発端は親方の一言だった。  
「おいお前ぇら、明日は月見会するぞ」  
月見会?親方の発した耳慣れない単語にエリカは内心首をかしげた。  
でもどうやらオズウェルたちには内容がわかったらしい。  
「ああ、もうそんな季節か」  
「あぁあ、親方、今年も張り切ってますねぇ」  
「んだよトゥーフォン、華夏にだって中秋の名月って奴ぁあるんだろう?」  
「いやだから、俺はスカンディラ生まれのユクトランド育ちなんですよ?  
 華夏の習慣っていわれてもあんまりピンとこなくて」  
「そういやそうだったか?ま、いいか、ともかく――――」  
 
 どうにも話題についていけない。  
親方とトゥーフォンの話の腰を折るわけにもいかないし、となると、聞くべき相手はやっぱりオズ。  
「オズ、月見会っていったい何のことなの?」  
「ああ、おまえはまだ知らなかったか。もともとは親方の故郷のジパングの習慣らしい。  
 秋の満月の日に月見団子とかいうものを飾って、月を見るんだそうだ。  
 で、それを口実に酒を飲もうって親方が言い出したらしくて、うちじゃ毎年秋になると  
 月見会と称して宴会をやる事になってるんだよ」  
「そうそう、ちなみに華夏でも似たような習慣はあって、団子じゃなくって月餅を食べるんだよねー。  
 どっちも丸いし、やっぱり月とかけてるのかねぇ。」  
いつのまにかトゥーフォンも会話に加わっていた。  
お団子とか月餅っていうのも聞いたことがなかったけれど、なにやらお菓子の一種らしい。  
 
「つまり、丸いお菓子を食べて月を愛でるっていうジパングや華夏の習慣にのっとって  
 みんなで宴会をしよう、と、そういうことでいいの?」  
二人の話を整理して要約するとそういうことらしいのだけど。  
「いやー、ちゃんと月を見てるやつが何人いるんだって感じなんだけどね」  
「月なんてただの口実みたいなもんだ」  
二人の息がぴったりで、エリカは思わず笑ってしまった。  
誰かから聞いたことはあるけど、お酒を飲む口実って本当にいっぱいあるんだわ。  
 
 その後親方がコリンに声をかけたことが発覚して、第二種戦闘配置を敷く班が出るなど一騒動あったものの、  
準備自体は着々と進められていった。  
 
 
 予想通り、収拾が付かなくなった会場をこっそり抜け出してきたのがつい先ほど。  
せっかくだから私たち二人だけでもちゃんとお月見をしない?といったら、  
騒ぎに辟易していたのはオズも同じだったのか迷うことなく賛成してくれたのだ。  
じゃあコリンにつかまらないうちに早く、と会場を出たところで、はたと気づく。  
月を見るって言っても、どこから見るのがいいのかな。  
 
 外じゃなくて部屋で見ないか、と切り出したのはオズウェルだった。  
「兵舎の窓は南向きだから、部屋からでも大丈夫だろ。  
 その、……下心は無い…わけじゃないけど、そろそろ夜は冷えるから外で見たせいでお前に風邪ひかせたくないし」  
なんて、正直に話してくれるオズウェルが愛しくて。  
だから自分も、多少恥ずかしいけれど正直に気持ちを伝えたいと思った。  
「だったら、私の部屋はどうかな?……その、オズの部屋はトゥーフォンも帰ってくるわけじゃない?  
 私の方は今一人部屋だから、遅くなってもいいというか……その……あ、朝までいても平気だし、それに――」  
私はオズの恋人なんだから、下心があっても全然構わないのに…  
恥ずかしさに耐え切れなくなって最後の言葉は消え入るようになってしまったけど、  
オズにはちゃんと伝わったみたいだった。  
顔を赤くしてちょっと目を丸くして。それから、言葉とはうらはらのとても優しい声で  
「馬鹿、お前、自分が何言ってるかわかってるのかよ」  
そう言って、触れるだけのキスを一つ、くれたから。  
 
