「ねぇ、剣心。少し休もうか。」
いつもならリボンで束ねられている黒髪が、静かに夜風にそよいでいる。
神谷薫が、傍らの男に歩きながら問いかけた。
薫の声は男には届いていないようだ。男の視線は中空をさまよう。
視線の先が自分の脳裏にでもあるかのように焦点は定まらず、ただぼんやりと、物想いに耽っていた。
(人斬りは、所詮死ぬまで人斬り・・・か)
左肩の傷が、少し疼く。
男は、緋村剣心と言った。
緋色の長髪を束ね、左の頬に遠目にも分かるような十字の傷がある。
「人斬りは人斬り」
先ほどまで闘っていた鵜堂刃衛の、今際の言葉が刺さる。
剣心とは対極に人を斬った男が、もとは同じだ、と遺した。
すこし傾き始めた月が、穏やかに波打つ川面にしらじらと光を与える。
時折そよぐ夜風が川べりの草草を優しくあらう。
虫たちの発する甲高い声が静寂を許さない。
そんな穏やかな夜想曲の中を、どこにでもある夜の道を、二人は家路に向かっていた。
いつもなら、なんでもないはずの道も、今夜はすこし重い。
「剣心」
「おろ?」
薫の再びの問いかけに、剣心は気づいたようだ。
「少し休もうか。」
「ああ、そうでござるな。」
笑みとともに言葉を返した。
道をすこし外れ、傍らの土手に二人は腰を下ろす。
夜露に濡れた草たちが、二人の着物を軽く湿らせる。
場所を奪われた虫たちは、すこし移動すると、再び喧しく鳴き始めた。
夜風が二人の間を通り抜ける。
「傷、痛む?」
薫が、剣心の顔をそっと覗き込む。
「少し、でござるかな。」
「ごめんね、私のせいで。」
「薫殿のせいではござらんよ。」
照れくさそうに返す。
「・・・刃衛の言ったコト、まだ考えてる?」
「・・・」
口元に笑みを残したまま、剣心の目が再び空中に流れる。
「すこし、寒いね。」
「・・そうでござるか?」
「・・馬鹿」
剣心の沈黙に耐えかねるように言葉を発した薫が、剣心の肩に寄りかかる。
乾き始めたばかりの傷口は、まだ血の匂いがしていた。
薫はその傷にそっと触れると、剣心の胸に頬をのせる。
剣心の鼓動が聞こえる。
虫たちの喧騒よりも強く、とくん、と剣心の心の音が聞こえる。
「ありがとう、剣心。」
そっと囁いた。
剣心が薫の肩にそっと手を置く。その手の温もりが薫に伝わる。
自分の鼓動が高鳴っていく。胸が苦しい。
なんだろう。真夜中という時間が、神経を麻痺させているのだろうか。
それとも刃衛の件のあとで、気持ちが昂ぶっているのだろうか。
薫は傍らの剣心を見つめる。そしてそっと、唇を合わせた。
不意のことに戸惑う剣心。
「薫・・・殿?」
微笑みを返して薫は、ふっと立ち上がる。
振り仰ぐ剣心。戸惑いを湛えた目が薫を見つめる。
薫は、腹の辺りの結び目に手を添え、帯止めを解いた。
結び目を解かれ自由になった帯紐が、かさりと薫の足元に落ちる。
太鼓に結ばれた背中の結び目を解くと、一回り二回りと、桜色の帯が薫の腰をすべる。
薫ははにかみながら、帯から手を離す。
前で合わされているだけの小紋が帯の束縛を解かれると、
薫の体の中心線がそっと開かれる。白い綿の襦袢がのぞく。
「薫殿、何を・・」
咄嗟に剣心が薫の腕をとる。指の先は小刻みに震えていた。
震えを隠すように、剣心の手をそっと離す。
強がりを隠すように、剣心にそっと微笑む。
恥ずかしさを隠すように、いつもの自分を隠すように、剣心にそっと語りかける。
