「アレーニア二等兵、お前に昇進と、別基地への異動の話が来ている」  
そう告げる司令の声は常と変わらぬ厳格さを帯びている。  
ここに来たばかりの頃――そう、彼クラウス・ウーデットがまだ副司令だった頃――だったら  
きっと緊張してまともに口をきけなかっただろうな、とあえて話の内容から意識をそらして、  
エリカは口を開いた。  
「申し訳ありませんが、そのお話は辞退させていただけませんか」  
「そうか。では私からそのように報告しておこう」  
司令も、こうなることがわかっていたように、理由を問うこともなく承諾した。  
この問答ももう何度目だろうか。理由を告げずに拒み、理由も聞かずに受理される。  
それでも、今回も理由を聞かれずにすんだ事にエリカは安堵した。もし理由についてきかれていたら、  
昔とは別の理由で、まともに返答する事ができなかっただろう、と思う。  
細心の注意を払ったところで声に震えと不安が混じってしまいそうだった。  
 
そう、二年以上前からこの基地にいる者ならだれでも、容易に、エリカが異動を  
拒否する理由を察する事ができた。  
 
――彼女は、アレック・ユーティライネンを待っている――  
 
二年ほど前の事だ。とうとう勃発した帝国との戦争。軍事力では帝国にかなうべくもない王国は  
起死回生の一手をうった。帝国に内紛を引き起こさせ、王国から撤退させる。  
だがそのためには、単独で文字通り敵地の真っ只中に飛び込み、帝国の反体制レジスタンスと  
接触する必要があった。王国の命運を決する、命がけの任務。  
それがアレックに与えられた、否、彼の志願した任務だった。  
彼がこの基地を飛び立って数日もしないうちに、帝国内で革命が起きた。  
それはつまり、彼の任務が達成されたと言う事だ。国内情勢の悪化に伴い帝国は継戦を断念、  
さらに混乱は続き、ついには皇帝が亡命し、帝国は崩壊した。  
そう、作戦自体は完全に成功し、王国は危機を脱した。  
しかしこの作戦の一番の功労者、アレック・ユーティライネンの消息は未だ不明である。  
 
エリカがドックに戻ってきたとき、そこには工具を片付けるオズウェルしかいなかった。  
他の皆は既に午後の作業を終えて食堂に行ってしまったようだ。  
エリカも自分の道具を片付け始める。  
「何の話だったんだ?」  
「転属しないかって、話が来てたみたいで」  
「で、やっぱり断ったのか」  
「うん」  
会話が途切れる。言葉だけを追うなら、どうという事もない会話。だがしかし、エリカは心ここにあらず  
といった様子で、その事が無性にオズウェルの気にさわった。  
またあの人の、アレックさんの事を考えているのか。  
二人きりのドックに工具を片付ける音が響く。エリカが数度の要請にもかかわらず転属を拒むのは、  
二年前のあの日――アレックさんが任務に飛び立った日だ――に、あの人と約束を交わしたからだ。  
ここでアレックさんを待つ、という約束。  
 
アレックさんの出撃を見送ったのは俺とエリカだけだったな、とオズウェルは二年前の事を思い起こす。  
あの人の前では、こいつは泣かなかった。いつまでも待っています、そう約束して見送った。  
そして機影が完全に見えなくなった後、俺の前で泣いた。そしてそれ以来、人前でこいつが泣いた事はない。  
それでもはじめのうちはまだよかった。帝国内に革命の火の手があがり、彼の任務がどうやら  
成功したようだというのがわかって、こいつもひとまずは落ち着いていたのだ。  
ところが、帝国軍が撤退する頃になってもあの人の消息は不明なままで。それでも涙を見せまいと気丈に  
ふるまう姿が痛々しかった。力になってやりたい。でも、何を言ってもあいつが逆に気を使うのが  
わかりきっていて、俺も、他の誰も、あえてあの人の話題に触れることができなかった。  
 
