健太の身体にのしかかりながら、その可憐な唇を健太の男根に寄せてくる果林。  
 
 健太は「やめろ」と言いたかった。  
 いくら好きでもそこまでしてもらわなくてもいい、と言いたかった。  
 
 でも健太には断れなかった。  
 果林の唇がつややかに光って、柔らかそうな舌がその中に見えてしまったから。  
 果林の舌の柔らかさを亀頭で感じてしまったから。  
 
 果林のねっとりとしていながらもザラザラとした舌が健太の亀頭に刺激を与えてくる。  
 
 健太は生まれてこのかた、こんなに激しく勃起したことはない。  
 健太の勃起は果林の舌から逃げるように自分のへそに向かって猛々しく反り返る。  
 果林は反り返る健太の剛直に顔を押し付け、舌で追いかけるように舐め上げる。  
 
 一番敏感な粘膜に果林の唇と舌がまとわりつき、健太に今まで体験した事のない  
快楽を与えてくる。  
「ふうっ…ぐっ…」  
 健太は唇を固く噛み締めながら鼻からこらえきれないため息を漏らす。  
 
 果林は小さく口を開け、ついばむように亀頭に唇を這わせる。  
 健太の性感帯の上で唇が閉じられる。  
 唇で甘噛みされ、舌で撫でられ、果林の粘膜と健太の粘膜が触れ合う。  
 
――果林の…唇、や、柔らかくて……や、やわらかk  
 
 果林の唾液が健太の亀頭を濡らしていく。  
 健太は何も考えられない。  
 ただ蕩けそうな快楽に必死に耐えている。  
 
 
 そして、果林は意を決したかのように口を大きく開け、舌を出しながら  
健太の勃起に口を寄せてくる。  
 
 
――!!  
 
 入った。入ってしまった。  
 健太は自分の勃起が果林の口の中に入っているというすぐ目の前の光景を  
信じられないでいた。  
 
--------------  
 
 健太の肉棒にキスを繰り返しながら、果林は好きな男の子の顔を見上げてみる。  
――あ。…すごい。雨水君、とっても気持ちよさそうな顔してる。  
 眉根を寄せ、緩む頬を食いしばりながら愛撫に耐えている健太の表情はかりんの臍の奥辺りを  
炙るように熱くさせていく。  
 その表情はかりんの下の粘膜がズキズキと充血させていく。  
 
――どうしよう。  
――もっと、ずっと、してあげたい……  
――でも……え、えっちなコだって、思われないかな?  
 
 果林の心に浮かんだそんな想いも、世界で一番大切な男の子の体臭を嗅ぎ、  
幸せそうな表情を見てしまったとたんに霧消してしまう。  
 
 果林は唇を開き、健太の肉棒を口の中に迎え入れた。  
 
 
 果林の口の中に生臭くも苦い味が広がっていく。  
 健太の匂い。健太の匂いを何十倍にも濃くしたかのような味。  
 果林にとってはその味はまったく不快でもなんでもない。  
 それは脳の芯を甘く溶かしてしまうような感覚でしかない。  
 
 果林は口の中で健太の肉棒に舌を這わせる。  
 
 そもそも男の子の性器なんてこれまで見たこともない果林だったが、  
ただ健太のことが愛しいのと、  
麻希が貸してくれた女の子向け雑誌のえっち特集記事の記憶と、  
すでに経験しているクラスメイトたちのしていた噂話を必死に思い出しながら  
口での奉仕をしてみる。  
 
 
――は、歯は…立てちゃだめなんだよね。  
 
 
 
------------------  
 
 
 
――熱い。真紅の口の中、どろどろでものすごく熱い…  
 粘りつくような頬の内側の粘膜の感触。  
 一番敏感な部分を柔らかな舌で愛撫されている。  
 しかも、その舌は好きだと告白したばかりの少女のものなのだ。  
 まるで脳を直接舐められているような、激しすぎる快感に健太はこらえきることができない。  
 
「ま、真紅……」  
 
 視線を宙にさまよわせながら健太は少女の名を呼ぶ事しか出来ない。  
 
 雁首を唇で輪のように刺激される。  
 一番敏感な亀頭の裏側を舌で撫でられる。  
 ねっとりとしていて、それでいて微妙なザラザラ感のある舌で健太の亀頭は  
包み込むように撫でられる。  
 
 上あごの内側に亀頭の上を押し付けられたまま、  
敏感な裏側を舌先でくすぐるように刺激される。  
 
 健太の肉棒は限界まで愛撫されている。  
 
 
 
 
 
 
 健太は自慰をしたことがないわけではない。  
 どうしても昂ぶって仕方ないとき、こっそりトイレにこもって  
猛りきった肉棒を擦ってみた事は何度かある。  
 ただでさえ性に対して罪悪感を抱いている健太のことだ。  
 果てた後の死にたくなるほどの後悔と自己嫌悪は欝になるくらい酷いものだった。  
 
 
 その、たまにする手淫のときとは比べ物にならないほどの快楽が  
健太の脊椎を爆流のように駆け上ってくる。  
 
 
 口の中に感じる健太の勃起の硬さ。熱さ。  
 その熱は果林の身体の芯をとろとろに溶かしていく。  
 
「ま、真紅……苦しくないか?」  
 健太の声は果林にはたまらなく優しく響く。  
「苦しかったら、無理しなくても……いいから」  
 必死になにかをこらえながら健太はそう口にする。  
 
――雨水君、やっぱり優しい…  
 首を振る果林。しかし口に男性器を咥えたままだ。  
 
「うわっつっ!」  
 一番敏感な粘膜に歯が当たってしまい健太は驚いた。  
 反射的に飛びのく健太。  
「ご、ごめん……痛かった?」  
「い、いや、ちょっと、ビックリ、しただけで…大丈夫」  
 
「こ、今度は痛くしないから……また、舐めても、いい?」  
 涙目で、頬を染めながら懇願してくる果林に健太は抗えなかった。  
「あ、ああ…き、気持ち…良かったし」  
 
 大好きな相手を気持ちよくさせることができた。  
 一番好きな男の子に、喜んでもらえた。  
 その想いが果林の胸の中にさらなる蜜を生み出していく。  
 
 果林の高まった体温が再び健太の性器に口づけられる。  
 
-----------------  
 
 熱い粘膜は健太の亀頭を撫で回していく。  
 果林の舌が擦りあげるたび、健太の肉棒からは底無しの快楽が生まれて  
健太の脳を白く染め上げていく。  
 
 下腹に感じる、果林の荒い息遣い。  
 太股に触れるか触れないかの果林の髪の毛の先の感触。  
 そういった全ての感覚が健太の興奮を昂ぶらせていってしまう。  
 
--------------------  
 
 快楽の奔流に翻弄されつつも、健太は射精できないでいた。  
 愛しい少女の口の中に発射してしまわないように、無意識に抑制していたのかもしれない。  
 ただ未体験の快楽が大きすぎて、どうしても絶頂を迎えることができない。  
 
