風が、少女を通り過ぎていった。  
若葉の香気を十分に含んだ、皐月の風である。  
 
日が西に傾き始めているとはいえ、日中の暖かい陽気がまだ残っている。  
額に薄っすらと汗をにじませた少女には、この上なく心地良いものだった。  
手元には箒がある。雑草と、少しの落ち葉とが、傍らのちりとりにあった。  
少女は額の汗を拭うと、まだ少し残る雑草を再び摘み始めた。  
 
暫くして少女は、立ち上がり、用具を片付けると、傍らの建物に入っていった。  
掃除が終わったのだろう。  
看板には「赤べこ」とあった。  
 
「妙さん、終わりましたよ」  
 
と少女 ――三条燕――は、まだ幼さの残る声で、店内に声をかけた。  
頭に巻かれた手ぬぐいを解くと、丁寧に折りたたみ、懐にしまいこむ。  
肩で揃えられた細い黒髪が、やわらかく揺れ落ちた。  
 
しかし、いつもなら、ご苦労様、と優しく響くはずの返事はなかった。  
沈黙だけが虚しくのこる。  
 
「妙さーん? 変だな・・・」  
 
妙の姿が見当たらない。  
そういえば、最後の客は帰ったのだろか。  
 
燕の、小さな胸の奥から、ふとこみ上げてきた不安感が燕の意識を奥に向かわせた。  
いつもは空いているはずの奥の座敷の襖が閉じている。  
ゆっくりと奥に近づく燕。  
 
(誰か・・・いる?)  
確かな気配がそこにあった。  
 
燕の喉がこくりと音を立てて波打つ。  
かすかな息遣い。声とはつかない声。  
男女の声だろうか。声の主は妙だろうか。  
 
燕は襖にそっと手をかける。  
燕の小さな指は目に見えてわななき、引き手にかかるのを拒んでいるようでもある。  
込めているはずの力が指に伝わらない。  
奥底の恐怖心がそうさせているのだろうか。  
燕の額には、冷や汗が滲んでいた。  
 
燕は、自分の恐怖心をかき消すように、しんから搾り出すように指に力を込め、襖を少し引いた。  
「・・・」  
僅かな隙間からのぞく光景に、燕は呟く言葉を見つけられなかった。  
 
 
白く艶かしいなにかが、ゆっくりと、時には激しく動いていた。  
女性の肢体であった。はだけた着物から白く覗いている肢体。  
腰の辺りに僅かばかりにのこる着衣が却って、艶めかしい。  
 
そして男がその女性を組み敷き、身体を呷る。  
女性はしきりに厭、という声を上げている。声に涙が混じる。明らかに男を拒絶している。  
男はその抵抗をむしろ楽しむように、その女性を陵辱し続けていた。  
口元には下卑た笑みが浮かんでいた。  
 
(・・・妙さん!)  
 
女性は、燕が姉のように慕う妙であった。  
そしてもう1人は、はっきりとは覚えていないが、あの客だろう。  
 
(・・・どうして・・・)  
 
まだ初潮を迎えていない燕にとって、  
男女のそういう行為は、知識でこそ知ってはいた。  
しかしその瞳で、ましてや間近でみるのは始めてであった。  
 
その知識も、いわば春画のような、甘美に歪曲された世界であり、  
目の前の部屋自体が粘膜に包まれたような、なまなましい光景は、想像とはまったく違う。  
しかも、男が性欲の処理を一方的に強要し、  
嬲るような情況を理解するのは、燕には酷だっただろう。  
燕にはただ恐怖だった。  
 
 
その恐怖は燕から思考能力を奪った。  
燕はその光景から瞳を背けられず、涙で真っ赤に腫れ上がったその瞳で、ただ呆然と見ているのみだった。  
悲鳴という、燕にできる、この場で妙を救うことのできるかもしれない唯一の手段も忘れさせた。  
そして、背後の、燕を覆うような気配に気づいたのも  
それが燕の小さな身体を拘束してからのことだった。  
 
燕が、その身の息苦しさに気づいたときには、  
小さな唇は、皮の厚い、節くればった掌に覆われ,  
小さな身体は、さながら熊に押さえつけられた雛鳥のように、  
身動き一つできず、包まれるように締め付けられていた。  
 