もうあと少しであの日から二年がたつ。こいつはいつまで、あの日の約束を守るつもりなのか。  
いつまでこうやって、涙を隠し続けるのか。  
・・・・・・俺は後どれくらい、エリカのこんな痛々しい姿を見ていなければいけないのか。  
「なぁ、お前・・・」  
「なに、オズウェル?」  
オズウェルは、しまったと思った。ダメだ。これ以上訊いてはいけない。  
だが一度開いてしまった口は、残りの言葉もあっさりと紡ぎ出してしまう。  
「お前、まだあの人を待つつもりなのかよ」  
ああ、言ってしまったと彼は思った。エリカが表情をこわばらせ、そして何かに耐えるように  
ぎゅ、とこぶしを握ったのがわかった。  
彼女の返答を聞いてはいけないと何かが警告するが、意識をそらすことができない。  
「約束、したから」  
震える彼女の声。その声を聞いた瞬間、オズウェルの中で何かのスイッチが入った。  
 
嫉妬とも怒りとも焦燥感ともつかないなにかにせきたてられ、エリカをドックの壁に押し付ける。  
きゃっ、と声を上げて、エリカはオズウェルを見上げた。事態が把握できない。  
アレックさんのことは、たしかに私たちにとってデリケートな問題だけど、と  
エリカは混乱する頭で考える。  
でも話を振ってきたのはオズウェルだし自分はそれに返事をしただけだ。情けなくも声は震えてしまったけれど。  
だから今の会話のなにが彼の気に障ったのか見当もつかない。  
「あの、オズウェル?」  
エリカが未だ困惑から抜け出せない状態のまま、唐突に二人の唇が重なった。  
 
いきなりのことに驚き、半ば硬直しているエリカをよそに  
オズウェルはエリカのつなぎのボタンをはずし、キャミソールの中へと手を滑り込ませる。  
そのことに驚き声を上げてしまったのがまずかったのか。  
「やっ、オズウェル、どうし・・・んっ」  
口を開いた隙に、オズウェルの舌がエリカの口内に侵入してきた。  
ぴちゃり。くちゅり。  
舌を絡めとられ吸われる濡れた音がドック内に響きわたり、エリカはようやく  
自分が今オズウェルに襲われているという事実を認識した。  
「オズ・・・ウェル、んっ、やめて、ねぇ、オズウェルっ・・・」  
なんとか逃れようとするがさすがに力の差は明らかだった。  
息の合間の途切れ途切れの抗議もオズウェルはまったくの無視だ。  
オズウェルが何一つとして言葉を発しないこともエリカの不安を更に煽る。  
オズウェルの唇は首筋をたどり、鎖骨の辺りまで下ってきていた。  
ブラ越しにエリカの胸を揉んでいた彼の手がとうとうその中へともぐりこみ、キャミソールと一緒に  
たくし上げられ、ふくらみに直接手が触れる。同時にオズウェルの唇がその頂に吸い付いた。  
「やだ、オズウェル・・・ふぁ・・・ひゃぁんっ・・・!」  
おそろしく甘ったるい声がでて、エリカはあわてて口を閉じた。  
なんで、オズウェルが。こんなこと、やってはいけない。アレックさんへの背信行為だ。  
オズウェルだって、わかってるはず。なのに、なのになんで!  
言いたいことは色々あるのに口を開くと全て喘ぎ声に変わってしまいそうで、  
エリカはオズウェルの舌と指がもたらす感覚に耐え必死に唇を噛みしめた。  
 
「なけよ」  
一言も、それこそ嬌声も抗議の声すらあげず頑なに口を閉ざすエリカに業を煮やしたのか  
ようやくオズウェルが言葉を発する。が、そのことに驚いたのはむしろオズウェル自身であった。  
なけよ、といったのは自分なのに、啼けよなのか泣けよなのかも判然としない。  
いや、この状況で前者だと断言できないあたり、むしろ泣けよに近いのか。  
「なんで・・なんでだよ。俺じゃダメなのかよ。俺だってお前が・・・くそ!何でアレックさんなんだよ!」  
 
