姉さん・・・  
 
光の中で霞んでしまう姿に手を伸ばす。  
それは期待を裏切らずに、暖かくて柔らかい感触に届いた。  
ずっと探していた物。ずっと欲しかった物。  
今までどうして泣いていたのか、何を恨み憎んでいたのか、ただ掴めた喜びを胸一杯に満たして抱きしめる。  
しなやかな肢体が絡め取り、白い指が自分の頬を撫でた。  
あやす指の理由は自分が泣いていたからなのか、でもそんなことどうでも良かった。  
 
姉さん、姉さん・・・!  
 
柔らかい唇が重ねられ、移された熱を呑み込む。赤い唇が微笑んだような気がして、それだけで理性は弾け飛んだ。  
着物を手繰り帯を解き、その身体をどこまでも求めて抱き寄せる。  
許された喜びが、止まらない情熱を後押しする。  
母のように抱きしめてくれた乳房に吸い付くと、細い指が頭を掻き抱く。  
頂きからの波に柔らかな下腹がうねる。  
熱を帯びて朱に染まる身体が、吐息と共に誘いかける。  
甘くて蕩けるような感覚に浮かされて、硬くなる股間の熱は一層高まった。  
 
・・・姉さんと、一つになりたい  
 
その思いはごく自然な事のように思えた。  
これだけ愛しい人なのだから、その貴女を求めてようやく手が届いたのだから。  
そしてこの想いを見透かしたように、貴女は嫣然と微笑んでくれたのだから。  
 
いいでしょう、姉さん・・・?  
 
こくりと頷いた姉の黒髪が艶を増して散らばる。  
仰向けになった白い身体。その脚に割り込み、想いを果たそうとした時  
 
唐突に、縁はたった一人の寝台に戻された。  
一瞬にして突然ひっくり返った天地と状況が飲み込めず、ニ三度瞬く。  
 
(夢・・・?)  
 
幸せを抱き寄せていたはずの腕はずっと空っぽだった事を思い出して不意に虚しさが襲ってきた。  
 
(何て、夢だ・・・俺が姉さんを?)  
 
違う、アレは姉じゃない。自分の汚い欲望が生んだ幻に過ぎない。  
 
(姉さんは、あんな風には笑わない。)  
 
しかし、夢とはその人間の真実を見せるという。自分はあんな事を望んでいたのか?  
姉を思うあまり、その死を悼むあまり、自分は狂ってしまったのだろうか?  
ただの夢にしてはあまりに生々しく、寝具を汚した夢の残滓があまりに惨めで、縁は酷く打ちのめされた。  
 
 
 
窓の外はいつもと同じ。いや、いつでも同じ。 断崖から望む青い海も、水平線の上半分からがいくらか薄くなる天空も、流れる雲も。  
 
「はぁ・・・」  
 
囚われの身の焦りとは裏腹に、この世界は何て呑気なんだろうと少し恨めしくなる。  
こうしてる間に道場はどうなってるんだろう?剣心は、佐之助は、弥彦は、赤べこの皆は・・・  
思考だけ堂堂巡りの果てに結局この空と海に辿り着いて、空回りしてばかりの自分に何度目かの溜息が出た。 今に始まった事ではない。ずっと毎日がその繰り返しなのだ。  
そして今日も高くなった太陽に、気分転換のきっかけを貰う。  
 
「お昼でも作ってやるかな・・・」  
 
西洋椅子からぶらぶらと垂らしていただけの足を地面に返す。それだけで思考の流れははっきりと変わる。 ここにいる以上は、ここで頑張らなくてはいけない。  
 
「よし!包丁一本握りましょうか!」  
 
勢いよく背伸びをするとパタパタと厨房に向かう。 御飯を食べればまたいつもどおり気持ちを落ち着ける事も出来るはずだから。 その元気があれば、またきっと帰れるから。 それが神谷薫17年の生涯での人生哲学だった。  
 
