「…猥談で……ござるか…(・_・〆;)」  
男は、一晩の寝所を貸す代わりに、彼に自らの体験を話すように求めてきた。  
男は春画描きだった。幕末の動乱で伴侶を亡くした者たちの話を聞き画を描いてるらしい。  
「俺は単なるエロ画描きだけどよ、こうして離れ離れになっちまった夫婦を形に残しておく事で、  
二度とあんな血生臭い時代は向かえちゃいけねぇって伝えられるんじゃねぇかな?」  
彼は少し迷った。外は雪が強く吹雪いている。今、外に放り出されたら凍え死ぬな、と思った。  
「はっきり言って、情けない話なのだが…」  
彼は口を開いた  
「もう何年も前の話でござる。相手は妻で、その日も、こんな風に吹雪いていた」  
 
 
その雪の日、俺は体調が悪く寝込んでいた。熱が高いようだった。なぜ熱などを出したのか分からない。  
しばらく“仕事”もなかったため、気が抜けていたのだろうか? 妻が作ってくれた粥をすすり、  
早々に床についた。  
「抜刀斉、抜刀斉、抜刀斉ィィィイイ」  
何処からか声が聞こえた。地獄の釜の底から響くような低く恐ろしい声だった。  
声は二つに割れ、三つに割れ、気が付けば声を発している骸が俺の足にまとわりつき  
骸は俺の体を上ってきて、ただ黒い闇のあるだけの眼で「憎い憎い」と声を発しながら  
こちらを睨みつけてきた  
 
パサッという衣服の擦れる音で目が覚めた。どうやら悪い夢を見ていたようだ。  
「震えていたようですのね…」  
妻の声だった。高熱のせいで動くのが億劫だったが、寝返りを打ち妻の方に顔を向けると、  
彼女は何も身に付けずに座っていた。  
「熱がひかない場合、こうすれば良いと聞いたことがあるので…」  
外は吹雪いて暗い。ボロ小屋の中の灯りは囲炉裏の火だけだった。チラチラと揺らめく火に照らされて  
彼女の白い肢体が浮かんでいる。妻は手を伸ばし、俺の頬をなぞった。  
悪夢にうなされ泣いていたらしい。彼女の顔をぼうと見つめる俺に、にこりと笑うと  
布団を捲り、中に入ってきた。  
 
「熱が引かないときは、人肌で温めるといいと聞いたことがありますので」  
そう言うと、妻は布団を捲り入ってきた。妻の腕が首筋へ伸び、俺は彼女の腕の中に抱き寄せられた。  
彼女の体の温かさが、着物越しに俺の風邪で冷えきった体に伝わった。柔らかな胸に頭を埋め、  
彼女の心臓の音を聞いていた。トクントクンと一定のリズムでそれは動いている。俺は腕を妻の背中に回し  
もっと二人の体を密着させた。  
 
精神的な心地よさに包まれて、俺は目をつむりジッとして横になっていたのだけれど、しばらくして  
熱でフラフラな状態のときでも性欲は沸いてくるのだなと考えた。妻の腰に股がり、着物の上を脱いだ。  
きょとんとする妻の顔に、俺は自分の顔を下ろし、お互いの額をくっつけた。  
「看病ありがとう。風邪は引いたみたいだ」  
俺はそう言うと、彼女は  
「まだあるようですよ、熱。しっかり寝ないと…」  
と返した。俺はその先を言わせないようにと、口で口を塞いだ。  
 
接吻をしたまま、左手を妻の腰に回し、右手を彼女の胸の突起に移動させる。中指と人指し指で突起を  
挟み込み、二本の指を動かし優しく圧迫する。妻の体が微かに反応を示した事を確認すると、突起を  
もう少し刺激した後、脇腹から腰へと経由し、尻を掴む。尻の割れ目の奥へと手を移動させると、  
その手に温い液体が付着した。  
「巴…」  
俺は妻の口から唇を離した。彼女は俺の顔を見て頷いた。  
 
妻の足を開かせ、袴を脱いだ。妻とひとつになろうとした。  
 
しかし…  
 
「しかし風邪のせいで肝心なところでチンポコ勃ちませんでしたってm9(^Д^)」  
春画描きはガハハと大声で笑った。  
「妻に風邪をうつしてしまって、翌日は夫婦で寝込んでしまうし…(-_-〆)」  
春画描きは笑いながら机に向かい筆を動かしている。一晩の宿を借りるための条件は、女性との経験を  
話し、それを春画として起こすことを許可することだった。拙者はしばらく男の背を眺めていた。  
 
数十分後「出来たぞ」と春画描きは言い、紙をこちらに渡した。自分の体験を、しかも失敗に終わった  
経験を形にされた物を見るのは勇気がいる。拙者はひとつ呼吸をすると、意を決して画を見た。  
「……おろろ?…( ̄○ ̄〆)」  
そこには春画は描かれていなかった。容姿の良い女性が、トントン太鼓を持った赤ん坊をあやす様子が  
描かれていた。  
「どうも話を聞いていると、夫婦というより、子供と面倒見の良い母親という感じがしてな」  
春画描きはガハハと笑い、拙者は「おろろ」と情けなく呟いた。  
 
やがて吹雪きは止み、夜が明けた。拙者は春画描きに、宿を貸してくれたことに対して礼を言った。  
春画描きは、拙者の素性について尋ねた。拙者は、時代の流れの中で力に負かされそうな人々を  
救うために流れている、と答えた。春画描きは訊いた「なんでまたそんな事を?」  
戸口にかかっていた指を引っ込め、拙者は春画描きの方を振り向くと、ニコリと笑って言った。  
「面倒見のいい母親に、そうするよう教えられたからかな?」  
 
春画描きの家を出て、拙者はまた流れだした。まだ、しばらくは流浪人としての旅は続くだろう  
これからは段々暖かくなる。南の方角に、東京の方にでも行こうかな。  
拙者は鼻唄を唄いながら歩き出した。  
 
 
終わり  
 

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