「ワンダフル・・・」  
 
部屋に入るなり感嘆の言葉を漏らした柴田を不審げに見つめるのは  
いかにも定年後といった老齢のホテル従業員。  
今日は5年前に新宿のラブホテルで起きた殺人事件の捜査に来たのだ。  
「大がかりにリフォームしちゃったんでねぇ。あの頃とはだいぶ変わっちゃってるけど。」  
 
「殺人があった部屋に泊まりたい、なんて変わったカップルもいるんだよ。」  
「あー、わかります。なんなら私、今日泊まっていってもいいんですけど。」  
嬉しそうにほほ笑んだ柴田の不気味な笑顔に、顔を引き攣らせた従業員は  
不機嫌そうに部屋のドアに凭れる真山に鍵を押し付け  
「どうぞお好きなように」と愛想笑いを浮かべると  
わざとらしいくらいに忙しそうな素振りを見せて、逃げるように去って行った。  
 
従業員の背中に視線を這わせていた真山は、廊下を通りかかったカップルと目が合った。  
揃って気まずそうに顔を伏せた二人は営業マンと主婦、といったところか。  
いかにも不倫まっただ中といった雰囲気である。  
「真昼間からお盛んだねぇ。」  
聞こえるように毒気づくと、部屋のドアを閉めた。  
 
「何か言いました?」  
「いや。」  
天井にぶら下がった安物のシャンデリアを眺めていた柴田が振り向いた。  
天蓋付きのベッドには白いレースのカーテンが掛っている。  
「お前、好きそうだな。こういうの。」  
「ロマンチックですよね。新婚旅行はこういうベッドがいいなーとか思います。えへへ」  
「まあ、確かに普通のホテルみたいだよな。回転ベッドとかもう流行らないんだろうな。」  
「回転ベッドは1985年に施行された新風営法によって、新規の設置を禁止されたんですよ。」  
「・・・お前は相変わらず余計なことばっか知ってるね。」  
 
「真山さん。これ、何ですかね?」  
入口付近に置かれていたロココ調のチェストの引出しを開けた柴田が首をかしげている。  
引出しの中のピンク色のそれを持ち上げると、傍に寄ってきた真山に翳して見せた。  
その物体に思わず目を丸くした真山は思わず言葉を詰まらせる。  
「何って・・・・・・バイブだよ。」  
「何に使うんですか?」  
「・・・お前は知らなくていい。」  
「え。気になるじゃないですか。教えてくださいよ。」  
「やだ。」  
「意地悪ですね。じゃあ、彩さんか近藤さんに使い方を聞いてみます。」  
「・・・わかったよ。」  
ため息交じりに渋々答えた真山は、柴田の手からそれを奪い取ると更にもう一つため息を吐いた。  
「えーとな・・・。だから・・・要は女が自分を慰める時に使うもんだよ。ほら。」  
小さなスイッチを入れると、ブーンと機械音を出して振動を始めた。  
「わ、震えた!」  
「さみしい女がこれを使って気持ち良くなるってわけ。」  
「はあ・・・」  
「まあ、男がそういうプレイで使うってこともあるけど・・・。」  
「そういうプレイ?」  
「だからー、女の中に入れるんだよ。」  
「え!これとセックスするってことですか?何のために?」  
「インポだからって場合もあるだろうけど、大抵が遊びだったり・・・セックスの延長?」  
「・・・あー、もしや張形のことですかね。男子禁制の大奥で広く使われていたという。」  
「そう・・・かな。」  
「なるほど。でも普通に置いてあるってことは、皆さん使ってるものなんですかね?」  
「知らねえよ。はい。おしまい。」  
「あー!」  
目を輝かせ好奇心を抑えきれずにいる柴田の興味を断ち切るように、乱暴に引出しを閉めた。  
 
「おっ!」  
 
何かに驚いた様子の真山の声に、広い風呂場を覗き込んでいた柴田が振り向いた。  
いつのまにかベッドに寝転んでいた真山の手が  
おいでおいでをするように柴田を呼んでいた。  
「柴田。来てみろよ。これウォーターベッド。」  
「えっ!」  
「すげー。浮いてるみたい。」  
「えー!私もいいですか?」  
柴田がいそいそと真山の隣に寝転ぶ。  
「ほんとだ!たぷたぷしてて気持ちいいですねぇ。」  
「これならぐっすり眠れそうだな。最近ベッドが狭くて仕方ねーからな。」  
「ああ、確かに真山さんちのベッド、小さいですもんね。」  
「誰のせいだよ。」  
柴田に遠まわしなイヤミは通じないようだ。  
「真山さんちもウォーターベッドにしましょうよ。」  
「お前払うんならいいよ。」  
「え?」  
「だって俺より稼いでるじゃん。係長だから役職手当もつくしな。」  
よっこいしょ、と情けない掛け声とともに真山が起き上った。  
「でも動きにくいな。」  
慣れない撓み方をするベッドにふらつきながらも柴田の腰にまたがって馬乗りになった。  
「・・・何してるんですか」  
何も言わず、ブラウスのボタンを外していく真山に  
柴田は大きな目をぱちぱちと瞬かせた。  
「真山さん。仕事中ですよ。」  
「うん。だから手短にね。」  
ブラウスの前を肌蹴させ、肌色の色気のない肌着をまくりあげた。  
ブラジャーをつけていない柔らかい乳房がこぼれ、脇に流れている。  
それを持ち上げるように揉みしだくと  
すぐに淡いピンク色の乳首が硬く尖って主張し始めた。  
拒もうとする柴田の腕を容易く片手で押さえつけ、そのまま胸元に顔を埋めた。  
先端を指で抓むように刺激を加え、唇で挟み込み、舌先で転がすように舐めまわすと  
俯いていた柴田が熱い息を漏らした。  
「真山・・・さ・・」  
やけに重量感のあるスカートを腰まで捲りあげ、赤いレースのショーツを引きずり下ろした。  
すぐに閉じようとする柴田の膝を掴むと大きく広げた。  
柴田が悲鳴のような嬌声を上げたのは羞恥心のせいか、  
開かれた太腿の奥に侵入してきた真山の舌のせいか。  
 
