黴臭く、すえた臭いのする硬いベッドだった。  
いや、彼が昨日まで寝ていた寝台をそう呼ぶならば―  
これは、ただの木枠に古布を貼り付けただけの、別の何かだ。  
…しかし。  
しかしここが、今夜の―  
「イ、銀さんっ」  
「む?」  
震えた声が、緊張のあまり「物質の名称が決定される基準」について  
悶々と思考を巡らしはじめていた銀を、現実に引き戻した。  
彼同様に緊張しているフランシーヌが、ドアからそそくさと入ってくる。  
後ろ手でばたむとドア(というより粗悪な材木に以下略)を閉め、  
顔を赤らめながらしどろもどろに説明した。。  
指先に、紐を丸めただけのささやかな結婚指輪が嵌っている。  
「あ…子供達、み、みんな、寝たから…その」  
「う、うむ」  
「もう大丈夫…だと、思、ああっ!!」  
「な、何だ!」  
突然大声を上げたフランシーヌに、銀が腰を浮かせる。  
フランシーヌはおろおろと辺りを見回して、それから申し訳なさそうに銀を見た。  
「どうしようインさん。私、水浴びしてないから、におうかも〜」  
「ああ……いや、いい。構わん」  
「あはは、そ、そうかぁ」  
気まずそうにお互い、頬を染めてうつむく。  
微妙な沈黙が訪れる。  
 
何せ今日プロポーズしてされて、今日結婚して、その夜なのだ。  
「ええと」  
フランシーヌの方が、小声で沈黙を破った。  
そのままいつもより狭い歩幅でベッドの際まで歩み寄り、インの隣に座る。  
ぎし、とベッドが軋んだ。  
「……インさん」  
名を呼ばれて、固まりかけた銀がぎくりとした。  
一旦躊躇してから頭をがしがしと掻く。  
「実は私は…その、どうも、こういうことは初めてで…その、何といえばよいのか」  
「え…あ、私もなの、あははインさんと同じだぁ…」  
じゃなくて。  
二人同時に心中で合いの手をいれ、また赤面してうつむく。  
今度は銀が咳払いし、居住まいを正した。  
「で、では…」  
「服、脱いだほうがいいんだよねえ?」  
「なにィ!?……いや、そ、その通りだな」  
うろたえてしまったことに赤面しながら、銀が改めて眉をしかめる。  
所謂通り一遍の「知識」としてしか知らなかった行為にいざ向き合ってみると、  
まったく自分が頼りにならないのが知れるようで、男としては実に情けない。  
そもそも、脱ぐに決まっている。  
(ぬ、脱ぐに)  
ちらりと新妻の肢体を見遣り、その発想にうろたえた。  
(当たり前なのだが、そうなのだが――…)  
フランシーヌが、そんな銀に緊張を解いたのか、思わずふきだした。  
 
「こら、笑うな」  
「うふふ。だってインさんたら、りんごみたいに真っ赤」  
「…おまえもだぞ」  
照れ隠しに低く言い返し、銀が口をひん曲げる。  
その言葉で、無言の了解がなされたようだった。  
暗い部屋で、硬いベッドが、ぎしりと大きく軋む。  
薄汚れたスカーフや、真理を探究するものの纏うマントが床に落ち、黒い影に重なる。  
なんとなく背を向けて脱ぎはじめた二人は、脱ぎ終えて、また気まずそうに赤面した。  
ちらり、と視線を交わして、向かい合う。  
月明かりにうっすらと照らされた白い裸身に、銀は思わず息を呑んだ。  
満足な栄養を取れずにほっそりとした全身に、明らかに肉のついた柔らかな胸、  
なだらかな腰から足にかけての曲線が目立ち、男の欲情を煽る。  
目を見張って言葉を失った夫を、フランシーヌはどぎまぎしながら見上げた。  
「あ、あのぉ見ても面白いものじゃ…って、前にも言っ――」  
 
頬に大きな手の平が添えられて、フランシーヌの声が途切れた。  
月明かりの下で二つのシルエットが一つになる。  
二度目のくちづけは長く、熱く、以前より深い。  
薄いブロンドの髪に、無骨な指が分け入り、耳の裏を親指が擦るように愛撫する。  
フランシーヌもそのまま両腕を銀の肩に回して、より深くくちづけを求めた。  
そのままゆっくりとフランシーヌの上体が押し倒され、銀が覆いかぶさる形になる。  
離れた唇から、吐息が交じり合って熱を持つ。  
「インさん」  
「……充分、美しい。くだらないことを言うな」  
「え、あ、ありがとう」  
思ってもみなかったらしく、フランシーヌが目を丸くする。  
銀は黙って屈み、妻の唇を割った。  
先ほどまでは唇を触れ合わせるだけのしっとりとしたくちづけだったものが、  
今は相手の更に深いところまでを欲して貪る。  
初めてであったから、それはほとんど本能だった。  
最初はおずおずと舌を絡めあっていたが、次第にそれに没頭しはじめる。  
「んっ……ぅ、ふ」  
舌先を強く吸われて、フランシーヌが喉にかかった声を漏らす。  
一糸纏わぬ肉体が、銀の下で小さく痙攣した。  
無意識に伝っていた涙が頬を流れ、黄ばんだシーツに染み落ちる。  
銀の舌が歯茎をなぞると唾液が唇からに溢れて顎に伝った。  
フランシーヌの舌もそれに応え、銀の背中にも熱が走る。  
やっと荒い息遣いとともに顔が離れると、唾液が銀の糸を引いた。  
 
