酒はストロングノーチェイサー、コーヒーはベリービタービター。  
 嫌われるのは慣れている。  
 戦線でも後方勤務、直接命のやり取りはしない主義。前線での泥まみれよりも、司令部との腹の探り合いが好き。思考というメロディライン、俺のグルーヴ。  
 戦場で必要なのは、自分だけは殺られないこと。軍学校では教えてくれない、イクサバの基礎の基礎の基礎の基礎。味方のためにも、俺のためにも。それが情報通信兵の使命の一つ。上の奴らに役立つ情報を伝えるため、それだけのために……。  
 ク〜ックック。  
 所詮戦場は、銃弾と血だまりの中で踊る退屈な舞台。俺が出来るのは、ちょっとした味付けだけ。ダンスのタクトを振るのは、お偉いさんの匙加減一つ。  
 アマちゃんが入り込める世界じゃない、容赦無用の即興喜劇。とは言え、俺達が住んでるところは概ね平和。  
 ……地球でも、他んところじゃ、俺達の母星とそう変わらない。下らない縄張り争いと、ちっぽけな利権。たかだか液体燃料の利益云々で、国全体を生贄にする国さえありやがる……。ク〜ックック。  
「科学力の無いってのは、悲惨なもんだな、クックック」  
 虫けらのようにくたばる地球人どもに、笑いが止まらねぇ。同じ遺伝子系列の癖に、お互いの肌の色で殺しあう姿が滑稽でならねえ。  
 作品の改造に目鼻が着いて、一息入れようかと思ったところで、後ろにそっと気配を感じた。  
「何の用だ? 」  
 振り向かなくてもここにいるのは、小娘だって事はわかる。アンゴル=モア、破壊神アンゴル族の末裔。地球人のうつし身の、褐色の肌に金色の髪、司令室にいるときも、コイツは大抵この姿だ。  
 目を背けたら、傍らに湯気のたったマグカップが、微かな音を立てて置かれた。  
「コーヒーいかがですか? 」  
「……なんだ、お前、自分の仕事は終わったのかょ」  
「疲れたから、ちょっと休憩です」  
「誰がコーヒーなんて飲みたいって言った? 」  
 タイミングのよすぎるサービスには、腹が立つ。  
 ちょうどコーヒーが飲みたいと思っていたところだったから、なおさらだ。しかしコイツには、俺の心の機微なんてもんは分かっていないらしい。  
 
「ごめんなさい、お忙しいのに、邪魔しちゃったみたいですね」  
 ためらいなくカップを引こうとするモアの手を、俺は急いで押しとどめる。触れた手の甲が、柔らかかった。  
 
「飲んでやるから、そこ、置いておきな」  
「はい! ありがとうございます。っていうか、感謝感激? 」  
 俺の嫌味にも、こいつはとても嬉しそうに返事をする。張り合いがねえったらねぇ。拍子抜けして、マグカップの取っ手まで熱が伝わってくるくらい、熱いコーヒーを音を立てて啜る。  
「……うまいな」  
 疲れた身体と頭脳には、苦味がとてもよく効く。思わず感心してしまったのは、我ながら似合わない失態だ。側の椅子にちょこんと座ったモアが、にっこりと微笑む。チ、面白くもねえ。  
「クルルさんは、濃い目のブラックでしたよね。っていうか、臥薪嘗胆? 」  
 俺はそれには応えず、他の連中の好みも、把握してるのかい? と聞いた。  
「はい、タマちゃんからは、よく苦いとか熱すぎるとか叱られますけど……」  
 隊長の好みはどうだい、と聞こうかと思ったけれど、おしゃべりになりそうな、自分の口にコーヒーを満たした。質問の答えはわかっているからだ。その答えを、聞きたくないからなんかじゃ、ない。  
「ところで、今何をしてたんですか? 」  
 画面一杯の設計図、断面図に加え、俺しか分からない構造式の数々が、毎12秒ごとに組み変わり、表示され、一つの形を成していく。  
「ああ、ちょっとした発明品の改造さ……。地球人を無力化し、奴隷化するための武器の、まあ実験作だ」  
 へえ、と画面を見ながらうなづくコイツには、多分何がどうなっているかなんかわかるまい。しかし余計なことを言わずに、画面を、少し口を半開きにして見ている姿を見ていると、なんだか満足感がこみ上げてくる。  
「おい」  
「はい、なんでしょう? 」  
「おまえ実験台になってみる気はないか? 」  
 え? と驚くコイツの姿を見るのは嫌いではない。  
 普段から慈愛に満ちて優しく、落ち着いて見えるこの小娘が、実験台、という言葉の持つ暴力性に、少なからぬ恐怖を持ったことに、何故かは分からない満足感を感じていた。  
 
