰り広げている二等兵ではなく、奥に見える古くから慕っている者へと合わせ  
られている。ただ、その瞳は明らかに正気を失っていた。  
「だから……、さっきから言ってるですぅ……」  
 タママとしても、「はいそうですか」と大人しく譲るわけにはいかなかった。その意思を象徴  
するように両手を横に広げて、ケロロを庇うような仕草をモアに見せ付ける。  
「そんなに軍曹さんが欲しいなら、このボクを倒して奪ってみろってんだよぉぉぉっっ!!」  
 自称キュートキャラとは思えないような雄叫びを上げて、タママが二の腕の筋肉を張り詰め  
ながら恐怖の大王へと飛び掛かっていく。互いの押し問答は飽きることなく続き、モアの  
微かに残った理性も、すでに風前の灯火だった。  
 グオオッ!!  
「クゥッ……!?」  
 都会の女子高生スタイルという少女にはあまりに似つかわしくない神器が、今までにない  
凄まじい勢いで振りかざされる。タママは自らの予測を上回るその動きをすんでの所で  
かわしたものの、あとコンマ数秒でも判断が遅れていたらその身体は引き裂かれていた  
所だろう。  
「ちゃんと避けないと死んじゃいますよ? クスクス……」  
 少女はあまりにも冷たい、しかし感嘆してしまうほどに綺麗な、透き通った氷のような笑顔を  
向けてくる。静かで強烈なプレッシャーがタママを襲い、死の恐怖が背筋をゾワゾワっと駆け  
抜けた。最早、目の前にいるのはアンゴル=モアという少女ではない。勿論、本当の性格とも  
全く違っているということを改めて認識する。  
 
(チィッ。癪ですけど、これはお前のためでもあるんですぅ〜っっ!!)  
 モアに正気を取り戻してもらうなら、倒すのが一番いい方法。誰かに言われたわけではないが、  
タママはその確信のもとに闘いを続けているのだ。いくら圧倒的な力を見せられた所で、断じて  
勝負を捨てるわけにはいかない。  
 だが、眼前に君臨する少女を改めて見据えると、その破壊の衝動はますます強まっている  
ようで、こうして近くに立っているだけでも威圧感で押し潰されそうになってしまう。勝負はそう遠く  
ないうちにつけなければならない。目に見えるほどのモアの強さに、タママはそう考えざるを  
得ない状況であった。  
(でも、どうすればいいですか……?)  
 モアの攻撃が休まってる間に、頭をフルに働かせる。何か手立てはないか――  
(出来れば距離を置きたいですぅ〜。でも、そしたら軍曹さんが……。ん、軍曹さん……?)  
 突然、タママは何かが閃くのを感じた。が、それに気を取られていると、モアが再び恐ろしい  
スピードで向かってくる。  
「チィィッ!!」  
 解決の糸口を見つけたタママがその先を――と考えていた所で思考を遮られ、一つ悔しさを  
吐き出した。一端考えを打ち切り、その猛攻をかわすことに意識を集中する。とてもではないが  
考え事をしながら闘える相手ではない。  
 ドゴォォォッ!!  
 ルシファースピアが地面に叩き付けられ、破られた地面が派手に盛り上がる。危ない所で  
何とか回避に成功したタママは、激しい攻撃の動作で出来た相手の隙を見計らって草葉の  
陰へと身を潜ませた。いい閃きがあったためか、その表情は先程よりもいくらか希望に満た  
されている。  
(軍曹さんには悪いけど、もうこれしかないですぅ〜……)  
 心の中でそう断りを入れると、タママは自らの掌に意識を集中させる。みんなの嫉妬を少し  
ずつ集めて黒い気を形作り、怨念のこもった嫉妬玉を手の内に練り出すのだ。  
 