「ねぇ、剣心。 私には、剣心がどんなに辛いのかなんて、ホントには分からないし、
代わってあげることもできない。
さっきの剣心も怖かったし、いまの辛そうな顔を見ているのも・・
私はね、今日、剣心がまた、いなくなるんじゃないかと思って、
追いかけたの。そしたら、なんか、色々あって、
そしたら剣心がずっと辛そうにしてて、なんとかしてあげたくて・・」
薫は微笑を浮かべたながら、言葉にならない思いをまくし立てた。
頬が赤く上気し、いつの間にか、瞳が潤んでいる。
その瞳を拭った薫の指先は、まだ少し震えていた。
「って私、何言ってんだろ・・」
薫の言葉の終わらぬうちに、剣心は、薫の手を引き寄せ、そっと包み込んだ。
頬と頬がふれあう。その頬から、背中に回った掌から、剣心の温もりが伝わってくる。
剣心は目を閉じ、薫の耳元で囁いた。
「ありがとうで、ござる。」
剣心は薫の首筋にそっと口をつける。耳許、頬、顎と。
そして唇に触れる。絹で包まれたように心地よい、甘酸っぱい官能が脳裏を刺激する。
静かに唇を離す。瞳を見つめあい、もう一度触れた。
剣心は薫の背中に手を回す。腕いっぱいに薫を包み込む。
薫は剣心の腰に両手を回す。腕いっぱいに剣心を受け止める。
ふたりはそのまま、河原の草草に埋もれるように、ゆっくりと崩れ落ちた。
夜露がすこし、冷たい。
剣心は薫の髪を梳きながら、首筋、首許にそっと唇をつける。
右手で薫の小袖を広げると、白く見え隠れする肌着の紐をつまむ。
その手を薫がそっと静止する。
「自分でやるわ。恥ずかしいから・・」
横座りになり、剣心に背を向ける。
薫は小紋を肩から外すと、襦袢を脱ぎ始めた。
するすると綿の肌着が薫の体を滑り落ちる。
肩を、背中を、腰を。月明かりが、薫の肌を青白く照らし始める。
剣心はあわてて目をそむけ、着物を脱ぎ始めた。
「いいよ」
すこし経って薫が声をかけると、褌を外した剣心が振り向く。
薫は、下に引いた襦袢に仰向けになっていた。
日頃の鍛錬のせいか、無駄な脂肪のない引き締まった肢が、陰部を隠すように折れている。
細い二の腕の、しなやかに伸びた両手が、胸を覆い隠している。
月明かりに影をつくられた身体の線が青白い陰影をつくる。
女性特有の、すこし丸みを帯びた四肢は、肌に白い光跡を残しながら腰の辺りで一旦くびれ、
そして再び盛り上がり、滑らかな長い曲線を描きながら影となる。
黒髪が、月明かりで艶めきながら襦袢に広がっている。
剣心はその傍らに臥した。
剣心は薫をそっと引き寄せる。
薫が剣心の右肩に頭を乗せる。剣心はその小さな肩を抱いた。
柔らかな肌の感触。そして、すこし冷たい。
薫の掌が、剣心の胸をいたわるように這う。右肢を剣心の脚にからませる。
剣心は薫の手を胸からのけると、右手で薫の乳房を包む。
恥ずかしさからか、剣心の手に手をそえる薫。
包んだ掌よりも少し大きな薫の乳房が、指の、掌の動きとともに形を変る。
柔らかな脂肪が、ゆっくりと円を描くように崩れる。
親指が乳房の先端に当たる。硬くなった乳首が、剣心の指に心地よい抵抗を与える。
「ん」
くすぐったさに身じろぐ薫。
剣心の掌が薫の腿を這う。掌は腿を左右に移動しやがて薫の臀部に触れる。
鍛えようのない、柔らかな部分。右手は、薫の背中。
