「風林寺美羽・マル秘エロエロ写真集」
―梁山泊。
そこはスポーツ化した格闘技に溶け込めない豪傑や
武術を極めてしまった達人が、集う場所。
そしてオンナの意地が炸裂する、劣情バトルフィールドである。
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とある昼下がりの梁山泊は道場前の庭。
その日、兼一は馬剣星のもとで、厳しい稽古に汗を流していた。
妥協のない稽古に真剣そのもの二人。
しかし兼一・馬剣星の師弟コンビのことだ。
カラダは稽古に真面目でも、アタマは別な方向へ走っていく。
脱線先はいつものごとくエロ談義。
その日の話題の中心は、馬剣星の自家製写真集だった。
「…ところで兼ちゃん、例の本できたね。ホラっ兼ちゃんが欲しがってたヤツね。」
「エッ、例のヤツというと…しぐれさんのトイレ盗撮写真集ですか?」
「ちがうよ〜、アレは、キャンセルね。
さすがはしぐれどん。芳香剤に隠したCCDを見つけちゃったね。」
ガッカリした顔をみせる兼一と馬。
自家製写真集を売りつけて、兼一から小遣いを巻き上げること。
これは、馬剣星にとって、なかなかけっこうな収入になっていた。
いっぽう兼一にしてみれば、師父の提供してくれる盗撮画像は、なんともありがたい。
いうなれば、厳しい修行のなかの一服の清涼剤だ。
美羽・しぐれの存在と並んで、修行を続けるうえでの大切なモチベーションともなっている。
この二人の仲を、品性下劣なエロ仲間とみるか、それとも麗しき師弟関係とみるか?
この辺は、なかなか判じがたいものがあろう。
答えを出せない兼一に、馬はじれたように、ヒントをだした。
「ホラホラ、先週5千円で頼むって、兼ちゃんから言ってきたヤツね。」
しかしそれでも兼一には、何のことかサッパリわからない。
「師父に頼んだヤツって、えーと、何だろう…?
ひょっとして、美羽さんを撮った赤外線画像ですか?」
「それも違うね〜、
だいたい美羽のスパッツ姿なら、可視光でも乳首が透けて見えてるね。」
馬はいかにも、じれた様子だった。
「フゥ…兼ちゃんカンペキに忘れちゃってるね…」
「えー、なんですかー?教えてくださいよ、師父ぅ〜。」
「じゃあ、実物をみせてあげるね…」
馬は、なにやらゴソゴソと懐を探り始めた。
この心優しき拳法家の懐は、いわば四次元ポケットアダルト版。
いつも何かしら、楽しいオトナのファンタジーがつまっている。
兼一は、ワクワクしながら、馬の懐をみつめた。
昼間からオゲレツネタに夢中な師弟コンビ。
兼一は、新たなオカズの予感に、心奪われていた。
拳法家の馬にしても、ワイ談中だけは、ふだんの警戒心がゆるんでしまう。
だから、ブツを取り出したその瞬間まで、二人は気がつかなかったのだ。
師弟でエロ問答を続けるその横に、いつの間にか美羽がいたことを。
「おょっ、それは…」
明るく話しかけてきた美羽の表情が、突然こわばった。
「何ですか?」と問いかける必要は、もはやなかった。
馬が美羽の声に反応して、瞬時にブツをしまうこと、コンマセカンド。
しかし鍛え抜かれた美羽の動態視力も、常人をはるかに凌駕するレベルだ。
一瞬にして美羽は、ブツの表紙を読み取った。
美羽の目に飛び込んできたのは、カラー刷りの表紙。
表紙の画像は、しゃがみこんだチャイナ服の女性。
タイトルは、「馬連華パンチラ写真集」であった。
美羽の髪がザワつき、周囲の空気は凍りついた。
意外に思われるかもしれないが、美羽はあんがいエロやセクハラに寛容である。
しぐれもそうなのだが、梁山泊のオンナたちは、オトコにひどくやさしい。
近くで公然とエロ本を広げる者がいても、さほど気にしない。
入浴シーンを盗撮されそうになっても、けっして深刻にはうけとめない。
肩どころか、胸や尻へのボディタッチも、ほぼOKで、現実にもほとんど常態化している。
槍や棒手裏剣は飛んでくるだろうが、結局のところ、その場でコトは収まってしまう。
とりたててエロ男どもをつるし上げるワケでもなく、人間関係にもヒビがはいらない。
ちなみに美羽にいたっては、文句ひとつ言わず、炊事・洗濯・掃除と家事にまい進している。
女性の権利尊重がやかましい昨今。
男性にとっては実に「都合のイイ女」たち、といえるだろう。
ともあれ、そんな美羽のことだ。
ブツが普通のエロ本であれば、特に問題はなかっただろう。
告白誌だろうが、スキンマグだろうが、おそらくは吐夢のアングラSM本でも大丈夫。
笑って許してはくれないだろうが、ちとイヤな顔をするぐらいで、ハナシはおわる。
しかし今回ばかりは、ハナシは簡単にすみそうもなかった。
やはりブツが悪かった。
なんといってもネタは馬連華。
チャイナ服にナマ脚姿もセクシーな巨乳美女にして、美羽の不倶戴天のライバル。
これで一波乱起きないワケがない。
美羽は引きつった笑いを浮かべたまま、仁王立ちになっていた。
「…連華さんって、ほんと、キレイですわね〜」
これはもちろん、皮肉に他ならない。
―自分より連華のほうが可愛いか?自分より連華を選びたいのか?