 
 部屋の中、満月を見上げてエリカが口を開いた。  
「前に補給班に同行したときにも、オズと二人で星を見たっけ」  
「そういえば、たしかに」  
そんなこともあったな、とオズウェルは思い出す。  
あの旅で、自分と彼女の距離はだいぶ変わった。もちろん、あの後も色々あって。  
今みたいな関係になったのは更に後になってからだったけれど、それでも初めて会ったときとは  
比べ物にならないほど、変わった。  
「星を見るのは好きだけど、でもこうやって月だけを特別に観賞するって言うのは初めてだから  
 ちょっと新鮮かも」  
「遠い東の習慣だからな。こっちでは、昔は満月は狂気を呼ぶっていって、  
 あんまりまじまじ見るようなものじゃなかったらしいからな」  
 
 開け放した窓から夜の冷気が入り込み、エリカがわずかに体を震わせた。  
「やっぱり、窓閉めよっか……え、オズ?」  
 
 体を震わせるエリカを視界に捉えた瞬間、思わずエリカを胸に抱き寄せていた。  
温かい。燃えるような熱さではなく、もっと穏やかなあたたかさ。  
わかっている。わかってはいるのに、抱きしめずにはいられなかった。  
エリカの頬が赤いのも、先ほど少し震えていたのも、あの時とまったく理由は違うのに。  
 
――――血を大量に失って震えているのに、傷口からの熱のせいで顔を真っ赤にしていたエリカ。  
意識もないそんな状態の彼女を腕に抱き必死にこのロビュ基地を目指した、あの時――――  
 
「もう、オズったら。」  
それでも。違うとわかっていてもなお、抱きしめ返してくれる彼女のぬくもりが心地いい。  
あんな思いをするのは二度とごめんだ。そんな思いをこめて、オズウェルは更に強くエリカを抱きしめた。  
「ね、どうしたの。オズ?」  
さすがにエリカも不審に思ったのか、もぞもぞと動いてオズウェルの顔を見上げる。  
オズウェルは、少し罰の悪そうな顔をして言葉を紡いだ。  
「お前が、さっき震えたのを見て、それで、お前、顔もちょっと赤かったし、」  
「…うん、」  
「あの作戦のときの事を思い出したんだよ。……怖くなった」  
「オズ……」  
 
 その告白はエリカの心臓をもぎゅっと締め上げた。  
大事な人を失う恐怖。その気持ちはエリカにも痛いほど感じられるもので。  
「確かめたくなったんだ。俺も、お前も、こうしてちゃんと生きているんだよな」  
「うん……だから、こうやって一緒にいられる。大丈夫、ちゃんと、生きてるよ」  
そう。私たちは生きている。  
だから、こうやって抱きしめあう事ができる。ぬくもりを分かち合う事ができる。  
大好きな人と一緒にいられることがどれほど幸せかっていうことを確かめ合える。  
「…………。いきなりこんなこと言ったのに、呆れたりしないんだな」  
「当然じゃない。あの時オズウェルは、私のために必死になってくれたんでしょう?  
 私だって、あなたが撃たれるんじゃないかと思ったときは、本当に怖かったもの。  
 呆れるなんてありえないよ」  
視線が絡み合う。お互いを、そのぬくもりを確かめたい。  
その視線だけで、言葉を交わさずとも二人には十分だった。  
 
 最初は唇の感触をただ確かめるような、キス。  
それから、オズウェルの舌が唇をつついてきて。  
応えるように唇を開くとするりと彼の舌が口の中に進入し、その感覚に、  
エリカは小さくふるりとその背筋を震わせた。  
オズウェルの舌がエリカのそれを絡めとり、吸い上げる。  
その吐息と、唇と、口内を這い回る舌の熱さにだんだん思考が緩慢になっていく。  
後頭部に添えられていたオズウェルの右手でエリカのリボンが解かれ、無造作に、しかし床ではなく机の上へ。  
そのなんともオズらしい気遣いも愛しくて、エリカはきゅっと彼の服を握る手に力をこめた。  
 