「大丈夫だ、これは地球人の身体に合わせて作ってある。つまり今のお前には効果があるが、地球人の姿から、元の姿に戻れば、影響はすっきり消え去る」  
「でも……」  
「ああ、残念だなぁ」  
 声のトーンを落として、俺はぼそぼそと言った。モアはもっと声を聞くために、身を乗り出してくる。躊躇してても、話題が続いている以上、そしてそれが自分の身に関わることである以上、人は興味を失わないものだ。  
「この開発は、隊長自らの立案でね……、あーあ、完成しないと隊長は困るだろうなぁ」「おじさまが、困るんですか!? 」  
 隊長のことがでたとたん、コイツの声の調子が変わった。慌てた中にも、嬉しそうな、くすぐったそうな色の混じった声。俺のグルーヴを乱す、コイツの声。  
「ああ、そうだ。とてもとても困る」  
 ゆっくりと声に出す。  
 効果はテキメンだった。  
 
「原理は簡単だ。オトナノカイダンノボルガンの仕組みを、ちょっと改造したんだがねえ……」  
「それより、どうして私の身体は縛られてるんですか? 」  
 っていうか、人身御供?  
 心配そうな表情は、両手両足が効かないところからきているんだろう。コイツの両手両足は、寝かされたまま縄で固定されている。これで不安にならない方が、嘘だ。  
 それなのにコイツの目の中には、何故かは知らないが、俺への信頼がある。少なくとも怯えては、いなかった。  
「不安かい? 」  
「不安では、ないです」  
 どうして不安にならないんだ? え? どうして不安にならないんだと聞いているんだ。縛られて普通は不信に思ったりするんじゃないのか? でもクルルさんの発明の腕は私信じてますから、失敗するなんて思ってません、って言うか、効果覿面?  
「ただどうして、縛られているのかわからないだけです」  
「全身の細胞が活発化するから、酔っ払ったようになる可能性がある。あまり酔いが酷いと、おまえがこの司令室をぶち壊しちまう可能性があるからな」  
 なるほど、そうなんですか。にっこり笑うコイツには、もう心配の影は無い。さっき自分で言った通り、不安感はまるでないらしい。  
「そうですよね。酔っ払っちゃうと、自分が何をしたか、忘れちゃうことがよくありますから。って言うか、自忘自我? 」  
「じゃあ、始めるぜ。俺が良いって言うまで、地球人から元の姿にかえるなよ? 」  
   
 会話の流れを断ち切って、俺は狙いを定める。躊躇い無く引き金を引く訓練を、俺達は受けている。軍人なら当然のことだ。  
 躊躇するのは民間人か、お優しい素人だ。そいつらは戦場で優しさのしよう許可料を、自分の命で支払う羽目になる……。いつもはそんな奴等を鼻で笑うところだが、今日に限ってほんの少しだけ、躊躇した。  
   
 ビビュー―――ム……。  
 
 数秒遅れで発射された光線は、ジグザグを描きながらモアの身体を打ち、やがて肌の毛穴から、じわじわと吸い込まれていく。  
「……っんんっ!! 」  
 全身をビクンと引きつらせた小娘の側に近寄ると、俺はそっと囁きかける。  
「少し痺れたろう……。でも、痛くはなかったろ? 」  
「は、はい……」  
 やはりそうだ。いきなり劇的な効果が起こるわけではない。じわじわと効き目が出てくるはずだ。そうでなければ意味がないのだ。脇に腰掛けて、状態の変化を観察する。まだ自分にどう言う変化が訪れたか分かっていない小娘に、今の状況を解説しながら。  
 ク〜ックック。  
「従来の、オトノノカイダンノボルガンは、身体中の細胞を擬似的に飛躍させて、一時的に歳をとらせるわけだが、この改良は、身体特徴に変化を与えることが目的ではない。  
 むしろ、身体状態に変化を与えることが、目的なわけだ」  
「身体状態の、変化、ですか? 」  
「そう。さっき、酔ったようになる、と言っただろ? 」  
 こくり、とモアがうなづいた。その首筋がテラテラと光りだしたのを、もちろん見逃すわけがない。記録用紙を引き寄せて、ゆっくりと記入する。  
「今、どんな感じだい? 」  
「あまり変化は、ありません。って言うか、順風満帆? 」  
「いずれ波乱万丈にしてやるよ。ここはエロパロ板だしな、ククク」  
 クエスチョンマークが浮かぶコイツの顔を撫でてやる。やはり微かに発熱している。汗をしっとりかいている。  
 