「ひほひいい?」  
 口に咥えたままで果林は尋ねてくる。  
 
 じぶんの一物を必死になって頬張っている果林の顔。  
 上目遣いで献身的に男根に吸い付いている。  
 
「あ……すげー、イイ…」  
 健太は思わず果林の顔に手が伸びる。  
 自分のモノを咥えている果林の頭を撫でる。  
 サラサラの髪の毛が掌に心地いい。  
 
「ほはっは」  
 そう言う果林の涙を湛えた瞳が健太の目を射ぬいた。  
 
 熱に浮かされたような、でも健太を心から想っている心が溢れている瞳が、  
健太の男のシンボルを咥えたまま上目遣いで見つめてきている。  
 
 その視線が合った瞬間、健太の全身を衝撃が襲った。  
 
 こんな…こんな俺の、こんな汚いモノを、口いっぱいに頬張ってくれている。  
「ま、真紅ぁっっ!」  
 身体の奥深くからこみ上げてくる熱情。  
 
 健太の視界が真っ白になる。  
 銃撃のように激しく噴出する健太の粘液。  
 びゅくっ、びゅくっ、と果林の口の奥に白濁を噴出してしまう。  
 
 喉に入ってむせたのか、唇から勃起を吐き出してしまう果林。  
 唇から離れても、健太の射精は脈動しつづける。  
 びゅ、びゅっ、と続く発射が果林の顔を白く汚していってしまう。  
 
 腰の中が空っぽになるほどの噴出。  
 今までにないくらいの大量の精が、果林の顔を白く染め上げていく。  
 
 あまりの快感に健太はどうすることもできない。  
 
---------------  
 
――雨水君が。  
――雨水君が、頭を撫でてくれた!  
――きもちいい、って言ってくれた!!  
 
 それだけで、果林の女の子の部分はスカートを汚してしまうほど熱く濡れてしまう。  
 口の中に広がる健太の先走りの体液の味。  
 鉄にも似た、熱い味。  
 果林はその味を感じるだけで至福の多幸感に酔いしれてしまう。  
 
 
 そして口の中に熱い爆発を感じた。  
 
-----------------  
 
 顔面に放出してしまった。  
 健太は慌てて果林の顔を拭おうとティッシュの箱に手を伸ばすが、  
果林は顔についた精液を指ですくってしげしげと見つめている。  
 
 そして果林はその精液のついた指を唇に運んだ。  
 陶然とした表情で健太の精液を舐める果林。  
 
「なっ…! 馬鹿、ま、真紅! 吐けって。汚いだろ」  
 慌てて果林に怒鳴る健太。  
「汚くないよ! だって雨水君のだもの!」  
 それにたいして真顔で健太に言い返す果林。  
 
 健太はズキリと胸の中が痛くなった。  
「……なんで…」  
 健太は胸の中が痛くなった。  
 こんな自分の、出したものを舐めてくれている。  
 そんな女の子のことを好きだ、と心底思ってしまっている。  
 
「……男の子って、自分の出したアレを飲んでもらうと嬉しい、って…  
麻希の貸してくれた雑誌に書いてあったの」  
 
――時任のヤツめ!  
 と健太は思いつつも自分の放出した精を舐め取る果林の仕草には興奮を感じてしまう。  
 
「イヤだった?」  
「い、イヤじゃない…けど、真紅は…いいのか」  
「いいよ! だって雨水君のことだったら全部大好きだもん」  
 頬を染めながら、真っ正直に果林はそう吐露する。  
 直後に、自分の口にしたセリフに赤面する果林。  
 照れながら  
「…上、脱いでてよかったね」  
 と、Eカップの胸にこぼれた健太の精液を指ですくいながら、果林は微笑んだ。  
 
 
 
 もう健太はどうしようもなくなっていた。  
 
 健太の心臓が胸の中で暴れている。  
 半裸の真紅を見ていると、全身の細胞がざわめきだしてしまう。  
 スカートだけを身に着けたヴァンパイアの少女。真紅果林。  
 この少女の事が好きすぎて、切なすぎて、健太の胸がズキズキと痛くなる。  
 
 どうしようもなく、真紅のことが欲しい。抱きたい。  
 
 健太は果林の顎を摘むと、キスをしようとした。  
 瞬間、それを拒む果林。  
「あっ…あの、雨水君の、飲んじゃったから…口、あんまり、その…」  
 精液を口にしたということでキスを拒もうとする果林。  
 両手で唇をふさいで健太の唇を防ぐ。  
 
 しかし健太はそんな果林の抵抗を無視する。  
 果林の細い両手首を片手で軽々と握り締めて唇をあらわにすると、強制的に口づける。  
 
 生臭い味がするが、健太にとってはそんなことはまったく気にならない。  
 
「真紅がしてくれたのに、汚いわけないだろ」  
 
 唇が離れた後で、息も荒く健太は果林にそう囁いた。  
 そういわれただけで、果林の瞳にはまた涙の雫が盛り上がってしまう。  
 
 
 
 健太は悩んでいた。  
 真紅のことが欲しい。どうしても、この少女の全てが欲しい。  
 
 でも生でしてしまったら、…子供ができてしまうかもしれない。  
 
 どうしよう。どうすれば。  
 
 
 
 
 
「あ」  
 
 健太はあることを思い出した。  
 
-------------  
 
 雨水君のコレ、雨水君の味なんだ…  
 苦いともえぐいとも言いがたい味の健太の体液を味わいながら果林は  
心の底から幸福を感じている。  
 大好きな男の子に、奉仕してあげられる喜び。  
 目つきの悪い、でもものすごく優しい、誰よりも大切な人が  
自分のことを見てくれている。  
 自分を感じて、気持ちよくなってくれている。  
そういう想いは果林の女の子の芯をじゅくじゅくと熱くたぎらせていってしまう。  
 
 キスを拒んだ果林の手を軽々と払いのけると、健太は今までに無い情熱的なキスをしてくる。  
 
 手首に感じる健太の掌の大きさ。熱さ。  
 果林の両手を軽く自由にしてしまうくらいの力強さ。  
 キスされながら、果林はこの大好きな男の子を全身で体感し、さらに昂ぶっていく。  
 
 いまや果林の全身の細胞一つ一つが、健太のことを愛しい想いで震えている。  
――雨水君に抱かれたい。  
――雨水君と一つになりたい。  
――雨水君のことを、もっともっと知りたい。感じたい。  
――雨水君を、もっと気持ちよくさせてあげたい。  
 
 果林は生まれて初めて感じる熱い感情に全身を震わせながら、健太の胸に抱かれていた。  
 
-------------  
 
 何度もキスされ、果林の心臓は激しくビートを刻んでいる。  
 唇が健太の舌で割り裂かれ、歯や舌を舐められ、吸い取られる。  
 健太の唾液を流し込まれ、吸い上げられる。  
 
 健太の体液を飲まされ、健太に体液を吸われ、果林の女の子はどろどろに  
熱く溶けている。  
 制服のスカートと靴下だけを身に着けている果林。スカートの内側は、  
もうすっかりこぼれた体液で熱く濡れている。  
――雨水君…  
 そう胸の中で呟くだけで、じくじくと身体の内側から染み出してくる熱いたぎり。  
 果林はもうスカートの一部を黒く濡らして、淡い色の女性器は男を受け入れる準備が  
すっかりできている。  
 
 抱きついているのか、抱かれているのかはもう判らない。  
 果林には健太の腕の力強さと、太股に押し付けられている健太の腰の一部分が  
熱いことしか感じられない。  
――雨水君……したいんだ……  
 健太の勃起を肌で感じて果林は恍惚を覚える。  
 