 何の問題もない――順調だ。タママがそう感じて小さく笑った時、膨らんでいったその気が突如  
威力を弱めた。  
(待つですぅ……。これが成功したとして……、軍曹さんとあの女がくっついて……、そしたらボク  
は……、ボクはひょっとして骨折り損なだけ!?)  
 そう。よくよく考えてみれば、今の自分は地球のためでもなく、ましてや己のためでもない。結果  
としてこれはケロロとモアの関係のためにやっているのではないか? 激しく湧き上がってきた  
そんな疑念が集中を切らさせ、大きくすべきである嫉妬玉の体積がとどまってしまう。  
 辺りに大きな衝撃音が響き渡る。標的を見失ったモアが、そうやって暴れることでタママをあぶり  
出そうとしているのだ。普段であれば、とうに物見の人垣が出来ているだろう。タママは湧き上がる  
焦燥の中、歯を軋らせて頭の中で自分と格闘していた。  
(くぅぅ――っっ!!)  
 タママはその心中で呻いていたが、やがて辺りは静まり返った。モアもようやく攻撃の手を休めた  
らしい。  
「おじさま……」  
 ケロロに近付くのを邪魔する者が隠れ潜んだことで、目の前から忽然と居なくなった。モアは先程  
まで激しい闘いを繰り広げていたタママの事など忘れたかのようにニコニコと微笑みを浮かべ、  
地面に半分横たわっているようなケロロに近付いていく。  
「モア…殿……、あいたた……」  
 強く打ち付けられたせいか、身体の節々が痛んでいた。ケロロはぎこちない動きながら体勢を  
起こそうとする。そこへモアがやって来て、ケロロの首を巻くようにして腕を回してきた。  
「捕まえましたっ。私、さっきからおじさまのこと欲しくてしょうがないんです……。てゆーか愛執染着?」  
 後頭部に当てられたモアの掌で、優しく顔を寄せ上げられる。先程の狂気の表情とはうって変わった  
嬉しげなモアに、正気に戻ったのではないかという期待が微かに持てた。だが、その言動の不自然さは  
どうにも拭いようがない。  
 
「いつものおじさまは勿論ですけど、今のおじさまも素敵です……」  
 濃密な女の雰囲気を漂わせるモアが、狼狽える青年の顔を胸の中に包み込むようにして  
抱き寄せる。防寒着を脱いでいつもの制服姿になった少女のそこは温かい柔らかさに満ちて、  
聞いていると不思議な気持ちになるような鼓動がトクントクンと感じられた。  
 思い掛けない驚きと興奮でケロロは面を赤く染め上げ、いつもの少女では有り得ないで  
あろう大胆な行動に戸惑う。置かれている状況がうまく把握できないほどで、あやされる子供  
のように抱き寄せられた柔胸へと本能的に自分を押し付けていた。  
「ハッ!? 吾輩は何を……」  
 程なくして錯綜している自分に気付き、密着させた顔を小さく離した。だが、モアはより一層  
喜悦に頬を染めて、またケロロの顔を引き寄せる。今度は胸元に抱き寄せるのではなく、  
自らの顔と接近させていった。  
「う…ぉぉっ……!?」  
 ケロロには、これがよくある口付けシーンへの布石に思えたが、それを止めようとする意思は  
言葉にはならなかった。抵抗もなく困惑の声をただただ漏らすばかりで、可愛らしい小麦色の  
顔は待ったなしに近付いてくる。  
 そして次の瞬間、額と額がコツン、とかち合った。  
「へっ?」  
 ケロロは思わず閉じていた両眼を見開き、狐に化かされたような声を出す。どうやら、突然  
唇を奪われる危機は回避されたようだ。  
「んっ……、あ…ふっ……、ぁ…んん……はぁぁ……」  
 目の前の少女はと言えば、二人の額同士を小さく擦り合わせながら、喘ぎにも似た甘い声を  
漏らしている。楽しそうにじゃれ合うその姿はまるで子供――、だがそう例えるにしては、今の  
少女はあまりにも濃艶すぎる。  
 