愛撫の手を止めて絞り出すように話し始めたオズウェルの様子に異変を感じて、エリカはさまよっていた視線を  
オズウェルに向けその表情を伺おうとする。いま、オズウェルはとんでもないことを言わなかったか。  
俺じゃダメなのかよって、俺だってって、つまり、そういうことなのだろうか。オズウェルは、私のことを。  
そんなエリカの動揺に気づかずオズウェルはなおも続ける。  
「何で泣かないんだよ。あの人の、アレックさんの名前をどうしてよばないんだ。助けてって、  
 アレックさんって、言ってやれよ。俺にこんなことされてていいのかよ。いいから泣けって。  
 なんでいつもお前は泣かないんだ、どうして、」  
「ごめん、ごめんなさい、オズウェル」  
エリカの謝罪に言葉をさえぎられ、オズウェルは驚いて顔を上げた。ようやくエリカと目が合う。  
支離滅裂なことを言った自覚はあった。今まで黙っていた反動か、整理のつかないままの  
己の胸中をそのまま言葉にしてぶつけてしまっていた。エリカの抵抗を力づくで封じておいて、  
俺にこんなことされてていいのかよという科白は無いだろう。だいたい、俺じゃダメなのかよなんて  
こいつに言うつもりはなかったのに。暴走して、俺の気持ちだけまくし立てて。  
この状況ではどう考えても謝罪すべきは俺の方だ。  
なのに、どうしてエリカが謝ってるんだ。  
「・・・なんでお前が謝るんだ」  
「私、自分のことでいっぱいいっぱいで、オズウェルのことまで気が付けなくて。  
 でも、駄目なの。私、アレックさんに、いつまでも待ってるって、そう、約束したから、だから、  
 オズウェルの気持ちにはこたえられない」  
「約束したからって、お前は約束だから待ってるのかよ」  
「だって、待ってますって言ったのは私の方だから。自分からした約束なのに、反故にはできない」  
「そういうことじゃない!」  
言いたいことがエリカに伝わらないのがオズウェルにはもどかしかった。お前は、約束に縛られてるだけでいいのか。  
怒鳴るような声に体を震わせたエリカをみて、その言葉はなんとか飲み込んだ。でも事態はまったく好転していない。  
さっきは力で、今度は言葉で、エリカを傷つけている。  
つかの間訪れた沈黙を破ったのはエリカだった。  
 
「約束に、」  
「え?」  
「約束に、縛られてると、そう、オズウェルはおもっているの?」  
「違うのかよ」  
エリカはかぶりをふった。  
「違う、そうじゃないの。もちろん、私は約束を守るつもり。でも約束それ自体のために、アレックさんを  
 待ってるわけじゃない。私が、アレックさんとの約束を守っていたいから。  
 ・・・・・・アレックさんが好き。大好きなの。アレックさんは、必ず戻ってくるって言ってくれた。  
 だから、私もいつまでもアレックさんを待つって決めたの。私が、そうしたいの。  
 たしかに約束だけど、これはある意味では私のわがままだから」  
声は震えていたものの、エリカはきっぱりと言い切った。  
ふられた挙句目の前で盛大にのろけられたにもかかわらず、オズウェルは安堵した。  
こいつは約束に縛られてたわけじゃない。全部、こいつが選んだ事だ。  
たしかに、こいつが無理してふるまっていたのはアレックさんのせいではあるけれど、でもこんな状態の  
エリカからこれだけの強さを感じさせる言葉を引き出したのも、やっぱりあの人で。  
結局、俺が入り込む余地なんてなかったってことかよ。  
嵐のように吹き荒れていた心の中が、平静を取り戻していく。  
と、とたんに理性が戻ってきて、彼女と自分の状態を正しく把握しようとしはじめる。  
俺は壁際にエリカを追いつめてて、そのエリカは・・・  
あわててオズウェルは後ろを向いた。何故今までこんな状態で話ができていたのか。  
 
「オズウェル?」  
「何ぼーっとしてる、早く服を着ろ」  
「!!」  
ようやくエリカも我に返ったようだった。息を呑む音のあと、僅かの衣擦れ。  
 
その間オズウェルは彼自身の約束の事を思い返していた。  
夕暮れのドックで交わした、アレックさんとの約束。  
あの人は、俺の彼女に対する想いにもとっくに気づいていたようだった。その上であの人は。  
君にこんな事を頼むのは図々しいとわかっている、でも、聞いてほしいんだ、そう前置きして。  
自分がいない間、エリカを頼む、と言ってきた。  
そして結局――俺はその約束を引き受けた。  
俺の気持ちを知ってるくせに、どうして、と思った事もあった。俺がエリカに手を出さないと  
本気で思っていたのかと、そうたずねたい事もあった。なんて自分勝手な人だ、とも。  
でもきっと、そうじゃない。人の心に聡いあの人のことだ、全部お見通しだったんだろう。結局俺にはエリカを  
悲しませるようなことはできないってことも、エリカがあの人のことを待ち続けてしまうだろうことも。  
きっと全てわかった上で、あの夜俺に話をしに来たんだ。  
なんだか手のひらで踊らされていたようで悔しい。ああやっぱり、なんて自分勝手な人だ。  
でも敵わないなと、そう思えた自分が新鮮だった。アレックさんのほうが俺より16も  
年上なんだから、敵わないのは年の功のせいだと、そういうことにしておこう。  
そこまで考えたところで、おずおずともう大丈夫という声がして、ようやく振り向く。  
そして今更ながらに、エリカにまだ一言も謝っていないことに思い至った。  
 
