神山佐間太郎は神様の息子である。今日は、佐間太郎が神様修行のために所属しているクラスで席替えが行われた。
当たり前のように隣りにいたテンコとも席が離れ、偶然にも佐間太郎の隣りには久美子が座っている。テンコは…佐間太郎から見える位置にはいるが、話しかけたり出来るほど近くにいるわけでもない。
隣りに移動して来た久美子が佐間太郎に話しかける。
「神山君、席隣りですね。今日からよろしくお願いします」
「……」
「…あの神山君?」
「あっ、ああ久美子さん!こちらこそよろしく〜」
久美子に話かけられるまで佐間太郎はぼーっとテンコの方を見ていた。
(あ、佐間太郎の隣りの席は久美子さんだ…)
一方テンコも佐間太郎とは違うタイミングで佐間太郎と久美子のことを見ていた。いつも隣りにいた佐間太郎がいなくてなんだか寂しかったのだ。そんなテンコの隣りにはたいして仲良くもない男子がいる。
「テンコさん!席、隣りになれてうれしいです。これからよろしくお願いしますっ!」
「あっ、うん…。これからよろしくね」
この日佐間太郎とテンコは少し変だった。
(あ、テンコの隣りのヤツがなんか落としたな。テンコが拾ってるし。…テンコめ、何そんなことでいちいち笑顔見せてんだ…)
「テンコのあほ…」
(あ、佐間太郎久美子さんと話してる。何赤くなってんのよ……楽しそうにして…)
「佐間太郎のバカ…」
という風にお互いにお互いを見てばかりいた。2人にしては珍しく、ぼーっとしていることが多かった。
この雰囲気が変わることはなく、家に帰る時も帰ってからも2人はあまり言葉をかわさなかった。
さらにテンコは食事が済むとすぐに部屋に入ろうとしたので、
「テンコ!」
いい加減耐えきれなくなった佐間太郎が彼女を呼び止めた。テンコはドアノブを握ったまま一旦停止した。
「お前…何か怒ってんの?」
「…違うけど」
「言いたいことがあるなら、ちゃんと言えよな」
このとき何故かテンコは少し辛そうな表情をした。そして、
「ゴメン、ちょっと一人にさせて」
とだけ言って部屋に入った。
佐間太郎は自分のベッドの上で考え込んでいた。
(テンコ何怒ってんだ。俺だって言いたいことはあるんだよ。他の奴に簡単に笑顔見せやがって…ムカツクんだよ…)
など考えながら、佐間太郎は今日の自分とテンコの雰囲気に苛々していた。彼は気付いていないようだが、これは完全に『ヤキモチ』だ。
こんな時でも頭の中は別のことを考えるのだろうか。なぜか突然、ある友人の言葉が佐間太郎の頭をよぎったのである。
『テンコちゃんって結構人気あるんだよなぁ』
急に佐間太郎の胸がドキドキし始める。
(今考えれば、さっきの言い方は何か冷たかったよな……もし俺がいつまでもこんな態度してたら、テンコはいつか…)
佐間太郎は大事なことに気付いたのだ。
そしていつの間にかテンコの部屋の前に立っていた。
「テンコ、入るぞ」
ほとんど勝手に部屋に入ると、テンコは少しの明かりだけを点けてベッドの上に体育座りしていた。
「…何?さまたろ…」
その声に普段の明るさはなかった。佐間太郎はそんなテンコを見ながらゆっくり話を始める。
「あの、さ…謝りたくて。その…ゴメン、今日の態度。言いたいことがあるのは俺の方だったんだ」
テンコはあまり意味がわからないという顔で佐間太郎を見た。
「だから…や…ヤキモチやいてたんだよ。今日、テンコの隣の席の奴に。テンコが話し掛け辛かったのも俺の態度のせいだってことに、やっと気付いたんだ。ゴメン…」
言いたい事がとても素直に口に出せるので佐間太郎自身驚いていた。佐間太郎が話し終わるとテンコもやっと顔を上げ、そして口を開いた。
「…なんで佐間太郎が謝るの?謝るのは私の方だよ。佐間太郎の隣りに久美子さんがいるの見ただけで『そこは私の場所なのに』って勝手に思って、苛ついて…。
いつから私こんなにワガママになったんだろ。…今までは両思いだからって安心してたけど、嫌な女だっていうのがわかったら佐間太郎も嫌いになるかも…って思ったら、急に…不安に…なって…」
最後の方は泣いてるみたいに声が小さかった。佐間太郎はテンコの近くに行き、思わず彼女の体を抱き締めた。
「…こんな状況なのに、何故か俺すごく嬉しいんだけど。テンコが俺の隣りにいたいと思っててくれたことが。好きだって言われてるみたいに。
…というか俺がテンコを嫌いになることなんてないと思うよ」
「佐間太郎…」
ただ2人は相手のことを想いすぎていただけ。そのために少しのすれ違いが起きたのだ。だがそれも今こうして無事に解けた。
佐間太郎を抱き締めるテンコの手も力が加わる。そうして2人はしばらく抱き合っていた。
(俺が中途半端だから、テンコが久美子さんとかを気にして不安になるんだ。もっとはっきり言わないと。
テンコの不安を無くしたいから。テンコを幸せにしてやりたいから…)
長かった沈黙を破ったのは佐間太郎だった。抱き合っていた体を少し離して2人はちゃんと向き合った。
