明治11年の皐月、柔らかな日差しに新緑が栄える穏やかな平日。  
日は次第に西に傾きはじめ、そろそろと赤みを帯びてきた頃、  
牛鍋屋「赤べこ」はつかの間の昼休みに入ろうとしていた。  
 
注文時間も過ぎ、客も一人のみなので、店主は一旦上に引き上げている。  
三条燕は外を掃除しており、その他の店員は一旦引き上げている。  
店主の娘、関原妙のみが、粘る客の接客のために店頭に残っている。  
暇な平日にはたまにあることだった。  
 
客は店の奥の座敷で杯を重ねていた。  
既に壮齢だが、着ているものは一目良いものと分かるほど、変に身なりが良い。  
 
その客に妙は注文を運んでいく。燗が2本。追加注文だった。  
時間は過ぎていたが、客が一人のみなので目を瞑ったものだった。  
 
座敷に上がる。そしてお待たせしましたと、銚子を置きはじめた。  
(掃除が済んだら、燕ちゃんにも一旦上がってもらって・・)、  
最後の注文という気の緩みなのか、妙はそのとき、ふと考え事をしていた。  
 
「あ」  
盆が少し斜めになっていた。妙が掴むより速く、2本目の銚子が盆から倒れ転げ落ちる。  
銚子は畳に落ちて跳ね返り、その内容物を客に向けて吐き出した。  
 
「熱っ」  
 
銚子は畳の上で2,3度大きく揺れ、揺れが小刻みになり、やがて止まった。  
酒は客の下腹部を濡らしていた。  
 
「申し訳ございませんっ」  
 
慌てて懐から手拭いを取り出し客に手渡す。  
もう一枚で酒に浸った畳、机を拭き始めた。  
客は酒に染みた上着を脱ぎながら、妙のその所作を見ていた。  
 
妙のうなじに生まれた冷や汗に、後れ毛が張り付く。  
白い肌に陰をつける後れ毛が匂うようだ。  
酔いが官能を刺激する。  
半ば心地よさに麻痺した意識が、襟元の奥の、隠された肌を妄想する。  
 
次第に場は落ち着きを取り戻してきた。  
妙も動揺に少し落ち着き、客に声をかける。  
場には、揮発したアルコールが酒臭さを漂わせていた。  
 
「えろう、すみませんでしたなぁ。お、お怪我はありまへんか?」  
 
客は答えず、妙を凝視する。  
通った鼻筋の端正な顔立ち。涼やかな目元がこの女性の優しさを印象付けている。  
しかし、その印象が、却ってこの男の嗜虐心を煽っていた。  
 
客は無言で湿った上着を妙に投げ渡す。  
 
「あ、あの・・・」  
「見たまえ。ずぶ濡れだ。これは英国製の特注でね。」  
「はい、あの、洗濯代は弁償しますよって」  
「弁償はいい。それより・・・」  
 
湿った股間を指し示す。  
 
「こっちは、火傷をしたかもしれない。」  
「え」  
「ちょっと見てもらおうか」  
「・・・」  
 
客は妙を見つめながら、口元に下卑た笑みを浮かべる。  
無言の妙をよそ目に、男は股間から一物を取り出した。  
黒々としたそれは、固張し始めていた。男の手に添えられたその先端が妙を睨む。  
 
「ちょっ、お客はん、それは・・・」  
「初めてかね」  
「・・・ではなくて、」  
 
戸惑いを唾と一緒に飲み込もうとする。  
渇いた喉が潤うと、言葉が出始めた。  
 
「火傷でしたら、治療費を出させてもろてます。」  
「そうかね」  
「破損でしたら、その弁償させてもろてます。」  
「・・・そんなことはどうでもいい。儂はコレを、見てくれと言っている。」  
 
妙の言葉を遮るように、男は自分の男根を示した。  
妙はそれを凝視できない。俯いて答えた。  
 
「閉まっとくれやす・・・そんなことは、できまへん。  
 きちんとした筋の弁済をさせておくれやす。  
 うちでは、そういうことになってはります。」  
「そうかね」  
 
しかし男は妙の言葉に耳を貸さず、妙の手首を掴み強引に引き寄せる。  
そして自分のモノに触れさせる。  
硬く、生温かい感触。妙は思わず手を引いた。  
 
「やめてください。ひ、人を、呼びます。」  
「呼べばいい。その後、あんたがと店が困るだけだ。」  
「え」  
「儂は元老院でね。司法省にも内務省にも少し縁があってね。  
 こんな店の一軒や二軒、いつでもどうにでもできる」  
「・・・」  
 
