ずいぶん前の頃のことだけれどね。  
ボクは女の子が嫌いだった。  
自分が女の子であることも嫌い。  
女の子らしい服装や言葉遣いは大嫌い。  
理由はここじゃ言えない。  
長い話になるしね。  
でも、とにかく嫌いだったんだ。  
それに女の子たちも、ボクのことを嫌っていた。  
ついでに言うと、男の子たちもボクのことを嫌う。  
ボクも嫌いだし、みんなもボクを嫌う。  
仕方がないね。  
ボクが愛して止まないのは、剣と兵器だけだから。  
 
さて大人になってから。  
ボクとネズミは、剣と兵器の世界だけに生きてきた。  
ほかのことは、何も考えなかった。  
そこは見栄もウソも何にもない真実の世界。  
世間のルールなんか、何も通用しない。  
年齢も性別も生い立ちも、関係なし。  
頼ることができるのは、己の力のみ。  
勝つか負けるか。生きるか死ぬか。  
ただそれだけ。  
でもそこは、ボク自身の生命をかけるのに相応しい世界だった。  
戦いの中で死んだとしても、それはそれで納得がいく。  
そう、ボクは修羅の道を歩んでいたんだ。  
 
************  
 
けれどもボクは変わった。  
具体的にどこがどうかわったのか。  
これはボク自身もよく分からない。  
でも、それは、ワケあって梁山泊に流れ着いてからのこと。  
ここでボクは、今まで見たことのないような人たちと出会った。  
逆鬼、馬、アパチャイ、秋雨、長老、美羽、ほのか、そして兼一。  
みんなボクのことを、色眼鏡で見ようとはしなかった。  
すべからく拒絶にするでなく、恩着せがましく世話を焼くでなく。  
ただボクのありのままのボクを、受け入れてくれたんだ。  
 
そこでボクは、とがるような生き方をやめにした。  
というか、そんな必要を感じなくなったみたいなんだ。  
ありのままのボクで生きられるからね。  
すると、いつの間にか、武術修行以外のこともするようになった。  
兼一の面倒をみるようになった。  
ほのかやアパチャイと遊ぶようになった。  
あとオセロもうまくなったかな。  
不思議なことに、そんなボクをみて、ネズミもうれしそうなようだったよ。  
 
そろそろ思い切って、兼一のことに触れてみることにする。  
あいつを最初にみたときは、ぜんぜん見込みのないやつだと思った。  
意気込みだけで、才能が無いやつ。  
一週間ぐらいで逃げ出すと、あたりをつけていた。  
でもあいつは逃げなかった。  
もちろん、修行はぜんぜん進まない。  
ぜんぜん強くならなかった。  
アメーバがミジンコに進化したぐらいかな。  
 
最初は、秋雨や逆鬼たちと同じ。  
見ているだけで面白かったし、みんなで兼一に教えるのは楽しかった。  
あんなやつは、今まで見たことが無い。  
とにかく単純でお調子者。  
ちょっと修行しただけで、自分がものすごく強くなったと、勘違いしたりする。  
だから、調子に乗りすぎたときは、みんなで懲らしめる。  
すると、あいつは本気で落ち込んでしまう。  
ときにスネたりもするのだから、可愛いものだ。  
それに、ドジでオッチョコチョイなのも、あいつの特徴かな。  
不器用なところは、ボクと似ているのかもしれない。  
とにかく、見ていて飽きなかったね。  
 
けれど、いつの間にかボクは兼一のことを、  
大したやつだと思うようになった。  
くどいようだけど、あいつは、才能がぜんぜんない。  
だから技を極める達人になる見込みもない。  
それでも修行を続けるのは、並たいていの覚悟じゃできないからね。  
少なくともボクにはできないかな。  
だからこそ、ボクは本気であいつを手伝ってやりたくなった。  
ボクが習得した剣と兵器の奥儀すべてを、教えてやりたくなったんだ。  
それとなくね。  
 
