女神編中に書いたものです
「い……いいわよ。もう、振り向いても」
背中越しに声をかける。
こちらも振り向けば相手もすでに全裸だった。悪魔と人間の裸体が蛍光灯の元にさらされる。
距離は一メートルほど。こちらは両手で乳房と股間を隠している状態で、
相手は気恥ずかしそうに視線をそらしつつも向き合ってる状態だ。
目線が自分の方を向いていないことにいささか落胆を覚えながらもハクアは桂木桂馬の下半身に視線を向けた。
(あ、ちゃんとおっきくなってくれてる)
まだ半勃ちといった具合だろうか。少々皮の被った男性器は
そうして見ている間にもむくむくとその自己主張を強め、期待に震えている。
胸の内にポカポカとしたものが広がると同時、
男根を注視している自分にいささか恥ずかしさを覚え、ハクアは視点を移した。
華奢に見えたなで肩も女性と見紛うほどなめらかな肌も、
広い肩幅やうっすらついた筋肉などを見れば否応なく彼我の違いについて意識させられる。
(やっぱり、オトコなんだ。男なんだよね)
対する自分はどうだろうか。
起伏に乏しい体型は密かなコンプレックスだ。
特に首から下の肉づきに関しては顕著で、ハクア自身不満を覚えずには居られない。
(ノーラくらいとは言わなくても、せめてエルシィくらいあればいいのに)
親友のことを思うとチクンと胸が痛む。今こうしているのは、やはり裏切っていることになるのだろうか。
でも、もう決めたのだ。自分は今夜、桂木桂馬に全てを捧げる。
お互いの立場がいつ、どうなってしまうかもわからない現状、自分の心をごまかすのはもう限界だった。
「ねえ」
呼びかけると、相手は横目でこちらを見る。
(なんだよ)
とでも言いたげな気恥ずかしさを含んだ視線だけで首筋から尾てい骨までを甘い電流がジンと貫く。
「ちゃ。ちゃんと、見なさいよ。何のために脱いだんだか、分からないでしょ」
自分でも声が震えているのが分かる。それでも覚悟を決めて相手の顔を見つめた。
「ぅ……わかったよ」
一歩を踏み込まれるだけで彼我の距離はぐっと縮まる。
心臓がうるさいくらいに高鳴っている。桂馬の体温を感じるだけで産毛が逆立つ。
身長の差は明白だ。必然的に自分は桂馬を見上げ、桂馬に見下ろされる形になる。
頬に手を当てられると首が自然に上を向く。なにを、と思う間もなく唇を奪われた。
(ああ)
桂馬が他の女とキスしているのを見たことがあるのは一度だけ。
結と女装状態でしていたのを見ただけだから分からなかった。
(私、堕ちちゃった)
こんなに気持ちがいいなんて。
(くちびるが触れてるだけなのに)
体がトロける。心が沸きたつ。
初めてなのに
(もう、完全に中毒よ)
どんな命令でも聞いてしまいたくなる。全霊で尽くしたくなる。
ものたりない。
(もっと、もっとして)
膝立ちになって餌をねだる小鳥のように唇を押しつける。我知らず閉じた目じりから自然に涙がこぼれた。
唇が離れる。
「あぁ」
時間にすれば十秒にも満たないのに、ハクアの口からこぼれた吐息は、まるで永遠の別離を突き付けられた恋人のものだった。
どうして。なんでやめるの、と見上げた視線は冷静な瞳に受け止められた。
「見るぞ」
先ほどまでの照れや戸惑いはない。絶対の決定を突き付ける主人か裁判官のように桂馬は宣言した。
「は、い」
対するハクアの返答はすでに奴隷にして受刑者だった。
先ほどまでの覚悟は雲散霧消し、視線は彷徨い、ひたすらその冷静な愛におびえる少女。
桂馬の眼はそんなハクアの姿を何もかも映し出す。それは年頃の少年が女に対して向ける好機と情欲の視線ではない。
相手のなにもかもを見透かす、どんな細かい変化さえも見逃さぬ芸術家の審美眼だ。
先ほどまで征服されていたバラ色の唇も、
興奮と照れで薄紅に染まった頬も、
気恥ずかしさのあまりに伏せられた目を覆う長い睫毛も、
すべて、すべて手に入れた美術品を鑑賞するようなその眼に暴かれていく。
耳のカタチまで丹念に鑑賞されれば顎を経由して今度は首に。
