からくりサーカス  

仲町サーカスの一行は名古屋市内を北上し、国道22号線から一宮インターチェンジに入り  
名神高速道路に乗った。  
次の興行が決まった和歌山県に向かうためである。  

「なんかよぉ、暗いやつだよなあ。」  
トレーラーハウスの中、ノリ・ヒロ・ナオタが声を潜めながら話している。  
3人の視線の先には、新しく加わったメンバー、加藤鳴海がいた。  
鳴海は誰とも言葉を交わそうとはせず、1人静かに座っている。  
エレオノールは、そんな鳴海を切ない目で見守っていた。  
彼に声をかけたい。隣に座って寄り添っていたい。  
だが鳴海は、そんなエレオノールの想いを拒絶するかのように、背を向けている。  
「ちょっと、しろがね。あんたのいい人、ずいぶんつれないじゃないさ。」  
ヴィルマが、エレオノールにだけ聞こえる声で囁きかけてきた。  
「久方ぶりにあった恋人をほったらかしにしてさ。あんたら、どーなってんの?」  
「そんな、恋人だなんて。私が勝手に想ってるだけで、あの人は私のことなんて・・・。」  
「おーやおや、あんたに惚れられて何とも思わない男がいるなんてねぇ。  
まあ、只者じゃないってことだけは分かるけどね。  
あれは地獄をくぐり抜けてきた奴の目さ。」  

「地獄を・・・?」  
あの別離から約8ヶ月の間、彼はどれほどの過酷な日々を過ごしてきたのだろう。  
その時間が彼から笑顔を奪ってしまったのだろうか?  
喜怒哀楽が激しく、子供のように開けっぴろげで、  
自分の感情を何一つ隠しておけない男だった。  
それが今は暗い闇を瞳に宿し、周りの者を一切近づけぬ壁を作り上げている。  
何故、彼は「しろがね」と自動人形の戦いに関わってしまったのか?  
エレオノールは鳴海に問いかけたかったが、  
ここでは仲町サーカスの人々の耳にも入ってしまう。  
「ヴィルマ、あなたにはいずれ話すかもしれない。でも今はあの人のことそっとしておいて。」  
「まあ、あんたが訳ありなのは知ってるからね。けど相談したい事があったら  
いつでもかまわないよ。言いにおいで。」  
「ありがとう。」  
かつては殺し合いをした相手だが、「不死人」である自分の秘密を知られている分  
誰にも言えない事まで話せる唯一の人間だ。  
もしかしたら自分は生まれて初めて、親友というものを得たのかもしれないと  
エレオノールは思った。  

一行は途中、両脇を山に挟まれた養老サービスエリアで休憩を取ることにした。  
これからの長い道中のために弁当や飲み物を買い込まなければならない。  
車から降りた彼らは、トイレや売店へ思い思いに散っていった。  
エレオノールは鳴海に目を向けたが、彼は降りる気配も見せず、  
押し黙ったまま座っている。  
仕方なく1人で車外に出た。  

自販機でジュースを買い、エレオノールはトレーラーに戻った。  
「ナルミ、飲み物を買ってきたわ。」  
だが車内に人の気配がしない。  
「ナルミ?」  
車内にも、トレーラーのまわりにも鳴海の姿はなかった。  
「ナルミ!」  
エレオノールは缶を取り落とし、駆け出していた。  
「お、おい、しろがね。どうしたんだよ。」  
戻ってきたノリたちが、エレオノールの只ならぬ様子に驚き声をかけたが、  
彼女に耳には入っていない。  
「ナルミ!ナルミ!」  
鳴海の姿を求め、エレオノールはサービスエリア中を走り回った。  
(どこへ行ったの!また・・・また私を置いて行ってしまうの?ナルミ!)  
だが鳴海はすぐに見つかった。  
彼は北西の方向に一際高くそびえ立つ、雪を被った伊吹山を見上げていたのだ。  
「ナルミ!」  
呼ばれて鳴海は振り返ったが、息を切らせ、目に涙を滲ませたエレオノールの姿に  
少し戸惑ったような表情を見せた。  

「何を慌てている?」  
「・・・いなくなったから。あなたがいなかったから・・・またどこかに行ってしまったかと思って・・・。」  
エレオノールはそれを伝えるだけで精一杯だった。  
これ以上、口にすると嗚咽が漏れてしまう。  
「俺はゾナハ病の治療法を聞きだすまでは、おまえから離れない。」  
「・・・そうね、それまではあなたがどこへも行くわけがないのに。バカだわ、私。」  
この人は私を殺すために来たのだから・・・。  
「山を見ていたんだ。砂漠から帰ってきて、久しぶりにこんな景色を見て・・・、  
ああ、きれいだなと思ったんだ。」  
そう言って鳴海は再び雪山を見上げた。  
心なしか彼の表情がやわらいで見える。  
再会してから初めて見る、穏やかな表情だった。  
「ええ、きれいね。本当に。」  
エレオノールは鳴海の隣に並んで、澄んだ空に浮かび上がる霊峰を見上げた。  

今はこれだけでいい。  
たとえ彼が私を愛してくれなくても、こうして彼の声を聞き、かたわらに寄り添っていられれば。  
明日はこの身に刃を突き立てるかもしれない男。  
それでも、この幸せな時間のために、私は喜んでその刃を受けるだろう。  
仲間達が出発を知らせに来るまで、2人はじっと並んでたたずんでいた。  

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