「……フランシーヌ」  
「ん……うひゃあうっ!」  
涙の跡を不意に舐められて、フランシーヌが気の抜けた声をあげる。  
銀は沈黙して、彼女を見下ろした。  
「うう〜、ごめんなさい…」  
「い、いやすまん」  
思わずしてしまったことなので、銀も困り顔で赤面した。  
それを誤魔化すように、白い喉元にそっと顔をうずめていく。  
歯を立てて食べてしまいたいほどの滑らかさに抗い、そっと優しく吸ってみる。  
「んっ」  
フランシーヌの肩がびくんと跳ねた。  
銀が、顔をあげる。  
辛そうな様子が見られないのにほっと息をつき、また肌に唇を落としていった。  
なだらかな肌に指を這わすと、柔らかな薄い肉が確かな弾力を返す。  
(これが、女性というものか)  
自らの肉体とまったく違ったしなやかさとやわらかさに、銀自身が熱く脈打った。  
 
フランシーヌは汗ばんだ肌に触れられるたびに、ふわふわと  
蕩けていく身体をぼんやりと銀に任せていた。  
加減を計るように強く、時に表面を滑るように弱く、なぜる指先。  
銀の顔が埋められて、口で吸われるたびに足の指からつむじまで、  
なにかじんじんとした熱いものが走り抜けていく。  
それをもたらすのが、他ならぬ彼の夫であるということが、  
彼女にはこの上もない幸せだった。  
(インさんの手、あった、かいなぁ…)  
ぽやーとそんなことを考えていると、もうすべてがどうでもよくなってくる。  
このままずっと、遮る布一枚すらない今のまま、彼と肌を合わせていられれば―  
 
「んぅ、あ」  
乳房を軽く揉み上げられ、フランシーヌの背中が反った。  
銀が彼女の反応を見てもう一度手の平全体で押しつぶすように捏ねると、  
フランシーヌがぎゅっと目を瞑り、かすかに喘いで身を捩った。  
銀は片手で白い膨らみを弄くりながら、顔をもう片方の尖端にまで落としていく。  
銀の息がかかるだけで、フランシーヌは震えた。  
重なり合った腰のあたりで、なだらかな二本の脚が痙攣したように浮く。  
厚い舌先がしこった尖りを含んで転がすと、フランシーヌの身体がまた跳ねる。  
「ん、あぁ…あ、インさ……ひんっ」  
腰に手が這わされ、同時に乳首を甘噛みされ、フランシーヌがすすり泣く。  
新しい場所に触れるたびに甘い言葉を掛けるようなことを、銀はしなかった。  
できなかっただけだ。  
ただ一心に彼女に触れ、撫で、舌先で愛撫し、愛することしかできない。  
フランシーヌはそれに応えて、荒い息と小さな喘ぎ声を月光の下に漏らしている。  
 
「インさ、あ…んっ」  
「フランシーヌ……」  
名前を呼び合うと、汗と吐息で熱を持った黴臭い部屋が、  
一層濃密な空気で重さを増す。  
黄ばんだシーツは、既に汗と唾液と、彼女の愛液でじっとりと湿り気を帯びている。  
水音を立てて、銀の指がついに秘所に触れた。  
そこの熱さに、銀は一瞬驚いたが、フランシーヌが同時に漏らした嬌声に  
自身の官能を刺激され、指先を動かし始める。  
涙を浮かべて喘ぐ若い妻の身体は、暗がりの中ほんのりと  
月明かりに照らされ、この上もなく扇情的だった。  
くちゅくちゅと愛液の湧く箇所を人差し指で穿る。  
フランシーヌの腰がひくひくと痙攣し、背がしなった。  
へその周辺を舐めあげ、中心を吸い、掠れた声で彼女の名を呼ぶ。  
女性の臭いが汗に溶けて、二人の頭は痺れ、理性が薄い皮を剥くようにはがれていく。  
「んぁああっ!!」  
 
充血し、膨らみ始めた肉芽に銀の指が触れた瞬間、  
フランシーヌは腰をひくつかせ今までにない悲鳴を上げた。  
目が大きく見開かれ、快感のあまり涙が溢れる。  
銀が愛液の滴る親指の腹でそこを捏ね回せば、  
いともたやすく彼女は官能に溺れた。  
「あ、インさんだめ、だめなのそこぉ、あ、いやはああぁっ」  
黒髪に両手を埋め、フランシーヌが無意識に腰を動かして指先から逃げる。  
―逃げているのか、ねだっているのか、どちらかは彼女にも分からなかった。  
身体の心から熱い蜜が溢れ出し、その水はとどまるところを知らない。  
「あっ、あっ、やぁ…!」  
頭が真っ白になり、何かが全身を駆け巡る。  
「インさん、インさ…あああっふああぁ!」  
身体が一際大きく跳ねて、彼女は初めての絶頂に達した。  
 