実際米を洗い、釜を火に掛け、いかにも適当という感じに揃えられた食材で献立を考えるだけで、それなりに時間も頭も使いただ暇を持て余すよりずっと励みになる。 それに一応こうして食事を作る相手がいるということは、思っていたよりも張りがあることだった。  
それが、どんなに天気が良くても外には出れないという、この実に気が滅入る境遇に置いてくれた張本人であっても。 「不味い」としか感想はよこさないが、それはそれでやられた分をいくらかやり返したような気持ち良さがあった。  
 
(考えてみたら私もよくよく御人好しよね。自分を殺そうとしてる相手に御飯を作ってるんだから。)  
 
自分自身で呆れないでもないが、これが正直な自分だと思えばしょうがない。  
 
(ただこれであいつが元気になられちゃあちょっと困るなあ・・・)  
 
あの男は剣心の命も諦めていないはずだ。そう思うと複雑になるのだが、ろくな食生活をしてない様子を目の当たりにしてはやはり放って置く事が出来ない。 そうして今日も結局、閉じられた扉の前に盆を置いてしまう。  
部屋の主は昼間は寝ているのか、ほとんど姿を見せない。 重厚な木彫りの施された扉はしっかり閉ざされていて中の様子も伺う事すら出来ない。  
それがひたすら他人を拒絶している男の姿そのものと重なって、扉を見上げるだけの自分が何だか悔しくなった。  
 
「悔しかったら、全部食べてみろって言うのよ!」  
 
偉そうな扉に思い切りあかんべえをすると、振り切るように踵を返した。  
 
(勝手に連れてきて、勝手に人を軟禁して、勝手に閉じこもって、いいかげんにしてよ!)  
 
暫く湧き上がる怒りを腹に回廊を歩いていると、気持ちよく吹き抜ける風に気付いた。思わず怒りを忘れ、誘われるように外に目を向ける。  
緑の草が風を受けて波紋を広げる。白い雲が悠々と流れ、陽の光が燦々と降り注ぐ。  
 
「布団でも干したくなるわねぇ」  
 
気持ち良さそうな禁じられた外界に目を細めた。ふとその視界を何かが掠めた。一瞬鳥が羽ばたいたのかと思ったが、違った。  
身を乗り出してよく見ると、それはひるがえる白い布だった。建物の影からその端だけが見える。その大きさを目で測って、この館で敷布団を包む「シーツ」とか言うものだろうと思い当たった。  
その推測と、先ほどの自分の感嘆とが重なる。きっとこの陽気に、自分と同じ事を考えた人間がいるのだろう。ただ、その牧歌的ともいえる眺めにこの殺伐とした館との違和感も感じた。  
 
「誰が干しているの?」  
 
生活の匂いがまるでしない場所だったのだ。したがって今までこんなことは見たことが無い。  
さらに不思議になことに陽を受けた眩しい輝きは、どうにも自分が歩いて来た方向と繋がる気がしてならないのだった。  
 
 
 
衣服が汚れようと普通なら放っておくのに、この時だけはどうしても気になってしまった  
自分が姉を汚してしまったような罪悪感を消したくて、現の証を必死で洗い落とした。  
陽に晒された白布は嫌味なほど真っ白だ。まるで真逆の自分を嘲笑うかのように。  
 
(姉さんに見られたかな)  
 
だとしたら一層あの人は自分に笑ってくれなくなる。幼い頃村の子供を泣かせた自分を、怒りもせず見つめた哀しげな目を思い出す。  
酷く居た堪れない気持ちになった。  
 
(何であんな夢を見てしまったんだろう?)  
 
酷く恥ずかしくて堪らなかった。干して広げた白布が罪の証そのものに思えて、早く引っ込めてしまいたかった。  
もうすぐ乾く。すぐだ。だからもう少しの我慢だ。そうすれば誰にも気付かれないで済む。  
 
縁は酷く萎えた身体を伏して、薄目にテラスに掛けた布をぼんやりと眺めていた。  
そうしていつの間にかまどろんでいた意識が急激に覚醒したのは、テラスにあるはずの布が消えていることに気付いてからだった。  
 
(どこに行った?)  
 
まるで昨夜の夢のようだ。突然の空白に焦る、その繰り返し。  
 
(誰かに見られたか?)  
 
