師走の喧騒の中、和歌山に到着した仲町サーカスの一行は興行の準備に追われ、  
慌ただしい日々を過ごしていた。  
急な公演依頼の為、少ない時間の中でテントの設営、チラシの作成、地元の自治体との  
打ち合わせ等、細々とした雑事をこなさねばならなかった。  
全てが準備万端整った時には、すでに年が明けていた。  
 
「なあ、明日っからの公演成功の祈願もかけてよ。みんなで初詣行かねーか?」  
元日の朝、そう言い出したのはノリだ。  
「そういや今年は正月らしい事、何にもしてねーよなあ。せめてそれぐらい行っとくか。」  
他の連中も賛同する。  
「ハツモーデって何ですカ?」  
アメリカ生まれのリーゼは何の事だか分からず質問すると、エレオノールが答える。  
「何でも日本の風習で、新しい年になってから初めて神社仏閣に行く事なんだそうです。  
日本では1月1日に一斉に集まり、神に祈りを捧げるのが決まりだとか・・・。」  
エレオノールは例の怪しげな「日本マナー集」で得た知識を披露した。  
「う〜ん、決まりっつーか、正月に御参りすると縁起が良いから、みんな行くんだよ。」  
「オマイリは、いつの季節でもするのに、何故お正月だけエンギが良いのデスカ?」  
「そりゃあ、初詣には御利益があるっていうからさ。」  
「ゴリヤク?」  
「神様が願い事を叶えてくれるって事だよ。」  
「マァ!ハツモーデすると神様が御願い聞いてくれるデスカ!?」  
リーゼは大きな瞳を輝かせた。  
 
「ステキ!是非行きまショウ。私、神様に御願いしたい事いっぱいありマス。」  
それで話は決定したが、  
「あたしゃ、人込み歩くのは御免だね。」  
「若い奴ぁ、元気でいいなあ。こちとら舞台の仕度でクタクタだってのに・・・。  
お前らだけで行ってこい。」  
と、ヴィルマや年寄り達は辞退し、若い連中だけで行く事になった。  
「あの、それではナルミを呼んできます。」  
エレオノールはテントの外に駆け出していった。  
「え〜〜〜、あんな奴、どーでもいいじゃんかよぉ。」  
背後で男達が不平の声を上げていたが、彼女の耳には入らなかった。  
鳴海は表でひとり、木箱の上に腰掛けていた。  
エレオノールが近づいていくと、キッと冷たい視線を向ける。  
「何か用か?」  
「あ、あの・・・、これからみなさんと初詣に行く事になったんですけど、  
あなたも一緒に・・・。」  
「行かねえ。」  
予想通りの素っ気無い返事だ。  
だが、それでもエレオノールは食い下がった。  
「で、でも、みなさんと全然お話をしてないし、これを機会に親しくなれれば・・・。」  
自分への冷ややかな態度はともかく、団員達と少しは打ち解けてほしいのだが、  
まったく取り付く島が無い。  
「うるせぇな。余計なお世話だ。さっさと消えろ。」  
仕方なくエレオノールは切り札を出す。  
「・・・私、あなたが見張っていないと、逃げてしまうかもしれませんよ。」  
 
すぐ近くに大きな神社があると聞き、徒歩で行くことになった。  
わいわい騒ぎながら歩く涼子やリーゼ、男達3人の後を少し遅れながら  
エレオノールと鳴海がついて行く。  
鳴海はにこりともせず、嫌々連れてこられたという態度を隠さない。  
無理矢理連れ出してはきたものの、気不味い雰囲気にエレオノールは居た堪れない。  
時折、ちらちらと鳴海の横顔を窺い見るが、こちらには目を向けてもくれない。  
前を行く5人は、後ろに聞こえないよう、ひそひそと小声で話す。  
「なあ・・・、しろがね、加藤の奴のこと、やけに気にしてばっかりいるんじゃねえか?  
なんかいつも落ち着きが無くってよ。あいつの顔色窺って、ため息ついたりして。」  
「あんなしろがねサン、初めてデスネ。」  
「いきなり連れてきて、仕事探してるから入団させてやってくれって・・・。  
本当にただの顔見知りなのかよ?」  
「勝の場合はしょうがないけどよぉ。男に気ィ使ってオロオロするしろがねなんて  
見たくねえよ。あー、面白くねー。」  
「もしかしてもしかすると〜、あれは恋する乙女の目だったりしてぇ。」  
「ば、馬鹿! 涼子! ガキのくせにませた事言ってるんじゃねえ!」  
「そ、そうだぞ!! 勝ベッタリのしろがねが、男になんか興味持つわけねえだろ。  
ただ、あいつが新入りのくせに、すっげー感じ悪いから気ィ使ってるんだ。  
そーだ、そーだ、そうに決まってる!」  
そうこうしている内に、市街地の中にある神社に辿り着いた。  
 
