―――大川邸―――  
 
夜も更けた頃だ。  
だんだん近づいてくる車のエンジン音が止んだ。  
こんな時間に大川の家を訪ねて来る者は、もうあの人間を除いていない。  
万俵早苗は、その車の主を迎え入れるため、屋外へと出た。  
「銀平さん。」  
声をかけると、車から出て来たその男は静かに、そして優しく笑う。  
銀平が、こんな風に笑えるようになったのは最近だ。  
早苗の夫であり、銀平の兄である鉄平が亡くなってから半年が経とうとしている。  
早苗にとって、長かったのか、短かったのかよくわからない半年であった。  
毎日悲しみに暮れていたはずなのに、時の流れが早過ぎて、まるで夢の様に日々が終わる。  
一人きりの子育ての苦労もあり、悲しむ暇は無かった。  
それは銀平にとっても同じことで、後悔してもしきれない日々を送りながらも、  
次第に冷静になりかけている自分に嫌悪を覚える時もある。  
銀平が今こうして兄嫁の家を訪れるのは、兄を忘れないため、そして償いのためだった。  
 
「太郎は、寝たんですか?」  
「ええ、最近は夜に泣かなくなりました。  
寂しい時もあると思うけれど、父親のことはあまり口に出さなくなってきたわ。  
子供にまで気を使われています。」  
早苗は自嘲気味に笑った。  
太郎が明るくなった要因の一つに銀平の存在があるのは明らかだった。  
鉄平の死後、銀平は太郎の面倒を本当によく見てくれている。  
以前婚姻関係にあった万樹子の妊娠が分かった時の銀平は、父親になることを拒んだ。  
しかし、早苗は自分の子に対する銀平の姿を見ていると、それは偽りだったのではないかとさえ思うのだ。  
彼は、きっと幸せな家を作れる――そんな気がした。  
また一方で、それが余計に早苗の悲しみを深くさせていた。  
亡くなった鉄平の分まで一人で頑張って太郎に愛情を注ごうと思ったのに  
結局は男である銀平に頼り、それに甘んじている。  
そのことを以前銀平に話したところ、「気張りすぎなのでは?」と言われた。  
しかし、亡くなった夫の弟、というだけの関係にここまでの援助を求めるのは・・・正しいのだろうか。  
 
「そうだ、銀平さんワインお飲みになりますか?」  
早苗は生前父・大川一郎が嗜んでいたワインを進めた。  
酒が得意ではない早苗は、父親が一時的に凝って集めたワインの山の処理に困っていたのだった。  
「いいんですか?」  
銀平の脳内に一瞬、乗って来た車がよぎったが、すぐにタクシーモードに切り替えた。  
 
早苗と飲む酒は、不思議な味がした。  
大川議院が他界して以来、すっかり静まりかえった大川邸に、  
さらに不幸を背負った二人でその不幸を紛らわそうとするのが、なんとも滑稽だった。  
「銀平さんは、再婚なさらないの?」  
銀平は鉄平が悲劇の死の後、正式に離婚した。  
きっちりとけじめをつける為だ。  
「僕には結婚は向きませんよ。前ので懲りました。  
僕は兄さんと違って、誰かを幸せにすることには向かない様です。」  
銀平は少し酔い始めたらしく、いつもより饒舌だ。  
「結局、今あなた達にしていることも自己満足なのかもしれません。兄さんを死に追いやったのは  
僕の責任でもあります。なのに、今、僕が早苗さんや太郎にしていることは・・・端から見れば、  
僕はその罪から逃れようとしているだけなのかもしれない。」  
銀平は、グラスに溜まった暗い赤の液体を自分の喉に流し込んだ。  
 
しばらくの沈黙の後、早苗が強い語調で「そんなことありません。」と言った  
「そんなことはありませんわ。太郎はあなたのことを慕っています。  
太郎にとって、あなたは本当の父親の様に大切な存在になっています。  
だから、そんなことは言わないで下さい。」  
早苗の瞳には、熱い涙が浮かんできていた。  
酒を飲んだせいか、銀平に心を動かされたせいか、気持ちが高ぶっている。  
「あなたは、どうなんです。」  
「え・・・?」  
「あなたは、僕とこうしていることに違和感はありませんか?」  
酔っているはずの銀平の目は、射るように冷たい。  
「違和感・・・?何を言っているのか、よく・・・。」  
「僕は感じますよ。こうやって二人でいて、いつも違和感がある。  
本当は、もっと別のものを求めているんじゃないかと思う。」  
 
射ぬかれた。  
 
そういう表現が、ちょうどいい。  
 
突然立ち上がった銀平の腕が早苗の体を包んだ。  
銀平の唇が、早苗の髪や耳、首筋を探し求める。  
万樹子の作られた上級の香りとは違う、人間自体が作り出すやさしい匂いがした。  
「やめ・・・、銀平さん、酔っていらっしゃるの・・・。」  
「酔ってるますよ。だけどこの行動は本心です。」  
驚いて顔を上げた早苗と、銀平の瞳が交差した時、二人の唇が重なった。  
最初は互いを確認するような小さな口づけだったが、  
次第にその口づけは深くまで探り合うようなものになった。  
呼吸する間も惜しかった。幾度も顔の角度を変え、もっと深くまで求めた。  
 
背徳の口づけ。  
誰よりも愛していた夫の顔が浮かばない。  
夫は、空から見ているのだろうか。  
この、有り得ない関係を。  
早苗の不安を拭う様に、銀平は今までよりも強く抱きしめた。  
 