腿、尻、背中。剣心の掌が、動き続けなければ死んでしまう回遊魚のように素肌を這う。
首、頬、そして唇。ふたりの唇が、降り始めたばかりの霧雨のように互いを湿らせる。
「剣心・・」「薫殿・・」
囁きあうように互いの名前を呼ぶ。
吐息が、絡み合う。
薫の肢を這っていた掌が、薫の臍の辺りから付け根に伸びる。
若草のふもとに秘所がある。人差し指と薬指で門を広げ、中指を滑り込ませた。
「あ・・・だめ・・。汚いよ・・」
指が薫のそれを上下に這う。粘液をまとった中指が薫の敏感な部分を刺激すると
薫は小刻みに震える。短い吐息が強く漏れた。
表面を嘗める中指が薫の奥に入り込む。
「いた・・」
薫の吐息に、悲鳴が短く混じる。
指でかき回すように、愛撫をする剣心。
表面の小さな、敏感な突起物をゆっくりと撫でる剣心。
中指に絡みつく粘液が、次第に剣心を迎えていく。
「薫殿・・」
剣心が囁くと、薫はわずかに頷いた。
薫の膝に手をを指しいれ、すこし広げる。肢の間に腰を移動させる。
両手で薫の上半身を抱く。乳房が剣心の胸に押し付けられる。
硬くなったそれを薫のなかにゆっくりと差し込む。
雄雄しく硬い剣心が、柔くたおやかな薫を押し広げる。
「んんっ」
指の愛撫とは違う太さ、硬さを、薫の秘所は拒否をする。
強く握られるように、先端がきつく締め付けけられる。
背中を掴む指が剣心に食い込む。薫の眉間が苦痛を浮かべる。
「痛いでござるか」
「・・ちょっと。・・そうっとね」
「ん・・・」
染み入る雨のように、ゆっくりと時間をかけて、剣心は入り込む。
薫の苦悶の吐息が落ち着くと、剣心と薫の隙間がなくなった。
完全につながった二人が、お互いを包む腕に力を込める。
お互いの肌を撫であう。吸うように唇を重ねる。
「あ・・・」
剣心が腰を前後させると、薫が小さくこぼす。
「まだ痛いでござるか」
「すこし・・ううん、もう平気・・」
恥じらいを頬に溜める薫。それを確かめるように熱く、優しい運動を繰り返す剣心。
染みてきた汗に、交わる吐息。交わす唇。
包み込むような優しい抱擁。髪を梳く剣心の指先。
重なる胸から、繋がる部分から伝わる、剣心の鼓動。
すべてが心地よい。
永遠にも浸っていたい。
剣心の前後運動の一つ一つに、喉から声を漏らす薫。
そして、だんだんと、剣心の鼓動が高鳴っていく。
徐々に、剣心の吐息が激しくなっていく。
剣心の薫を抱く力が強まる。
瞬間、剣心から熱いものが注がれた。
「あ・・・」
どくり、という音を立てるように白濁したそれは、薫の胎内に流れ込む。
それは薫の粘液と混ざり、奥に包み込まれる。
深くなる吐息。止まる時間。すこしばかりの気怠さ。
余韻に浸るように二人は、そのまま重なり続けた。
暫くして、再び家路に歩き始めた二人。
距離が、さっきまでとは少し近い。そんな中、剣心が思い出したようにふとこぼした。
「そうそう、借りていた藍のリボン、返さなきゃでござるな」
「あ」
剣心の懐から薫のリボンが取り出される。
「・・・」
が、それは元の華やかな藍とは違い、鳶が入ったように赤黒くなっていた。
軽やかなそれは、泥水に濡れたように重くなっていた。
剣心の血を含んでしまった所以だろう。
気まずさのもたらした沈黙を薫の怒声が破る。
「なにコレ。血みどろじゃない!」
良くある夜道を、良くあるように、二人は駆け去っていった。