 
長い余韻を味わって、荒い息で震える彼女が落ち着くのを見計らって、  
銀は彼女の頬に手を当てた。  
そのまま、涎の伝う口元に、触れるだけのくちづけをする。  
「はぁ、はぁ…イン、さん」  
「フランシーヌ」  
もう一度そっと唇を重ね、抱き合う。  
しばらくそのまま息を整えて、互いの温度を感じていた。  
貧民街独特の臭気と暗く、細い風が半分空いた窓から漂う。  
フランシーヌは、腕の力をきゅっと強めて、銀に密着した。  
「インさん」  
「ああ……では、その…いいか」  
限界が近い銀は、身体を離すと、妻の瞳を見つめて固い声で尋ねた。  
「あはは、なんか、照れるねぇ。」  
フランシーヌははにかむように笑い、夫を見上げた。  
背を伸ばして小さなくちづけをしてから、銀のそそりたったものに  
好奇心と僅かの恐怖、そして期待の入り混じった視線を向ける。  
それは予想よりも、脱いだばかりのときにちらりと見たときよりも、  
ずっと大きく膨らんで、たくましく反り返っていた。  
ごくり、と彼女が息を呑む。  
 
処女の膣内は、想像以上にきつかった。  
銀は絡みつく襞を押し割りながら、じりじりとフランシーヌの中に自身を埋めこんでいった。  
熱い内部が拒むように圧力をかけて、分け入らせまいとする。  
充分蜜で潤っていたとはいえ、フランシーヌは痛みに涙を流し、  
夫の背中に爪を立てて必死に耐えた。  
全部が彼女の中に収まってからも、荒い息で彼女は痛みを訴えていた。  
「ん…あ、ふ…」  
「く……すまないな、痛むか」  
銀が抱き寄せて身体を起こし、しばらくそのままで背中を擦ってやる。  
僅かな動きにも、身体の下の材木が危なげに音を立てた。  
月光が薄く、黒髪と薄いブロンドを照らし、艶を落とす。  
フランシーヌは厚い銀の胸板に、汗と涙の流れる頬を押し付けた。  
「あのね、インさん…嬉しいの」  
そのまま両腕を回すと、二人の身体が密着する。  
彼女は、銀の腕の中で泣きながら笑った。  
「痛いのに、変だな……でも、とっても…嬉しい」  
銀は黙って、妻を抱き返した。  
再び彼女を横たわらせる。  
ゆっくりと腰を引くと、フランシーヌの目がぎゅっと閉じた。  
銀がその目元に、そっと唇を落とす。  
胸を優しく愛撫し、鎖骨にくちづけを落とし、全身を愛するように。  
フランシーヌの身体をほぐしながら、彼は腰を動かし始めた。  
 
痛みに歪んでいたフランシーヌの声に艶が混じってきたのを、銀は感じていた。  
潤滑の助けとなる愛液の量が増えていることも、彼女が感じているしるしだ。  
「あ…や、ん…、あ、あ」  
「フランシーヌッ…」  
内から突き上げる衝動に、突き上げを強くすると、  
フランシーヌが悲鳴に近い嬌声で応えた。  
「んふ、あっあっあっ、イン、さっ、あッひああ!!」  
涙が流れて、しがみつく力が強まる。  
フランシーヌは無意識に快感を求め、腰を動かしていた。  
銀を誘うように熱を持った内部はうねり、絡みつき、互いの快感を増大させる。  
古い寝台が壊れるほどギシギシと軋り、汗と互いの分泌液でシーツの染みが広がる。  
「っ…ぁ、フランシー、ヌ…!」  
「ひゃあああっ!こんな、あ、はぁっ、あああ…ッん、んっ」  
ぐちゅぐちゅという音をより激しく立てて、銀はすべてを忘れて妻を攻めた。  
射精が近付くのを感じる。  
 
フランシーヌは足を銀の背に絡ませて、ひたすらしがみついて彼の名を呼んだ。  
密着した身体が上下すると、豊かな胸が銀の身体に擦れて、更に彼女を煽り立てる。  
二人の身体を襲う大きななにかが、走り抜け、それは先に銀から迸った。  
銀の腰が痙攣し、フランシーヌの中に勢いよく放った。  
その衝撃でフランシーヌも一際大きな声をあげ、上り詰める。  
中で銀が脈打つたびに、小さな嬌声が漏れ、反った背中がひくひくと痙攣していた。  
 
 
貧民街の臭いをまとった風が、余韻の残る空間に溶け込んで消える。  
乱れた息を整えながらも、二人は身体を寄り添わせ抱き合っていた。  
銀が、思い出したように抱きしめる力を強める。  
フランシーヌは顔をあげて、もぞもぞと彼を見上げた。  
「イン、さん?」  
銀は、妻を見下ろして笑った。  
「…私も、おまえとあえて幸せだ」  
フランシーヌはきょとんと夫を見つめた。  
それから―太陽のように輝く笑顔をいっぱいに浮かべて、銀の身体に抱きついた。  
 
 

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