「細胞の活性化は、こちら側できちんと操作してやれば、その時に発生する快楽物質で、思考力を麻痺させることも容易い。つまり、さっきいったように、酔ったような気分にさせることも、可能なわけだ」  
「酔ったような、きもち? 」  
 そう、酔ったような気持ちだ。  
 お前、今どんな感じだ?  
「アツくなってきました。カラダのそと側が……。クビのまわりも、ぽかぽかしてきますぅ」  
「結構結構」  
 大きくうなづいて、また記録用紙に書き込む。  
 小娘の耳元で囁きながら。  
 
 思考の方向は、大方肉体の状況に左右されがちでね。それも、複雑な方向に四肢を伸ばしているのさ。  
 例えば、寒いときに火にあたりたくなるのは、直接肌に感じる刺激への欲求だが、熱いときには水が飲みたくなったりするのは、また別の欲求だ。  
 熱いと寒いは表裏一体の感覚に思えるのに、行動は随分異なる。不思議だねぇ。一見同じ事柄に見える出来事でも、起こす結果は違うわけだ。  
 
 だけどその根本は変わらない。すなわち、今自分が置かれている、身体的に不快な状態から、開放されたいと言う、心の表れなんだよ。  
 
 感情行動も、個人個人で変わって見えるけれど、やはり根っ子は、その時自分の肉体が置かれている状態に従うわけだ。  
 自分の精神や思考のような、自らを自らとして成り立たせている物も、状態の変化で大いにぐらつく時がある。  
 
 そして全ての変化は、意識の中に不安を与える。  
 これからどうなるか分からない、そんな不安を自覚し、その変化が自分の身体に害を与えないことを理解し、そしてまた新たに身体の変化を知覚していく事は、理性に混乱を生む。そこから開放して欲しいと願う。  
 
 同時に、その変化が心地よいほど、抵抗しながらも、容易にその状況に流されていくわけだ。やがて変化を知覚し、適応することに没頭すれば、その状態を操作する者に、容易く従うようになる。  
 この理屈は、わかるな?  
 
 つまりこのオトナノカイダンノボルガン(アダルト)は、細胞の活性化と共に、全身から快楽物質を大量発生させ、酔っ払った状態を作り出す。  
 更にその状況が、自分でコントロール出来ないのに更新され続けているのを、無意識下に始終自覚させる能力がある。酔いを自覚させ、それゆえに酔いが加速する。  
 おまけに、自分ではどうにも出来ないことを知っているから、そこから開放と没頭を両立させてくれる者に出会えば、容易く言いなりになるってわけだ。  
 
 ただの快楽や痛みによる洗脳とは違うぜ。気が付かないうちに、虜になり、気が付かないうちに、支配を受け入れているわけだ。  
 ク〜ックック。  
 なあ、わかるだろう? アンゴル・モア?  
 
「はぁ〜ぃ。よび、まし、たぁ? 」  
「さっきの俺の話、聞いてたかよ」  
「きいて、あれ? きいてました。  
 あれ?  
 きこえて、ましたぁ」  
「今どんな気分だ」  
「……つい。あつくて。  
 しゃわーあびたい、です」  
「どうして? 」  
「あせだくだから、れす」  
 褐色の、肌という肌が、汗でぬめっている。メリヤスのブラウスが透明になっていた。  
 
「はーっ、はーっ」  
 呼吸のたび、胸元が大きく上下する。微かに腰も上下し、そのときは胸は微かに左右にねじれる。  
「こすれているのかい? 」  
「ええ? 」  
「乳首、擦れているのかい? 」  
「ブラジャーが、あるから、こすれませぇん。っていうか、かくかそうよう? 」  
「こすれると、いいのかな? 」  
「わかりませぇん」  
「ククク、何か変化はあるかい? 」  
「ただ、からだが、あつくなって……つくなって。…らだが、…つく、…ってる、けれす」  
 ぎちぎちっと、手と足の縄かせが揺れた。縛られているのが、不安になってきたらしい。  
「…ろいてぇ、…らさい」  
「どうした? 」  
「ほ、……ぃてぇ、あつ…の、あつ……れす……」  
「不安なんだろ? 」  
「はい」  
「怖いんだろ? 」  
 はい、このままだろ、こわいです、なんだか変わっていきそうで。でも、あついらけ。たらから……ん……っ…あ、はー、はー、はー。  
「はーぁ。……ふぅ、んん」  
「もう少し我慢しろ。まだ本当の成果が出てないんだからな。クックック」  
 半目がとろりと濁っている。口元から涎が出て、ねちゃねちゃと糸を引いている。唇が乾くのか、舌がひらひらと踊っている。徐々に、身体をよじる動きが強くなる。  
 今やめたら、隊長が困るぞ、そう口元まで出かかったが、奥歯を噛んで堪えたのは、この質問の答えが分かっているからだ。それ以外に意味は無い。  
「言うことを聞いたら、気持ちよくしてやるからな」  
「ほんと……れす…k?  
 わぁい」  
 とろりとした目のまま、手足の力を、抜いた。過程は良好だ。  
 