――もしできちゃっても、かまわない。  
 大好きな、世界で一番好きな男の子と一つになれるのなら、どうなっても構わない。  
 果林は呆けきった頭でそう考えていた。  
――あ……文緒さんも。高校生のとき。同じことを感じてたのかも。  
 頭のどこかでうっすらとそう思いながら、果林は健太を熱く濡れた瞳で見つめる。  
 どこか苦悩しているような健太の表情。  
 そんな健太のことを幸せにしてあげたい。  
 キモチイイって、感じさせてあげたい。  
 
「雨水君…」  
 果林の唇がそう動いたとき、健太も同時に口を開いた。  
 
「…真紅」  
 
「……じつは俺、避妊具持ってたんだ」  
「え?」  
 
 健太は財布の中からキャンディみたいなパッケージを取り出す。  
 でもなぜか表情は暗い。  
 
 きょとんとした果林の表情を誤解して、健太は必死に言い訳を始める。  
「ち、違うんだ! コレはその……霧丘がくれたヤツで……。  
 学校で渡されたから捨てるに捨てられなくって……それだけなんで、  
 真紅をどうこうしようって気は全然なくって――」  
 言っているうちに暗く沈んでくる健太。  
 真っ赤になってうつむきながらそう言い募る健太の唇を果林の唇がふさいだ。  
 
 両手の細い指で健太の顎を捧げるように掴むと、果林は健太の唇に自分の唇を押し付け、  
舌根を絡ませるように口づける。  
 健太の口裏の粘膜を果林の舌先がなぞる。  
 
 健太がしてくれたキスの仕方をそのまま真似してみた果林は  
真っ赤に頬を染めながら微笑んだ。  
 
「あ、あのね、あたし……雨水君のこと、ちゃんと判ってるから!  
 雨水君マジメだから…!  
 そんな、えっちな目であたしを見たりしたこと無いってこともちゃんと判ってるよ」  
 
 照れながらも、そう言う果林の微笑みは健太の胸に痛いほどの切なさを生み出す。  
 
「でもね……雨水君だったら、何をしたって大丈夫なんだよ?」  
「あたし、雨水君が好きで…すごい好きで、だから、だからね……  
雨水君の喜ぶことならなんでもしてあげたいの!」  
 
 真っ直ぐに自分の気持ちを伝える果林。  
 照れながら、恥ずかしがりながらだが、その真っ赤に染まった顔を  
健太に真っ直ぐ向けてそう言い募る果林のことを見ていると、健太の胸の中は  
痛みを持つくらいに切なくなってくる。  
 
 
――どうしよう。  
――ものすごく、真紅としたい。真紅と一つになりたい。  
 
 健太はそう思いながらも、胸のなかに暗い影を感じる。  
 
――いいのか?  
――しちゃっていいのか…?  
――「あやまち」?  
――コレが「あやまち」なんじゃないのか?  
 
――でも真紅は可愛い  
――ものすごく、可愛い…  
 健太は「高校生なのに、しちゃっていいものか」というお堅い悩みを胸の中にわだかまらせる。  
 
「雨水君は幸せ?」  
 暗い表情を浮かばせた健太にたいして唐突に真紅はそう訊いてきた。  
「え?」  
「雨水君は……あ、あたしと……その……え、え、えっち…で、できたら……幸せ?」  
 恥じらいながらも、果林のその瞳は健太を真っ直ぐに見ている。  
 
「あ…うん」  
 照れながらもうなずく健太。  
 
「あのね、雨水君が幸せで、あ、あたしも…幸せなんだよ?  
 だから、それって、悪い事なんかじゃ、絶対……絶対、ないよ!」  
 
 頬を染めながら、果林は健太に微笑みかけた。  
 
 その微笑が健太の胸の中の何かを打ち砕いた。  
 健太は何も考えられなくなっていた。  
 ただ、目の前の少女が愛しい。大切だ。誰にも渡したくない。  
 それだけを思っている健太は無意識のうちに果林の身体を固く抱きしめていた。  
 
 
 自分の腕の中で、丸くて大きな瞳が恥ずかしげな上目遣いで見つめている。  
 すこしだけ尖った八重歯気味の犬歯が唇から覗いていて、  
つやつや光っている丸い胸元からたちのぼってくる果林の汗のにおいが健太を  
ドキドキさせる。  
 目に痛いほど白い皮膚のなかにはかすかに青く色づいている血管すら透けて見える。  
 健太は決意をした。  
 果林にもう一度、名残惜しそうにキスをすると健太は身体を離した。  
 
「じゃ、じゃあ…ふ、布団…敷く」  
 健太は押入れから布団を取り出す。  
 
 そんな健太を見ながら、果林はスカートの裾を握りつつもじもじしながら健太に尋ねた。  
 
「あ、あの、あたしは大丈夫なんだけど、  
…もしかしたら、文緒さん、そろそろ帰ってきたり…したり…しない?」  
 
 健太は今になってようやくその危険性に気づいた。  
 
「…あ、たしか…今日は棚卸しで遅くなるとか言ってたから……大丈夫、だと思う」  
 
 頷きながら、果林はスカートを脱いだ。  
 丁寧にそれをたたみながら、靴下も脱いで制服の横に並べる。  
 
「へへへ…なんか、恥ずかしいね」  
 
 そういいながら、果林は胸と股間を手で隠しながら、健太の敷いた布団の上に  
正座をする。  
 
 
----------------  
 
 
ドキン。  
ドキン。  
胸の中で心臓が暴れまわっている。  
――一つになれる。あたし、雨水君とひとつになれるんだ……  
 
健太の胸がキリキリと甘く痛みを覚え始める。  
――真紅と、できるんだ。真紅と……  
 
 健太はコンドームのパッケージを覚束ない手で開けると、避妊具を取り出す。  
 
 どうやってつけたものか悩む健太。  
 
「あ、あたしが…つけてあげるね」  
「え…なんで」  
 健太の疑問。「どうしてつけ方を知ってるんだ?」に果林はすばやく答える。  
「ほ、保健の時間に、習ったの…」  
「や、役に立つなんて…思わなかったけど」  
 
 そういいながら、くるくると健太の勃起にコンドームをかぶせる果林。  
 果林の指の感覚が健太の男性をぴく、ぴく、とさらに興奮させる。  
 
「真紅…」  
「うん」  
 
 果林を仰向けで寝かせると、健太はその小柄な身体の上に覆い被さる。  
 
 薄いゴムで覆われた男性の先端を濡れきった果林の処女地帯に押し当てると、  
ゆっくりと上下に動かす。  
 それだけで、思わず達してしまいそうになる快楽が健太の脊髄を駆け上ってくる。  
 
 今まで誰にも触らせた事のない、果林の粘膜。  
 それが今、健太の男根でくつろげられ、撫でられ、押し広げられていく。  
 
 内側から分泌される愛液でとろとろになった女陰は、撫でていく健太の男性器を  
名残惜しそうに食い締めて、離れるのをとどめようとするかのように吸い付きはじめる。  
 
「う、雨水くぅん」  
 
 瞳のはじに涙を盛り上げながら、果林は大好きな男の子の名を呼んだ。  
 
「真紅っ…!」  
 
 健太は身体の下のヴァンパイアの少女にそっと囁くと、自分の分身を  
ゆっくりと最愛の少女の秘部に沈みこませていく。  
 
------------------------------------  
 
 健太は身体の下のヴァンパイアの少女にそっと囁くと、自分の分身を  
ゆっくりと最愛の少女の秘部に沈みこませていく。  
 
------------------------------------  
 
――熱い…  
――雨水君の、すごく熱い…  
 自分の入り口を寛げながら入り込んでくる健太の分身。  
 ぴく、ぴく、と脈動しながらぬるぬると果林の粘膜を広げながら沈み込んでくる。  
 