ここまで盗りに来る物がいるわけはない。多分風に煽られて飛んだのだろう。  
テラスから身を乗り出すが向かいの草地にも、眼下の海にもその姿は無い。  
普段は決して近づいてこない焦燥が、脳の髄まで焦げ付かせる。  
どれだけ眠り込んでいたのか分からないが、水平に向かって陽が傾き、もうその一日の役目を終えようとしていた。  
斜めに延びる影が、当ても無く部屋を翔ける。  
 
ひょっとしたら海に沈んだかもしれない。むしろそれは好都合なはずだ。  
もう一度見たくて取り戻したいのではなく、誰の目にも触れさせないで消し去りたいのだから。  
いっそ水で洗わず、すぐに火にくべてやればよかった。  
頭を抱えて寝台に座り込む。  
 
(アレを見たやつがもし見つけられたら、全力でぶち殺せるな)  
 
腹の中で渦巻く物の正体はなんであれ、これ以上ないほどの衝動をもって暴れ出そうとしていた。  
その時、重い空気の中にノックの音が扉越しに転がり込んだ。  
何も考えずにいつもどおり無視を決め込んでいたが、ふと頭の隅で何かが噛み合う音がした。  
 
(まさか)  
 
続いて思考に割入ってきたのは、極めて呑気な女の声だった。  
 
「縁、いないの?落し物届けに来たのよ?」  
 
にこにこ笑顔が見れるとははなから思っていない。  
しかしこれほど恐ろしい形相で迎えられる事も予想していなかった。  
 
扉が開いていく様がやたらとゆっくりに思えたのは、この時その向こうに有った顔に釘付けになっていたからだろう。  
白い頭髪は殺気に逆立ち、端正と言えなくもない顔立ちは完全に強張り、その目は異様な光を放っている。  
そして全身がまるで雷雲でも背負ってるように空気が重い。  
 
(般若と仁王が子供を作ったらこんな子かしら)  
 
抱えた白布を思わず強く抱きしめる。と、心なしか向かい合った顔に朱が射したように見えた。  
 
「落ちてたのよ、風に飛ばされたのね、それで干してあったのも見えてたから、ここだと思って、とにかく乾いてるわ、はい」  
 
ただならぬ鬼気を受けた勢いでまくし立てると、急いで「シーツ」を突っ返す。  
無断で屋敷から出たのを脱走しようとしたと思われたのかもしれない。  
理由は想像するだけだが、何にせよ相手は心底怒り狂ってる。それだけは薫にも理解できた。  
すぐにでもここから立ち去らねばならない。この様子では夕飯もきっと要らないだろう。  
 
ただ、気圧されてばかりなのも癪だった。  
この男に舐められてたまるかという意地が少しだけ薫の本能の中で頭をもたげた。  
ふっと息を吐くと幸い少し気持ちが落ち着いた。強張っていた頬が少し緩む。  
 
「大丈夫、ちゃんと乾いてるしそんなに汚れてもいないわ。」  
 
自分の手に残っていた方を鼻まで持ってきてその匂いを確かめる。  
気持ちのいい空気が体一杯に広がるのを感じた。  
 
「ほら、ちゃんとお日様の匂いがしてる。」  
 
今度は縁の目を捉えて笑って見せた。自分の余裕を取り戻し、内心ほっとする。  
どうせ礼の言葉など掛けられる事はないだろうしと、すぐに回れ右して与えられた自分の領域に戻ろうとした。  
踏み出そうとした足が空を切り、視界が重い音と主に遮られたまでは一瞬の出来事だった。  
混乱した頭で、首に回された太い腕を振り払おうと必死になってもがく。  
すると容赦なく腕に力が加えられた。  
 
「っく・・・あっ・・」  
 
後ろから完全に羽交い絞めにされ、気管が圧迫の中で文字通り悲鳴をあげてる。  
ヒューヒューとしか音にならない自分の声に被さる様に、耳元で雷が鳴った。  
 
「違う!姉さんはこんな匂いじゃない!」  
 
薄くなりかけた意識で薫は、結局分けが分かんないままだなあと思った。  
 
能天気に笑った笑顔が、夢の中の赤い唇と重なった  
 
(違う、ただの幻覚だ)  
 
