「先生!急患です!」
助手の少女が叫んだ。
誰もが眠りに落ちる夜半過ぎ。恵もまた、最後の診察を終えて、眠りについた矢先だった。
毎日毎日が診察に追われる日々。それ故に、この短い睡眠は唯一息をつくことができる貴重な時間だった。
それでも患者は絶え間なくやってくる。
飛び起きて羽織をかけ、診療室のある一階に駆け下りると、むせるような生臭い香りが辺りをつつんでいた。
ベットの上に転がっている黒い塊ー。
――いや、人だ。全身に血を被った。小さい。髪が長い。少女だろうか。
「華族の馬車にはねられたそうです!意識がありません!」
「分かったわ!すぐにお湯を沸かしてちょうだい!あと蝋燭も有りっ丈持ってきて!」
その傍らに、立ち尽くす女性がいた。目を見開き、青白く硬直して…少女の母親だろうか?
「私が…私が目を離したから……」
「大丈夫です!私が助けますから!」
「……どうしよう……私のせいで死んだら…」
何を言っているのか。この少女はまだ息をしているのに…なぜもう諦めてしまっているのだ。
仮にも母であるこの女性が少女の無事を信じなくて、どうしてこの少女が助かるだろう。
「この子は生きています!ちゃんと励ましてあげて!」
はっとした様子の女性は、強い母の顔になって、声をかけ始めた。
「まゆっ…御免なさい……頑張って…生きて……生きて!」
また、長い夜が始まる。
会津に着てからもう1年が経っていた。
東京とは比べ物にならない数の患者たち。日々が走馬灯のように過ぎてゆく。
未だに家族との再会は叶っていない。それはしかたがない。今日も患者が来るのだから。
苦しんでいる人々を助けることは自分の生きる道。罪も無い人々の命を奪ってしまった自分の罪の償い。
自分の幸せなど、初めから許されることではないのだから、と今日も患者に向かう。
その筈だった。しかし、今日はどこか勝手が違う。
朝起きると、なにやら外が騒がしかった。
徹夜の手術で寝不足で、肩に重くのしかかっている頭をさすりながら表へ出ると、
目に入ったのは円になってわーわーと騒ぐ人垣。山積になって伸びているチンピラらしき男たち。
そして…
「…左之助????!!!!!」
恵が声をあげると、男が振り返った。
「よう!女狐!」
悪一文字を背負い、ここでは珍しい江戸っ子口調。間違いなく、正真正銘、左之助だった。
「ったく…なんであんたがここにいるのよ…今大陸のはずでしょ…」
左之助の右手に包帯を巻きながら、ため息混じりにつぶやいた。
「やっぱ腕は向こうの医者よかお前の方がいいみてーだからな。ちょいと向こうにできたダチに頼んで
ここまでのせてもらったんだよ」
「とゆうか…あんた今指名手配中でしょ?…よくのこのこ帰って来れたわね…」
「まーかたいことは気にすんなって」
流石の恵も驚きを通り越してあきれた。分かっているのだろうか。もし見付かれば極刑も免れないというのに…
相変わらずのマイペースぶりに思わず口元が緩んだ。
「…やっと笑ったな…」
「え?」
「あんま眉間に皺寄せてばっかだと俺の親父みたいになっちまうぜ。そんな疲れて顔してねーで
もっと笑ったほうがいいぞ。幸せ逃げちまうからな」
そう言われて、恵ははっとした。ここ最近、笑ったことがあっただろうか。
多忙過ぎる日々の中で、笑うことさえ忘れてしまっていた。
なんだか悔しかったが、その一言で妙に肩が軽くなった。
「……大きなお世話よ」
「まっ、船が出るまでの3日間泊めてくれや。迷惑はかけね―からよ」
「…いいけど…」
「飢えてるからって襲うなよ」
「なっ…〜〜〜〜〜!!!バカいってんじゃないわよ!誰が!あんたなんて土間で寝なさい土間!」
左之助はカラカラと笑って外へ出ると、振り向いていった。