――熱い…  
――熱いよ…雨水君…  
 夢うつつのなか、果林は自分に覆い被さる健太の体温を感じていた。  
 ギリギリと自分の中を押し広げる健太の剛直。  
 果林はその痛みを自分とは違うどこか他の所の事のように感じている。  
 ただ粘膜に感じる強烈な熱と、すぐ上にある健太の顔だけが果林の全てだった。  
 
 少しづつ、自分の奥深くに入り込んでくる熱の塊。  
 
 つぷり。  
 
 そんな音が身体の奥でした、気がした。  
 
---------------------------------------  
 
 微妙な抵抗。そしてそれを破って、じわじわと健太は自分の分身を果林に  
沈めこんでいく。  
 健太の剛直が、果林の初々しい粘膜をこじ開けて入り込む。  
 背筋に震えが走るほど、気持ちがいい。  
 健太は生まれて初めての感覚にしばらく動く事さえできないでいた。  
 
――ま、真紅と…して…してるんだ  
 
 身体のすぐ下には果林の丸く開かれた瞳。  
 じんわりとその淵に涙が盛り上がってくる。  
 
「う…すいくん…」  
「真紅………その、痛くないか?」  
「ううん……全然、大丈夫」  
 果林がそう言って荒い息を吐くと、その衝撃で柔らかい襞が健太の粘膜を絞るように  
まとわりついてくる。  
 今まで感じた事のない柔らかさに果林の中でさらに昂ぶる健太の男性器。  
 快感のあまり、果林の体内でびくびくと脈動する。  
 そのたびに果林は「ひくっ」と身体を震わせるが、でも気丈に微笑んでいる。  
 
「大丈夫じゃないじゃないか! やっぱり――」  
 
 ガシッと果林の肩を掴み、自分の分身をゆっくりと引き抜こうとする健太。  
 
「ち、違うもん! うれし涙だもん!」  
 果林は健太の腰に足を絡ませて抜かれるのを防ぐ。  
 腰が大きく揺れ、一番奥にまで健太の勃起が沈みこむ。  
 男を初めて受け入れている処女肉が悲鳴を上げる。  
「…ひっ」  
 身体を弓なりにそらしながら、唇を固く結んで果林は声を殺す。  
 そしてうっすらと汗をその顔にしぶかせながら健太に懇願する。  
「あ、あたしのこと……好きだって言うなら、お願い。  
最後まで、ちゃんと、して」  
 汗で濡れた頬に髪の毛を数条貼り付けたその表情は、  
今まで見たことが無いくらい、色っぽく、可愛らしく、  
…健太にはそれが限りなく愛しく思えた。  
 
 頭一つ分小さい果林が、自分の身体の下から上目遣いで懇願してくる。  
 
 泣きながら微笑む、果林の表情。  
 
 それを見ると健太の心臓がぐっ、と何かに掴まれたかのように痛くなる。  
苦しくなる。切なくなる。  
 じわじわとその熱は体中に広がっていく。  
 
――こんなに…こんな、いい子が。  
――俺の事を想ってくれている。  
――自分が痛くて辛いのに、それでも俺のことを…  
――泣きそうになりつつ健太は果林を抱きしめて、耳元に囁く。  
 
「……あんま痛かったら、言ってくれよ。ゆっくり、動くから」  
 
 胸の中に果林を抱きしめたまま、健太はゆっくりと腰を深く沈める。  
 肉棒に果林の柔らかな粘膜の苦しいくらいの圧力を感じる。  
 ぎちぎちと食い締めてくる圧力を感じながら、再びゆっくりと引き抜きはじめる。  
 抜こうとする男根を引きとめようとするように果林の処女の肉筒はまとわりつき、  
健太を限界近くまで刺激する。  
 
------------------------------------------------------------  
 
 健太の肉竿が果林のなかに深く入り込んでくる。  
 今まで感じた事のない圧迫感に耐えながら、果林は痛み以外の感覚を覚え始めている。  
 
 健太の胸板に押し付けた乳房がそっと撫でられる。  
 布団のシーツを掴んだ掌に健太の大きな手が重ねられる。  
 乳房を揉まれると、その芯から甘い電流が流れてしまう。  
 首筋を撫でられると、触れた肌が焼けてしまいそうなほど熱くなる。  
 掌を掴まれると、骨が溶けてしまいそう。  
 手の、胸の、腰の、健太と触れ合っている皮膚から狂おしいほどの熱のようなものが  
あふれ出してくるのを果林は感じていた。  
 
「痛くないか?」  
 そう言うと健太は果林の後頭部に手をやる。  
 撫でるように果林の頭を持ち上げ、自分の肩に押し付けるようにしてかき抱く。  
 
 その間にもゆっくりと健太の剛直は抽送を繰り返している。  
 健太を感じてあふれ出している愛液で、その動きにはもうさっきまでの抵抗は無い。  
 健太が往復するたびに高まっていく果林の想い。  
 果林の痛みは健太に対する想いで上書きされてしまう。  
 
 
 ――離したくない。  
 離したくないよ……  
 
 果林は健太を深く受け入れ、強く抱きしめながらそう想っていた。  
 
 この世界で、たった一人。  
 たった一人だけ、あたしのことを受け入れてくれるひと。  
 だれよりも大事で、だれよりも大切な、そんなひと。  
 あたしはヴァンパイアなのに。  
 雨水君は人間なのに。  
 好きだって、言ってくれた。  
 大好きだって、大切だって言ってくれた。  
 ヴァンパイアでも好きだって、そう言ってくれた。  
 
――こ、こんなあたしのことを、そんな素敵なひとが。  
――「好きだ」って言ってくれるなんて。  
 
――嬉しい。  
――嬉しい。  
――うれしいうれしいうれしい……  
 果林は全身の骨がふにゃふにゃと溶け出してしまうような恍惚感の中にいる。  
 まぶたの奥から熱い喜びが湧き出てきてしまう。  
 
 果林は健太の腕の中で、目の淵に涙を盛り上げてしまう。  
 
----------------------------------  
 
 健太は果林と深く繋がったまま、力いっぱい抱きしめた。  
 小柄な体格なのにそこだけは平均以上のボリュームの果林のバストが  
健太の胸板との間で柔らかく変形し、胸の一番奥にある心臓の鼓動が伝わってくる。  
 
――真紅も、ドキドキしてるんだ…  
 
 健太にはそれが嬉しかった。  
 
 大好きな女の子が、自分と裸で触れ合って、喜んでいる。  
 
 果林に触れている腕から。  
 胸から。  
 下腹部から。  
 むず痒いような、痺れるようなうれしさが、喜びが溢れだしてくる。  
 
--------------------------------------  
 
「う…雨水君」  
 果林の溢れてくる気持ちが唇の中で転がりだす。  
「雨水君」  
 そう口にすると、胸の芯が一瞬だけ熱くなる。  
 その熱をもっと感じていたくて、果林は  
「雨水君」  
 再び口にする。  
 愛しい男の子の名前を口の中で転がすたびに、果林の世界は薄桃色の幸福に包まれていく。  
 