 そっと胸元に手を伸ばす。  
 衣服の上から爪を立てる。  
 小さな乳首を摘み上げる。  
 手足の縄が引きつり軋む。  
 身体がくの字に折れ曲がる。  
「おや、どうした? 服の上からだぜえ。ククク」  
「うん! う、うん! 」  
「こら、俺への返事は、うん、じゃ無くて、はい、だ」  
 小さな乳首を摘み上げる。  
 衣服の上から爪を立てる。  
「は、はい! はいはいはいはいはい! く、るる、さん」  
「クルル様、だ」  
「は、ぁい、く、るる、…ぁまぁあ」  
 柔らかく揉んで撫で触る。  
 手足の縄が引きつり軋む。  
 小さな乳首が固くしこる。  
 そっと乳首を摘み上げる。  
 身体がくの字に折れ曲がる。  
「どうした、寒いのか? 随分震えているじゃないか。ク〜ックック」  
「はい……むい…、さ……ぃです。でも、…つい」  
「どこがだい? 」  
「ん…ね、とぉ。こ…ぃがぁ…、…はーぁはー……」  
 はーはーと、荒い息遣い。  
 衣服の上から爪を立てる。  
 もっとも敏感な蕾の部分。  
 濡れて滑らかなモアの窪。  
 撫でる手が足に挟まれる。  
 腰がヒクンと跳ね上がる。  
 太ももがとても柔らかい。  
 下着の上から爪を立てる。  
 手足の縄が引きつり軋む。  
 身体がくの字に折れ曲がる。  
 
「fーっ、hーっ、k、ンン……。hyぁ……は、あ。  
 あン、アア、そ、れ。  
 それ、い、h、ん、れすぅ  
 ってい、うか、女芯隷属? 」  
「汗が凄いぜ。身体からもここからもな」  
「……へ……え? 」  
「あせが、すごいぜ、からだからも、ここからもな」  
「……ん、んーん! …わって……さわって、…らさぁい」  
ていうか、快楽重s…ぃ、ぃいいいいいいいいい……き…。   
 モアの言葉は、壊れて。  
 途中から高い高い音になる。  
 
 どうされたい、モア?  
 もっろ、ぃもちょく、ぃてぉしい、れす。  
 おねがいのことばが、ちがうだろ、ククク。  
 はぃ、くるるさま、もっろ、ぃ、もち…く、……てくら…たい。……ヒッ!  
 隊長と俺、どっちが好きだ……。  
 それは、あ。おじ、…ま、れす。けろろおじたま、らいすき。……ヒクゥ……!!  
 
 そう、効果としては、これでいい。自分が今まで持っていた考え方まで、いきなり変わってしまっては、つまらない。  
 徐々に徐々に、快楽の虜となり、従属させていく方が、占領征服後、操りやすいし。何より思考がそのままなのに、肉体の快楽に染まっていく方が、面白い。  
 ク〜ックック。  
 最低の作戦だ。心の闇の泥遊び。  
 周囲からは非難轟々だろうな。陰鬱、隠滅、陰険なクルル曹長。  
 