「あんたはそのほうがよっぽどらしいぜ」
「なっ……」
「晩には戻っから飯宜しくなー」
腹立たしいこともこの上ないが、見送る背中がまぶしく感じた。
「なんかいいことでもあったんですか〜?」
いつも診察に来る中年の男性が、にやりと笑いながら聞いてきた。えっ…と弁解しようにも遅く。
「ああ、わしも思った」
「そうですねー。なんだかいつもと雰囲気違いますもん」
助手の少女までが、嬉々として話に混じっている。普段なら何でもない、場の雰囲気が良くなって、
むしろ良いことなのだが…
「やっぱり、これですかい?」
そういって差し出されたのは小指。
「もしかして、朝にいらしたお若い方ですか?」
「へえ、若いツバメですかい。先生もやりますなぁ」
こういう話になると、不快この上ない。そもそも、どうしてヤツの事を好きにならなくてはいけないのだ。
「違いますっ!!!」
「そうはいっても、顔が赤いですよ」
「へっ?」
そう言われてみると、確かに少し顔が熱いような…。
「先生がそんな顔なさるとはなぁ。いいもん拝ませてもらいましたぜ」
当分は、これがからかいのネタになるだろう。と、恵はがっくり肩を落とした。
「…つ…疲れた…」
いつもの仕事に加えて、患者に散々からかい抜かれた恵は、いつも以上にげんなりしていた。
(大体どうして…)
昼間のことが頭に浮かぶ。
いつもならさらりと受け流すこともできるだろうに、どうしてあそこで顔など染めてしまったのか。
「あ〜〜っもうっ!」
(赤い…?私が?)
どうせ疲れているだけだと、後悔もそこそこに、忘れてしまおうと頭をぶんぶん振った。
ところで、人はこういうとき、どうして一番会いたくない人と出くわしてしまうのだろう。
「どうかしたのか?」
「!!!」
「なんでぇ。そんなに驚かなくてもいいじゃねえか」
突然も突然のことだったので、頭が真っ白になった。
…そしてよみがえった昼間の言葉。
『やっぱり、これですかい?』
「あ〜〜っだから違うっ!!!」
「なにが?」
「へっ…いや…だから…」
「なんかおかしいぞ。お前」
本人にはこんな理由口が裂けても言えない。しかも、こんな下らない事で。
「な、何でもないのよ何でも!!」
「つーか、顔赤いぞ。熱でもあんのか?」
「え…」
(また?!)
「ま、今日はもうゆっくり休めや。俺がなんか作ってやっから」
「あ、あんた料理なんてでき…きゃあっ!」
いきなり抱えあげられ、恵は寝室に強制連行された。
コホン…ケホ…コホンコホン
「完全な風邪だなこりゃ」
左之助は布団の上に襦袢姿で寝かされている恵に言い放った。
「医者が体調崩してどうすんだよ」
「…五月蝿いわね…」
言い返す言葉にもいつものような覇気はなく、弱弱しい声がどこか情けなかった。
(ここ最近寝てなかったからかしら。そういや食事もまともにしてなかったっけ…)
思い当る節は数え切れない。
体が全ての資本とはよく言ったもの。これでは往診どころではない。しばらくの間は休業せざるを得ないではないか。
「ざまぁないわ…」
と、苦々しげに吐いた。
「よっぽど無理してたんだな」
固く絞った手ぬぐいを恵の額に乗せながら半場呆れ顔で呟いた。
「まあ、とりあえずこれ食え」
「…あんた…どうかしたの…?」
差し出されたのは一杯のお粥。先程恵が自分用の風邪薬を調合していた時に、台所で作っていたらしい。
お粥自体はありがたいのだが、作った奴が作った奴なだけに、どうも素直にその心遣いを受け入れられない。
「いらねーの?」
「……いる」
正直、その鼻につく米の香りのおかげで、腹が小さくきゅうと鳴った。
…もくもくもくもく。あ、結構おいしい。