そこは地元でも有名な所らしく、大勢の参拝客が詰め掛け、かなり混雑していた。  
「あっ!」  
人込みに押され、よろめいたエレオノールの体が鳴海にぶつかる。  
「あ、あの、ご、ごめんなさい。」  
慌てて離れようとしたが、前に進むほどに人の数は増え、満足に身動きが取れない。  
エレオノールの左肩は、鳴海の右半身に押し付けられる形になった。  
この状況では仕方ないと割り切っているのか、鳴海は特に押し退けようとはしない。  
2人は体を密着させたまま、人の流れに乗って歩いていった。  
エレオノールの胸が激しく高鳴り、ドキドキと大きな音を立てる。  
(ナルミに聞こえてしまわないかしら・・・。)  
彼女は頬を染めながら、自分より遥かに高い位置にある顔を仰ぎ見た。  
だが鳴海はまったく素知らぬ顔をしている。  
(あの時は優しく肩を抱いてくれたのに・・・。)  
たくましい胸板も体の温もりも、あの時と何も変わらない。  
勝が誘拐され、救出に向かった軽井沢の別荘。  
鳴海は力強い腕で肩を抱き、暗闇に怯える彼女に安らぎを与えてくれた。  
真夏の太陽のように、凍てついた心を温めてくれた。  
(私の心の氷を粉々に砕いて、生まれて初めて陽の光を見せてくれた人。)  
今の鳴海はまるで、あの頃の自分と入れ替わってしまったかのようだ。  
もう一度、あの屈託のない笑顔を見せてほしい。  
エレオノールは切に、そう思った。  
 
ようやく拝殿に辿り着いた彼らは、それぞれに賽銭を投げ、御参りした。  
「どーか、しろがねが俺の彼女になりますように。」  
「あっ、ヒロ!このヤロ!しろがねは俺のもんだ。」  
「何言ってやがる、お前ら。しろがねは俺のもんなんだよ!」  
「あんた達、ちょっとは公演のこと御願いしたら?」  
「勝サンが早く帰ってきますように。勝サンが病気などしませんように。勝サンが、  
勝サンが、勝サンが・・・。」  
「あ、あのねぇ、リーゼさん。3馬鹿みたいに声を出さなくてもいいんだよ。」  
リーゼと涼子の会話を聞きながら、エレオノールも手を合わせる。  
(お坊ちゃまが風邪などひかないように。・・・そういえば昨夜、テントで練習していて  
つい、うたた寝してしまった時、お坊ちゃまの声が聞こえたような気がしたけれど。)  
どうやら、勝が気になって夢にまで見てしまったらしい。  
エレオノールはそう考えた。  
(それから、今度の公演をたくさんの人が見に来てくれますように。そして・・・、  
ナルミが笑えるようになりますように。)  
 
参道にはたくさんの出店が並んでいて、それを眺めながら帰路に着く。  
「あっ! あれ、何だろ?」  
涼子が指を指した先に人だかりができていて、大きな歓声が上がっていた。  
 
覗いてみると、法被を着た中年男性が猿回しの芸を披露していた。  
「カワイイ! お猿サンが芸をしていマス!」  
「へえ〜、猿回しか。ちょっと見てこうぜ。」  
そう言って、みんな、人の輪に加わる。  
だが鳴海だけは足を止めず、そのままスタスタと行ってしまった。  
「あっ、待っ・・・。」  
エレオノールは引き止めようとしたが、鳴海は振り返りもしない。  
先に行くと一言断っておこうとしたが、みんな夢中になっていて声が届きそうもない。  
後でリーゼの携帯に連絡を入れておけばいいと思い、鳴海の後を追った。  
上着のポケットに両手を突っ込み、鳴海は大股で歩いていく。  
何もかも拒絶するかのような、暗く寂しいその背中を見つめながら、  
エレオノールは黙って、その後を付いていった。  
門前町の商店街を抜けると、ひと気がほとんど無く閑散としている。  
キキィ〜〜〜ッ・・・ガシャンッ!!  
静まり返った町の中に、突如自動車のブレーキ音と衝突音が鳴り響いた。  
「何だ!」  
「あっちの方向だわ!」  
家の中からも、物音を聞きつけた人達が何人か飛び出してくる。  
音がした路地に駆けつけてみると、2台の乗用車が衝突していた。  
「だ、誰か・・・、ひゃ、110番! きゅ、救急車も!!」  
集まった人達が慌てて叫ぶ。  
 