 く〜っくっくっくっく。  
 
 嫌われるのは、慣れている。  
 
 
「……れも」  
「……れも? 」  
 俺の思考を、快楽に犯された女の声が、中断した。  
 太ももをハエのように、擦り合わせ。  
 乳首の刺激を、求めくねらせる胸元。  
 褐色の肌は上気し、ロレツの回らぬ舌からは涎がたれ汗にまみれ。  
 そんな小娘の、淫らな淫らな声が。俺の思考を。  
「おじ…まわぁ、すきれすけど。  
 くる…さまと、おしごと……るのは、たの…いれす」  
「……何だと? 」  
「おり…まとぉ……」  
「いいからきちんとしゃべんな。ご主人様によくわかるようにだ」  
 モアの、小さな小さな喉が、こくんこくんと上下した。にじみ続ける唾液を、必死に飲み下している。それからゆっくりと言葉をつむぐ。  
 質問の答えは、分かっている、つもりだ。その質問の答えを、確認したい、わけじゃあ、ねえ、けど。  
 俺は。  
 おれは。  
「おじさまはぁ、…きですけどぉ。  
 くるるさまとぉ、おしごと、ぅるのは、たのしい、れす」  
「……ほんとかい……それは? 」  
「はいぃ。  
 らって、いろんな発明して、すごいれす。げんじつてきでぇ、っていうかさすが、情報参謀?  
 おじさま、…ちのぶたいの、…とは、みんなすきれすけろ、クルルさま、はそんけい、…ってます…あ、あああ。  
 は、あ、くる、くる、なんか、きひゃいま、……んん!!   
 ああ、は、ああ」  
 悶えながら、独りでに訪れた快楽に、身を震わせる。腰が小刻みに震えている。何かを待ち構えるかのように。大きく息をついて、弛緩して横たわる、アンゴル=モア。  
 微か痙攣したまま、口を半開きにして。そこから小さな歯が見えて、白い小さな歯が。 俺は、ナイフを取り出す。それから黙って、小娘の両手の縄を切り取った。  
 
途端。  
「ん!  
〜ん、んん……。ちゅ、ちゅ」  
「…ばか、突然何をする!! 」  
 突然小娘の両手が、俺の身体に巻きついた。そこから降り注ぐキスの雨。  
「止めな。そんなことは」  
「でも、でも、あ、あたし、からだが、…つくって、あ……って…」  
 湿ったキスに、歯が混じる、微かに噛んで、名残惜しげに唇が剥がれ。  
俺の顔に肩に、頬に、キスキスキス。  
このまま抱きすくめてしまっても、いいはずだ。  
 この力が、どこまで及ぶのか、調べるのも研究のうち。  
 この結果がどこまで及ぶかも。何せ今コイツはただの実験台。  
「く、るる、さまぁ。…きに、すきにしてくらさぁい」  
「すきにって、どういうふうに」  
「わかりません、わかりません、わたし」  
 
 …たし……どうしたらいいか、わ、かんない、から。  
 
 だから、と囁く口を、俺はそっとふさいだ。  
 手のひらで、この小娘の唇を。  
「止めな。これは、命令だ」  
「ふぇ、も……」  
「もう、元の姿に、戻っても良いぜ……。いや、元の姿に、戻れ」  
 汗に濡れた身体をゆっくり引き剥がす。その俺の態度に、モアはゆっくりとうなづいた。  
 光が、モアを元の姿へと変えていく。  
 彼女の持つ写し身から、現し身の姿へと。  
 
「はぁ!  
 あれ? 熱くないです、身体。って言うか、原点回帰? 」  
 さっきまでの濡れ具合が、まるで嘘のように、からっと晴れた、上機嫌な声。  
「……どうだい? さっきのこと、覚えてるかい? 」  
「いえ、なんだか、熱くて、ぼーっとしてたことは覚えてます。って言うか、忘却無人? 」  
 
「そうか……ク〜ックックック」  
 汗まみれだから、着替えた方がいいぜ……。そういいながら、俺は司令室を後にする。答えは聞かない。その必要はない。  
 さて、それより。  
 問題は、この銃をどうするかだが……。  
 
 く〜っくっくっく……。  
 
                *  
 
「およ! どうしましたか、冬樹殿!! 夏美殿!! 」  
 ケロロがリビングに来て目にしたのは、この家の住人、日向夏美と、日向冬樹の姿であった。薄暗い部屋の中で、横たわって。  
「お二人とも、何をしているでありますか」  
「え? らにい? 」  
 億劫そうに顔を上げる夏美の唇から、どろりと唾液がたれている。ケロロが奇妙に思ったのも、仕方ない。なぜなら二人の身体は折り重なるように倒れており、その頭部の位置は、お互いの下半身の部分に位置しているからだ。  
 ケロロの質問に答えるため、頭を上げた夏美。しかしとたんに、ん、ん、ん、と微かな喘ぎ声を上げ始める。緩んだ口元と目元から、涙と涎が零れた。  
 ぺちゃぺちゃと舐め、啜る音。  
 冬樹が姉の股間に、舌を這わせている、湿った音である。  
「げ、ゲロロ、な、夏美殿……、これはいったい、どういうことでありますか!? 」  
「…ぃ、らない、わよぉ。れも、あちゅい、の。……いいの。  
あひっ!  
冬樹、そこ、かんじしゅぎちゃ、ああああああ」  
「ねえちゃん、もっと、なめてよぉ」  
 ふーっと敏感な部分に、息を吹きかけられると、夏美はぶるぶると震えて、かくんかくんとうなづいた。そして固くなった弟の肉棒に、小さな舌を這わせ始める。  
 固くなった少年のペニスは、大人のもののような静脈を浮かせている。すっかり剥き出しにされた肉は、細かい味蕾の刺激を求めて、震えた。  
 
