ずいぶん前の頃のことだけれどね。
ボクは女の子が嫌いだった。
自分が女の子であることも嫌い。
女の子らしい服装や言葉遣いは大嫌い。
理由はここじゃ言えない。
長い話になるしね。
でも、とにかく嫌いだったんだ。
それに女の子たちも、ボクのことを嫌っていた。
ついでに言うと、男の子たちもボクのことを嫌う。
ボクも嫌いだし、みんなもボクを嫌う。
仕方がないね。
ボクが愛して止まないのは、剣と兵器だけだから。
さて大人になってから。
ボクとネズミは、剣と兵器の世界だけに生きてきた。
ほかのことは、何も考えなかった。
そこは見栄もウソも何にもない真実の世界。
世間のルールなんか、何も通用しない。
年齢も性別も生い立ちも、関係なし。
頼ることができるのは、己の力のみ。
勝つか負けるか。生きるか死ぬか。
ただそれだけ。
でもそこは、ボク自身の生命をかけるのに相応しい世界だった。
戦いの中で死んだとしても、それはそれで納得がいく。
そう、ボクは修羅の道を歩んでいたんだ。
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けれどもボクは変わった。
具体的にどこがどうかわったのか。
これはボク自身もよく分からない。
でも、それは、ワケあって梁山泊に流れ着いてからのこと。
ここでボクは、今まで見たことのないような人たちと出会った。
逆鬼、馬、アパチャイ、秋雨、長老、美羽、ほのか、そして兼一。
みんなボクのことを、色眼鏡で見ようとはしなかった。
すべからく拒絶にするでなく、恩着せがましく世話を焼くでなく。
ただボクのありのままのボクを、受け入れてくれたんだ。
そこでボクは、とがるような生き方をやめにした。
というか、そんな必要を感じなくなったみたいなんだ。
ありのままのボクで生きられるからね。
すると、いつの間にか、武術修行以外のこともするようになった。
兼一の面倒をみるようになった。
ほのかやアパチャイと遊ぶようになった。
あとオセロもうまくなったかな。
不思議なことに、そんなボクをみて、ネズミもうれしそうなようだったよ。
そろそろ思い切って、兼一のことに触れてみることにする。
あいつを最初にみたときは、ぜんぜん見込みのないやつだと思った。
意気込みだけで、才能が無いやつ。
一週間ぐらいで逃げ出すと、あたりをつけていた。
でもあいつは逃げなかった。
もちろん、修行はぜんぜん進まない。
ぜんぜん強くならなかった。
アメーバがミジンコに進化したぐらいかな。
最初は、秋雨や逆鬼たちと同じ。
見ているだけで面白かったし、みんなで兼一に教えるのは楽しかった。
あんなやつは、今まで見たことが無い。
とにかく単純でお調子者。
ちょっと修行しただけで、自分がものすごく強くなったと、勘違いしたりする。
だから、調子に乗りすぎたときは、みんなで懲らしめる。
すると、あいつは本気で落ち込んでしまう。
ときにスネたりもするのだから、可愛いものだ。
それに、ドジでオッチョコチョイなのも、あいつの特徴かな。
不器用なところは、ボクと似ているのかもしれない。
とにかく、見ていて飽きなかったね。
けれど、いつの間にかボクは兼一のことを、
大したやつだと思うようになった。
くどいようだけど、あいつは、才能がぜんぜんない。
だから技を極める達人になる見込みもない。
それでも修行を続けるのは、並たいていの覚悟じゃできないからね。
少なくともボクにはできないかな。
だからこそ、ボクは本気であいつを手伝ってやりたくなった。
ボクが習得した剣と兵器の奥儀すべてを、教えてやりたくなったんだ。
それとなくね。
もちろん兼一は男の子だから、そんなには助けてやれない。
お節介焼きが嫌がれるのは、ボクがいちばんよく良く知っている。
でも出来るだけのことはした。