 健太の抽送が再び開始されるが、果林はもう痛みはまったく感じていない。  
 
-------------------------------------------  
 
「雨水君」  
 かりんの言葉が耳に入るたび、その響きが健太の心の一番奥深くに染み入ってくる。  
「雨水君」  
 その言葉に込められた想いが健太の心に染み渡る。  
「雨水君」  
 心の一番深いところ。  
「雨水君」  
 果林の言葉はその固くなった部分を柔らかく解きほぐしてくれるみたいで。  
「雨水君」  
 そんな自分を幸せにしてあげたい、と言ってくれる女の子がいること。  
「雨水君」  
 そのことだけで、自分は世界一の幸せ者なんじゃないかと思えてくる。  
 
「うすいくぅん」  
 吐息にも近い、かすかな囁き声が健太の耳を打つ。  
 
-----------------  
 
 
 自分の身体の上に感じる暖かい肉体。大好きな男の子。  
 好きになりすぎて、果林は怖くなった。  
――う…雨水君が、いなくなったら…  
――あたし、きっとたぶん絶対死んじゃう…死んじゃうよ…  
 そう思いながら果林は、ただ強く抱きつきながら、  
目つきの悪い恋しい男の名を呼ぶことしかできない。  
 
「雨水君」  
 
「雨水君」  
 
「うすい…くぅん」  
 
 
 
 
「 だ い す き 」  
 
 
 
-------------------  
 
 一突きごとに感じる、脳髄が痺れそうな快楽。  
 健太の肉棒は限界を超えるほどの刺激で爆発しそうになっている。  
 
 突く。  
 果林の肉筒は抵抗しながらも、押し広げられて健太の肉槍にきつい圧迫感を伝えてくる。  
 
 抜く。  
 ヴァンパイアの少女の処女肉は、健太の分身を名残惜しげに吸い付くようにしながら  
カリ首を擦りたてる。  
 泣きたくなるほどの快感に、健太は腰使いを緩めることができない。  
 ただ突く。ひたすらに。果林の柔らかい処女を蹂躙しながら、健太はいつしか  
愛しい少女の名を呼んでいた。  
 
 そして耳元に囁かれる果林の言葉。  
 
「うすいくん………だいすき」  
 
 果林の言葉。愛しい少女の口にする、甘い甘い言葉。  
 その言葉が健太の耳もとで囁かれる。  
 耳たぶが痒くなるほど近くから、最愛の少女が切ない声で呟いてくる。  
 それを耳にした瞬間、ゾクゾクするような快感が健太の背筋を駆け上ってきた。  
 白い快楽の爆発が健太の脊髄を吹き飛ばす。  
「くあっ、うっ……ふっ!」  
 思わず声が出てしまうほどの快感。  
「あっ、ま、真紅ぁっ!!!!」  
 脳が真っ白になってしまう。腰の中で何かが爆発してしまったかのような放出感。  
 底知れないほどの快感と、胸の中に満ちる充足感。  
 雨水健太は生まれてはじめての感覚に極まっていた。  
 
-----------------------  
 
「ま、真紅っ」  
 好きな人に、胸の中に抱いてもらえて、そう呼んでもらえる。  
 ざわざわと全身の毛が逆立つような快感。  
 体中全部の細胞が、一言名前を呼んでもらえるたびに喜びで騒ぎ出しているみたいだ。  
 
 だから果林は心の中の気持ちをそのまま口にした。  
 
 
「 だ い す き 」  
 
 
 果林の肉の中で、健太の肉棒が弾けた。  
 びくっ、びくっ、と震えるように脈動する健太のペニス。  
 経験のない果林にも、それが健太の絶頂の印だということは判った。  
 コンドーム越しでも感じられる健太のほとばしり。  
 その感覚は果林の全身からたやすく力を奪っていく。  
「ま、真紅ぁっ!!!!」  
 胸の下に押しつぶされながら、名前を呼ばれる。  
――う、うすい…くん……あ……あたしで…キモチよく、なって…くれたんだ…  
 子宮の奥から湧き出てくる暖かい気持ち。  
 女の子として、大好きな男の子を満足させてあげられた喜び。  
 そのふわふわした多幸感の海に浮かびながら、果林はただ脈動する  
健太の肉竿の感覚だけを感じていた。  
 どこにも力が入らない。  
 健太に必死に抱きつきながらも、果林は押し寄せてくる幸福感にどうしようもなくなっている。  
 
 その感覚は、果林の胸を切なく締め付けてくる。  
 抱き合う前の辛い切なさではなく、身体が甘くほどけてしまうような切なさ。  
――どうしてなんだろ?  
――涙が勝手に溢れてきちゃう。  
 果林は瞼の奥からこんこんと湧き出てくる涙に困惑していた。  
――雨水君のことが、こんなに好き。  
 
 
--------------------  
 
 
 脳を白く焦がしそうな快楽に押し流された健太だったが、数十秒の後には  
荒い息をしながら、ようやく果林の顔をまじまじと見ることができるようになった。  
 
「真紅?」  
 涙を流すその果林を訝しがる健太。  
 
「な、なんでも、ないの」  
 涙で頬に川を作りながら、涙声でそういう果林。  
「も、もしかして……イヤ、だったのか?」  
 憂いを帯びた健太の言葉を果林は必死になって否定する。  
「違うの! あ、あたし……雨水君が好きで、大好きで、好きで好きでしょうがなくって…  
その大好きな雨水君に、こんなことしてもらえて…すごく嬉しくて……嬉しくて……  
…そ、そう、思ったら、な、なみだ、勝手に…とまらな、くて…」  
 
 健太は自分の身体の下で泣きじゃくる少女の頭をかき抱くと、その後頭部をなぜながら  
自分の胸に押し当てた。  
 胸の中でぐるぐると渦巻く気持ち。  
――なんて言おう?なんて言えば?  
 
 答えはすぐに見つかった。  
「お、俺も……真紅のことが大好きだ」  
 改まってそう言う健太の言葉は果林の胸を撃ち抜いた。  
「う、う、ひぐっ、え、えぐっ、あ、あたし、あたしも、う、うす、うすいくんが、  
だ、だい、だい、だいすき……」  
 もはや言葉にならない果林。呂律の廻らない言葉を埋め合わせるようにただ強く、  
ひたすら健太の胸板にしがみつく。  
 
--------------------  
 真紅の中で、深く繋がっているだけで気持ちいい。  
 健太は大好きなヴァンパイアの少女と触れあいながら、そう感じていた。  
 
 触れ合う肌の感触。  
 汗のにおい。体臭。ほのかに香るシャンプーの匂い。  
 鼻をグスグス言わせながら、自分の名を囁いてくる果林の声。  
 肌から伝わる体温。  
 
 そういったもの全てが健太の身体の中で優しい暖かさに変わっていくみたいだ。  
 
「真紅……泣くなよ」  
 健太は身体の下のヴァンパイアの少女に優しく語りかけた。  
「あ、あたし、う、嬉しく、て、…ぐ、ひぐっ、う、うすぃ、くぅん」  
 
 それを見ていると、健太は胸の真ん中あたりが苦しくなってくる。  
 つぶらな瞳を涙で潤ませながら、ばら色に頬を染めた女の子が  
自分の名前を切なげに呼んでいる。  
 