車は両方ともフロント部分がかなり潰れていたが、片方の車に乗っていた若い男達は  
自力でフラフラと降りてきた。  
どうやら酒が少し入ってるらしい。  
もう一方は家族連れで、後部座席に5歳ぐらいの女の子が座っていた。  
「こりゃ、ひどい。ドアが潰れちまって開かねぇよ。」  
対向車線をはみ出した車に、斜め前方から突っ込まれたらしくドアが歪んでしまっていた。  
その上、ハンドルで胸を強打したようで、運転席の父親は苦しげにうめいている。  
子供と助手席の母親は、見物人達が助け出してやったが、父親の方は座席に挟まって  
外に運び出す事が出来なかった。  
「レスキュー隊は、まだか?」  
「家の中から何か道具持ってきて、ドアをこじ開けた方がいいんじゃないか?」  
見物人達は口々に話している。  
不安そうな顔の母親の横で、子供が火がついたように泣いていた。  
その様子を、エレオノールも心配げに見守る。  
(あるるかんを持ってきていたら、すぐに助けてあげられるのに。)  
そこに、スッと鳴海が進み出た。  
「ナルミ・・・?」  
「あんた達、ちょっとどいていてくれ。」  
「あ、ああ・・・。」  
長身の若者の異様な迫力に気圧されて、見物人達は思わず道を空ける。  
 
鳴海は左肩に手をやり、何かを摘む仕草をした。  
ザシュッ!  
上着の袖を突き破り、左腕の肘の先から鋼鉄のブレードが飛び出す。  
見物人達がどよめいた。  
鳴海は運転席に近づくと、そのブレード、聖ジョルジュの剣を一閃させた。  
切り裂かれたドアが、ガタンと音を立てて地面に落ちる。  
それから車内に身を乗り入れ、運転手の体を押さえつけていたハンドルをつかみ  
根元からへし折った。  
鳴海は運転手の体を支えて車外へ運び出し、そっと路上に横たわらせた。  
見物人達はその様子を、ぽかんと見つめている。  
彼らが鳴海に向ける視線の意味に、エレオノールは気づいていた。  
それは決して尊敬や称賛などではない。  
普通とは違う者、異質な存在に対する恐れを含んだ視線だった。  
マリオネットの義手が、一般の人々にとって異様に映るのは当然かもしれない。  
だが、鳴海の心中を思いやると、エレオノールの胸も痛んだ。  
「ナルミ・・・。」  
人々の間に、事故によるものとは別の重い空気が漂う。  
鳴海はその場を、無言で立ち去ろうとした。  
 
その時、女の子がトコトコと鳴海の元に近寄って来た。  
そして無邪気な笑顔で言った。  
「おにいちゃん、パパをたすけてくれてありがとう。」  
鳴海は一瞬、驚いたような顔をする。  
それから女の子の頭にそっと手を置いて、ほんの微かに微笑みを浮かべた。  
 
その場を離れた後、エレオノールは途中の公園で鳴海の服を繕ってやった。  
当然、鳴海は突っぱねたのだが、その腕を他の人に見られたくはないでしょうと  
説き伏せ、強引に奪い取ったのだった。  
エレオノールは携帯用の裁縫道具を取り出し、袖を縫った。  
鳴海はその横で、相変わらず不機嫌な表情をして座っている。  
それでもエレオノールは嬉しかった。  
わずかばかりでも、鳴海が笑顔を見せてくれたのだから。  
「初詣のゴリヤクって、とっても効き目があるんですね。」  
「・・・?」  
鳴海は怪訝そうな顔でエレオノールを見る。  
いつかは自分にも、あの笑顔を向けてくれたら・・・。  
彼女はそう願った。  

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