ほんの一瞬、見間違えただけだ  
まとわり付くうっとおしい夢と同じ、腐れた自分の欲望が招いた錯覚だ  
 
白布に翻る黒髪、その波の上で泳ぐようにうねる白い腕。  
 
(違う、姉さんじゃない)  
 
たとえそれが幻でも、夢の中のあの人は恋しさを煽るように美しかった。  
それに比べて今腕の中にある身体には色気は微塵も無い。  
陸に上がった魚のように口をパクパクさせる事も諦めて、無表情に青ざめてぐったりしている。  
だらりと垂れた腕はより白く、意識は朦朧としているようだった。  
縁はくつくつと咽喉を鳴らした。  
 
(比べるのも酷な話かな?)  
 
誰よりも綺麗だったあの姉と、どこまでも垢抜けないこの小娘と。  
 
(今日の俺はまったくもってどうかしている。)  
 
自分の唯一の光だった人。  
どんなにこの手を血に染めても、生きてるときもその後も、その存在だけが自分の中で消えない輝きだった。  
その姉はもうどこにもいない。  
突然奪われて、そして歪み続けた自分の中でまた、いつの間にか泥の中に沈めてしまっていた。  
 
(あの汚れた夢が、俺の本性か)  
 
ふとシーツを鼻の先まで持ってきてその匂いを確かめる。  
限りなく薄く残った青い香りに、染み渡った先から嫌悪で胸が焼けた。  
縁はようやく分かった。自分がどれだけ堕ちていたかを。  
自分に何の救いも残されていないことを。  
 
(何がお日様の匂いだ!)  
 
脳裏に先ほどの少女の笑顔が残っている。  
太陽の下で当たり前のように生きてきた人間にしか出来ない顔だった。  
世界の果てで限りなく地の底まで落ちた自分とは対照的な存在に、縁は激しい嫉妬を覚えた。  
 
(何も知らないくせに!)  
 
その身体をずるずると引き摺り寝台に向かう。  
帰された形のまま手にあったシーツはすっかり皺になっていた。  
寝台に向かって乱暴に広げたその上に、薫の身体を放り出す。  
伸びきった白い手足を投げ出して、仰向けになった瞳は焦点が定かではない。  
全く不運な女だと思う。  
抜刀斎に出会わなければこんなところに来る事も無く、もう少し大人しければこんな目に遭う事も無かった。  
自分に女が殺せたならこいつにももう少しマシだっただろう。世の中には死んでいた方が良かったと言う事もある。  
でも結局は、自分から踏み込んできたこいつが悪い。結論付けると気持ちは少し楽になった。  
 
「殺されなイだけ、ありがたく思えヨ。」  
 
小さな顎を鷲づかみ、その頬にべろりと舌を這わせた。  
扉を閉ざした部屋には残照ももう届かない。これから全てが闇に飲み込まれる。  
もう何も無い。復讐の意味も、その先も。  
自分を見つめる姉の姿さえ幻なら、それがなぜなのか縁は考えるのを辞めた。  
 
心も身体も酷く虚ろだった。  
辺りは真っ暗で何も見えない。  
ただ、低くなり高くなる波の音だけははっきりと聞こえた。  
 
(海・・・?)  
 
大きく揺さぶられて、自分は流されているのかも知れない。  
水の中にいる気はしない。予想に反して身体は熱い。  
でも確かに波に揉まれている。  
 
(品川なら帆立船が見えるはず。鎌倉なら帰りは八幡様に寄らなきゃ。)  
 
けれど見えるはずの物も、そこまでの旅路も、何も目に映らなかった。  
恐いとは思わなかった。ただぼんやりと波に身を委ねる。  
ざざんざざんと揺り返す波の音を聞いていると、なぜか哀しい気持ちになった。  
 
ざざんざざん・・・  
 
(子供が泣いてる)  
 
波の音がか、その合間に紛れるのか、はっきりとはしない。  
でも確かだ。泣いている。その声が無性に自分を煽る。  
 
ざざんざざん・・・  
 
(どこにいるの?)  
 