お粥の味は申し分ないのだが、そういう風に食う様を見つめられていると、どうも食べ辛い。
「…何?」
「…老けたな」
ドカッ
女性に対する最大禁句の一つを発してしまったため、左之助は思いっきり殴られた。
「さ〜の〜す〜け〜?」
「いや、落ち着け落ち着け。そういう意味で言ったんじゃねえ。それに…」
どさり。
何かが切れたように、体の力がふっと抜けた。
「…言わんこっちゃない」
さっきよりも熱上がったんじゃねえの?と言わんばかりにいまや恵の顔は紅潮していた。
「たった一年でこんなに痩せ細ってやつれて…お前一体どんな生活してんだよ」
「ほっといてよ…患者は数え切れないほどいるんだから、寝食の時間だって惜しいわ」
「…要するに。他人第一で自分は二の次か」
左之助の顔が、一転して厳しくなった。
「そうよ…当たり前でしょ?」
…垂れていた手首が、乱暴に握り締められた。
「馬鹿言ってんじゃねえ!不幸な人間に幸せにされたって、嬉しくもなんともねえだろうが!」
「……っ!」
手首がぐいと引き寄せられ、きつく抱きしめられた。
頭が、一瞬真っ白になった。
「…左…之助?」
「そうやって無理してるのを見てっとイライラすんだよ!」
…私…無理してる?
「阿片女って言ったのはあなたじゃない…」
「俺がいつ不幸になれって言った!」
かって自分は阿片で多くの人を殺し、多くの人を不幸にした。そんな自分に、幸せになる権利などもってのほか。
それを望むことさえも許されない。ずっとそう思ってきた。だけど。だけれど…
「そう…かな…」
…私、ずっと無理していたのだろうか。自分に本音を偽って…。
「……ああ…」
「………」
「………………」
「…ふふっ…あははははは!」
堰きとめられていた物が溢れ出すように、恵は笑った。それは、ずっと心に押しやられていたものの、開放感からの笑いか。
いきなりでびっくりした左之助だったが、つられて優しく微笑んだ。
「ありがとう」
笑い過ぎてか、それとも別のか、目に浮かんだ暖かい涙を擦りながら、恵が言った。
それを、左之助は今度は包み込むように優しく抱きしめた。
「…なぁに?この手は」
回された腕に戸惑い、つい可愛くないことを言ってしまう。決して嫌なわけではないのだが。
「オレ流の風邪治療だよ」
そう言って、唇が重なる。軽く、触れるだけだったが、左之助の体温が染み入っていくようだった。
「…馬鹿には染らないわよ」
「よく言う」
「五月蝿い…」
「頬真っ赤だぜ」
「……///」
要は照れているのだ。悪事にも手を染めてしまったし、戦火も経験した。
そこいらの遊女よりは人生経験を積んで平静さだけは人一倍だと思っていたのに。
「…もー…あんたと居るとどうも調子狂う…」
これでは少女のようではないか。いい年して…恥ずかしい…。
でも…
「可愛いとこあるじゃねーか」
と、そのがっしりとした腕につつまれて微笑まれると、それでもいいかと思えてくる。
(…私も丸くなっちゃったわ…)
今度は自分から、左之助の唇に自分それを重ねた。
「…据え膳逃すほどオレは甲斐性無しじゃねーぞ?」
「ええ…」
「風邪は…」
「おかゆ食べたしもう平気よ。それに…」
「それに?」
「嫌?」
「まさか」
唇が重なった。今度は深く舌を貪るように。息をつく暇が無く、混ざり合った唾液が口角から伝って流れ落ちてゆく。
「…は…んん…」
体中の力が抜けていき、自然と左之助に全体重を預ける姿勢になる。それを受け止め、優しく布団の上に寝かせた。
ながい黒髪がぞろりと流れ落ちて、か細い首筋を露にする。その線に沿って舌が這い、指が、着物越しに愛撫を始めた。
びくりと体が強張り、行き場の無い手が自然に広い肩にまわされる。
「っ…あ…」
