熱でレンズが割れふちがぐにゃぐにゃに歪んだ眼鏡をなでまわしながら、ヤガミは
「まいったな」とつぶやいた。といっても両手は包帯でぐるぐる巻きなので、棍棒の
ようになった手で眼鏡をつつくだけである。火傷の処置のためにイエロージャンパー
と黒タートルは切り裂かれてしまい、今は自室で白いカッターシャツを着ている。
ちょっとした事故で負傷したのだった。被害が手と眼鏡だけだったからよかったも
のの、今後は自分に何かあったときのためにもっとマメにバックアップをとろうと
思う。―――脳内メモリの。
やはり自分も軽率だった。彼女の義体は戦闘用で自分の義体は非戦闘用。火につっ
こんだらどちらが先に灰になるかは自明の理だったし、彼女の下敷きになったりした
ら圧死である。
ヤガミが一人反省会を開いているところへ、身長160センチ体重130キロの小柄な女
が駆け込んできた。
「ヤガミの馬鹿っ! 何考えてるのよ!」
一瞬舞踏子の勢いにおされるかけるヤガミ。「馬鹿とはなんだ」と言いかけて、言葉
につまった。
舞踏子の目に涙が浮かび、コップから水があふれるみたいに、表面張力に耐え切れ
なくなってまばたきした拍子にボロボロこぼれた。
椅子に座っていたヤガミに舞踏子が飛びつく。椅子がきしんで背中から倒れてしま
うような浮遊感。ヤガミは慌てて重心を調整し、舞踏子にしがみつくよう手を動かし
たが、手が使えないので腕で舞踏子の胴をはさんだだけだった。
舞踏子は体を離し、ヤガミの両手を前に持ってきておそるおそる包んだ。
「痛い?」
涙声の彼女のほうがよっぽど痛々しい。ヤガミは早口で、
「サーラが大げさに処置しただけだ。かすり傷だ」
「でも、あたしの…」
「別にお前をかばったわけじゃない。事故だ」
舞踏子が消化活動をしているところへ夜明けの船が被弾し、よろけて火へつっこみ
そうになった。危ない、と注意して彼女の肩をつかんだが引き寄せる力が足らずに、
ヤガミはくるりと彼女と位置を入れ替えて火元へダイブした。慌てて手をついたが、
焼けたガラスがてのひらに食い込み泣きたいくらい痛かった。舞踏子の手前うなった
だけだったが。
「お前の体が重すぎて支えきれなかっただけだ。ちょっと痩せろ。フラフラ消化活動
するな」
舞踏子はびっくりした目でヤガミを見たが、決まり悪そうなヤガミの表情を見て
照れ笑いした。
妙なことになった。そういう勘違いは非常に困る。艦内に噂が立ったら居心地が
悪いし、ただの勢いでしたことを勝手に解釈されるのはごめんだ。
「単に、お前が負傷して出撃できなかったら夜明けの船の存亡にかかわるからだ。ひい
ては第六世界の」
「まぁた難しいこと言う!」
舞踏子は笑ってヤガミの肩を叩いた。