あいつがピンチのときは、お百度参りをした。
カナヅチだと分かったときは、泳ぎを教えてやった。
あとは、「わるきゅーれ」とかいう女どもに囲まれて困っているとき。
ボクはあいつの代わりに戦ってやった。
とても卑怯な女どもだった。
だから、はじめは全員始末するつもりだった。
もちろん、殺すつもりはなかったよ。
でも真剣で武器の恐ろしさを、教えてやりたかった。
あの女どもは、ボクに武器をむけたしね。
でもさすがに、これは兼一にとめられた。
やっぱり、あいつはやさしいやつなんだ。
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兼一の視線が気になるようになったのは、いつからだろう。
よく思い出せない。
たぶん馬がボクの写真を売るようになってから、じゃないかな。
なんか妙な目つきで、ボクのことをみるようになったんだ。
もちろん修行中の目つきは、真剣だよ。
けど、ときどきあいつは、真っ赤な顔をしてボクのほうをみている。
それも胸元や腰のあたりをね。
そういう視線は、ボクのいちばん嫌いなもの。
だけど、不思議と悪い気持ちはしなかった。
兼一にかぎってはね。
むしろ、ほんの少しだけだけど、うれしいかったかな。
だから、どうこうってわけじゃないよ。
でも、ちょっとばかし、ボクのことに気があるのかな。
なんて思っても見た。
必死になって、ボクの胸もとを覗き込もうとする兼一の顔。
ちょっと下履きがみえたときの、うれしそうな顔。
あれには、なかなか憎めないものがあるんだ。
とにかく、あいつは、ボクの胸やお尻が大好きみたいだ。
なんで、あんなつまらないものが好きなのか。
理由はボクにはよくわからない。
ボクにとって、胸やお尻はなんの意味もないからね。
けれど、あいつが大好きな部分がボクにあるのは、うれしいかな。
ボクの胸やお尻をみるときの、あいつの表情。
あの憎めない顔が、大好きなんだ。
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そこでボクは、少し工夫してみた。
あいつを、喜ばしてやりたい気持ちが、あったのかな。
というか、あの照れたような顔が見たかったんだ。
ナイフ組手のとき、ほんのちょっぴり胸元を大きく開けてみた。
着物の丈を、わずかに短くしてみた。
ついでに鎖帷子は着ないことにした。
ぜんぜん修行にならなかった。
あいつは、あの憎めない表情で棒立ち。
ジッと僕の胸とお尻ばかり見つめていたんだ。
気をとられているから、攻撃も防御もできやしない。
だから接近戦に持ち込んで、思い切って、胸を押しつけてみた。
あいつの顔にね。
なんであんなことをしたのか、自分でもよく分からないかな。
たぶんこれからも、ずっと分からないと思うよ。
でも、あのときの兼一の顔は、一生忘れないかも。
照れているような、困ったような、それでいてうれしそうな顔。
ひどく邪気がない顔だった。
おもわずボクは、あいつの身体を抱きしめた。
口を押さえ、延髄に刃を当てる振りをして。
たぶん時間にして、二秒か三秒ぐらい。
けれど、ボクにしてみれば、永遠のように長い時間だった。
その間中、ボクはあいつの心と身体を、全身で感じていたんだ。
ボクの身体に伝わってきたのは、あいつの暖かさ、強さ、そして優しさ。
ひょっとすると、いつも能天気なあいつの心が伝わってきたのかも。
なんだか、とても幸せな気持ちになったのを、よく覚えているよ。
でも、伝わってきたのは、それだけじゃなかった。
あいつの下半身からちょっと変な感覚が伝わってきたんだ。
ボクも武術家だから、男の身体構造はよく分かっている。
だけど、じっさいに、その動きをみたのは、初めてのこと。
やっぱり、慌てる気持ちがあったのかな。