「あの、オズウェル、さっきの事だけど」  
「悪かった、二度としない」  
「・・・うん」  
いったん言葉を切ってオズウェルはエリカの様子を伺った。オズウェルを怖がるでも、  
無理をしているわけでもなく、ただ少し戸惑っているだけだといった感じでたたずんでいる。  
ああ、なんて強いやつだ、とおもった。多分、許してくれるってことなんだろう。  
その事に安堵する自分が幾分情けなかった。  
「・・・本当に、悪かった」  
「・・・うん。でも、私のことを心配してくれてたのは、わかったから。だから、もういいの。  
 この話は、これでおしまい。・・・あの、私たちも早くここを片付けて食堂にいかない?  
 私たちの夕食もだけど、フギンとムニンのこと、すっかり忘れてるでしょう?はやくいって  
 ティノさんからえさをもらってこないと。きっとあの子達もおなかをすかせてるわ」  
「ああ、そういえば」  
エリカがいつもの調子に戻ったのを確認する。きっと、もうこの話は蒸し返さない方がいい。  
そうオズウェルは判断して、会話の糸口を作ってくれた二羽に感謝しつつ、あえていつもどおり、  
何事もなかったかのように振舞う事にした。他愛のない会話をしながら、工具箱を片付け、  
照明を消し、ドックを後にする。  
 
二人で歩きながら、エリカとなんでもない会話ができるようになったきっかけもあいつらだったなと  
オズウェルは思い出す。フギンとムニンの世話をしてるところをエリカに見られて。  
その秘密を共有したとき以後、こいつと話すのが苦ではなくなったような気がする。  
そういえばどうしてあの時エリカは俺を探していたのだったか――その答えに行き着いた瞬間、  
盛大にため息を吐いてしまった。そうだ、あれは。俺とエリカの仲の悪さを見かねた  
アレックさんが、二人も補給班に同行してみたらと提案して。そのプランをけって逃げた俺を、  
エリカが探しに来たんだった。ああ、ここでもアレックさんに敵わないのか、まったく。  
いきなりため息を吐いた俺をエリカが不思議そうに見上げる。なんでもない、そういって、  
俺は食堂への歩みを幾分速めた。アレックさんが帰ってきたら、今日の事をどう説明しよう、と  
考えながら。  
 
 
 
数日後。またあいつに昇進、異動の話があったらしい。やっぱり断ってたあいつと、  
また約束の話になった。今度は俺もあいつも平気で話せた、というか、俺の  
アレックさんとの約束を話してしまう羽目になってしまった。やっぱり言うんじゃなかったなと  
思いつつも、約束は守るもんだろ、なんてこの前のあいつみたいな事を言いつつかわそうとしたら。  
「うん、守るべきだね」  
なんて予想外の声が飛んできて。  
顔を向けるとそこに、アレックさんがいた。エリカは確かめるのが怖いのかまだ振り返らない。  
「すまない、エリカ。色々あって待たせてしまって」  
二言目でようやく確信を得たのか、あいつが勢いよく振り返って、アレックさんに飛び込んでいって。  
そこからはなんかもう、二人の世界だった。ただいまやらおかえりやらに留まらず、  
愛してるよ、とか、私も愛してます、とか言いはじめるし。  
お前ら俺がいる事忘れてるだろ、とつっこむ元気もうせた俺は、よかったな、約束守れて、とだけ  
なんとか口にして、立ち去ろうとした。そのときのあいつは、あの日以来はじめて泣いていて。  
ああ、やっぱりアレックさんには敵わないなと思ったのはこの前から数えてもう何度目だろう。  
・・・・・・この前?  
そして俺は、数日前の出来事をアレックさんにどう説明すべきかと言う問題が未解決だった事を  
思い出し、盛り上がってる二人を前に頭を抱えた。  
 

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