 ようやく唇が開放されたときにはエリカは立っているのもやっとと言った状態だった。  
そのまま倒れこむようにベッドへと押し倒され、服を脱がされてしまい、  
そしてこちらも衣服を脱いだオズウェルが覆いかぶさってくる。  
初めてじゃないけれど、でもまだこうやって肌を重ねた事は数えるほどしかなくて。  
それでもその数回でオズウェルはエリカの弱い場所を確実に探り当てていた。  
オズウェルの手が体の線をなぞり、その唇が肌をたどるたびに、体中を駆け巡る快感に  
体が跳ねてしまいそうになる。  
「ふ、ぁぁ、オズ…っそこは、あぁっ」  
「お前、ほんとに敏感なんだな」  
「だ、…って、ぇ」  
胸の頂を口に含んだまましゃべられて、どうしていいかわからないくらい感じてしまう。  
そのうちに、脇腹を這っていた彼の手が下の方へ伸びてきて。  
 
「すごいな。もうこんなに濡れてる」  
「……っ、も、そんなこと、言わ…な、で、……はぁっ」  
そのままオズウェルの指がじらすように入り口をゆるゆるとなぞる。  
そのもどかしい感覚に涙があふれてきそうだ。  
「指入れただけなのに。こんなに締めてきて」  
いきなりじゃなく、いつも指で慣らしてからしてくれるオズのやさしさが、今はただただ辛い。  
早く。早く、オズを感じたい。オズを確かめたい。  
どうしようもなくオズを求めてしまう私の心と体の隙間を、どうか埋めてほしい。  
「オズ…オズっ、おねがい、早くっ……オズが、欲しいの」  
「っ…エリカ…!」  
その懇願を受け入れたのか、オズウェルが一気にエリカの中に押し入ってきた。  
「あぁっ!……は、ぁっ…オズ……オズっ!!」  
 
オズウェルが内壁を擦りあげる度に、求めていたものが与えられた喜びに打ち震える。  
今日の彼はいつになく激しいけれど、そのことも嬉しかった。  
「っ、く、……」  
求めていたのは、私の方だけじゃなく。  
「は、…っあ……、オズ……!」  
オズも、私を求めてくれている。そのことがとても幸せで。  
「…エリカ…っ……」  
この気持ちをオズに伝えたくて。  
「オズ……好きよ、大好き…!今、私、とっても幸せ…っ」  
 
 
「……っ」  
瞬間、息を詰めたオズウェルに、体ごと抱き上げられる。  
彼の上に向かい合って座る格好になっていた。  
自分の重さでいつもより深くまでオズを感じる事になって。声が抑えられない。  
「やぁ、オズ、深、い…………ふぁ、あぁぁ!」  
容赦なく突き上げられ、揺さぶられ、追い詰められていく。  
「お前の、せいだ、……さっきのは、反則だろ」  
「ふぁ、さ……っき…?……やぁん!」  
「だからっ……ああもう、わかれよ!」  
「はぁっ、ん、…ああぁっ」  
意味のある思考は快感にさらわれていって既に散りじりになっている。  
「エリカ……俺も、俺だって愛してる、幸せなんだ、エリカっ……」  
それでも、オズの言葉がが聞こえて。  
私、こんなにも愛されてる。ああ、もう、駄目。  
「オズ、オズ、……っ駄目、もう私、…ぁはぁっ」  
「…っ、俺、も、……エリカ、」  
「ああっ、は、やぁ、……っ、あ、ああぁぁぁっっ!!」  
「…エリカ………っ!!」  
意識が、真っ白にはじけた。  
 
 
「結局、私たちもほとんどお月様を見てないんじゃないかしら」  
「一応見た分だけ、コリンあたりよりましだろ」  
「それは流石に比較対象が悪いよ」  
「……それもそうか」  
行為の後のこんなおしゃべりの時間も、私の大好きな時間。  
でも、こうやって何も心配しないで一緒にいられるのも、お酒を飲んで大騒ぎできるのも、  
今が平和だからに他ならないから。  
「ね、オズ」  
「ん?」  
「来年も、その次も、その先もずうっと。こうやって平和に月を見上げられたらいいね」  
「ああ。そうだな」  
この平和な時を、平和な世界を、守っていけますように。  
そう、平穏そのものの光をたたえる満月に願った。  
 

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