夏も終わりのある日のこと…  
 
日が落ちて間も無く恵の住まいの戸を叩く音が響いた。  
 ここは診療所から程近い長屋。一人暮らしの高荷恵はここに居を構えていた。  
「はい、はい」  
(誰だろう、診療に間に合わなかった人かな?)  
恵が戸を開けると、そこには眼つきの悪い長身の男が立っていた。  
「おう」  
「左之助!? 何しに来たの?」  
「飯、食いに来た」  
それだけ言い放つと左之助はズカズカと長屋の中に上がり込んだ。  
「ちょ、ちょっと!」  
恵がそう言う頃には、すでに左之助はちゃぶ台の前であぐらをかき、団扇を動かしていた。  
すっかりくつろいでいる左之助を見ながら、  
「なんで私があんたにご飯を作ってあげなきゃいけないのよ!? それとなんで当然の権利の様にくつろいでんのよ!?」  
と恵はつんけんとした顔で言った。  
「ケチケチすんねぇ。一人で食うのも味気無ぇモンだろ?」  
「まったく、もう…」  
 腕を組んだまま呆れ顔でいた恵だったが、やがてくるりと背を向けて仕方無さ気に言った。  
「…今、用意するわよ」  
ほとほと呆れ果てて食事の用意を始める恵だったが、顔にはまんざらでも無い微笑が浮かんでいた。  
 そんな恵の背中に向かって、左之助は威勢良く言った。  
「おい、ちゃんと食えるモン作れよ…どわぁ!」  
慌てて飛び退いた左之助。座っていた元の位置には包丁が突き立っていた。  
「あ…あぶねぇ」  
 
「ふー、食ったぁ食ったぁ。もう食えねぇぞ」  
「…当たり前よ、七合も食べて。もうお米、無いじゃない」  
「いいじゃねぇか、また買ってくれぁよ」  
左之助は上機嫌でカラカラと笑っている。  
「まったく…」  
恵はちゃぶ台の上の食器を片付け始めた。  
左之助は両手を後ろについて片膝を立てただらしない姿勢のまま、その様子をじっと眺めている。  
恵は片付けの手を休めず、思いついた様にいった。  
「そういえば、なんで赤べこに行かなかったのよ?」  
「馬鹿野郎、赤べこで食ったら金払わなきゃいけねぇだろ」  
「あんたはいつも食い逃げでしょ! …まさか今度は私の家で毎日食べていく気じゃないでしょうね?」  
 左之助はさも当然の様な顔で、  
「いけねぇのか?」  
「私が破産しちゃうわよ。食べたきゃ、食い扶持くらい入れなさい」  
恵は玄関脇の盥に食器を運びながらキッパリと言った。  
だが左之助はそんな恵の言葉は聞こえないふりをして、話題を変えた。  
「飯、わりといけたぜ」  
恵は茶の間に戻って来ながら、  
「当たり前よ。これでも料理の腕には自信あるんだから」  
と得意気に答えた。  
 
「へぇ、そうなのか」  
左之助は少し意外そうな面持ちだった。  
「何よ、剣さんのとこでおはぎ作ったことがあるでしょ? あの時、あんたも…」  
そこまで言って恵はハッと言葉に詰まった。  
 あの時の神谷道場での情景が鮮烈に思い出された。  
 あの時は、左之助は食べてくれなかったのだ。  
『阿片女の作ったモンなんざ嬢ちゃんの料理以上に食いたかねぇ』  
『阿片女の作ったモンなんざ…』  
『阿片女…』  
(なんで今頃になって思い出してしまったんだろう…。絶対に忘れちゃいけない事だからかしらね…)  
恵は睫毛を伏せ、うつ向いてしまった。  
そのままなにも喋らなくなってしまった恵を見て、同じ事を思い出していた左之助もつい押し黙ってしまった。  
やがて沈黙に堪えかねた左之助が気まずそうに口を開いた。  
「なあ、俺ぁ…」  
「お茶でも入れるわ」  
左之助の言葉を聞かず、恵は茶箪笥の方に身体を向けた。  
その時、恵の眼からこぼれ落ちる光る雫を、左之助は見逃さなかった。  
(……ちっ)  
左之助の中でここに来る前からくすぶっていた恵への感情が一気に高まっていく。  
うつ向き加減で茶箪笥から湯呑みを取り出す恵を、左之助は後ろから強く抱き締めた。 
「きゃっ!!」  
あまりに突然の、予想外の事に恵は驚きの声をあげてしまった。  
床に二つの湯呑みが転がる。  
「ちょ、ちょっと左之助! 変な冗談は止めなさい!!」  
「うるせぇ、黙ってろ」  
低い声でそういうと、左之助は恵の唇を奪った。  
 