もちろん兼一は男の子だから、そんなには助けてやれない。  
お節介焼きが嫌がれるのは、ボクがいちばんよく良く知っている。  
でも出来るだけのことはした。  
あいつがピンチのときは、お百度参りをした。  
カナヅチだと分かったときは、泳ぎを教えてやった。  
あとは、「わるきゅーれ」とかいう女どもに囲まれて困っているとき。  
ボクはあいつの代わりに戦ってやった。  
 
とても卑怯な女どもだった。  
だから、はじめは全員始末するつもりだった。  
もちろん、殺すつもりはなかったよ。  
でも真剣で武器の恐ろしさを、教えてやりたかった。  
あの女どもは、ボクに武器をむけたしね。  
でもさすがに、これは兼一にとめられた。  
やっぱり、あいつはやさしいやつなんだ。  
 
***********  
 
兼一の視線が気になるようになったのは、いつからだろう。  
よく思い出せない。  
たぶん馬がボクの写真を売るようになってから、じゃないかな。  
なんか妙な目つきで、ボクのことをみるようになったんだ。  
もちろん修行中の目つきは、真剣だよ。  
けど、ときどきあいつは、真っ赤な顔をしてボクのほうをみている。  
それも胸元や腰のあたりをね。  
 
そういう視線は、ボクのいちばん嫌いなもの。  
だけど、不思議と悪い気持ちはしなかった。  
兼一にかぎってはね。  
むしろ、ほんの少しだけだけど、うれしいかったかな。  
だから、どうこうってわけじゃないよ。  
でも、ちょっとばかし、ボクのことに気があるのかな。  
なんて思っても見た。  
必死になって、ボクの胸もとを覗き込もうとする兼一の顔。  
ちょっと下履きがみえたときの、うれしそうな顔。  
あれには、なかなか憎めないものがあるんだ。  
 
とにかく、あいつは、ボクの胸やお尻が大好きみたいだ。  
なんで、あんなつまらないものが好きなのか。  
理由はボクにはよくわからない。  
ボクにとって、胸やお尻はなんの意味もないからね。  
けれど、あいつが大好きな部分がボクにあるのは、うれしいかな。  
ボクの胸やお尻をみるときの、あいつの表情。  
あの憎めない顔が、大好きなんだ。  
 
************  
 
そこでボクは、少し工夫してみた。  
あいつを、喜ばしてやりたい気持ちが、あったのかな。  
というか、あの照れたような顔が見たかったんだ。  
ナイフ組手のとき、ほんのちょっぴり胸元を大きく開けてみた。  
着物の丈を、わずかに短くしてみた。  
ついでに鎖帷子は着ないことにした。  
 
ぜんぜん修行にならなかった。  
 
あいつは、あの憎めない表情で棒立ち。  
ジッと僕の胸とお尻ばかり見つめていたんだ。  
気をとられているから、攻撃も防御もできやしない。  
だから接近戦に持ち込んで、思い切って、胸を押しつけてみた。  
あいつの顔にね。  
 
なんであんなことをしたのか、自分でもよく分からないかな。  
たぶんこれからも、ずっと分からないと思うよ。  
でも、あのときの兼一の顔は、一生忘れないかも。  
照れているような、困ったような、それでいてうれしそうな顔。  
ひどく邪気がない顔だった。  
おもわずボクは、あいつの身体を抱きしめた。  
口を押さえ、延髄に刃を当てる振りをして。  
 
たぶん時間にして、二秒か三秒ぐらい。  
けれど、ボクにしてみれば、永遠のように長い時間だった。  
その間中、ボクはあいつの心と身体を、全身で感じていたんだ。  
ボクの身体に伝わってきたのは、あいつの暖かさ、強さ、そして優しさ。  
ひょっとすると、いつも能天気なあいつの心が伝わってきたのかも。  
なんだか、とても幸せな気持ちになったのを、よく覚えているよ。  
 
でも、伝わってきたのは、それだけじゃなかった。  
あいつの下半身からちょっと変な感覚が伝わってきたんだ。  
ボクも武術家だから、男の身体構造はよく分かっている。  
だけど、じっさいに、その動きをみたのは、初めてのこと。  
やっぱり、慌てる気持ちがあったのかな。  
ボクはどういうわけか、あいつの後頭部を一撃してしまった。  
ナイフの柄で、後頭部を引っぱたいたんだ。  
 