助けてあげなきゃ、大丈夫だよって言ってあげなきゃ、そう思うのに周りは何も見えない。  
ただ、低くなり高くなるその声だけは確かに届いた。  
 
ざざんざざん・・・  
 
(どこ?)  
 
ふと薫は自分が全く動けないでいることに初めて気が付いた。  
その腰にしがみつく影にも。  
 
 
ざざんざざん・・・・・さん、姉さん、姉さん  
 
 
すぐ足元で縋りつくように泣きじゃくる小さな身体。  
薫は咄嗟に腕を伸ばした。波に流されてしまう。  
大きな熱いうねりが二人を飲み込もうとしていた。  
 
「縁・・・!」  
 
抱きしめた身体がびくりと震えた。  
 
腰紐を解くと、白いバスローブからあまりにも簡単に肌が零れる。 雪のような肌と褒めてやればこの国の女は大抵喜ぶ。 生憎、今組み敷いてる相手にそんな気遣いは無かった。しかし実際、暗闇に浮かんだ身体はそこだけ月の光が降ったようだった。  
余すところなく晒した裸体に、盲目の按摩が道を確かめるように手を伸ばす。 水嚢のように柔らかく重い乳房を両の掌に収めて、縁は細いうなじに舌を這わせた。  
こいつも女だと思うと少し意外な気がした。しかしどこまで鈍いのか意識を取り戻す気配がない。 案外運がいいのかもしれない。起きて抵抗しても力尽くで従わせるだけだ。時々びくりと震える身体がだんだん面白くなってきた。  
(夢の中で愉しんでるのか?)  
 
乳房を大きく揺さぶりながら、その頂きを口に含む。 生娘なのは明らかだった。反応が遅い。 しかしそれならそれで、時間を掛けて嬲ってやればいい。  
舌の先を尖らせ、乳輪に強弱をつけて円を描く。時折軽く歯を立ててやる。 次第に硬くなってきた事を認めて、縁はにやりと笑う。  
(どこまでも落ちるがいい。もう帰り道なんて残してやらないからな)  
 
何度か寝返りを打つように頭を揺らす。次第に汗ばんだ肌に、散らばった黒髪が張り付いていく。  
敏感な反応を示す場所を狙っては、わざと緩慢に愛撫を繰り返す。 硬く高まっていく果実の他に、耳元のうなじ、双腎の谷間・・・  
気が付くと呼吸を思い出したように喘いでいる。 耳たぶを舌でなぞると漏れ出た熱い吐息が頬に掛かった。  
 
「んっ・・・」  
 
鼻を抜けた甘い声が、少女の変化を如実に伝える。  
 
「もう後戻りは出来ないなア?」  
 
酷く愉快になって耳元に囁くと、答えの代わりを指で確かめた。 無用心に力の抜けた太腿に手を這わせる。  
充分にとはいかないまでも、脚の付け根は湿り気を帯びてる。 固く閉じられた門を指先でなぞる。何度目かの往復でわずかに柔らかくなった。  
その隙を逃さず、恥毛を退けると中に滑り込んだ。と、腰が揺れた。中で掻き混ぜるようにゆっくりと動かす。  
 
「・・・あ・・・ん・・・」  
 
(これが何だか知っているのか?)  
 
全てを拒絶するように狭い洞も、やがて湧いてきた泉でクチュクチュと淫らな音を立て始める。  
ゆっくりと与えられる刺激に物足りなくなったように、溢れる蜜が伝い落ちる。 素直な反応は、現にない彼女の意識があの男を見てるからだろうか。  
(残念だったね)  
 
秘所に突き立てた指に少し力を込める。 皮の剥けた肉芽と、奥の蕾に同時に与えられた刺激で細い腰が波打った。  
(今のうちに十分愉しんでおけばいい。)  
 
挿し入れた指は二本になり、抽出の中で蜜はますますねっとりと絡みつく。  
手繰り寄せた肌に転々と赤い班を落とす。 純白だった肌は次第に赤みを帯びている。  
(お前だけきれいなままなんて許さない。)  
 