ぴちゃぴちゃと卑猥な音がベッドの水の音と混ざって  
靄がかかり始めた柴田の脳を刺激する。  
足の付け根を撫でられ、襞を舌先で辿られ、  
自分の中からどくどくと蜜が溢れているのがわかって、柴田は顔を赤らめた。  
尖らせた舌先で蕾をつんつんと突かれ、思わず腰が浮く。  
いつの間にか柴田の中に侵入していた真山の指が  
内壁のざらざらしているところを引っ掻くように擦ると  
柴田が泣き声のような悲鳴を上げた。  
 
「真山さん、もう・・・」  
「いきそう?」  
こくん、と頷いた柴田は涙を浮かべて訴えている。  
それを見て、にやりと意地悪そうに笑った真山は  
抜けかかるまで指を引き、チェストを顎で示した。  
「さっきの、使いたい?」  
真山の意図することに気づいた柴田は首を大きく横に振った。  
「あんなのいや・・・」  
目の縁を赤く染めた柴田が真山の首を引き寄せるように抱きついてきた。  
「真山さんに入ってきてほしい」  
消え入りそうな声なのに強い視線で見つめてくる柴田を抱き返すと  
押しつけるように唇を合わせ、舌を捻じ込んだ。  
歯列をなぞり、待ち構えていたような柴田の舌に吸いつき  
自らの舌を絡ませた。  
激しいキスに唇の端から唾液がこぼれる。  
柴田の頬を伝うそれを舌で拾い、舐め上げた。  
腰にこすりつけてくる柴田の膝を割り、そのまま一気に身体を押し進めた。  
入口で抵抗を感じたものの、体重を掛けるように腰を押しつけると  
今度は吸い込まれるような感覚に襲われた。  
ゆっくりと根元まで押し込むと柴田の腰が浮き、身体が弓なりに曲線を描いた。  
「ぁ・・・ぁ・・・ん」  
深い呼吸の中にか細い嬌声が混ざり始めた。  
抜ける寸前まで腰を引き、ぐりぐりと回すようにゆっくりと奥まで押し込む。  
それを繰り返したかと思えば  
少し乱暴に柴田の細い腰を掴み、パン、パンと音を立てるくらい激しくピストンを繰り返す。  
繋がっているところがぬちゃぬちゃと淫靡な音を立て  
それがさらに二人の感情を高まらせた。  
 
着衣のまま交わっているせいか、酷く熱い。  
柴田の額にもうっすら汗が浮いている。  
ウォーターベッドの揺れのせいか、身体の熱さのせいなのか  
どうもふらふらしてしまう。  
汗ばんだ柴田の手が、真山のワイシャツの肩を掴んで爪を立てた。  
そろそろ達するという合図のようだ。  
限界が近づいていた真山は柴田の脚を持ち上げ、自分の肩にかけるとさらに奥まで届くような形をとった。  
二人の身体の間で柴田の蕾が擦られ、その刺激に柴田の内部がぐっと狭くなった。  
間を開けずにぐっと最奥まで突かれ、柴田はびくびくと痙攣するように達した。  
締めつけてくる柴田に合わせ、真山もぶるりと身体を震わせると  
どくどくと脈打つ感覚を二人で味わった。  
 
逃げるようにラブホテルを出た二人は、駅への道をいつもより早足で急いでいた。  
「信じられないです。仕事中にあんなこと・・・。見つかったら懲戒免職ですよ。」  
「でも係長もその気だったじゃないですか。」  
「何言ってるんですか。そんなことありません。」  
「そう?お前すげー感じてたじゃん。もうだめ、いっちゃうって何度も―――」  
「あーあーあー!誰かに聞かれたらどうするんですか!」  
慌てて真山の口を塞ごうとした柴田はキョロキョロと周りを見回す。  
 
 
「あ。」  
 
 
ふと柴田が突然腰のあたりを押さえて立ち止まった。  
「ん?」  
数歩先で真山が振り向くと、柴田が歩道にしゃがみ込んでカバンの中身をまき散らしていた。  
「あれ?ない、ない、ない・・・ない。」  
携帯電話、警察手帳、タオル、靴下、新聞、世界地図、けん玉、生理用品・・・  
柴田が放り投げたものを拾っていった真山が同じようにしゃがみ込んで柴田の顔を覗き込んだ。  
「どした?」  
 
「あの・・・私、パンツ忘れてきちゃったみたいなんですけど。」  
 
 
ちょうどそのころ、二人が情事を交わしたラブホテルのあの部屋の中。  
乱れたベッドと傍らに脱ぎ捨ててある赤い下着の前で  
老従業員が呆然と佇んでいた。  
 
 
 
 
おわり  
 

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