早苗と銀平の衣服はすっかり床に散っていた。  
二人は行為に集中するかのようにソファーに倒れこんでは夢中で口づけあった。  
「ぁ・・・っ。」  
銀平の指が、早苗の花弁をなぞる。奥まで侵入し、中の核を弄んだ。  
「やぁっ、駄目です、ぎん・・・ぺいさん・・・。」  
「ここまで、僕を受け入れたのに?」  
銀平は指を動かした。ぐちゅ、ぐちゅと早苗の中は音を立てる。  
「あぁぁぁぁっ。」  
早苗の身体は鉄平しか知らない。さらに、その鉄平は既に他界し、  
早苗の欲望のはけ口は無くなっていた。  
鉄平の死後も貞淑であろうと決めた。しかし、この快感が早苗を墜落させる。  
「あんっ、あ・・・いい・・・や、はぁん」  
銀平は平素の早苗からは想像できない媚態に満足していた。  
そして、もっともっと壊したいと思った。  
空いていた左手で早苗の柔らかな乳房に触れる。  
最初は、全体的に、包むように。そして、次第にその桃色の実をこねるように。  
早苗の桃色の実はすぐに固くなり、熱を持ったように熱くなっていた。  
「やっ、はぁっ、あぁぁっ・・・。銀平さ・・・ん・・・。」  
「早苗さん、濡れてきてる。」  
「んっ、言わないでぇ・・・。」  
早苗の脳裏にふと二階で寝ている太郎が浮かんだが、  
激しくなる銀平の指に理性が飛びそうになった。  
身体中が性感帯になってしまったかのように、銀平を求めてしまう。  
「んんっ・・・だめぇ。もぅ・・・。」  
「早苗・・・、欲しい?」  
銀平が耳元で囁いた。  
その声があまりにも鉄平に似ていて、早苗の体は不覚にも感じた。  
「ほし・・・ぃ。」  
涙を浮かべながら恥ずかしそうに言う早苗が可愛くて、銀平は早苗の額に小さなキスをした。  
 
早苗の身体に銀平の分身が入っていく。そこはもうぐっしょりと濡れており、  
否応なく銀平を受け入れた。  
早苗の体内で、二人の体温が混ざり合う。  
心地よい、何ともいえない温度。  
湿度の高い6月の空気は、二人の身体をじっとりとしめらせる。  
尤も、その理由は6月の空気だけではないかもしれないが。  
 
銀平はゆっくりと体を動かし、早苗の女としての本能を刺激する。  
「早苗・・・中、きつい。」  
「ん、んっ、あぁっ・・・んっ。」  
快楽の波だけが早苗を襲う。鉄平への後ろめたさも、母としての愚かさも、もう早苗の中には無かった。  
ただ、目の前にいる男に突かれていたい。  
早苗の壊れた姿を見て、銀平もなお思うことがあった。  
自分が犯していることの虚しさとともに、全てを忘れられる優しさを早苗から受け取った。  
これまで誰も愛せなかった銀平は、互いの身体を繋ぎ合うこの行為の意味を初めて理解できた気がした。  
受け止めて欲しかった。  
 
次第に銀平の腰の動きが速くなる。肌と肌がぶつかり、早苗の淫水が蜜壷から漏れていく。  
「あっ、あっ、あぁっ。銀、平さ・・・わた、くし、もう・・・。」  
「・・・っ、わかってる。」  
銀平も、既に限界にあった。  
早苗の白くて細い腕が銀平の首筋に回される。それに応えるようにして、  
銀平もしっかりと早苗を抱きしめた。  
えぐるように銀平のモノが早苗を責め立てる。早苗の秘所はビクビクと痙攣している。  
「あぁぁぁぁっ、あんっ、あっ、やぁぁっ・・・イク・・・。」  
その時ビクン、と早苗の細い腰が浮いた。どうやら、達したようである。  
そして、同時に銀平の理性も飛びそうになった。しかし、最後の理性で早苗の中から  
銀平の分身をすばやく抜き出し、早苗の白い腹の上に自らの精をちらした。  
そして、ゆっくりと早苗の体に身を倒した。  
 
早苗は肩で呼吸をしているものの、表情(かお)は充足感に溢れている。  
戻りつつある理性の中で、早苗に新しい感情が生まれていた。  
体の上で呼吸を整えている義弟に対する、今までとは違う想いだ。  
早苗は銀平の髪を撫でた。まるで我が子にそうするように。  
銀平は、黙ったまま、次第にゆっくりになっていく早苗の鼓動を聞いていた。  
 
 
 一ヶ月後―――。  
「あふ、んっ、んん・・・。」  
早苗は銀平の分身を口に含むことに没頭していた。  
太郎は早々に寝かしつけた。  
銀平と初めて肉体関係を結んだその日から、銀平がやってくる度に二人は体を重ねている。  
「ん・・・早苗、・・・もう・・・。」  
早苗は上目使いで笑った。少し小悪魔的で、銀平を興奮させる。  
銀平は早苗の口内や顔に精をかけた。早苗の品も、美貌も、全て壊してしまった気がする。  
早苗も今までに無かった感覚を得れば得る程、自分が愚かになっていくことを感じていた。  
 
この愚かな姿を、空にいる鉄平はどう思うのだろう。  
そんなことを思いながら、二人は行為をやめられないのである。  
 
 
 

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