「いい加減泣くのはやめろ…。」
うんざりしたように、困ったようにヤガミは呟いた。相手はキッと目を上げると、
しばらくヤガミを睨み付けていたが、ぶわっと目に涙を溢れさせると、一際
激しく泣き始めた。思わず天井を仰ぎ見るヤガミ。どうしていいかわからない。
一緒に艦に帰ってきたタキガワは、エステルが泣き出すと同時に、さっさと逃げ
出してしまった。覚えとけよ、タキガワ。
放置してしまえばいいのかも知れないが、そうするのも心配なほど、その少女
は弱々しげであった。ネーバルウィッチ、魔女というその呼称からは想像がつか
ないほど、少女は可愛らしい。彼らの風習を考えるに、これまで外の世界に
出てきたことはないだろう。女だけの園で暮らしてきた、無垢な少女。
「何も怖いことはない。…ここでは誰も君を脅かしたりはしない。」
そっと横に座ったヤガミは、なるべく優しく聞こえるように気をつけながら声をかけた。
…答えはなく、却って泣き声が激しくなった気がする…仕方がない、泣き止むまで、
黙って傍にいるか。しくしくという泣き声を聞きながら、所在無くドアを見つめる。
やがて、緩やかに泣き声が収まり、ぽつりと少女が呟いた。
「情けない…」
黙って少女を振り返る。少女は膝に置いた拳を白くなるほど握り締めて震えて
いた。溢れようとする涙をこらえて、必死に鼻を啜っている。ヤガミはふと胸を
打たれた。思わず、手が上がり、少女の肩に触れようとしたところで手が止まる。
触れたら壊れてしまいそうだ。…って、俺は何を考えてるんだ。
「こんなことで泣いてしまうなんて、情けなさ過ぎる。」
「…まあ、初めての場所でいきなり追われたんだから、怖くても仕方がないだろう。」
手を自分の頭に回して髪の毛を掻き上げた。
「いや、違う。」
再び少女はヤガミを睨みつけた。今度は泣かない。
「は?」
間抜けな返答を返すヤガミ。そこへ叩きつけるように少女が吐き捨てる。
「怖いのはお前だ。」
「…何だって?」
俺が何をした。理不尽にも程がある。官憲から助けた挙句に怖い、だと?
「我らの世界にはお前のような生き物はいなかった。」
ああ、なるほど、見たことがない生き物は確かに怖いだろうな。
「だが、今後ここで活動していくためには、お前のような生き物に慣れなければならない。」
…なるほど。
「よって、この恐怖を克服するために、まずはお前に慣れることにする。」
ちょっと待て。
「お前に触れられたことが怖かった。これに慣れなければならない。しかるに…」
少女が口ごもる。見れば、頬が真っ赤に染まっている。
「…ふ、触れてもいいだろうか?」
ヤガミはくらりとした。がんばれ俺の理性。冷静を装い、頷く。
「仕方がないな…。」
少女が向き直り、おずおずと触れてきた。指先が胸のあたりに触れ、手がそこに置かれる。
「胸のふくらみはないが…我々と同じようにここに心臓があるのだな。…鼓動が感じられる。」
幾分激しい事に気がつかれないかと、余計鼓動を早めるヤガミ。少女は気付かずに、手
を上に滑らせると、首へそして頬に添えた。
「温かい…我々と同じだな…」
じっと不思議そうに見つめる。その瞳は涙で潤み、銀河の星のような煌きを宿していた。
「…お前達と、違うところが知りたいか?」
言葉と共に吐き出す吐息が熱い。少女は男が苦しそうにしていることに驚いた。いや、
怒っているのか?おびえて手を引く。ヤガミはその手を掴み、引き寄せた。
「きゃ…!」
すっぽりとヤガミの胸に収まってしまう。先ほど手で感じたヤガミの動悸を全身で感じる。
少女は自分の胸も同じように激しく高鳴っていることに気がついた。頬が、熱い。
男が頬に顔を寄せ、息が耳にかかる。ぞくぞくした感覚が、足先まで走った。力が抜ける。
「あふ…」
甘い声が漏れた。自分で驚いて、いよいよ頬を染める。離れようと、突き放そうとしたが
腕に力が入らない。却って、ぎゅっと男の服を掴んでしまっただけだった。
ヤガミがその手を取り、自分の下腹部へ導く。自分達にはやわらかい丘があるだけのそこ
に異物を感じて、少女は一瞬手を引き寄せようとした。しかし、思ったよりずっと力強い
手に引き止めて果たせない。しばし躊躇ったあと、おずおずと触れる。ズボンの布地の下