男の便利な性で、生殖の本能は正直に股間に宿っていた。 束の間手を休めると、自分の衣服を脱ぎ捨てる。  
(俺だけが腐ったままなんて)  
 
白い脚を抱えてそそり立った自身を蜜が零れる元へとあてがう。  
(俺だけが闇に置き去りなんて)  
 
弛緩した腕を投げ出したままで、少女に相変わらず意識が戻る気配はない。 すっかり解けた黒髪がまるで孔雀の羽のように薫の小さな顔を縁取っていた。  
白い頬。 赤い唇。  
閉じられた双眸。もう笑わない。  
いつまでも俺に何も言ってくれない。 今も、そうやって俺を黙って見つめるだけなんだ。  
 
「あんまりだ・・・姉サン」  
 
腰を突き入れたのと同時に何かが零れた。 雨かと、一瞬気を取られて意識が空白になったその時、うな垂れた頭を暖かい物が包み込んだ。  
唐突に振って沸いた温もりに驚いた頭が、押し付けられた柔らかな胸を確認して尚更混乱した。  
 
「・・・え、にしっ!!」  
 
繋がれた少女は破瓜の痛みにうめいただけかもしれない。 だが確かに自分の名前を呼んだのを縁は聞いた。  
 
「っやぁ・・・!」  
 
沈んでいた感覚が急に浮上して最初に覚えたのは、腰から突き上げる鈍痛だった。  
白い頭髪は暗闇でも目立ち、相手が誰かはっきりと分かった。そして自分の状況も。  
がっしりとした肩も自分の足を抱える腕も剥き出しで、つまり相手は全くの裸体。  
そして自分も同じような格好でどう見ても彼に抱きついている。途端に頭に血が上った。  
 
(信じられない・・・)  
 
いや、信じたくなかった。自分が縁に犯されている。 女の部分が、彼の男の部分の侵入に破られて悲鳴を上げている。  
 
(どうして?)  
 
これが復讐なのだろうか。最愛の人を奪われた狂気の矛先の、これが始まりなのだろうか。  
 
(どうして・・・)  
 
この男の憎しみも殺意も知ってる。それだけで生きてきた分、底の無い闇を知ってる。  
それなのに、  
 
「どうして、泣いてるの、縁・・・?」  
 
嗚咽を漏らしているのは、自分ではなかった。 涙で頬を濡らしているのは、目の前の男だ。  
痛みに耐え切れない獣のような叫びが、闇に響き渡る。  
繋がった身体のまま、縁はシーツに手をついて泣きじゃくっていた。  
 
泣きたいのはこっちの方だ。呼吸の止まる経験は二度目だった。  
でも今度は守ってくれたあの人はいない。殺されると思った。そうして気が付いたら、もっと残酷な現実を突きつけられてる。  
今までの修羅場で得たはずの強さが、何一つ通用しない。 痛くて、恐くて、気持ち悪かった。惨めで、情けなくて、どうしようもなかった。  
父が死んだ時、独りで生きていく覚悟はそれなりに決めていた。「神谷道場の娘さん」は、何があっても挫けないと。  
 
(その何かって、これなんだ・・・)  
 
何に挫けるんだろう?心の芯まで踏み潰されているのに。今なら泣き出してもいいだろう。なのに、涙さえ出ない。  
 
(こんなの、知らない)  
 
破瓜の痛みも、絶望の底の暗さも。  
 
「疵物・・・かぁ」  
 
目の前で揺れている乱暴で凶暴な鉄面皮の白い柔らかな髪を確かめてぼんやりと呟く。  
もう、まともな人間には戻れない。社会理念からそう思うのではない。  
自分の中の何かが壊れていた。もう、生きていくための希望さえ見えない。  
息苦しい圧迫感と猛烈な異物感が、激痛を伴って蘇って来た。  
 