――ヤバい。  
――真紅の泣き顔が、ものすごく、なんというか、その、来る。  
――出したばっかりなのに、また固くなって…マズい。  
 
 健太は腰をゆっくりと引き、繋がったままだった男根をゆっくりと果林の  
中から引き抜いた。  
 
「…く、ふっ……」  
 その刺激で果林は小さく声をあげてしまう。  
「あ、ゴメン…」  
 健太は慌てて謝る。  
 
「あ! ち、違うの! い、痛いんじゃなくて……なんか、離れちゃうの、寂しくて…」  
 視線を逸らしながら、恥ずかしそうに頬を赤く染めてそう口にする果林。  
 
――ヤバい。  
――やっぱ、真紅……か、可愛すぎる!  
 恥じらいながらそう言う果林の表情をこれ以上見ているとそれこそ抑制が  
効かなくなってしまいそうで健太は立ち上がった。  
 
 見ると、果林の健太と繋がっていた部分から血の混じった泡がシーツの上に垂れている。  
「血、出てるけど…痛くないか?」  
「ぅ、うん。大丈夫……あたし、う、うすいくんに、は、初めて…あげられて、  
う、嬉しくて……うれしくて…」  
 と、また果林の目からは涙が溢れてくる。手首で拭おうとしても、あとから  
あとから零れ落ちる涙が果林の頬に筋を作る。  
「泣くなって。タオルなんか持ってくるから――」  
 
 そう言いながら台所に向かう健太。  
 
 
 そのとき、カチャリと音がした。  
 安アパートの玄関扉が開く。  
 
 
 ガサ、という音。  
 スーパーのビニール袋が外廊下に落ちる音。  
 
 そこには雨水文緒が呆然とした表情で立ち尽くしていた。  
 
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 数秒間の沈黙の後、文緒が口を「あ」の形から動かし、声を出した。  
「…け……け…」  
「け?」  
「…健太ぁっ!!!」  
 文緒の掌が大きなテイクバックの後にフルスイングされ、  
バチーン、という大きな音が狭いアパートに響いた。  
 
「あんた、果林ちゃんになんてことしたの!!!」  
 
 裸のままの二人。  
 床には脱ぎ散らかされた制服。  
 布団の上で泣きじゃくる少女。  
 どうみてもレイプの後です。本当にありがとうございました。  
 
「え、あ、それは」  
 痛みというよりも驚きで呆けていた健太が言い訳を始めるよりも先に、  
文緒はパンプスを脱ぎ捨て、布団の上で女の子座りをしながら泣きじゃくっていた  
果林を抱きしめる。  
「果林ちゃん、ゴメンね。ゴメンね。健太がとんでもないことしちゃって…」  
「いや、その、だから」  
「健太は黙ってなさい!」  
 いつになく激しい口調の母の声に思わず健太は黙ってしまう。  
 
 戸惑いつつも文緒に説明しようと果林は口を開く。  
「あ、あの…」  
「大丈夫だから。すぐお医者さんに行って――」  
「あ、あの、その、違うんです!」  
「果林ちゃん、落ち着いて。大丈夫だから」  
「――違うんです、あたしが、して欲しいって、雨水君にお願いしたんです!」  
 
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 10分後。  
 
 ちゃぶ台に向かって湯気を上げるお茶を見つめている三人。  
 健太と果林はちゃんと服を着ている。  
 
「……ゴメンね、健太。私てっきり健太が果林ちゃんのことを無理矢理…」  
「…いや、いいんだ」  
「ゴメンなさい、あたしが泣いてたから誤解、させちゃって…」  
 
 再び沈黙が垂れ込める。  
 気まずい雰囲気の中、果林が唇を開いた。  
 
「あ、あの、……きょ、今日は…二人きりになって、う、雨水君が……ぎゅって、  
してくれて、キスしてくれて………そしたら、あたし雨水君のことがすごく、  
すごく好きで……好きだって判って…」  
 果林は丸い目に涙を溜めながら、真っ赤になって、それでも真剣に文緒に訴える。  
「そんな気持ちがぐるぐるして、止まらなくなって……それで、それであ、あたし……  
雨水君に、そ、その……………………だ、だ、抱いて……欲しいって、お願いしたんです」  
「……真紅」  
「だ、だから…雨水君は悪くないんです!」  
「違う! 俺がしたいからしたんだ! 真紅は…なんにも悪くない!」  
 文緒はそう言う健太に静かに言った。  
「健太」  
「…」  
「果林ちゃんはこう言ってくれてるけど、まだあなた達は高校生なのよ?  
それを一時の気持ちで女の子を――」  
 
 『一時の気持ち』と言われて健太は思わず反発してしまう。  
 親子二人きりの家族とは言え、この気持ちを否定されるのはどうしても我慢できない。  
――真紅が好きだ。大好きだ。真紅のことが、どんなものよりも大切だ。  
 それは少年が生まれて初めて覚えた感情だった。  
 自分なんかよりももっと大切なもの。  
 なにを犠牲にしても守ってやりたい、幸せにしてあげたい存在。  
 それを「一時の」で一言で済まされてしまうのが、健太にはどうしても許せなかった。  
それが母親の言葉だとしても。  
 
「か、母さん、俺、真剣だから。卒業したら就職して、真紅と一緒になるつもりだから」  
 
 暴走気味の健太は果林を抱いたときから考えていたことを思わず口にしてしまった。  
 
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 それを耳にした果林の頬は発火しそうなほど赤らんでいく。  
 ドキ、ドキと胸の鼓動が耳に聞こえそうなほど強く暴れだす。  
 
「う……雨水君……い、今……な……なんて、言ったの?」  
 
 果林がなんとなく考えていたのは、健太が側にいてくれればいい、健太の側にいたい、  
ということだけだった。  
 それだけしか望んでいなかった。それ以上を望むのは我侭すぎる、と思っていた。  
 
――種族が違うから。  
――あたしはヴァンパイアで、人間じゃなくて。雨水君は人間で、それもすごく……  
すごく、優しいいい人で。  
――そんな雨水君の側にあたしなんかがいたら、雨水君が不幸せになってしまうかもしれない。  
――でも、雨水君がいてもいいって言ってくれるなら、せめて……  
できるだけ長い間、一緒に、側にいたい。  
 
 そう思っていた。  
 
――それなのに。  
――抱いてくれて。それだけじゃなくて、け、結婚、しようって……  
 
 結婚した相手以外とそういうことをするだなんてとんでもない、という大正乙女なみの  
貞操感を持っている健太である。  
 そんな「超」がつくくらい真面目な健太が女の子とあんなことをしてしまったら  
それこそ一生責任を取る、位のことを言い出すと想像しそうなものだが、  
微妙に鈍い果林は全然そんなことを考えていなかった。  
 
 健太は隣に正座している果林のほうに向き直って焦りながら言った。  
「じゅ、順番逆になっちゃったけど、……真紅、その、……俺、真紅と……  
高校卒業したら、け、結婚……」  
 言葉がうまく出てこない。  
 あせりながらも呼吸を整えた健太は、果林の両肩を掴みながら、真っ直ぐに瞳を見つめながら  
言い直した。  
「ま、真紅…。結婚してくれるか?」  
 
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「ま、真紅…。結婚してくれるか?」  
 
 その言葉が果林の胸の中で何度も反響する。  
 身体の芯がジクジクとうずきだす。  
 果林は今すぐに健太の胸に飛び込んで行きたい。  
 
 自分の全て。そのなにもかもを、この目の前の大好きな男の子の胸の中にゆだねてしまいたい。  
 そう思いながらも、果林はすんでのところで思いとどまった。  
 
――幸せになりたいけれど、それよりも大切な雨水君の幸せが一番、大事。  
 
 そう考えてしまうのが真紅果林というヴァンパイアの少女であり、健太が果林のことを  
好ましく思っている理由もそこにあるのかもしれない。  
 自分と一緒になっても健太の望むような「フツーの家庭」も「真っ当な人生」も  
自分は与えてあげられない。  
 健太の気持ちは嬉しい。でも、その気持ちを受け入れることは健太の幸せには  
繋がらないかもしれない。  
 健太が自分のことを好ましく思ってくれればくれるほど、果林にはその十字架が  
重くのしかかってくる。  
 