間近で妙を凝視する男の目は下卑た笑みを浮かべているが、奥に不気味な冷たさが宿っている。  
商売柄人を見るが、男の言葉はあながち嘘ではないのかもしれない。  
 
「お大臣だろうが、なんだろうが、うちは商売人どす。筋の違う商いはできまへん。」  
 
が、妙は気丈に云った。  
知らず荒くなった息が肩に伝わる。こめかみに滲んだ汗が水滴となり、上気した頬をつたう。  
その間、男は妙を凝視していた。  
 
「・・・おい、赤松。」  
沈黙を裂くように、男が呟いた。  
どこからか、低い声が帰ってくる。  
 
声を確認し男は続けた。だがそれは、赤松と呼ばれた男よりもむしろ、妙に向けたようだった。  
 
「確か、もう一人いたな。可愛いお嬢ちゃんが。連れて来い。」  
 
目の端で妙の反応を確かめる。それが妙にはいっそう下卑て見えた。  
 
「え・・・そんな、燕ちゃんは関係おまへん」  
「姐さんはどうしても厭だそうだ。」  
 
低い返事が返る。目の前の男は笑みを露骨に嫌らしくして見せた。  
 
「・・・そんな、燕ちゃんは子供どす。かんにんしとくれやす・・・」  
「燕というのか。まぁ、あんたの代わりということだ」  
「・・・そんな」  
 
外で影の動く気配がする。  
そこから、動悸が明らかな音を立てて響き始めた。  
一呼吸、二呼吸。  
唾を、そして覚悟を、こくりと、喉の奥に流し込んだ。  
 
「・・・分かり・・・ました。・・・燕ちゃんはかんにんして・・・ください・・・」  
聞こえないほどの声で妙は呟いた。  
男は、見えない声の持ち主を制止した。  
 
 
妙は男に命ぜられるままに、男の股間に顔を埋めていた。  
火傷したかもしれない、冷やすようにとの理屈からである。  
妙が、暫くは申し訳程度に棹の周囲に唇をつけている程度だったが、  
すぐに男に口に含むように言い放った。  
そして暫くして男に頭部を押さえられ、上下運動を強制されていた。  
 
片方の手はたまに、妙の尻を着物の上から揉み、  
たまに襟奥に差し込んでは背中をさすっているようだ。  
 
割烹着の頭巾は既にずり落ち、綺麗に纏められた黒髪は徐々に乱れ始め、首筋に絡みつく。  
 
「ん、ん」と喉の奥から声とも付かない息がもれる。  
溢れ出した涙を、すする擬音。  
時折、唾液が水をはじくように、ぴちゃと舌打ちのような音が響く。  
 
酒臭さが混じった攻撃的なその異臭は、鼻の奥と喉の奥とで重なる。  
不潔で醜悪なものが口内を侭に支配している。  
今までに味わったことのない屈辱が妙を襲っていた。  
 
 
どれくらい、そんな悲しい奉仕をしていただろうか。  
暫くして男は妙を放した。  
解放された口から、ほっとしたようにこぼれた。  
手は口を拭いでいる。  
 
「・・・もう、ええどすか」  
「・・・」  
 
男は答えず無言で手を伸ばした。その手が妙の裾を割る。  
腿の間に忍び込んだその指先が妙の秘部をさぐる。  
 
「え、あっ、いやっ、そこは、かにんしとくれやす」  
 
羞恥に身をよじらせる妙。男の腕を掴み引き離そうとする。  
半ば覚悟していたとはいえ、本能が許さない。  
 
男はそれにかまわず妙を畳に組み敷いた。  
逃げようとする妙に覆いかぶさり、閉じられた脚をこじ開ける。  
そしてこじ開けた空間に体を差しいれた。  
 
裾から両脚がこぼれる。付け根まで露出した肌理の細かい白い脚が膝で鋭角を描き、  
足袋が止めるまでそれは、すぅと伸びる。  
 
その柔かい腿を支えるように抱えんだ男は、妙の恥部を探し当てると肉塊を一気に差し入れた。  
体重を乗せられた肉塊は、妙の中にずぶずぶと、めり込むように入っていく。  
準備のできていない、そのきつさも男の嗜虐を煽る。  
「うっ」  
痛みに悲鳴を上げる妙。  
「ん、ああっ」  
肉塊の侵入が深くなるにつれ、妙の呻きも強くなる。  
侵入が収まり、そして抽送が始まった。  
膣に嵌った異物が前後に動く。その異物から伝わる体温がいっそう気味悪い。  
 
男は妙の襟元に手を差し入れ、一気に開いた。  
襟が帯を支点として扇状に広がる。そして扇の付け根に乳房が覗く。  
男はその乳房の弾力を楽しむように揉みしだいた。  
 
乳房が、指と掌に形を変えられる。  
唾液に濡れた乳房が、微かに光を反射する。  
そして男の前後運動に、妙の呻きが同期する。  
 
 
暫くして、男は繋がったまま妙を抱き起こす。  
そして妙を突き上げはじめた。  
震動が子宮に響くようだ。  
解けた黒髪が、背中で波打つ。  
上下運動に少し遅れるように、乳房の先端が上下する。  
 
衣の、畳の摩擦音。肌のぶつかる破裂音。  
男の息、妙の吐息。そして嗚咽。  
 
 
次第に男の息遣いが荒くなる。  
それに比例するように運動が大きくなる。  
肉塊がだんだんと熱を帯びてきたのが子宮に伝わってくる。  
「・・・中は、かんにん・・」  
嗚咽の中で妙が哀願の声を絞り出す。  
舌打ちの後、男は肉棒を引き抜いた。  
そしてそれを再び妙に咥えさせると、口内に陵辱の証を満たし果てた。  
 
 
ことが済んで暫くの後、男は赤べこから出て行った。  
その時は「馳走になった」の言葉しか覚えていない。  
散乱した食卓の上に、注文より明らかに多い金銭が置かれていた。  
 
妙は、暫く呆然としたあと、ゆっくりと食卓を片付け始めた。  
泣く以外に、ただそれしかできなかった。  
 
 
数日後、新聞の片隅に比較的大きく載った記事に、妙は目を奪われた。  
そこには忘れもしない見知った男の写真。  
 
そして見出しにはこうあった。  
【元老院議員・渋海氏暗殺−−−−−−】  
犯人は不明だという。  
 
妙は静かに泣き崩れた。  
 
 

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