『――寒い寒い雪の日に
二つの感情が凍てついた――
悲しみと――― 憎しみ――
そして十五年の時を得て今
凍てついたまま変わることのなかった
二つの感情は一つの笑顔の下に動き出す―――』
「雪がこんなに冷たいのに、空はこんなに凍っているのに
あなたはここで何をしているのですか?」
透き通る声が、雪の寒空に響いた。
落人群には似つかわしくない、甘い芳香。
――白梅香だ。懐かしい姉の香り。
ふと顔を上げると、雪の中に女が立っていた。
銀に光る波立った長い髪。
白い小袖に血の様に赤く映えるショール。
雪のそれと見間違うほどの白い肌。
そして漆黒の大きな瞳――。
背筋が凍りそうなほど美しい。
「何だお前は」
縁が口を開いた。
「姉を探しています。」
「――――…」
『姉』
その言葉に縁も少し反応した。
「他の人に聞いたら、ここ数年の新入りはあなたを
含めて2人だけ出そうなので。私の姉のことを何か
ご存知ではありませんか?」
「生憎、お前のような異人など知らん。」
「いえ、姉は黒髪の日本人です。吉原で花魁をしていた人で、
名は駒形由美といいます数年前に消えてしまいました。」
『駒形由美』
どこかで聞いた名だ。
―――あれは確か
「何か知っているのですか?」
女が顔を覗き込んでいた。
―――そうだ、外印が言っていた、志々雄真実の夜伽役の女。
確かその女がそんな名だったはず。
本来なら、話す気になれなかっただろう。
しかし似たような境遇である点と、その女の不思議な魅力から、
なぜか口が開いた。
「神谷道場という所へ行け。そこにお前の姉のことを知っている
男がいるはずだ」
「―――そうですか」
女は顔を上げたが、しばらくその黒い瞳が
自分を眺めていた。
姉を思い出させるその瞳に見られるのが辛い。
女はふいにスッと目を閉じると、ぺこりと頭を下げ、
ゆっくりと門を通り、雪の中に女は消えた。
まだ、かすかに芳香が漂っていた。
「あのお兄さんを喋らせるとはねぇ」
「そうじゃな、しかしあの娘…」
「ああ、顔が口以外ピクリともしねえ。
俺じゃあまるで人形だな、ありゃ。」
「多分、いろいろと苦いことを経験したんじゃな」
「へえ、分かるのかい、オイボレさん」
「まあな、しかしあの若さで…見たとこまだ普通の
10代少女とは…かわいそうな事じゃ」
雪に埋もれた町の中に、小さな道場があった。
(―――ここだ)
こんこんと戸を叩くと、十歳ほどの少年が出てきた。
「すみません、あの――」
「こらっ弥彦!なにサボってんのよ!」
「ちげ―よ!客だ!」
奥から、女の人が出てきた。
黒髪で、桜の柄の着物を着た女性。
「何か御用ですか?」
「ええ、緋村さんという方に…」
「剣心もすみにおけねーな!」
少年が叫んだ。
「けっ、剣心は今出かけています。どういった用件ですか?」
この人の恋人か――…
「心配しないでください。緋村さんには姉のことを
伺いたいだけです。」
「あ、姉?」
女性はホッとした様子だった。
「はい、数年前に行方知れずになってしまった人です。
剣心さんが知っていると聞いて…」
「なんて名前?」
「由美です。駒形由美。」
そう言った瞬間、二人の顔が凍りついた。
それから顔を見合わせ、ひそひそと話し始めた。
「だって―――ねえ――だし――」
「でも―――じゃー―」
……?如何したのだろう?