 だから。  
 必死に自分の気持ちにブレーキを掛けながら果林は健太に尋ねた。  
 あふれ出しそうになる感情を必死に押し留めながら、搾り出すような声で。  
 
「う…雨水君は、あ、あたしで……あたし……あたしなんか……」  
 文緒が聞いている前なので、果林はそのことについて口にすることができない。  
 だから果林は健太の目を見つめながら『ヴァンパイアでも』と目だけで語りかける。  
「あたし……だけど、雨水君は、あたしで……いいの?」  
 
 俯いた果林の表情は健太からは見えない。  
 健太は三白眼の瞳でその果林を真っ直ぐに見つめたままで言った。  
 
「真紅じゃなきゃ駄目なんだ」  
 
――嘘。  
――ウソみたい。  
――信じられない。  
――夢なら、醒めないで欲しい。  
 
 座ってても健太よりも頭一つ小さな果林が、ふっくらとした頬を染めながら  
大きな丸い瞳から涙をこぼして、健太のことを見上げた。  
 恥ずかしそうに頬を染めながら、それでも真っ直ぐに自分のことを見つめている  
健太の目。目つきの悪い、その瞳が果林の目を覗き込む。  
 
 瞬間、果林のブレーキが吹き飛んだ。  
 身体ごと、健太の胸に飛び込む。  
 健太の肩口に顔を埋め、世界で一番大切な人の名前を際限なく呼び続ける。  
 背中に回した腕で健太を抱きしめ、さっきからずっと流しっぱなしでも  
ちっとも枯れない涙を健太のシャツに染み込ませながら、  
 心臓が鼓動する度、息を浅く吸い込む度、果林の胸の奥では歓喜の波が荒れ狂う。  
 嬉しい。  
 嬉しい。  
 嬉しい。  
 嬉しい。  
 嬉しい。  
 嬉しい。  
 嬉しい。 嬉しい。  
 嬉しい。 嬉しい。 嬉しい。  
 恍惚のまま、果林は健太の胸の中で大好き、となんどもなんども囁き続ける。  
 
「ま、真紅!?」  
 胸元に抱きついている果林を抱きしめていいものか、悩みながら健太は  
同級生改め恋人改め婚約者の名を呼んだ。  
 果林の背中にそっと掌を置く。そして優しく、愛しげにそこを何度か撫でると、  
恍惚に耽溺しきっている愛しい少女の耳に「真紅、真紅」と気づかせるように  
名を呼んだ。  
 
――うすい…くん…  
――なに?  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
――二人きりじゃないんだった!!!!!  
 
 人前でベタベタすることなんかできっこないくらい、恥ずかしがりの果林である。  
 いくら一人しか見てないとは言え、果林にとって愛情表現を第三者に見られるのは  
消えてしまいたいくらい恥ずかしいことなのである。  
 まして、その一人が健太の母親ならなおさらだ。  
 
「……ご、ごめんなさい」  
 
 赤面して身体を離しながらも、健太の背中に廻した手は果林の言うことを聞かないのか、  
まだシャツを掴んだままだ。  
 
 恥ずかしさで顔から火を出しながらも、果林は耳の奥に残る健太の言葉を反芻して  
また喜びに浸ってしまう。  
 聞き間違いじゃないことを確かめようと横の健太の顔を見上げる。  
 見下ろしてくる瞳は確かに、「真紅じゃなきゃダメなんだ」と言った健太の目のままだ。  
 果林は横座りで健太の側に座りなおした。  
 文緒の手前抱きつくことはできなくても、少しでも健太と触れる身体の面積を増やそうという  
乙女心の発露だったりする。  
 同じ思いなのか、それを受け止めた健太も果林から体を離そうとはしない。  
 
 また、沈黙がアパートの中に満ちる。  
 
 さっきとは違った意味の沈黙。  
 健太にも、果林にもちっとも不快ではない種類の沈黙だった。  
 
 その沈黙を果林が破った。側の健太を見上げながら言う。  
「あ、そだ、雨水君……卒業したら就職する、って言ってたけど、雨水君は頭いいんだから  
大学行かなくちゃダメだよ。あ、あたしはけ、結婚……とかって、いつだっていいんだよ。  
……雨水君と一緒にいられるなら、何年でも待てるから」  
「いや、それは…別にいいんだ」  
 照れた顔のままの健太。果林とは違って、恥ずかしい限界を超えてしまったのか  
恋人の顔を見れない。  
「よくないよ! 奨学金とか、もらえるかも知れないんでしょ?」  
「それに、前に雨水君言ってたじゃない。大卒のほうが職業の選択肢が増えるからできれば  
そうしたいって。ね? だから」  
 ああ、と空返事をしながら健太は果林のキラキラした瞳から目を離せない。  
 
「果林ちゃん」  
 健太の側から引き離すように、文緒は果林の両肩を掴んで顔を覗き込む。  
 文緒は果林のはじめてみるような真剣な表情をしていて、思わず緊張する果林。  
 
――文緒さんは今まであたしに優しく接してくれてたけど…  
 
 突然息子がプロポーズした相手に対してはどうかわからない。  
 数少ない、自分に優しく接してくれた人。  
 たとえ健太というかけがえの無い人を得た代償だとしても、優しかった人に嫌われるのは  
果林にはつらいことだった。  
 
 文緒はいつになく真剣な目で、果林に尋ねる。  
「ほんとうに健太でいいの?」  
「はい」「母さん!」  
 果林は健太の非難の声よりも早く、即座にハッキリと答えていた。  
 果林も「健太でいい」ではなく「健太でなければダメ」なのだ。  
 
 それを聞いた文緒は優しく微笑むと、果林のことを抱きしめながら言った。  
「果林ちゃん。健太のことをよろしくね」  
 文緒のブラウスの匂いが果林を包み込む。  
 香水の人為的な匂いではない、石鹸と太陽の作り出した優しい匂い。  
「ぅ……うう……ふ、文緒さぁん……」  
 また涙が溢れてくる。  
 幼子をあやす母親のように、文緒は泣きじゃくる果林の背中を優しく叩く。  
「もし健太と一緒になったら、果林ちゃんは私の娘みたいなものでしょ?  
 私ね、果林ちゃんみたいな娘も欲しかったの」  
――よかった。優しい。文緒さん、やっぱり優しい人だ。  
「ふ゛み゛お゛さぁぁあぁ〜〜〜ん」  
 緊張が解けたのか、また涙をこぼす果林。  
 
 
---------------------------------------------------------------------  
 
 
――うううう…もう、恥ずかし過ぎ……  
 健太に抱きついたところを見られ、挙句文緒の胸で散々泣いてしまった。  
――まるで子供みたいに。もうあたし、子供じゃないのに…  
 
――子供…子供?  
 年齢的な意味で「子供」と思って考えていた果林だが、別の意味に思い当たって  
赤面してしまう。「子供」。そう、自分はもう「子供」じゃないのだ。  
――う、雨水君と…しちゃったんだ。してもらったんだ。  
 制服の上から臍の下あたりを撫でる。  
 