かなり痛そうだった。  
すごく悪いことをしてしまった。  
けどあいつは、バカ正直だ。  
逆に「しぐれさん、ごめんなさい」なんて謝ってくる。  
ボクは何にも言えなかった。  
何か言ってやれば、良かったのに。  
 
その夜ボクは、姿見で自分の裸の身体をみてみた。  
そんなことをするのは、久しぶり。  
だからどうこう、ってわけじゃないんだよ。  
でも、なんだか見てみたくなった。  
今まで邪魔だとばかり思っていた、ボクの胸やお尻を。  
 
見ているうちに、ボクは思った。  
兼一の大好きなものが、ボクについている。  
うれしかった。  
こうなると、自分の胸やお尻が、ひどく愛しく思えてならなかったんだ。  
そんな風に思うのは、生まれて初めてのことだったね。  
 
めったに無いことだけど、すこし触ってみる。  
なぞるように、女の子の部分をさわってみた。  
ちょっぴり濡れていた。  
大切な部分も、ピクンと大きくなっている。  
ボクの女の子の部分は喜んでいたんだな。  
 
ここに、男の子のものが入るのかな。  
なんてことを、想像してみた。  
すると、どういうわけか、昼間の記憶がよみがえってきた。  
胴着ごしに感じた兼一の男の子の感触が。  
あの、とても逞しくて、いとしい兼一の感触がね。  
あとほんの少しだけ。  
そう自分に言い聞かせながら、ボクは大切な部分に手を伸ばしてみたんだ。  
 
あんまりよくないことだとは、分かっていた。  
こういうのは、修行の妨げにもなるからね。  
でも、ボクはもう少しいじっていたかったんだ。  
どうしてかは、これもよく分からない。  
でもたぶん、確かめたかったからだと思う。  
ボクが女の子だってことをね。  
 
触っているうちに、自然と声がでてきた。  
もちろんボクは、どんなときもけっして大声を出さない。  
それは、武術家としてのたしなみだからね。  
だから、ささやくように何度も繰り返していた。  
「兼一」とね。  
 
その夜、ボクは一睡もできなかった。  
 
***************  
 
朝になって、ボクは冷静になった。  
冷静になると、よくないことが頭にうかんでくる。  
兼一とボクの関係が変わる見込みはない。  
武術家としてのボクの判断に、間違いはなかったと思う。  
どうあがいても、うまくいきそうにないね。  
 
まず兼一は、ボクのことを怖がっている。  
たしかに、あいつはボクのことを、色眼鏡で見ようとしない。  
でも心の底では、怯えてる部分がある。  
胸やお尻は好きでも、ボクの自身のことは怖がっているんだ。  
そのことはよく分かるよ。  
ボクは他人の恐怖を嗅ぎとることができるからね。  
ひとの本能的な恐怖心がわかっちゃうんだ。  
長い間、命のやり取りをする世界にいたからね。  
 
それにもともとボクは、恐怖を与える側の人間。  
恐れさせるのが、ボクの本業。  
だから、恐れられることには慣れている。  
それは、剣と兵器に生きる者の宿命かな。  
だから、仕方が無いんだ。  
でも、あいつから怖がられるのは、ちょっとさびしい。  
もちろん最近は少しマシになってきた。  
あいつも少し、武術家らしくなってきたからね。  
それでも、ボクとあいつの距離は、かなりあるかな。  
 
第二に、あいつは美羽しかみていない。  
美羽はちょっとドジだけど、いいやつだ。  
兼一が好きになるのは、無理もないね。  
だから、美羽をどうこうしよう。  
兼一と美羽の仲をどうこうしよう。  
なんてことは考えられない。  
でも、もし美羽と兼一がくっついちゃったら。  
これは少しつらいかもね。  
けど、ボクにできることは何も無いんだ。  
 
ボクは多くを望まない。  
いつまでも、今のような時間がつづくこと。  
ただそれだけを、願うね。  
でも、あと少しだけ。  
ほんの少しだけでも、兼一が気にしてくれれば、いいな。  
ボクのことを。  
 
でもつくづく思うよ。  
こういうのは、好きになったほうが負けだね。  
 

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