女性が急にこちらを向き、険しい表情で口を開いた。
「あなたのお姉さんは―…」
「そこからは拙者が話すでござる。」
男の人の声がした。
「緋村さん?」
「そうでござる。話は聞かせてもらったでござる。
さあ、中へ…」
その優しそうなその男の人に案内されるままに、
広間のような一室へと案内された。
「あなたの姉は、駒形由美という名で間違い無いでござるな?」
「はい。」
剣心は静かに語り始めた。
「そうですか、姉はその人と一緒に…」
「酷な話になってしまったでござるか?」
「いいえ、ありがとうございます。姉も…
そんな死に方だったら本望でしょう。」
「そうでござるか…これからどうするでござる?」
「そうですね―――…」
「何だ、またお前か。」
「はい…」
雪の降る空に漂う、甘い香り。
「今度は何だ。」
「私はもう行くあてがありませんから、
ここにお世話になろうと思います。」
「―――…」
「それに…」
女の白い手が、頬に触れた。
雪で冷えた縁の肌に、熱い熱が伝わる…
「――貴方のことが気がかりでしたから。」
黒い瞳が、自分を見据えている。
大きな漆黒の目。全く光が灯っていない。
まるで屍のように生気が無い。
しかし、その熱は本物だった。暖かい体温。
なぜか懐かしい。
―――そうだ、あれは――
――――『姉ちゃん、姉ちゃん』
『どうしたの?』
『見てよあの雪だるま。俺1人で作ったんだぜ』
『ああ、すごいわね。あら?手が真っ赤よ』
『あっ、本当だ』
『こっちへいらっしゃい』
『――…』
『こうすれば温かいでしょ』
『――うん!』
―――ああそうだ―…あの時の姉の手に似ている。
優しいぬくもり。心地よい手。肌が温まっていく…
「…もう少し…」
「?」
「――もう少し…こうしていてくれないか…?」
「…ええ」
女は雪の上に膝をつき、細い腕で縁を包み込んだ。
甘い芳香が鼻をつく。
冷えた体が熱を帯びていく。
凍った心が、少しずつ冷たい空に溶けていく―――
ーーこの女の熱に、香りに、肌に、癒されていく――
雪に閉ざされた白い闇のなかで過ぎていく、穏やかな時間。
「お前…名は?」
「由姫といいます。」
「そうか…由姫…」
「はい。」
縁はそっと目を閉じた。
頬を撫でる冷たい風の中で、その体温だけが、熱い―――
冬の朝の冷たい空気が窓から入り込んでくる。
なぜか頭がすっきりしている。そして温かい。
目を覚ました縁の前に、長い銀髪が下がっている。
由姫が、隣りで寝息を立てていた。
由姫の白い腕が首に絡んでいる。
妙なほどに気分がいい。
――夢を見なかった。
愛しい姉が殺される夢。十五年間、毎日自分の中で姉が死んだ。
なのに、昨夜はよく眠れた。
由姫の目が、開いた。
「よく眠れましたか?」
「…ああ」
「それはよかった…」
違和感はあったが、こんなにいい朝は久しぶりだった。
昼になり、雪の止んだ空の下で、男達が
にわかに沸き立っていた。
「おい、見たかー―」
「ああ、スゲェ美人だな。だがあの髪は何だ?」
さまざまな声が飛び交う。
妖艶なまでのその美しさに、男達は釘づけだった。
だがそれ以上に、何故こんなところに来たのかと
そろって首をかしげた。
「お嬢さん、ちょいといいかの。」
老人が、呼んでいる。
「はい…」
集落の、奥のほうに連れて行かれた。
「何でしょう?」
「お前さん、本気でここに居座るつもりかの?」
ニコニコと笑いながら、老人が聞いてきた。
「そのつもりです」
「あんた、その姿といい、その着物…かなりの
上物のようじゃな。」
「―――…」
「まあ深くは聞かんが…あんたはまだ若い。
新たな道を早く見つけることじゃ。」