「真紅、どうかしたか?」  
 突然赤く頬を染めた果林に健太は当惑しながら尋ねる。  
「ななななな、なんでもないの」  
 果林は手をブンブン振り回しながら否定する。  
 
「真紅、そろそろ帰らないと両親が心配するんじゃないのか?」  
 果林の両親、もっぱらヘンリーの恐ろしい形相を想像しながら健太はそう口にする。  
 そうかな、と考えている果林の横で「両親」という言葉に文緒が反応する。  
「あ、そういえば、果林ちゃんのご両親と言えば、私も一度ご挨拶に伺ったほうが  
いいのかしらね?」  
「……あ、あの、ウチの両親、あたしが雨水君と付き合ってることまだ知らないんで……」  
 焦りながら答える果林。  
 
「あら、そう。 まあ、こればっかりは言い出すタイミングもあることだし…  
果林ちゃん?」  
「は、はい」  
 思わず正座しなおして文緒に向き直る果林。  
「もし健太がイヤになったら、いつだって別れて構わないのよ? 果林ちゃんも健太も  
まだ若いんだから」  
「そんなことは絶対無いです!」  
 目をかっと見開いて、きっぱりと言い切る果林。  
「健太も」  
「え?」  
「果林ちゃんが優しいからって、それに甘えきっちゃダメよ。大切にしたいんなら、あなたが  
しっかりしなくちゃね」  
「わかってる」  
「…あ、あと、二人ともまだ高校生なんだから、  
え、えっち……は大人になるまでガマンしなさいね」  
 言っている本人も、聞いている二人も耳まで真っ赤にしながら。  
 
 
「送ってくよ」  
 空気にいたたまれなくなった健太が、果林をせかすように言った。  
 しばらく考えていた果林は文緒に言った。  
「あ、あの、今日は泣きすぎちゃって、目、赤いから…心配させるといけないんで、  
麻希の…友達のとこに泊まります」  
「だったらウチに泊まっていけばいいじゃない」  
「え?」  
「健太にステキな彼女……どころか婚約者?   
……まあ、とりあえず恋人ができたんですもの!  
お祝いをしなきゃね。母さんたまには奮発しちゃうわ!」  
 
--------------------------------------------------------------------  
 
 雨水家的に言えば豪勢な。一般的に言えば全然ささやかな。  
 そんな夕食を三人でとった後で、  
「あ、あたし片付け手伝います」  
「いいの。果林ちゃんはお客様なんだから座ってて」  
「でも、その、もう、他人…じゃないですし…」  
「あら、嬉しいわね…。じゃあ食器拭いて貰おうかしら」  
「はい!」  
 という健太がどういう顔をしたらいいのかわからないそんなやりとりが過ぎた後で、  
果林は麻希に電話を掛けている。  
 
 
「あ、麻希? あのね、お願いがあるんだけど――」  
 言いにくそうに一瞬だけ息を止めると、思い切って一息に言った。  
「あ、あたし今夜、麻希の家に泊まってることにしてくれないかな?」  
『…………いいよ。……っていうか果林、一言だけいい?』  
「なに?」  
『避妊だけはしっかりしなさいよ』  
「――な、なっ、ななナななにをっ!?」  
『雨水君てお堅いけど、だからかえってこーゆーのには疎そうだし、  
ちゃんとしないと苦労するのは果林、女の子の方なんだからね』  
「違うって! そうじゃなくって!」  
『わかってるわかってる。任せときなさい。アンタは今夜はあの朴念仁のことだけ  
考えてればいいの』  
「あ゛う゛〜〜、麻希ぃ〜〜〜」  
『いい? オトコってのはいざって時にはケダモノになっちゃうから、  
ちゃんとアレつけさせるの忘れちゃダメよ。  
 あの雨水君だって一皮剥けばケダモノなんだから』  
「――そ、そんなことないもん! 雨水君とっても優しかったもん!」  
 
 一瞬の空白のあとで。  
 
「あっ、あの『ええええっ!?』」  
 
『……そうか、果林はもうオトナになっちゃったのね……これから二回戦三回戦と  
熱くて甘々の夜を過ごそうってわけなのね……』  
「違う!違うのーっ!」  
『ひとりでさっさとオトナになっちゃって…あとでちゃんと話聞かせなさいよ!』  
「麻希〜〜〜〜〜」  
『朴念仁によろしく。「このシアワセモノ」って言っといて。じゃね!』  
 
 
「雨水君、ゴメン。……麻希にバレちゃった」  
「時任にだったらバレてもいいだろ。真紅の親友なんだし」  
 親友、という言葉に頬を緩めながらも果林は肯いた。  
 
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 客用布団なんてものは雨水家には存在しない。  
 だから果林は文緒と一緒の布団で寝るわけだが  
「狭くてゴメンね」「いえ、いいんです」  
「ねえ果林ちゃん、健太のどこがイイと思ったの?」  
「……優しいとこ、です」  
「ホント? 健太は優しくしてくれる?」  
「ええ……ですけど」  
「……?」  
「…!」  
「…」  
という修学旅行の夜の女子高生みたいな会話を聞くというより  
聞こえてしまう健太は自分の布団の中で音もなく煩悶する以外なかった。  
 
 
 
 
 
 健太は憔悴しながらいつの間にか寝入っていたらしい。  
 時計を見ると、もう夜半を過ぎている。  
 
 薄暗がりの中、隣の布団で眠っている二人を見るとはなしに眺める。  
 文緒の後頭部の向こう側に真紅の顔が見える。  
 
 奇妙な感覚。  
 母親と、今日まではただの友達だった女の子。  
 今では誰よりも大切な存在となった真紅が一緒に眠っている。  
 健太は自分の胸の中に去来する感覚がなんなのかわからない。  
 ただこの二人を大切にしなければ、という責任感みたいなものを感じる。  
 
 それは責任の重さというよりも、安心できるつながり。  
 その感覚は健太にとって泣きたくなるくらい、嬉しく、そして心地よいものだった。  
 
 
「雨水君」  
 声を殺した果林の声が夜の音に混じって聞こえる。  
「……起きてたのか」  
 文緒の頭の向こうの果林が目を開いている。  
「雨水君……今日は……嬉しかった」  
 何気ない言葉。でも実際は万感の思いが込められた言葉。  
「……俺もだよ」  
 健太も同じ言葉を返しながら、自分の中の思いの量を感じる。  
 
「明日…雨水君ジュリアン早番だったよね?」  
「ああ。真紅は?」  
「あたしも朝から」  
「そか。じゃあ一緒に行こうな」  
「……うん」  
「…もう寝よう」  
「…うん。おやすみなさい。また明日ね」  
「おやすみ、真紅」  
 いったん目を閉じた果林は、再び目を開けると  
「…雨水君?」  
「ん?」  
 
 果林は甘い小声で、囁くように。  
「…大好き」  
 それだけ言うと、果林は布団の中に隠れてしまう。  
 
 布団の中で真っ赤になっているであろう果林の顔を想像しながら、  
健太もしだいに頬が熱くなってくるのを止められない。  
 
「……お、俺もだ」  
――真紅には聞こえているだろうか。いや、きっと聞いているに違いない。  
――もっと顔を赤くしてるだろうな。  
 そう思いながら、体の細胞の隅々にまで行き渡る嬉しさを感じつつ  
健太は眠りに落ちていった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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