ああ、きっと今あさましく喉を鳴らしてしまったことすら彼にはお見通しなんだろう。
鎖骨の辺りで目がとまる。いぶかしむより早く、冷徹な命令が下された。
「手を、どかせ。見えない」
ビクンと体を制御不能な震えが走り、ハクアの体は硬直する。
手を離す。それはつまり乳首を、もちろん股間も、全てを桂木桂馬の目にさらすということだ。
体の芯から震えがくる。
寒いわけではない。むしろ興奮で体は熱いくらいなのに、どうしようもなく強い恐怖がハクアの体を支配しようとする。
だが、
「見せろ」
彼の有無を言わせぬ断定は、そんな脅えさえ許さない。
おずおずとずらした両手は腰に。体の硬直に背筋が伸びて、自然と胸を張る姿勢になり、もはや隠すことなどできない。
薄く色づいた小さめの乳輪も、白くつるりとした腹も、期待に熱く疼いている下腹部も、すべて無遠慮な視線にさらされる。
(やだ。どうしよう、怖い)
気分は酸素を求める魚だ。
ハッ、ハッ、と短く息を荒げてひたすら耐える。
表情を確認することすらできない。
もし好みじゃない、なんて言われたら心臓が止まってしまう。
男性器は反応していたが、雰囲気に酔った単なる生理現象だったらどうしよう。
不安で不安でたまらない。何か、何でもいいからすがるものが欲しい。
いたたまれない。せめて、優しい言葉の一つでもかけてもらったらどんな恥辱にも耐えられるのに。
(せつないよお。何か、何か言ってよ。かつらぎい)
涙がこぼれてそうになったその時、
「おい」
「えっ」
桂馬から問いかけが来た。
「どうした? 黙りこくって。イヤになったのか」
いつも通り冷静でなにを考えているのか読み取れない表情。全て見透かされているような、それでいて何も考えてないような、
「イヤなら、嫌ならそう言ってくれ。ボクには、わからない。こうして、誰かと一緒にいる資格なんて本当は……」
だが違う。瞳は揺らぎ、眉根は寄せられ、唇はわずかに、本当にわずかにだが震えている。
(ああ、そっか)
彼もまた、不安なのだ。
拒絶におびえ、接触を不安に思うような少年なのだ。
悪魔の自分がこうなのだから、落とし神だって少しくらい揺らぐこともあるだろう。
そう思うと、ハクアは急に目の前の少年が愛しくなってその右手をとった。
「な、何だ急に。離せ、おい!」
「い・や・よ」
温かい。でも違うわ。こうじゃない。手の甲を掴むんじゃなく、手のひら同士をくっつけて。
指も絡ませてみたいわ。うん。いいじゃない? なんだかより深くつながれた気がする。
顔を赤くしてる。やっぱりかわいいな。
自分の左手と桂馬の右手を俗にいう『恋人つなぎ』の状態にして、
振り払おうとする力をそのままにハクアは桂馬の裸体に身を寄せる。
下腹部に違和感。視線を下げればいきり勃った桂馬自身が二人の腹で圧迫され、ドクリ、ドクリと鼓動のテンポで震えている。
ハクアは己の子宮が悦びに震えたことをはっきりと自覚した。まるで焼けた鉄のようだと思い、ハクアは桂馬の耳にささやく。
「ねえ。ベッドに行こう?」
桂馬の顔が朱色を強くしたことに気を良くしつつ、ハクアは続けた。
「手をつなぐより、もっとすごいコト、するんでしょう?」
簡素なベッドにハクアは仰向けに転がった。
バネは少々効きが強く、表面は堅めだったが特に気にするほどでもないし、掛け布団もシーツもよく洗われ干されている。
かすかに香るキツめの匂いは、桂馬の汗かもしれない。
彼の体臭につつまれてる。その想像だけでハクアは全身がゾクリと震えた。
「ねえ、私の体、どう?」
「どっ、どうとか、気軽に、聞くな」
「ちゃんと見なさいよ。この間みたいにまったく記憶にない、なんて言ったら殺すから」
「わかってるよ……」
遠慮がちな視線にさらされるだけで肌の下が燃え上がっていくのが分かる。
「ねえ。そろそろ、さわって……」
違和感なく桂馬に対する要求が口から出た。はしたないと思う気持ちはなくもなかったが、それより欲求の方が勝った。