「はい、あの…」
「?」
「小屋…用意してくださってありがとうございます。」
老人が微笑んだ。
「彼はよく眠れたかの?」
「ええ…」
「それはよかった…お嬢さん、彼は君に心を
開きかけとるようじゃ。何せ会話らしい会話を
したのはあんたが初めてじゃからのう。
これからも見守ってやってくれ。」
「はい…」
「よろしく頼むよ」
老人はくるりと向きを変えると、歌いながら
その場を後にした。
(『君に心を開きかけてる』か――…
だけどそれは私の方――)
「由姫?何してる」
――あの人の声がする。振り向くと、そこにあの人がいた。
(やな事を思い出したな…)
「何でもありません」
「…そうか?顔が青ざめてるぞ」
由姫は縁の腕にそっとしがみ付いた。
「…貴方の名前、まだ聞いてませんでしたね。」
「縁だ。雪代縁」
「そう、縁…もう少し、このままでいさせて―――」
由姫の腕が、小刻みに震えていた。
再び、白い雪が降り始めた。
「…もう平気です。ありがとうございます。」
やっと震えがおさまった頃には短い昼は終わっていた。
――それにしても…
「おい」
「はい?」
「何でそこまで震えていた?」
「昔のことを思い出しました。嫌な思い出です。
できればもう二度と思い出したくない悪夢…」
「―――…」
悪夢か…
それにしても、震える由姫を見て感じた、
狂おしいほどのもどかしさ。あれは一体?
縁はじっと由姫を見つめた。由姫も気づいた。
「どうしました?」
顔が、まだ青ざめている。
「お前は笑わないな」
「そうですね…でも笑わないというよりは笑えなくなったと
いったほうが正しいのかもしれません。」
その表情が痛々しい。
「貴方も…」
「?」
「ずいぶん痛々しい目をしていましたね。それにその髪、
もとは黒かったのでしょう?」
―――…そういえば姉のことをほとんど考えてなかった。
なぜかこの女の事ばかり考えて―――…
「…そうだな」
縁の口が少し緩んだ。
ふと、口に温かいものが触れた。
由姫の唇だ。
縁も応えた。
抱き寄せて、唇をそっと離す。
そのまま、白い首に唇を落としていく。
もっと欲しくて、吸った。
「んっ…」
甘い声。小さな吐息が、喘ぐ声に変わっていく…。
襟元をそっと開いた。
露になった白い肌。それを噛む。
左の肩。そして右の肩。
じっくりと、その肌を口に含む。
柔らかい、甘い味。
手で背を撫で下ろすと、着物が腰までずり落ちた。
(…何だ、これは――?)
由姫の体に赤い傷跡や痣がついていた。
白い肌に映えて、一層痛々しい。
「…これは?」
「何でもありません。」
「でも―…」
「平気です。平気だから…離れないで…放さないで――」
―――どうしてお前はそんな辛そうな顔をしてる…
「ああ――放さない…」
由姫をそっと押し倒し、傷を舐めた。
「ああっ…はぁ」
甘い吐息が漏れる。
一つずつ、傷を丹念に舐めていく。
線を沿うように、ゆっくりと胸を撫でた。
滑らかな肌の上に、傷のざらつきを感じた。
乳首をそっと噛んでみた。…硬い。
「んっ…」
手を…指を下に滑らせて帯を全てほどいた。
局部が、蜜にぬれて光っていた。
その秘部ヘ、そっと触れてみた。
小さな突起がある。それを親指の腹で擦った。
「ああっ…はぁん…っく」
由姫が強く反応した。
そのまま下へ指を這わせると、小さな突起があった。
そこから蜜が溢れ出している。
その中に、指を突きたてた。
「あああっ」
由姫が悲鳴を上げた。
「あっ、んっ、ふう」
体をくねらせ、甘い声を上げ…こんな乱れた顔を初めて見た。
もっと声を聞きたくて、もっとその顔が見たくて、指で
由姫中をしごきあげた。
「んんっ…つぁっ…くぅ」