 次に腰を浮かすのは、冬樹の方だ。  
 びりびりと小刻みに痙攣しているのが、傍目でも分かる。声変わりが始まる前の、少年の喘ぎ声が、部屋の空気を、ぴり、ぴりと震わせた。  
「ふゆきぃ。かんじるぅ? 」  
「ぅふうん……ん!  
ね、えちゃんこそ、どうなの、さ」  
「あらしあ、もう、いれておしくて、こしが  
あああああ。  
……しが、…ぅごいちゃう、のぉ」  
「ゲロ! いきなり目の前に、隠微でインモラルな光景が!! 」  
 く〜っくっくっく。  
 驚き思わず後ずさるケロロの背後から、声が聞こえる。  
 そう、あの男。陰鬱、陰険、陰湿、クルル曹長の声である。  
「隊長、言いつけられた、地球人の思考を奪う兵器、早速開発しておいたぜぇ……」  
「ゲロ?! 」  
「ククク。ほら、奴隷ども。隊長様に、挨拶はどうした」  
 クルルの命令に、犬のように、四つ這いになった夏美と、その後ろから覆い被さる冬樹が、動きを止めた。その目はとろりと濁っており、吸い続けたお互いの乳首は、固く勃起している。魂が、溶けていた。  
「はいぃ」  
「こんな、かっこうで、もうしわけありません。けろろさま」  
 二人とも、声をかけて欲しくてたまらないのだろう。全身がかたかたと震えているのがわかる。さっきまで姉に舐め上げられていたペニスを、早く下の口にほおばらせたいのだろう。そして姉は、その肉棒を受け入れたくてたまらないのだ。  
「……ゲロゲロゲロゲロ、そう言うことでありますか」  
「ク〜ックック」  
 ケロロの顔に笑みが広がった。  
 思えば日向家の人間は、事あるごとに自分達の計画を邪魔してきた、地球人の代表である。  
 彼らは今まで、対話や取引、果ては暴力まで使って、自分達と駆け引きを続けてきた、歴戦の猛者。それがこうも簡単に堕ちるのなら、地球支配も簡単と言わねばならなかった。  
 
 今こそ、支配者としての力を見せつけるときである。いやらしい笑いを浮かべながら、ケロロは今まさに絡み合おうとしている、地球人の姉弟の側までゆっくりと近づいていった。  
「これ、なつみ。この日向家の主権は、誰にある? 」  
「…れは……」  
 はっと顔を背ける夏美。このあさましい姿を見られたことによる恥辱が、あらためて身体を這い登ってきたのだ。しかしそれも、冬樹がそっと両わき腹に手を添えたことで、瞬時に吹き飛んだ。ぞくぞくする快楽が、脳にまで達した証拠である。  
「ほほー、夏美殿は、まだ自分が堕ちたことにも気づかないようですな。  
 弟と熱心に乳繰りあって、それでもまだ羞恥心を捨てずにいられるとは……。いやはや我輩、感心してしまうでありますなぁ」  
「……ろろ、…まです」  
「およ? 」  
「このいえもぉ、ポコペン、もぉ、けろろさまの、ものでいいれすぅ!  
 だから、だからいれさせて、え……。おちんちん、いれ、させ、てぇ!! 」  
 もう少し問答が続くかと思われたのに、夏美は一足飛びに結論まで駆け上がる。ぽかんとするケロロに、夏美は回らないロレツを何とか抑えつつ、はっきりと口にして、恭順の意を示したのだった。  
「くくく、結構結構。まことに麗しい姉弟愛ですな。げろげろげろ  
 では手始めに、我輩の欲求を聞いていただくとするでありますかなぁ? 」  
 お預けを食った犬の表情で、二人の地球人はケロロを見ている。彼らは知っているのだ。彼らケロン人の命令が無ければ、自分達は交尾などしてはいけないことを。  
 そして二人は知っているのだ。  
 この後の交尾が、どれほど気が狂う快感を、もたらしてくれるかということも。  
 そしてこれが、実質上、ケロン人が遂に地球人を支配下においたきっかけであった。  
「げ〜ろげろげろ。愚かな地球人め……。我が命令を改めて聞くがいい……」  
 
 まず手始めに。  
   
 応接間でジオラマを作ることを許可するであります!!  
 