無意識のうちに、美羽が兼一に突きつけた問いかけである。
連華が馬剣星の娘であることは、この際どうでもいいし、その場の誰もが気にしていない。
父がカネのために娘を盗撮する鬼畜構図を、少なくとも美羽だけは、完全に忘れていた。
美羽にとっての問題は、連華をネタに兼一がヘラヘラ喜んでいることである。
よりによって連華ネタのエロ本を、兼一がすすんで求めているところにある。
ひょっとすると、兼一が、画像のみならず、連華そのものを欲しているかもしれないのだ。
むろん兼一と美羽は、つきあっているワケではない。
だから、美羽が兼一に対して、排他的な所有意識をもつ必要は、ほんらい存在しないハズ。
にもかかわらず、目だけが真剣な美羽の作り笑いには、底知れない凄味があった。
「み…美羽さん…」
怒りに燃えた美羽に、兼一は、何か言いかけようとした。
しかし、どうにも続く言葉が出てこなかった。
助けを求めるように、傍らにいるハズの師父のほうを向くが、そこには誰もない。
兼一の気づかないうちに、馬はすでに逃亡していたのだ。
その速さは、まさに神業であった。
「美羽さん」といったまま、何も言えずにアタフタする兼一の狼狽ぶり。
この兼一の狼狽が、ひどく美羽のカンにさわった。
思わず口から飛び出したのは、さらにキツイ一言だった。
「良かったですね、鼻の下が伸びてますわよ!!」
言った端から、(少々キツすぎましたわ…)と美羽は反省した。
やはり本来的には、人並み以上に思いやりのある女性である。
しかし兼一の反応がマズかった。
反射的に「エッ!」と口元を押さえてしまったのだ。
これでは有罪も同然だ。
連華のパンチラ画像にウヒウヒしていたことを、認めるような行為である。
そんな兼一を目の当たりにした美羽。
せっかくの思いやりは、アッという間に吹き飛んでしまった。
「邪魔しては申し訳ないので、私はお先に…」
兼一のエロ本タイムを邪魔してはイケナイ、という意味か。
口早にいい終えると、美羽そのまま後ろも振り返らずに大ジャンプ。
逃げるように、兼一の視界から去っていった。
あとに残され兼一は、ただ呆然と立ち尽くすばかりであった。
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その夜遅く、梁山泊母屋は美羽の寝室。
連華本目撃事件以降、美羽は兼一と、ほとんど言葉を交わしていなかった。
反射的な怒りと衝撃が大きすぎたのである。
とはいえ、とっさの激情というモノは、時間の流れとともに、消え去っていくものだ。
頭の中から、激情が過ぎ去った後に残るもの。
それは冷静な思考である。
美羽は布団のなかで静かに考えていた。
兼一のことを。
ここで少々、兼一について立ちいっておこう。
気弱なクセにキレやすく、オマケに知識偏重な兼一。
まさしく今風な若者の典型といえよう。
しかも唯一の才能といえば「努力する才能」だけ。
これではほとんど「新競争時代・負け組」の典型である。
けれどもこの兼一、どういうワケか、コレであんがい女性にモテる。
美羽はじめ、馬連華、泉優香と好意をよせる女性は意外と多い。
島耕作もビックリのモテモテぶりだ。
面白いことには、こうした兼一のモテモテぶりに、美羽はほとんど気がついていなかった。
兼一のことを「モテないクン」であると完全に誤解していた。
そこで他の女の子に奪われる可能性など、露ほども考えはしなかったのだ。
ただしコレは、あくまで連華の登場までのハナシである。
(筆者注・いわゆる「新島ラブレター事件」(八巻参照)等には、立ち入らない。)
「いなくなって始めて分かる人の価値」とは、よく言ったもの。
奪われる可能性を目の当たりにして、美羽は始めて兼一の大切さを実感した。
その存在感の大きさに、ようやく気がついたのである。
なるほど、連華のパンチラに鼻の下を伸ばし兼一には、腹が立った。
とはいっても、ドロボウ猫の連華に
「どうぞ、兼一さんを勝手に中国に連れ帰ってくださいね」
とは口が裂けても言えはしない。
それほどまでに、美羽にとって兼一は大切な存在だった。
何が何でも、誰にも渡さず独占したい存在だったのだ。
だからこそ、態度がいまひとつ定まらない兼一に、美羽は不安を覚える。
可愛い連華嬢の存在が気になってしまう。
オンナの武器をむき出しにする連華の存在が、たまらなく脅威に感じられる。
そのうち連華がお色気で兼一篭絡するのではないか、不安でしかたがない。
じっさい兼一は、連華のパンチラ画像でウヒウヒしていた…。
美羽は突然ガバッと布団のなかから、起き上がった。
「寝ている場合ではありませんわ!!」
連華に負けるわけにはいかない!兼一を奪われるわけにはいかない!