で熱く硬く太い棒のようなものが、びくびくと脈打っている。好奇心が湧いて、白く細い指で
その形をなぞった。
「…うっ…く!」
痛んだかのような声が男から漏れる。驚いて手を引くと、今度は引き止められなかった。
「…そ、それは何なんだ。」
頬を上気させた男が困ったような目を向ける。一瞬口ごもった後、呟く。
「…生殖器だ」
「せいしょくき?」
「子どもを作るための器官だ。男にはペニス、女にはヴァギナがあり、これらを接合し、卵子
に精子を受精することで新しい生命が作られる。子宮という器官でな。」
少女の頭上に???マークが乱舞した。
「ネーヴァルウィッチはクローンで個体を増やすと聞いたから、そういう風習はないだろうが…
そういう器官自体がないのか?…つまりヴァギナのことだが。」
目をそらし、皮肉に笑う男に、少女はうろたえた。
「わ、わからない。考えたこともなかった。それはどこにあるんだ?」
「人間の場合は、通常股の間だな。下腹部に子宮があり、ヴァギナはそこにつながっている。」
「股の間…。」
少女は思わず自分の股の間を思い返した。男が振り返り、意地悪そうに言う。
「見たことがないのか?俺が、見てやろうか?」
少女は真っ赤になりつつ、ぐるぐるした挙句、こくんと頷いた。
「じゃあ、その服を脱いでくれ。」
「え…?」
再びわたわたとする。その動作が余りにも可愛らしくて、男の欲情を煽ってることには、毛ほども
気がついていないのだろう。耳まで真っ赤になって、目を伏せながら少女は呟いた。
「わ、私だけ、裸になるのは不公平だ。お、お前も脱ぐなら、脱ぐ」
ヤガミは鼻を押さえて蹲った。くぐもった声で答える。
「…いいだろう。」
しゅるしゅると二人の衣服が解かれ床に落ちる。目を上げて、少女は息を呑んだ。
「な、何だそれは。」
「…さっき触っただろう。これがペニスだ。」
そそり立つ一物に目が吸いつけられる。
「さ、触ってもいいか?」
ヤガミは肩をすくめた。
「どうぞ?」
「…っ…!」
エステルの指先が触れると、ヤガミの身体が震えた。驚いて目を上げて見つめる。
「触れると、痛いのか?」
心配そうなエステルの問いに、困ったような表情を向けると、ヤガミはため息をついた。
「痛くない…むしろ気持ちいい。というか、気持ちよすぎる。」
「き、気持ちいいのか?」
驚く少女に苦笑する。
「ああ…できればもっと、包み込むように触って欲しい。」
つっけんどんとも言えた今までと違って、甘く囁くようなその口調に、エステルはどぎまぎした。
顔を伏せ、その見慣れぬものに指先を絡める。
「こ、こうか?」
「…ん、もう少し…ぎゅっと…。」
「こ、こうか?」
思わず一生懸命、握り締める。心なしか、先ほどより硬さを増したような…。
「う…ちょっと放して…くれ…。」
男の上ずった声に、慌てて手を放す。
熱い息を吐き、切なそうに見つめる目に固まっていると、男がそっとエステルを抱き寄せた。
生の肌と肌が触れ合う。触れ合った場所が燃え上がるように熱い。一際熱い硬いモノが
エステルの下腹部に当たる。股の間がむずむずする。
「な、なんだか変な気分だ。」
泣きそうになる。酷く優しく顎を持ち上げられた。男がじっと熱い目で見つめている。ふっと、
その目元が緩み、伏せられた。か、顔が近づいてくる。固まっていると、口を口で塞がれた。
「☆▲◎△□★!」
生温かいものが口に入ってくる。歯列を緩やかに割って柔らかく熱いものが奥へと入り込ん
でくる。かと思うと吸われて舌を柔らかく噛まれた。こ、この異星人はいったい何をしている
んだ!半分パニックになりながらも、その感触を拒めない。むずむずしていた股の間が、今
ではびくびくと熱を持っているかのようだ。
(わ、私の身体はどうなってしまったんだ…)
怖い、恐ろしい。固まって震えていると、男が口を離した。
「…俺が、怖いか?」
優しくエステルの髪に指を滑らせながら、ヤガミが問う。
「こ、怖くなぞ…ない!」
フッとヤガミが笑った。その笑みに胸がきゅっと痛む。
(な、なんだこの痛みは。この異星人は私にいったい何をしてしまったんだ…。)
「強がるな…ここでは、いや、俺の前では強がらなくていい。怖くて当たり前なんだ。」
ぎゅうっと抱きしめられて、不覚にもまた涙がこぼれそうになる。厚い胸板に寄り添う