肌を味わうようにくどくど徘徊する舌が、じれったくてなんとも言えない高揚感を産む。
白襦袢の中に、無骨な手が進入して来た。ふくよかな胸は指が吸い付くような感覚に陥る。
それに合わせて恵の体が小さくはねた。紅の唇がわななき、湿った吐息が左之助の髪を掠めていく。
乱れた着物からは、桜色に染まる小さな乳首が硬度をましてそそり立っている。
誘っているようなその頂にチロリと舌が触れた。
風邪で肌が敏感になっている今となってはそれすらも十分な快感となる。
舌で弄ばれると快感が絶え間なくやってきて、じゅん、と体の奥から何かが染み出てくるのがはっきりわかった。
「…はぁ…ん」
「いいのか?」
「…っ…もっと…」
恵の普段からは想像もできない静かで艶のある声に、左之助も気の高まりを感じた。
女の中心に手を伸ばすと、性器のあたりがべっとりと濡れているのが分かった。
手さぐりで穴を探すと溢れる蜜の元が容易にわかった。
「入れるぞ」
そういうと恵の返事も待たずに指を一気に二本挿入する。
中の異物感と共に、なんともいえない快感が恵を襲った。
「ああっ」
「どうしてほしい?」
「…っ掻き回してっ…」
恵の懇願を聞き入れると、左之助の指が上下に動き出した。
「あっあっああぅん」
「やらしい音だな」
愉快そうに左之助が言った。
部屋中に嬌声と水音が木霊しているが、恵はそれに構っているどころではない。
「…つ…強すぎ…あ!…」
「ここ弱いのか?」
左之助はその個所を重点的に擦り上げ、左之助の着物の襟を掴んで必死に堪えようとしても、絶え間ない愛撫がそれを許さない。
「っ…も、もうだ…いっ…ちゃう…」
「いいぜ。何回でもイかせてやるから」
「…あああああっ!」
恵は自分を背後から支えていた腕に項垂れた。
呼吸が整うまで左之助は抱きしめていてくれた。上から優しげに見下ろされている。
安心感が胸を満たした。この腕の中にずっといられたらと思ったが、年下の男相手にあんなに乱れた様を見せつけて後から悔しさが滲んだ。
頭の中でどうにか仕返しできないものかと思案し…
「私もしてあげるから…腕放して…」
「お前が?」
「私ばかりなんて嫌よ」
「…じゃあお手並み拝見」
恵は足の間に座り込み紐を解いた。既に自己主張していたそれに、側面から舌を這わせていく。
手で全体をさすり、先端を咥えると左之助の体が少し震えるのを感じ取った。
「…歯立てんなよ」
と、涼しい顔で言ってはいるが、先端から滴り出るそれは左之助が十分感じていることを教えてくれる。
相手が感じてくれることが、なんだか無性に嬉しかった。
荒くなった吐息の中で、左之助が唐突に呟いた。
「…っ顔はなせ…」
だが恵は離そうとはしなかった。
「口の中に出して…」
そそういって、また咥えてしごき続けた。
「……気持ち悪いだろ」
さすがに左之助も自分の精液を飲まれることに引け目を感じているようだ。
確かにそこらのゴロツキなら口淫どころか指一本触れさせないところであるが…「彼」であったから。
したい、と思った。
「…っ!…」
「…ん゛ん゛っ」
口の中に流れ込んできたものを、恵は全て飲み干した。
見上げると、熱っぽい少し潤んだ瞳が自分を見つめていた。
「気持ちよかった?」
ふふっ、と笑うと、左之助も笑い返した。
(…こういうのも…結構いいものね…)
ぼんやりとそう感じた。
「ね…して?」
堪えきれない下腹部の熱を、手を取って左之助の指に宛がわせた。
咥えている間に、じらされたそこは太ももに滴るほどに濡れていた。
わかった、と承諾すると、左之助は柔らかな布団の上に恵を横たえ、2人とも生まれたままの姿になった。
左之助は2、3度摩ってそれを固くさせ、濡れそぼった恵の膣内に一気に挿入した。