                      *  
 
「おおおおう……」  
 ジオラマ……、応接間、一杯の……。呟く隊長の口元から、微かに涎が零れている。遠くを向いた目には、きっと自分のコレクションを大量に飾りつけたジオラマが映っているのだろう。  
 日向家の廊下。日が落ちて、薄暗い廊下で囁く秘密はスリリングだ。勿論話の内容は、オトナノカイダンノボルガン(アダルト)のこと。やはり隊長は、大いに乗り気のようだぜ……、ククク。  
「……ガンプラ、ジオラマ、腑抜けの夏美殿……これは捨てがたい作戦でありますな」  
「だろ? 」  
「しかもここ、エロパロ板だし」  
「そーそー」  
「でも……やっぱり、悪いでありますな……。その、ここの人たちに……」  
 ち……、隊長のこう言うあまちゃんなところは嫌いじゃねえが、それは今発揮されると、困っちまうんだよな。  
「くくく、きっと、パーフェクトザクレロもつけてくれるに、違いないぜぇ……」  
「……ぱあふぇくと、ざくれろ?  
 
 うっそでー、そんなモビルアーマーいねえよー!! 」  
「あーあ、残念だなあ……」  
「え? 何々!? 」  
 声のトーンを落として、俺はぼそぼそと言った。隊長はもっと声を聞くために、身を乗り出してくる。躊躇してても、話題が続いている以上、そしてそれがガンプラの身に関わることである以上、隊長は興味を失わないものだ。  
 前にも、言ったよな、俺?  
 
 かくかくシカジカ。  
 
 囁いてやると、隊長の目の色が、変わった。ひときわ高い声があたりに響く。きっと二階にまで響いただろう……くーっくっく。  
「ゲエエエエエ! 秘密の、モビルアーマー……。そそそういえば、ザクレロはまだ試作品だと言っていたような言っていなかったような……」  
「どうするー? やるんなら、早くやろうぜぇ」  
 
「……うん! やろう!! やっぱさー、気持ち良いことっていいよねー。どーせここエロパロ板だしさー! ヨシザキカンノンもミネーだろ? ツーか合法? んでガンプラ? 」  
 はしゃぐ隊長が、廊下でステップを踏む。肌のてかりが違う。どうやらやる気になったようだ。これでいい……。とてもいいタイミングだ。  
 これで、ちょうど、計算通り。  
「へえ? 気持ち良いって、何が? 」  
「そりゃ、このオトナノカイダンノボルガン(アダルト)を使って、夏美殿を気持ちよーくさせて、我輩の奴隷にすることであります。夏美殿も、我輩も気持ちよくなって、一挙両得、大人の話……」  
「ふ〜ん、大人の話って言うと、やっぱエロエロなわけ? 」  
「エロエロよう!!  
……って、あれ? 」  
「ふぅん。エロパロ板だかなんだか知らないけれど、随分いい気になってるじゃない、あんた」  
「ククク、奴隷にする当の本人に、聞かれてちゃしかたないねえ」  
 日向夏美。日向家の破壊神。  
「ドウシテ ナツミドノガ ココニ イルノデアリマスカ? 」  
「あんたね。人様の家の廊下で大騒ぎしてりゃ、誰だって気になるってものでしょ? 」  
「ゲロォ!? 」  
 とっさにオトナノカイダンノボルガンを向けたはいいけれど、もうその時には、この女の制空権にいるんだよな。あっという間に銃をもぎ取られて、頭をつかんで宙吊りにされる隊長。  
 その隊長に、夏美はにっこり微笑みかける。  
「今、気持ち良いのが、エロエロだって、あんたそう言ったわよね? 」  
「ああ、まあ、人間のキモチヨサの判断基準は、確かにそこにあると思われるところですが」  
「……あたし、もっと気持ちいいこと、知ってるわ」  
「ほう? それは一体何……」  
 こわれないやわらかいものを、めちゃめちゃになぐったとき。  
 
 メメタアアアアアアアアア!!  
 