「は…ふぅ……、おじさま……、おじさまぁ……」  
 モアは切なげにケロロのことを呼び、額を合わせたまま手をケロロの肩に掛けるようにして  
首から下を絡み合わせていった。柔らかい胸の感触と腹部の穏やかな肉付きが合わさって  
ケロロの上半身を刺激すると、惜しげもなく剥き出しにされたスラリとした脚の、太腿からふくら  
はぎに至るまでの艶やかな感触を伝えるように、スルスル……スルスルと思うがままに動かし  
ていく。  
「ん…ぁ……っ。ちょ、ちょっとこれマズ――」  
 男を誘惑する肉付きを備えてきた少女の積極的な行動は、目の前で誘う女に襲い掛かりたく  
なるような衝動をケロロに喚起させる。そんな煩悩を何とか脱却させようと首を振りながら身体を  
離そうとする渦中の青年だが、今だ残る鈍痛が数拍ごとに身に押し寄せ、小さい呻きと共にその  
抵抗も微弱なままに潰えてしまうのだった。  
「ああっ、逃げちゃダメですよ、おじさまぁ……。てゆーか敵前逃亡?」  
 モアは、痛みを堪えながらそこから這い出そうとするケロロをガッシリと引き止め、自分の行為  
を楽しむようにして熱のこもった吐息を狼狽の青年に浴びせる。ぼうっとした暖かい媚風がケロロ  
の意識にそよそよと浸透し、拒絶の意思を軽く吹き飛ばすかのようだ。次第にそれが伝播したか  
のようにケロロの興奮も強まり、ついには自分の口からも漏れ出した興奮の証明がモアのものと  
ぶつかり合って反響する。二人の間に残された僅かな距離は、熱息という睦み合いの空気に  
よって埋められたも同然であった。  
 
 相変わらず男にとっては気持ちの良すぎる女肌の感触がケロロを襲う。包まれるような温かい  
心地よさばかりではなく、柔らかくて、何となく甘えたくなってしまうような、そんな感覚がケロロの  
理性を徐々に奪っていった。  
(ひぃぃっ、本当にヤバイでありますぅ――っっ!! 誰かー、誰か助けて――っっ!!)  
 主人公に助けを求めるヒロインの如く、ケロロは心の中でそう叫ぶ。人気のない公園の中で  
誰か居ないか――と気を探り、ある時膨れ上がるよく知った邪気を感じた。瞬間、ケロロの中で  
キュピーンとニュータイプ音が鳴り響く。  
(こっ、これはタママ二等!?)  
 モアにやられてどこかに行ってしまったのではないかと思っていた部下の存在を再確認し、  
一筋の希望が差し込んだ。この遠くでも感じられる気は、嫉妬玉を形作るタママのものに他なら  
ない。  
「ん……」  
 モアは動かしていた身体を止め、少し離れてケロロの上半身をずいっと見渡した。どこかウットリ  
としながら僅かに目を細める。まるでこれから食べる大好物を見て楽しんでいるような行為に、  
それまで絡み取られていた青年の危機感は一気に高まった。  
「ま、待って……。待って欲しいであります、モア殿――っっ!!」  
 モアは何も言わない。そして静止もしなかった。ただ無言のまま火照った肢体をググッと近付け、  
ケロロに覆い被さろうとする。前菜を前にした濃艶な少女が口を開くと、その中は期待への唾液で  
濃く潤っていた。先程タママの妨害を受けた戯れの続きをしようというのか、ケロロの頬に手を  
当てて並びの良い白い歯を垣間見せながら、二人の顔をスーッと寄せていく。  
(ヒィィィィッ!? 食べられる――!!)  
 例えるならば、まな板の上の魚だろうか。もっとも、その藻掻く様は似ているが、これから身体を  
好きなように料理されるのかという不安で、動揺は遥かに上なのかもしれない。  
「くうぅぅっ、タママ――――っっ!!!!」  
 金髪の先が額をくすぐり、モアの色牙が口蓋を押し割ろうと限界まで接近した時、ケロロはその  
仲間の名を叫んだ。自分と、そして目の前の少女への助けを求めて。願いを託された隊長想いの  
二等兵はギリリと歯を軋らせると、大きく息を吐き出して飛び出し、ついに姿を現す。  
 