こんな風にちゃんと目を合わせるのが久しぶりな感じがする。
「…テンコ、聞いて欲しいことがある」
「…うん、何?」
「あの……す、好きだ」
「へっ!?」
突然の告白にテンコは顔を赤くし、おまけに頭から小さな湯気まで出した。
「佐間太郎!なな、何言ってんの!?」
「だから…好きだ、って。俺、テンコのことは小さい時からずっと隣りで見てきた。テンコのこと、全部知ってると思ってる。
そして好きなんだ。笑顔も俺のために頑張る所も変な所も」
「…何だと??」
「あ…と、とにかく、テンコが大切なんだ。テンコだからずっと側にいて欲しいと思うんだって」
「さまたろ…」
佐間太郎の顔はテンコ以上に真っ赤だった。普段は言わないことを言って、恥ずかしくなったのだ。
途中聞き捨てならない部分もあったが、この告白はテンコを最高に幸せな気持ちにさせた。テンコも照れながら、
「…私も佐間太郎のこと、大好きだよ。佐間太郎が一番だよ。…嬉しい言葉、言ってくれてありがとう。
私、佐間太郎の言葉を信じるからね…気持ちをふらつかせたりしないからね」
「俺も…テンコのこと信じてる。だから席替えくらいでいじけるのも止めるよ」
2人は久しぶりに笑いあった。
外は真っ暗。家族のみんなは寝たのか、家の中もシンとしている。二度目の沈黙を破ったのはテンコの方だった。
テンコは頬を紅く染めながら、佐間太郎を見た。
「…佐間太郎……しよっか」
「はっ!?」
予想外の言葉に佐間太郎は今日で、いや今月で一番驚かされた。
まさかこんな時にしかもテンコから言われるとは…。
「お前っ、こんな時に…」
「冗談なんかじゃないよ!さっきね、直感だけど…佐間太郎と心が繋がった気がしたんだ。
だから今日は、体でも佐間太郎と繋がりたいと思ったの」
なんだか変な理由だが、じつは佐間太郎も似たようなことを考えていた。
再び訪れた沈黙の後、佐間太郎は少し笑って、そしてこう答えた。
「わかった」
2人は服を脱いだ。どちらからということも無く顔を寄せ、キスをした。舌を絡ませて深く、角度をかえてより深く…。
佐間太郎の唇が体の方まで降りていく。テンコの体の普段は見えないような所に、紅い印をたくさんつける。テンコは体をピクリとさせ、甘い声で答える。久美子や家族に聞こえないよう、なるべく声のボリュームを下げる。佐間太郎だけはテンコの声が聞こえた。
「…っあ…ぁっ…」
テンコは必死で声を抑え続ける。しかし佐間太郎は容赦なくテンコの全身を優しく愛撫し、体中にキスをした。額、頬、唇、耳、首、乳首、腰、手、太腿…そしてテンコの一番大事な所にも。
それは佐間太郎とテンコにとってすごく幸せな時間だった。
2人の体が一つに繋がる。あまりの気持ち良さに2人とも溶けてしまいそうだった。
おもわず大きな声が出てしまいそうになったが、唇で唇をふさいで堪えた。
息が出来なくて苦しくても、その苦しささえ心地良かった。
感じている時の声を、2人で共有できるのがとても嬉しかった。
体を重ねたことは何度かあったが、これは今までにないほど気持ち良くて、幸せで…。
そしてその幸せはこれからも増していくだろう。
その後2人は、裸のまま抱き合って眠った。佐間太郎は翌日、朝早くに自分の部屋に帰っていった。
次の日の朝も神山家の様子はいつもと変わりなかった。いつものようにみんなで朝食を食べ、いつものように楽しく話をした。
…ただし佐間太郎とテンコの間は前よりも強く繋がっていたが。
学校へも久美子を含めた3人で登校し、3人でクラスへ向かった。
2人の雰囲気が昨日…いやそれ以前とも全く違うことに久美子は少し疑問を持ったが、すぐに考えるのを止めることにした。
その時教室ではおかしなことが起きていた。昨日とは何か光景が違うのだ。
教室に着いた佐間太郎達もすぐそれに気付いた。
「あれ?そこ私の席だよね…?」
昨日決まったはずのテンコの席に他の人が当たり前のように座っている。…確かに変だ。
席替えの後、1ヶ月間はずっと決まった席のはずなのに…。
だが、その子からは驚くべき発言が返って来た。
「あー、なんかやっぱりおとといまでの席に戻すらしいよ」
………。
「ええっ!?」「はぁ!?」
先生の話によると、『新しい席を覚えるのが大変』だと。…何かくだらない理由だ。
佐間太郎達の昨日の悩みはいったい何だったのか…。
佐間太郎には違和感が感じられた。
(まさか…親父…じゃない、よな…んなこと…有り得ないよな…)
…まさかね。
という感じで、一日だけの席替えにいろいろと謎を残しつつも…
「佐間太郎、またよろしくね」
「おう」
2人の世界がまた平和になった。
「あっそうだ、テンコ」
「ん?なに?」
佐間太郎はこっそりとテンコに耳打ちする。
「昨日言ったこと、取消なんて絶対しないから」
テンコは顔を真っ赤にしながら、急いで他の人に見られてしまわないよう、つい出てしまった湯気を隠した。
そして嬉しそうな、はにかんだような笑顔を見せながら答える。
「…うん、私もだよ…」
*オワリ*