「!…ん…んん…」  
猛然とした接吻を受けながらも、恵は左之助の身体を突き放そうと抵抗を試みたが、圧倒的な力で抱きすくめられ為す術も無かった。  
あまりの圧力で唇が押し潰れそうだったが、そのうちに左之助は恵の口内に舌を差し入れてきた。  
「…んぅ…!」  
左之助の舌は卑猥な音を立てて、恵の舌や歯や唇の裏を舐め回した。  
「…ん…ぁふ…んむ…ぅん…」  
激しい舌の動きにあてられて恵の瞳は涙で潤み、顔は次第に上気していき、身体からは力が抜けていく。  
 左之助の直線的で荒々しい男としての感情の前に、長い間忘れていた女としての感情が眼を覚ましつつあった。  
(……左之助)  
そして恵は左之助の背中に腕を回し、自らも積極的に舌を絡め始めた。  
「…んぅ…むぅ…んん…あふ…んぶ…んっ…」  
お互いの舌を舐め合い、絡め合い、吸い合い、口内を探り合う。  
舌を使ったこの艶めかしい行為によって、二人の身体の奥は徐々に熱くなっていった。  
その熱さに耐えきれなくなった左之助は、恵の舌を貪りながら力任せに着物の帯を解いていった。  
眼を閉じたままそれを感じていた恵は少し乱暴すぎるとも思ったが、今やその乱暴さも興奮を高める愛撫のひとつとなってしまっている。  
やがて完全に帯が解かれ着物と襦袢の前がはだけられた頃、二人は透明な糸を光らせながら唇を離した。  
恵ははぁはぁと息を荒くしながら、潤んだ瞳で左之助を見つめている。  
だが左之助は黙ったまま眼を外して、手荒に恵の着ている物を剥ぎ取り、押し倒した。  
 
(もう…何か言葉を掛けるくらいしなさいよ、馬鹿…)  
恵は不満を感じない訳ではなかったが、左之助の稚拙かつ情熱的な事の進め方が気に入り始めている。  
仰向けになった恵の上で左之助は慌てて自分の服を脱いだ。  
恵はその様子を見ていて、思わず失笑してしまいたくなるのと意外な愛らしさを同時に感じていた。  
服を脱ぎ終わった左之助は恵に多い被さった。  
 だが、この時左之助は不安感と焦燥感で頭の中が一杯だった。  
(…ここからどうしたらいいんだよ、畜生…)  
左之助はこれまで色街で何度か経験はしていた。色街では黙っていも遊女が手取り足取りしてくれる。  
だが、いわゆる素人の女性を抱くのは初めてだった。  
左之助も何の計画も立てていなかった訳では無いのだが、恵の身体を抱き締めた瞬間に全て吹っ飛んでしまった。  
(ここは正直に言っちまうか? いや、それじゃあ男が廃る…)  
「ねぇ…どうしたの…?」  
多い被さったまま固まっている左之助を不審に感じ、恵が聞いてきた。  
「…なんでもねぇよ」  
 そう言うと左之助は恵の耳元に顔を寄せ、耳全体にかぶりついた。  
(くそ…もうどうにでもなりやがれ!)  
耳の半分以上をすっぽりと口の中に含めた状態で、無闇矢鱈に舌を動かす。  
「あ…あぁ……ぁん…」  
まるで耳を食べてしまいそうな勢いに、恵の身体はひくひくと細かく反応した。  
 
しかし左之助には、恵の反応を窺いつつ愛撫を行う余裕など無い。  
左之助は耳に舌をやったまま、慌てる様に恵の豊満な乳房を強く掴んだ。  
「痛っ…!」  
あまりの力強さに、恵は眉をひそめ身をよじった。  
そんな事はお構い無しに、左之助は乳房を強く揉みしだきながら首筋、肩、胸元と舌を這わせた。  
そしてそれと同時に、溢れる欲望のままに恵の肌に荒っぽく歯を立て、強く吸い上げる。  
「…んぅ!……あぁ!…痛っ! ……ね、ねえ…もっと優し…く……あぅ!」  
あまりの刺激の強さに恵は悲鳴に近いあえぎ声をあげたが、左之助には聞こえていなかった。  
左之助は恵の白い肌に赤紫の痣と歯形を幾つも残すと、今度は乳首を口に含んだ。  
「…あっ」  
豊満な乳房と比べるとだいぶ小さな乳首を、ころころと舌の上で転がし優しく吸う。  
「…ぅん……あっ…んん……あぁ…」  
恵は、左之助が敏感な乳首にまで歯を立てるのではと内心気が気で無かったが、予想に反してその部分には優しい愛撫が加えられた。  
「…あぁ…あっ…いい……そこ、気持ちいい…んん…………ん…?」  
やけに静かになった左之助が気になり、恵はそっと頭を上げて見てみた。  
 そこにはまるで赤ん坊の様に一心に恵の乳首に吸い付いている左之助の姿があった。  
(…ふふ、可愛い…)  
恵は母親になった気分で、左之助の頭を両手でそっと抱えた。  
 
 
続  
 
 
 

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