「・・・っつ・・・!」  
 
ゆらりと縁の上体が揺れると、打ち込まれていた楔が抜けた。 薫も緩慢に身を捩って組み敷かれていた態勢から抜け出そうとした。  
冷静でいるにしても、圧し掛かられていては具合が良くない。  
するとその腰を、肩を、大きな手が引き止めた。 まだ続く暴行を予想した身体が強張った。  
咽喉の奥で引き攣れた悲鳴が鳴り掛ける。  
けれどそれは一瞬で忘れた。 振り下ろすはずの拳も、しまいには下半身に残る痛みも、頭から吹き飛んでいた。  
 
「・・・かないで、行かないで!姉サン・・・」  
 
降ってくる温かくて小さな雫が胸に落ち、腹部を伝い流れる。  
そういえば、夢の中で泣いてる子がいた。波の音に負けそうになりながら届いた泣き声を覚えている。  
その時初めて薫は自分の涙を思い出した。止め処なく溢れる涙に、自分自身が洗い流される気がした。  
 
「人を傷付けることは、自分を傷付けることと一緒なのよ。」  
 
村の子供を殴ったその夜、独りで布団に潜り込んだ。  
自分は悪くない。無口なことをからかわれたんだ。あいつが悪いんだ。  
でも、姉さんは怒らなかった。だから、その言葉も飲み込んでいた。  
いっそ怒って欲しかった。言い訳を聞いて欲しかった。  
でも姉さんは何も言わず、目が合うとただ哀しげに見つめるだけだった。姉さんは夕飯を取り上げる事をしなかった。手を上げる事も、納屋に閉じ込める事もしなかった。  
だから、自分はおやすみも言わず、冷たい布団に独りで入った。飲み込んだ言葉は行き場を失って眠りを妨げた。  
 
やっとうとうとしかけた時に、髪を撫でる柔らかな手に気付いたが、顔は見れなかった。背中を向けたまま、抱きついてしまいたい衝動を堪えて寝たフリを続けた。  
不意に掛けられた声は髪を慰める手のように柔らかかった。  
 
「人を傷付けることは、自分を傷付けることと一緒なのよ。」  
 
姉さんの顔は見れなかった。自分を責めないで、哀しんでるその顔を見れなかった。 気付かれてるのに気付かないフリをして、目を決して開けなかった。  
背中が震えて涙がいくつも零れても。寝息が小刻みに揺れるのを隠せなくても。じっと姉さんの口ずさむ子守唄を聴いていた。  
 
 
ねーんねーんころーりーよーおこーろーりよー  
 
 
どこまでも優しい人だった。喜びも悲しみも側で分かち合ってくれた。  
ずっと一緒にいたかった。あなたと生きていきたかった。  
あなたの笑顔が大好きだった。あなただけが俺を愛してくれた。  
 
「ねえさん、ごめんなさい」  
 
あなたがいない事が受け入れられなかった。 このまま何もなかったように生きていく事が出来なかった。 何もなかったように回っていく世界を呪うしか出来なかった。  
弱いまま狂っても、あなたを言い訳にしていた。 そんな自分にあなたが笑ってくれるはずがなかったんだ。  
 
「ごめんなさい」  
 
 
ぼーやはーよいーこだーねんねーしなー  
 
 
「ごめんなさい」  
 
もう分かってる。ずっと謝れないままなんだ。あなたを悲しませることを辞められない自分には。 なのに、こうして抱きしめてくれる腕にまだ期待してしまうんだ。  
 
「もういいよ、縁。」  
 
白梅の香りはしない。声も違う。 ただ、しなやかに自分を包むその身体が、頭を撫でる手が柔らかくて優しい。  
 
「寝なさいよ。寝てもう一回起きて、また泣きたかったら聞いてあげるから。」  
 
子守唄が聴こえる。昔聴いたのより少し音痴だ。でもどうしてこんなに温かいんだろう。 あんなに憎んでいたものが、どうしてこんなに自分を安心させるんだろう。  
 
自分の中にはずっと何も無かった。いや、何者も踏み込ませなかった。だからこそ出来無い事など無かった。  
だけど今とうとうと流れ込む暖かな物には、抗うことも忘れて縁は身を委ねる事にした。  
 
 

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