ボクはどういうわけか、あいつの後頭部を一撃してしまった。
ナイフの柄で、後頭部を引っぱたいたんだ。
かなり痛そうだった。
すごく悪いことをしてしまった。
けどあいつは、バカ正直だ。
逆に「しぐれさん、ごめんなさい」なんて謝ってくる。
ボクは何にも言えなかった。
何か言ってやれば、良かったのに。
その夜ボクは、姿見で自分の裸の身体をみてみた。
そんなことをするのは、久しぶり。
だからどうこう、ってわけじゃないんだよ。
でも、なんだか見てみたくなった。
今まで邪魔だとばかり思っていた、ボクの胸やお尻を。
見ているうちに、ボクは思った。
兼一の大好きなものが、ボクについている。
うれしかった。
こうなると、自分の胸やお尻が、ひどく愛しく思えてならなかったんだ。
そんな風に思うのは、生まれて初めてのことだったね。
めったに無いことだけど、すこし触ってみる。
なぞるように、女の子の部分をさわってみた。
ちょっぴり濡れていた。
大切な部分も、ピクンと大きくなっている。
ボクの女の子の部分は喜んでいたんだな。
ここに、男の子のものが入るのかな。
なんてことを、想像してみた。
すると、どういうわけか、昼間の記憶がよみがえってきた。
胴着ごしに感じた兼一の男の子の感触が。
あの、とても逞しくて、いとしい兼一の感触がね。
あとほんの少しだけ。
そう自分に言い聞かせながら、ボクは大切な部分に手を伸ばしてみたんだ。
あんまりよくないことだとは、分かっていた。
こういうのは、修行の妨げにもなるからね。
でも、ボクはもう少しいじっていたかったんだ。
どうしてかは、これもよく分からない。
でもたぶん、確かめたかったからだと思う。
ボクが女の子だってことをね。
触っているうちに、自然と声がでてきた。
もちろんボクは、どんなときもけっして大声を出さない。
それは、武術家としてのたしなみだからね。
だから、ささやくように何度も繰り返していた。
「兼一」とね。
その夜、ボクは一睡もできなかった。
***************
朝になって、ボクは冷静になった。
冷静になると、よくないことが頭にうかんでくる。
兼一とボクの関係が変わる見込みはない。
武術家としてのボクの判断に、間違いはなかったと思う。
どうあがいても、うまくいきそうにないね。
まず兼一は、ボクのことを怖がっている。
たしかに、あいつはボクのことを、色眼鏡で見ようとしない。
でも心の底では、怯えてる部分がある。
胸やお尻は好きでも、ボクの自身のことは怖がっているんだ。
そのことはよく分かるよ。
ボクは他人の恐怖を嗅ぎとることができるからね。
ひとの本能的な恐怖心がわかっちゃうんだ。
長い間、命のやり取りをする世界にいたからね。
それにもともとボクは、恐怖を与える側の人間。
恐れさせるのが、ボクの本業。
だから、恐れられることには慣れている。
それは、剣と兵器に生きる者の宿命かな。
だから、仕方が無いんだ。
でも、あいつから怖がられるのは、ちょっとさびしい。
もちろん最近は少しマシになってきた。
あいつも少し、武術家らしくなってきたからね。
それでも、ボクとあいつの距離は、かなりあるかな。
第二に、あいつは美羽しかみていない。
美羽はちょっとドジだけど、いいやつだ。
兼一が好きになるのは、無理もないね。
だから、美羽をどうこうしよう。
兼一と美羽の仲をどうこうしよう。
なんてことは考えられない。
でも、もし美羽と兼一がくっついちゃったら。
これは少しつらいかもね。
けど、ボクにできることは何も無いんだ。
ボクは多くを望まない。
いつまでも、今のような時間がつづくこと。
ただそれだけを、願うね。
でも、あと少しだけ。
ほんの少しだけでも、兼一が気にしてくれれば、いいな。
ボクのことを。
でもつくづく思うよ。
こういうのは、好きになったほうが負けだね。