キモチが決まれば行動あるのみ。
兼一のみならず、美羽もまた行動の人であった。
美羽は行動の人である。
兼一を奪われたくない、という決意はできた。
しかし今ひとつ、世間的な知恵に乏しい美羽だから、具体的な行動プランがわからない。
大切なオトコをガッチリつなぎとめておく手法が分からないのだ。
悪いことには相談にのってくれる同性の友人は、ただのひとりもいない。
そこで美羽は、とりあえず人生の先人、つまりは豪傑・達人たちから知恵を借りることにした。
しかし常識的に考えればすぐに分かるはずであろう。
馬剣星を別として、あの連中は、このテの問題について、もっとも相談してはイケナイ人たちだ。
この辺に気がつかないコト。
これこそが、我らが美羽のヌケているトコロであり、また魅力でもあるのであろう。
宵っ張りなヒトたちだから大丈夫だろう。
そう美羽は踏んでいたが、じっさい最初に会った逆鬼至緒はまだ起きていた。
特に逆鬼に相談しようとは思っていなかったが、偶然、庭で会ってしまったのだ。
「ヨォ、美羽。こんな夜遅くに、何フラフラしてんだ?」
飲んでいたようで、息がひどく酒臭かった。
しかしコレは好都合。賢明な美羽は知っていた。
アルコール依存症患者の常として、酒の入っていない逆鬼は役立たずである。
酒が入っているからこそ、神経が安定し、正常な思考がはたらくのだ。
いつかは廃人になるにせよ、ココ当分は大丈夫だろう。
ともあれせっかく会ったのも、何かの縁だ。
美羽は、「兼一と連華の仲が気になる」云々と、逆鬼に相談してみた。
すると逆鬼は、何をトチ狂ったのか、深夜にもかかわらず、怒涛の大声をあげた。
「な に ぃ 〜 ! ? 兼 一 と ハ メ た い だ ぁ ぁ 〜 ! !」
やはり、アル中はアル中であった。
「違いますですわ…そうではないんですわ!!ですから、連華さんが…」
必死で誤解をとこうとする美羽。
けれどもアル中逆鬼の想像力は、止まらない。
「な に ぃ 〜 ! ? 兼 一 と 二 輪 車 だ ぁ ぁ 〜 ! !」
おそらくは金欠なのだろう。
大好きなソープにいくことが出来ず、毒が下半身にたまっていたに相違ない。
美羽は、アル中を信じた自分のバカさ加減を、心の底から呪った。
説明をやり直すこと、タップリ10分。ようやく逆鬼はハナシを飲み込んだ。
(やはり、アル中の逆鬼さんでは、どうにもなりませんですわ…)
そう思い直す美羽だったが、興奮のさめた逆鬼は鋭くもやさしかった。
「このままでは兼一さんの心が連華さんに傾きそうですわ…」
と珍しくウジウジする美羽に、一喝!
「ばっきゃーろー!
好きなオトコだったら、速攻でオトしちまえっ!!」
「!!」
驚愕する美羽に、逆鬼は拳を握りしめて、言い放った。
「いいか美羽!
この世に男女関係は、二種類しかねえ!!
あるのは"ヤルかヤラないか"だ!!」
やや単純化がすぎるが、これは素朴な真実である。
何かに開眼したように、美羽の心がフッと軽くなった。
それまで受身の人生をおくってきて美羽に、逆鬼の言は衝撃的だった。
人生を、長老と梁山泊の家事労働に縛られてきた美羽。
武術にしても、みずから進んで身につけたワケではない。
あくまで長老に言われて、身に着けたものにほかならないのだ。
熟した実が自然と落ちるように、幸せは落ちてくるものと思っていた。
「素敵なお嫁さんになる事」も、時期がくれば自ずと実現するモノと信じきっていた。
これは若者にありがちな誤解である。
オトコもセックスも人生も、修行とまったく同じ。
みずからの意思をもって努力して、はじめて成果が出るものである。
試すまえから、ウジウジなやんでいても、意味は無い。
ヤラなければ、そこには何もうまれない。自慰は不毛である。
そして一度ヤルからには、さいごまでヤリぬく覚悟が必要だ。
ヤリぬく覚悟がなければ、結果の果実はけっして味わえないのである。
(連華さんは、結果を出すために努力している様子ですわ…。
それにひきかえ、今までの私は…覚悟が足りませんでしたわ…)
美羽は顔をあげて、意を決したように逆鬼に告げた。
「私、ヤリますわ!ヤリにヤリまくって、兼一さんをオトしてみせますの!!」
そんな美羽をみて、逆鬼は豪快な笑みを浮かべた。
「さぁ、チンケな不安はふっ飛んだか!?」
「はいっ!!」
持ち前の元気な声で答える美羽。
そこで逆鬼は相好を崩した。
「じゃあ、さっそくエッチの練習を、おっぱじめようぜ……グフフフフ。」
美羽の目が丸くなった。