由姫の熱い蜜が指に絡まった。
耳に届く、痴態の音。
「ああっ…あ――!」
由姫が、崩れた。
蜜が、どっと溢れ出していた。
由姫がゆっくり体を起こして首筋に口づけをしてきた。
「由姫?」
「私もしてあげる」
由姫が服を脱がせた。
…熱くなった手のひらが触れた。
心地よい手の温度。
触れる度に、触れるられる度に湧いてくる愛しさ。
撫で下ろされ、唇を落とされ…体の力が抜けていく――
体の血が、煮え滾る。
ズボンの紐が外された。
露になった自分に、そっと手が添えられる。
根元から先端まで、ゆっくりと撫でられていく。
そっと指の腹で擦られると、快感が突きぬけた。
「…っ」
温かいものに包み込まれた。
由姫の口だ。
なのに恥ずかしさは不思議とない。
あるのは充実感。そして彼女への想い。
広げた舌で、全体を舐め上げられる。
体が、震えた。
巧みに、繊細に扱かれていく。
頭の芯が痺れて、何も考えられない。
「くっ…由…姫…もう――」
もう、感覚がなかった。
もう出てしまいそうだ。なのに由姫は止めようとしなかった。
頭の中が、とろける。
ああ、もう―――…いいか…
我慢できない。そう思ったとき精液が先端から吐き出された。
由姫はそれをためらうことなく飲み込んだ。
柔らかい唇が、離れた。
潤んだ目が光る。はじめてみる、光の灯った瞳…
「初めてだな…」
「え?」
「お前のそんな目は…初めて見た…」
「…今、すごく嬉しいんです」
「何が?」
「貴方とこうしていられることが、何よりも幸せで…
こんなの初めてで…何て言ったらいいかわからないけど…」
胸が、締め付けられる。俺も同じだ―――
「俺もだよ。何よりもお前が欲しい…」
「はい」
由姫の足を開き、自分のものを宛がった。
「入れるぞ――」
ズッ
由姫の中に入った。
ほとんど抵抗がない。…使い込まれてる?
「んああっ」
歓喜の叫びが上がった。
深く抉る様に…奥まで強く突き上げる。
二人の溢れた液で、滑るように入ってく…
「ああっ、縁、縁ぃ!」
自分を締め付けながら、悶える姿が愛しい。
「……ゆ…き…っ」
自然と、自分も名前を呼んだ。
由姫が肩に手を回してきた。
自分を甘く締め上げながら、喘ぎ声の中に言葉を混ぜていた。
「――もっとー名前呼んで…」
「―――由姫」
「あああっ」
彼女も自分も…突く度に突かれる度に…乱れてく。
「―――っ…ゆ…き、もう――」
「あ―――…」
頭が、真っ白になる―――
力が、一気に抜けた。
「はあっ―は、ふぅ」
由姫が、荒い吐息の中で笑みをこぼした。
初めて見た笑顔は、それまでの表情が嘘のように可愛かった。
それにつられて縁は顔がほころぶのを感じた。
雪は強く降り注ぎ、風は全ての音をかき消していた。
吹雪の音が、辺りに響く。
その音のなかで縁は考えを巡らせていた。
腕の中で眠る白い女。
浅い寝息を立てて、安らかな顔をして…ただただ眠リ続けている。
美しい―本当に美しい。しかし笑わない。笑えない。
肌に痛々しい傷がある。
明らかに,故意に傷つけられている。
何かにおびえて、震えている。
腕の中で眠っているのに、すぐ傍にいるのに、心が見えない。
見たい、知りたい―――
何故だろう。
なんだろう、この気持ち――
いや、わかっている。もう知っている。
この気持ち―――
(…恋か、これが――)
愛しいから心の中を覗きたい。
愛しいから全てを知りたい。
――お前は何処から来た?――
――如何して傷がある?――
――あの時如何して震えてた?――
――如何してそんな目をしてる?――
さまざまな疑問が胸を締め付ける。
その暗い瞳だけが、心の中にちらつく―――…