「覗き見はいけないな。お嬢ちゃん」  
 
その言葉が、それが獣と違い、人間だということを認識させた。  
けれどその声は、獣の咆哮のように低く、不気味だった。  
 
そしてその言葉が終わるのが早いか、男のもう片方の手が、燕の襟元に滑り込んできた。  
そして燕の、申し訳程度に脹らんだ胸を這い、  
その頂点の、豆粒のような乳首を弄びはじめた。  
 
(え・・・ なに・・・ いや・・・・・・)  
 
羞恥とくすぐったさとが混じった奇妙な感覚に身悶える燕。  
弱まった拘束から身体を回し、己の背後の影を覗き見た。  
見覚えのない男だった。  
 
およそ清潔感の感じられない長髪。燕を包む岩のような体躯。  
そして何よりも、闘犬のような風貌が印象的だった。  
 
男は赤松有人という。渋海の「犬」である。  
とはいっても赤松は、渋海の一連のその行為の監視という、  
与えられた命令に対しては、忠実な「番犬」であったが、  
好物を前にしてお預けができるほど、自分の欲望を押さえつけられるほど忠実な「犬」ではなかった。  
ただでさえ毎回、渋海一人が快楽を得ることに、苦々しく思っていた。  
 
赤松というこの自意識と自尊心の激しい男は、  
幕末においてはそれを人斬りという手段で満足させてきたが、  
維新が進行するにつれ徐々に機会を失い、ごくたまにある「暗殺」のみが彼の欲を慰めていた。  
 
しかしその欲はだんだんと押さえられなくなり  
次第にそれを性欲に転化させ、女性を強制的に支配して満足させるようになった。  
さらにその支配感は、抵抗もままならぬような相手に対して強くなり  
いつしか少女や童女を選ぶようになっていた。  
性質が、性癖に顕れていったのである。  
 
そして燕はそんな赤松にとって格好の獲物だった。  
一度は飼い主に静止させられたものの、今まさにこの腕に掻い込んだ獲物。  
少し力を込めれば壊れてしまいそうなほどに、その身体は小さく、か細かった。  
 
燕の初々しい匂いが、か細くもれる吐息が、首筋に青く浮かぶ静脈が  
恐怖が覆うその瞳が、赤松の支配欲を否が応でも高めていく。  
赤松の体中の血液という血液を股間に集め、脳内の興奮物質を沸点に高らしめていく。  
そして興奮物質は赤松の欲望を満足させるべく、理性の枷を麻痺させていった。  
 
「騒がれたら、少し、面倒だからな」  
 
と、赤松は傍らの手ぬぐいを、燕の唇に押し込んだ。  
手に馴染んだ木綿の感触を、唇はもてあますように拒否する。  
 
「んん、…………いや! んぐ!」  
 
唇を塞がれた雛鳥は囀ることもできない。  
嘴からでた言葉は、木綿の壁に阻まれ、鼻から低音のみを発する。  
尤も嘴が自由だったとしても、恐怖が発声を許さなかったかもしれない。  
燕の鼻から漏れる呼吸が、自然と荒くなっていった。  
 
両腕の自由を得た赤松は、燕を抱き込んだ腕で燕の腕をつかむ。  
そして、熟れた果実の皮を剥くような容易さで、燕の上半身を剥いでいった。  
帯が衣を支え、袖が包むべき腕を失うと、燕の上半身の、小さな背中が赤松の眼前にさらされた。  
瑞々しく成熟の余地を多分に残す、肌理の細かい素肌である。  
その肌は、室内のか細い陽光でさえ十分に、白く光彩を放っていた。  
 
赤松は燕をうつ伏せに倒す。  
そして燕の着物の裾を一息に捲り上げた。  
 
(……ちょ、な…… いや!)  
 