「クソッタレ――――ッッ!!!!」  
 タママはそう叫んで影から飛び出すや否や、腕を振り下ろしてモアに向けて嫉妬玉を発射する。  
当初考えていたより大分威力の弱いものであったが、最早一刻の猶予もなかったのだ。ともかく  
それを放った今となっては、事がうまくいくことを祈るしかない。  
「クッ!!」  
 モアは身の危険を認識するとサッと戦闘モードに早戻りし、それをかわすために地を蹴って横に  
飛び出した。機敏な反応で嫉妬玉の経路から離れた所まで一瞬のうちに移動したのだが、その時  
少女は何かを忘れていることに気付く。  
「……っ!?」  
 モア目掛けて放たれたそれは、当然一緒にいたケロロの位置へと進んでいく。モアが離れた今は、  
ケロロだけがポツンと取り残された状態だ。普段のモアであればこんな事はなかったのだろうが、  
如何せん今の少女は破壊本能の塊であり、このように自分と相手以外の第三者の存在が希薄に  
思えてしまうのも無理はなかった。  
「軍曹さ――――んッッ!!!!」  
 タママの叫びにケロロが応じて顔を見上げると、その表情は何かを……、とにかく必死に訴えて  
いるようだった。が、そんなことを考えているうちに黒いエネルギー玉はあっという間に接近していて――  
「あれ……、こうグワァーッと方向を変えたり出来ないのでありますか? このままだとひょっとしなく  
ても吾輩に当た――――」  
 急速に接近する巨大な丸弾に威圧され、途中で言葉を飲み込んだ。ケロロはあまりにも目まぐるしく  
移り変わるシチュエーションに対処できず、痛む身体とも相まって反応が大きく遅れてしまっていた。  
もう……避けるのは不可能だ。  
「おじ――」  
 モアがケロロのことを呼びながら手を伸ばす。だが、勢いよく空を走る嫉妬玉のスピードには間に  
合わず、ケロロは敢え無くその凶弾に呑まれていった。  
「まっ、まだ開けてないガンプラがあるのに――っっ!! ケロォォォォ――――ッッ!!!!」  
 ドオオォォォォォ――――ンッッ!!  
 見事なまでに、直撃――。モアは茫然と硬直して、ケロロを求めて伸ばした右腕は、虚空の寒空の  
下で震えている。  
 タママはその一部始終を遠巻きに眺め「やった」という感じで拳を握り締めていた。  
 
(しっ、死ぬ……。これ以上闘いに巻き込まれたら、死んでしまうでありますっ……)  
 ケロロは痛んでいた身体にさらなるダメージを受け、心中で辛く呻いていた。今の自分に大した  
能力もないことを考えると、これ以上戦闘に付き合わされるのは勘弁願いたい。  
 しかし、そんなことを考えられるということは、幸いなことに瀕死の重傷を負うまではいかなかった  
ようである。どうも、嫉妬玉の威力が思いの外弱かったことが救いだったようだ。とはいうものの、  
一体どれぐらいの負傷を受けたのかわからないほどで、動けなくなったこともありピンチだと思って  
いたのだが、モアもタママも近付いてくる様子はない。  
(こっ、これは……)  
 もしかして、自分はこうやって倒れていれば何の危害も受けないのではないか。自分の身のために  
四の五の言ってはいられないケロロは、完全に気絶した振りをしようと、目を閉じたまま身体を極力  
動かさないよう努めることにした。  
 やがて着弾の衝撃で舞い上がった土埃も落ちて、視界が良好になってくる。程なくして、モアは  
その中心で倒れて身動き一つしない青年の姿を見て取ることとなった。  
「ウ…ソ……。てゆーか冷酷無比……?」  
 モアの固まっていた身体は小刻みに震えだし、目頭が熱くなっていった。内から迸る凄まじい  
感情の奔流。それが、尋常ではなくなっていた少女の身に劇的な変化をもたらす。  
 激しい戦闘による蹂躙を受けて全てが静まり返ったような大地の下、そこへ悲痛な涙が落ちる  
のを合図にしたように、少女が淡い光を放ち始める。眩い光にタママが目を細めていると、そこに  
立つモアを中心として、閃光と轟音が周囲に向けて一気に広がっていった。  
 