「……わかった。ただ、嫌ならちゃんと言えよ。加減が分からないから」
返答は無言の首肯だ。
左手は今、桂馬の右手を捕らえたままだ。そのため、少年は必然的に覆いかぶさるような体勢になっている。
そっと左手が薄い乳房に触れられる。
下から掬うような動きだ。利き手ではないからか、それとも気を使っているのか、いささかもの足りない。
「もう少し、強くしてもいい、わ、っ、あっ」
あっさりと声が出てしまった。加減がうまい。反応で学んだのか、揉みこんだり、手を押しつけたりする動きが加わる。
「あっ、あ、ちょ、ちょっとまちなさい!」
ピタリと手が止まる。次は? と目線で問われ、ハクアは黙りこくる。
この流れは危険だ。何だか、自分で自分を取り返しのつかない場所へと追いやってる気がする。
「あ、あの……」
休止を申請する言葉はゆっくりとした手の再動で封殺される。
眼鏡越しの目線はしっかりとハクアの眼を捕らえた後、誘導するように薄い乳房の頂点へと移動する。
小さめの乳輪にふさわしい小粒の乳首はすでに両方とも直接触れていないのにハッキリと硬くなり、自己主張している。
自分の心がじんわりと侵食されるのを感じつつ、
「……ちくび、いじっても、いいわよ」
しかし逆らえず蚊の鳴くような声で許可を出す。
「でも、でもそこは敏感だから、優しく、んぅっ」
電流を流されたかのような刺激が走り抜けた。
無遠慮に延ばされた左手はしっかりと右乳房をホールドし、
中指と人差し指の間に挟み込んだ乳首を指の動きだけで執拗に嬲ったからだ。
「やぁっ、あっ、はぅんっ、だ、めぇ」
ぴりぴりと神経を直接いじられる感覚に、胸が先端から溶けそうになる。
スリスリと先端部分を指の腹で撫でられたり、人差し指の爪先で優しくひっかかれたりすれば
泣きたくなるようなむずがゆさが胸の内を苛む。
対照的に疼くのはずっと放置されている左乳首だ。
真っ赤に自己主張する肉のつぼみは触れられてすらいないのにズキズキと硬くとがっている。
「ね、え。そっちも、いじって。かたほうだけじゃ、や」
「そうだな。差別は、よくない」
桂馬の右手はしっかりとハクアの左手と恋人つなぎをしたままだ。時にやわらかく、時にキツく、からみとって離さない。
その代わり、しこり切った乳首を唇でかわいがられた。
先端にキスしてイジメるぞ、と宣告を受けた次の瞬間には熱くぬかるんだ口内に捉われる。
「あぁ、あ、ひ」
男の唾液がまぶされニュルニュルとした感触に酔わされたハクアの姫は、
すぐさま勝手にそそり立ったお仕置きとばかりに硬い歯による甘噛みの洗礼を受ける。
痛みを感じるかどうかといったギリギリの力加減で根元を咥え、顎の前後運動で先端部までをシコシコ擦りあげられると、
責め立てられた乳首は一人で到達したことのない硬度と高度まで引き上げられる。
(ヘンになるっ、私の乳首っ、ヘンになるう!)
激しいお仕置きの後に待っているのはもっと手厳しい甘やかしだ。
唾液をたっぷりと絡めた舌が今度は屈服を迫るようにのしっ、のしっ、と乳首に土下座を強いる。
乳暈に埋め込むほど圧力をかけてみたり、先端だけを弾くように嘗めてみたりと完全におもちゃにしている。
「あ、あぁあ、あっ、あっ」
もうハクアはなすがまま。腰から力が抜け、ひたすら痴態をさらけ出して桂馬にすがりつくだけだ。
ピタリと責めが止まった。荒い息をついて小休止する。まだ頭の中身が吹き飛んでいるようだ。
ボウと天井を見上げると桂馬の顔が見えた。有無を言わさず唇が奪われる。
ゆったりとしたキスだ。唇をやさしく吸われたかと思えばあっさりと離れ、また口づけられ、舌を絡め取られる。
口を離せば今度は鼻の頭、瞼、額、頬と浅いキスを繰り返していく。
頬が終われば今度は首筋。キツく吸われて跡がつけられても茫然自失のハクアはおとなしく受け入れるだけだ。
「下、さわるぞ」
そのまま桂馬の頭は上へ。耳たぶにも軽いキスをすると耳元に囁いた。