感触にうっとりしていつまでもそうしていたい気がする。だが…。
「ま、股の間が変なんだ…。」
「ま…!?」
ヤガミが珍妙な表情をした。その反応にバカにされたかと睨みつける。が、違ったようだ。
エステルは続けた。
「さっきから、なんというかむずむずというか、熱くてもやもやするというか、今まで感じた
ことがないような感じがするんだ…。」
言ってしまってから真っ赤になって俯く。今度はヤガミが頭をぐるぐるさせた挙句、頭を
掻いた。
「あのな…それは、別に変な反応じゃ、ない。むしろ我々人間の、その女性としては普
通の反応だ。その…君らもそういう反応をするとは、俺も知らなかったが。」
エステルは、ぱっと明るい表情で顔を上げた。ヤガミがまたしても鼻を押さえて、のけぞる。
「…や、やめてくれ…。」
「何がだ?」
「うう、俺にも我慢の限界というものがあってだな…。」
「何の話だ?」
エステルは、悶えるヤガミを不思議そうに見つめると、ポンと手を叩いた。
「そうだ、お前達の女と同じ器官がついているか見てくれるという話だったはずだ。見て
くれないか。」
「…そう来ますか、お嬢さん。ああ、くそ。見ればいいんだろ、見れば…。」
「お、お前が提案しておいてなんだその態度は!」
ヤガミは頭を抱えた。
「勘弁してくれよ…。」
ヤガミはタコのように真っ赤になりながら、エステルの股の間にひざまづいた。
「…きれいだ…。」
こんもりと盛り上がった丘は黒い艶やかな毛に覆われ、ひそやかに息づいていた。
「な、何をバカなことを言っている!」
「正直な感想だ…、良く見えないから触ってもいいか?」
エステルが思わず天井を仰ぐ。
「…仕方がない。触れ。」
無言でヤガミが盛り上がりに触れると、電撃のような感覚が脳天まで走った。
「きゃふん…!」
変な声が漏れる。思わずエステルは口を押さえた。見下ろすと、下で男がニヤニヤと笑っ
てる。
「続けてもいいですか?お嬢様。」
「そ、その変な呼び方はやめろ。呼ぶならエステル、と呼べ。」
「はいはい、エステル…ね。」
なんで男が自分の名を呼ぶと甘やかなものが身体に満ちるのか、エステルにはまだわからな
かった。
「…っ…。」
目を伏せ唇を噛み締めて、男の指が割れ目に差し込まれるのを耐える。足ががくがくとして、
立っているのがつらい。喘ぎ声が漏れそうになったとき、男が呟いた。
「濡れてるな…。」
「濡れ…?」
初めて聞く言葉に、肩で息をしながら、問う。笑いを含んだ声が答えた。
「…心配するな、人間の女性なら通常の反応だ。性的興奮によって、液体の分泌が促され、
潤滑剤の役目を果たす。」
「性的興奮?潤滑剤?なんのことだ?」
涙目になりながら、エステルが喘ぐ。
「性的興奮というのは、繋がり合いたいという欲求のことだ。何か欲しいという気持ちが高まって
ないか?男と女がお互いを求め合う気持ちだ。そして、実際につながりあうために、潤滑液が
分泌される。ここと…」
男が股のその部分に触れると、何か熱い液体がとろり溢れ出してきた。無性に恥ずかしい。
ヤガミが立ち上がり、男のその部分を指し示した。
「ここを繋ぎ合うために。」
一旦口をつぐむと、ヤガミはエステルをじっと見つめた。
「エステル…俺が欲しいか?」
自分の身体が自分じゃないようだ。足ががくがくして、思わず男にしなだれかかる。抱きしめられ
肌が触れ合った部分から痺れが体中に回って喘ぐ。もう、耐えられない。でも、何に?
「わ、わからない。こんな気分になったのは…生まれて初めてだ…。でも、そうだ、何かが欲しい。
これは、お前が欲しいのか?」
「…そうだろうな。」
掠れた声が答える。その手は、エステルの髪を優しく撫で、うっとりするような快感を彼女に与え
ている。
エステルは甘えた声で尋ねた。わかりきった答えを。
「…お前も私が欲しいのか?」
一瞬の間のあと、熱っぽい吐息とともに男が答えた。
「…ああ、エステル…お前が欲しい。」
「どうしたらいいのか…わからない…教えて…くれるか?」
顔を上げると、男が優しく微笑んでいた。唇にまた唇で触れ、声を出して笑う。
「もちろん…時間は、たっぷりある。」
口と口を合わせることが、キス、と呼ばれることをエステルが知るのは、もう少し後である。
----Fin.