 ゴオオォォォォ――ッッ!!!!  
「なっ、なんですか〜? って……、うわああぁぁ――っっ!!」  
 突然の出来事に、タママは腕を前面に出してガードの体勢をとる。自らの背に大きな木を当てて  
吹き飛ばされるのを懸命に堪えようとするが、その木もあまりの風圧に葉擦れの音を出しながら  
大きくしなっていた。耳をつんざくような大地の悲鳴に、一体何が起こったのか――と、その凄まじい  
エネルギーが発する中心点にいる者を見やる。  
 それを見たタママは、なぜか安心したように表情を緩めた。携えている神器こそ先程と変わらない  
ものの、すでに少女の姿は都会の女子高生のものとは違っている。  
 地球の者ではないことが窺える大胆で奇妙な服装からさらけ出された白磁の肌は、暗雲によって  
太陽が姿を隠している今でも、発せられる圧倒的なオーラによって神々しく光り輝いている。 噴出  
されるエネルギーは、先程までのものとは明らかに違っていた。染めることではまず表せない鮮麗な  
銀髪がその風圧で舞い、魅入ってしまうほどに美しい。  
 そう……、モアは「戻った」のだ。本来自分があるべき姿へと。そして、問題はその内面だ。  
「…………ません」  
 神々しいオーラを身に纏った少女が何かを呟く。タママは、安堵もそこそこに警戒を強めた。あれ  
ほど騒がしく揺れ動いていた木々も、いつしか先程とは別次元に感じられるほどに静まり返って、  
モアの周りが完全に凍り付いているような気さえする。そして次の瞬間、モアが口を目一杯に開いて  
こう叫んだ。  
「おじさまを傷付ける人は誰であろうと許しませんっ!!!!」  
 ケロロが傷付けられるのに怒ったモアが、その本人だけではなく周囲全体を巻き込んで破壊の  
鉄槌を下す。それはいつか見た光景だった。  
 
 俯いていた少女がかぶりを振り上げると、つい先時まで見せていた狂気の表情ではなくなって  
いた。それは悲しみや苦しみといった人間的な感情によって完全に変化していて、タママはモアが  
いつもの状態に戻ったことを確信する。が、それに喜んでいるのもつかの間――  
 モアがルシファースピアを地面に叩き付けようとしている。思惑通り、ケロロに危害を加えた時に  
起こる精神的ショックでモアを元に戻すことには成功したが、タママとしてもここまで予想していた  
わけではなかった。  
「ま、待つですぅ〜〜ッ!! 誰がお前を助けてやったと思って――」  
 今までの例に違わず、ケロロを傷付けられて周りが見えなくなっていた。モアの神器を振り下ろす  
腕が止まる気配はない。  
「黙示録撃!! 1/100000000!!!!」  
 ドンッ!!!!  
 ルシファースピアが地面に激突する短い音の後に、悲鳴のような地鳴りが起こる。哀れ、モアの  
ために尽力していた二等兵は、その者自身の手によって攻撃というお返しを受けたのであった。  
「や、やっぱりこういう目に……。ちくしょう……ちっくしょおおおぉぉぉぉっっ!!!!」  
 強大な衝撃波によって、タママは敢え無くどこか彼方へと吹き飛ばされていく。悔しそうな声を  
冬の空中に響き渡らせていた。  
 そして忘れてはならないのは、狸寝入りをしていたケロロもしっかりと巻き込まれていたことである。  
「ケロォォォォ――――ッッ!!!?」  
 黙示録撃炸裂の寸前で不審な空気に薄目を開けるが、今の身体では十分な受け身をとることも  
出来なかった。そのまま訳もわからず吹き飛ばされて樹木に叩き付けられる。不意に大きな衝撃を  
受けたことでいよいよ意識が遠のき、地面にうつ伏せになるとそのまま本当に気を失ってしまうので  
あった。  
 

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