 思い切りぶん投げられた隊長が、俺を巻き添えにしてぶっ飛んでいく。  
 身体が宙に浮く。  
 
 勿論、オトナノカイダンノボルガン(アダルト)も一緒に。  
「クルル、あんたね。こんなしょうもないもの、作ろうと考えたの……」  
 叩きつけられ、うずくまる俺達の前に立ちはだかる夏美。クククいや、おれはたいちょうから頼まれただけだぜ。俺は嫌々……。嘘嘘嘘、クルルがね、なんかね? 勝手に作って、我輩は断ろうと思って……。  
「……覚悟は出来てるわよね? 」  
 ククク、聞く耳もたず、か。  
 OK、嫌われるのは、慣れている。  
「その縁起でもない機械もろとも……」  
「ま、まって、なつみどの。まだやるってきめてない。わざとであります、ついであります」  
「問答無用!! 」  
 強烈な蹴りが俺達を蹴り上げて。  
脆くなった銃の一部に力が加わって閃光が……。  
 
 
 
「おしかったですね、あの銃」  
 あいかわらず能天気な声で、小娘が俺に話し掛けてくる。もうあの後遺症は、まるでないらしい。スクリーンで地球の情報を分析していた俺は、あんなもんいつでも作れるさ、と答えた。  
「なんせ俺は天才だからな」  
「はあ……」  
「隊長はなんか言ってたかい? 」  
「はい。もう壊れちゃったものは、しかたないよねとか、言ってました」  
 そうかそうか。  
 俺は深くうなづく。何事もない振りをして、スクリーンを見つめる。毎20秒毎に移り変わる画面。過去が流れていく。スクロールスクロールスクロール。  
今日も地球は、争いと欺瞞と裏切りの種に満ち溢れている。さて一体どこが破綻してくれるかな……。滅びそうな場所が合ったら、すぐに俺達のものにしてやるのに。  
「あの……」  
「なんだい? 」  
「どうして司令室で話さなかったんですか? そしたら、夏美さんに聞かれることもなかったのに? 」  
俺の視線がスクリーンの一点で、止まる。  
「……ここでそんな話をしたら、ギロロ先輩に反対されるのは、目に見えてるからな……。思いっ立ったとき、すぐに実行できる場所の方が良いって、踏んだのさ。くくく」  
「そんな、もんですか」  
 ああ、そんなもんだ。俺は会話を断ち切って、スクリーンを見続けた。ただ見続けた。  
 
 俺の仕事に安らぎはない。  
 後方勤務はいつだって前線、情報と常に秤にかけられる自分の命。休暇の安らぎよりも、司令部との腹の探り合いが好き。思惑という五線譜、俺のグルーヴ。  
 戦場で必要なのは、自分だけは殺られないこと。軍学校では教えてくれない、イクサバの基礎の基礎の基礎の基礎。余計なことを知っている奴はいらない。情報を吸い尽くしたら使い捨て。それが情報通信兵の運命。  
 ク〜ックック。  
 所詮戦場は、策謀と欲望の中で踊る退屈な舞台。俺が出来るのは、ちょっとした味付けだけ。ダンスの曲を変えるのは、お偉いさんの匙加減一つ。  
 陰険、陰鬱、隠滅。  
 好きなように呼んでくれ。  
 嫌われるのは、慣れている。  
 
「そう言えば先日」  
「ん? 」  
「よく帰らないでいられるわね、って夏美さんが言ってました。侵略もろくに出来てないのにって。だから私、クルル曹長が、こう、色々してって、言ったんです」  
「それで? 」  
「そしたら、へえ、やっぱりクルルもやるもんねって、誉めてました」  
「ああ、そうかよ」  
「……アフロの件、怒ってないそうですよ? あれはあれで、まあ、楽しかったって」  
「……どうでもいいおしゃべりは、止めな」  
「あ、はい、すいません」  
「そんなことより、コーヒーでも入れろよ。気のきかねえ奴だな……」  
「はい! わかりました!! 」  
 にっこり微笑んだその瞳に、悪意もなければ反感もない。あるのは、ただ美味しいコーヒーを入れよう、という使命感だけ。  
 
 ケ……つまらねえ。  
 俺はまたスクリーンを眺める。  
 スクロールスクロール。  
 傍らにコーヒーが置かれる。  
 取っ手まで熱いマグカップに口をつけ、啜る。  
 
「クルルはひねくれてるのよねって、夏美さんが入ってました」  
「……」  
「ストレートじゃないって」  
「……」  
「でも、私は」  
 そこで言葉を切って、小娘は俺の顔を見る。  
 微笑んで俺の顔を見る。  
 
 クルルさんは、本当は優しいんだと思います。  
 
 モア、そいつは違うぜ。面白いことが好きなだけさ。  
 そう呟きかけて、コーヒーを口に満たした。返答がどうであれ、それはどうでもいいことだから。  
 
 ク〜ックック。  
 
 酒はストロング。  
 コーヒーは、ベタービタービター。  
 
 けれど、俺の心の機微の分からない、間抜けな破壊神の入れたコーヒーは、ほんの少しだけ、甘かった。  
                                              
 了)  
 
 

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