燕の抵抗もむなしく、いや抵抗すればするほど裾は捲り上がり、  
くるぶしから内股へと、細く白い下肢を順々にさらす。  
ついには小さな臀部が覗いていった。  
赤松は燕の腰を抱くように持ち上げ、その臀部を眼前に据えた。  
軟らかい臀部に、赤松が太い指で押しつかむと、そこは程よい反発で押し返す。  
起伏の頂きを口に含み、嘗め回し、その張りを堪能する赤松。  
 
赤松はさらに燕の腰を持ち上げる。  
臀部の陰になった裏側の、少し広がった脚の付け根に、小さく筋があった。  
少しうぶ毛が残る以外に、その筋を隠すものは無かった。  
 
赤松は指先で、その筋を左右に押し広げた。  
産まれ落ちて初めて外気に晒された、その薄紅色の内壁。  
悲しいほどに淡い色彩が、赤松をさらに欲情させる。  
 
赤松はそこに顔を乗せ、唇をつけ、舌を押し込んだ。  
 
(……あ、あ、なに…………)  
硬くすぼめらた舌が、内壁の奥へ奥へと侵入しようとする。  
意思を持っているかのように、内壁をゆっくりとなぞる。  
下唇で、上顎で、その果実を貪りつづける。  
果汁と見まごうばかりに、赤松の唾液が燕の内股を滴る。  
 
舌が、執拗なまでに燕の性器を弄ぶ。  
ざらついた感触が内壁を走るたびに、小さな突起物を刺激する度に  
燕の身体が小さく反応した。  
 
そして、突起を丹念に刺激された悲しい生理反応によって、  
少しずつ唾液の海に、燕の自らの精液が混ざり始めていた。  
そしてその、染み出した愛液の匂いを敏感に感じ取った赤松は、  
とっくの昔に誇張している己を、わずかばかりに開いた燕の隙間にあてがった。  
赤松のそれが燕の扉を押し広げ、押し入っていく。  
 
「!!!」  
 
まだ亀頭もすべて収まっていないのに関らず、全身を激痛が走った。  
激痛は燕の脈拍に呼応して全身に響く。  
 
(あああっ!)  
 
赤松が己に力を込めても、容易にはその肉の道を開かせない。  
しかし赤松にとって、この狭窄さこそが、少女を獲物とする醍醐味でもあった。  
 
(嫌ァ!)  
 
燕は滑らかに流れる黒髪を激しくふった。  
しかし、がっちりと固められた燕の腰は動かすこともできず、  
赤松の肉棒は燕の胎内にめりこんでいく。  
燕の体が赤松の腰へと吸い寄せられていく。  
 
(助けて! 弥彦君…… 妙さん…… 剣心さん……)  
 
燕は、親しい人を想った。叶わないまでも助けを求めた。  
だが、脳裏に浮かべたその像は、膣の疼きとともに黒い霧に食い破られ、  
引き裂かれるように霧散していく。  
 
そして赤松の肉棒が完全に姿を消し、燕の胎内に収まると  
燕の脳裏に想いうかべられた弥彦の像の隅に、赤い霧が浮かび上がった。  
その霧は急速にその面積を広げると、べっとりとした塗料のごとくに粘度を上げ、  
燕の脳裏を塗りつぶしていった。  
 
「ほうら、動くぜ」  
 
赤松は、完全に埋まった肉棒をゆっくりと抜く。そして挿し入れる。  
その周期はだんだんと早まり、激しい抽送となっていく。  
 
声ともつかない悲鳴が燕の喉から漏れる。  
(嫌、嫌ぁ……)  
可憐な少女が、赤松の一往復ごとに穢されていく。  
 
(たまらねぇ)  
摩擦の生み出す悦楽。 美少女をこの手におさめ、突き上げ、穢す征服感。  
すべてが赤松を満足させた。  
 
そして、少女であるが故の強烈な締めつけに、赤松の精はせきたてられていく。  
 
「ううっ」  
赤松の呼吸が深くなり、咆哮を上げる。  
そして、その溜まりきった精を、どう、と燕の中に吐き出した。  
搾り出され、膣をあふれた白濁が、燕の腿をつたう。  
朱が、白濁に混ざり、悲しくも鮮やかに燕の秘所を彩っていた。  
 
「旦那も終わったみたいだな」  
 
赤松が呟く。  
しかしその声は鼓膜の奥に響いたのみで、最早燕の脳には届かなかった。  
裂けた陰裂の疼きが、理不尽な運命への絶望が思考を妨げていた。  
 
(弥彦…………くん……)  
 
燕は消え去った像を再び思い浮かべることができぬまま、  
脳裏を覆った朱の沼に堕ちていった。  
 
 
 
 
数日後、この赤松も渋海と同時に、何者かに惨殺されている。  
ただ、その存在は表に出ることはなく、他一名、とのみ記されていた。  
 
 

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