この感情は一体何なのだろうか?  
 
 ▽  
 
 光っている人が好きだった。光っている人に憧れていれば、まるで自分も光っている気がしたからだ。  
 でも、それがその気になれるだけである事に気付けない訳では無かった。  
 心の中は、いつだって何処か醒めていて、その醒めた部分は何時だって冷静に自分をバカにしていた。  
 何時だってそうだった。  
 何時も、何時だって、私は見ているだけだった。  
 それが何時からなのか、もう自分でも思い出せないが、小学生の時にはもうそんな自分の性質を自覚していた覚えが有る。  
 そう考えてみると我ながら屈折した性質だと思う。そしてその性質を変えようとした事をしなかった辺り、多分私は何処かで諦めていたのだろう。  
 多分、これは変えられない物なのだと。  
 歩みだす事もせず、それが極めて正しい事だと思い込んで諦観を決め込んで。  
 それが変わったのは、それを変えたのは――他でも無いアイツだった。  
 
 これは、私の物語だ。  
 私が歩み出す物語。性質を越えて、一歩を踏みしめる物語。  
 肉体的な意味じゃなくて、精神的な意味合いで。  
 
 これは、私こと小阪ちひろが変わる物語だ。多分あんまり面白くないかもしれないけど、精一杯語るので出来れば聞いて欲しい。  
   
 ▽   
 
 始まりは、6月のある日の事だ。  
 その頃の私は、先程も言った様に光っている人に憧れていた。  
 その日、私は告白した。相手はサッカー部のキャプテンだった。  
 結構高スペックな男だった。気さくで明るくて、勉強が出来て、何よりも顔が良かった。  
 ……まぁ、そんな男が誰かの手が付いていない訳なくて、彼女持ちという事で私はあえなくフラれる羽目になるんだけど。  
 涙を見られた。  
 フラれた時、その場を走り去る時。  
 同級生で友達だった桂木エルシィと、その兄貴の桂木桂馬に。  
 多分あの調子だと、告白する所から全部見られたと思う。声をかける余裕は無かった。挨拶を交わす事すら無く、私は無言で走り去る事しか出来なかった。  
   
 ――その日の夜は、一晩中毛布にくるまってた。  
 涙は出たけど、それは最初だけ。時計の針が十一時を差す頃には、ただ自己嫌悪と諦観で一杯になっていた。  
 『自分はやっぱり』、『やっぱり高望みし過ぎた』、『これだから』。  
 後悔と自虐と慰めで、ポッカリと空いた心の穴を必死に埋めた。  
 でも、完璧には埋まらなかった。埋められたのはフラれた分だけ。私の心の穴を完璧に埋めるには、もっと多くの物が必要だった。  
 それ程、私に空いた穴は大きかった。  
   
 結局朝陽が上る頃まで悶々としてたけれど、それまでには何とか修理したプライドを抱えて学校に行った。  
 本当は行きたくなかったけど、それでも行かないと心の穴が更に大きくなるのが解っていたから、勇気を振り絞って学校へ行った。  
 心はイヤイヤをしてたけど、気力で何とか捻じ伏せた。  
 「エリー…、おはよ…」  
 教室に入るとエリーがいたから挨拶をした。昨日の件も有ったし挨拶をしなければならなかったけれど、目は見られなかった。  
 兄貴の方は……無視した。その時は特に親しい訳でも無かったし、オタクだったから余り好きな奴じゃなかった。  
 何よりも関わるのが辛かった。エリーに挨拶するのが精一杯で、後もう一人に関わるのなんて無理だった。  
 「あ、ちひろさん…。おはよーございます」  
 「昨日は…かっこ悪いとこ見られちゃったなぁ…」  
 でも、どれだけ落ち込んでいた所で何とかなる訳じゃない。会話をして空気の転換場所を探す。  
 「あ…いえ…、こっちこそあの〜ごめんなさい…」  
 「思い切って告白してみたんだけどさ…、見事フラれちゃったみたい…」  
 タイミングを計る。  
 息とリズムを整える。  
 こころの中で三秒数える。  
 3。  
 2。  
 1。  
 
 その時。  
 誰かが立ち上がる音がした。  
 でも、その時は特に気にする事は無かった。  
 
 「――さーって、じゃー次の恋に移るか」  
 空気を換える。  
 傷付いてないフリをする。要はカラ元気だ。  
 でも、カラ元気を元気に変えていく。  
 「いやー、昨日は泣いたなー。さすがに、サッカー部のキャプテンは高望みしすぎだ」  
 エリーが驚いた目で見てる。  
 「でも、考えてみたら、前に告白した人の方がよかったかなー」  
 「ま、前に告白?」  
 「私さー、かっこいいなーって思ったら、ばーっと燃えちゃってさー。なんかそれで告白しちゃうんだよねー」  
 視線が痛かった。でも気付いてないフリをして、エリーを空気で飲んでいく。  
 「それよりエリー、この写メ見てー、この人イケてると思わないー?」  
 嘘だ。  
 本当は、惹かれてなんていない。  
 心から誰かを好きになった事なんて無い。  
 「この人が次の本命。やっぱり恋がないと、人生張り合いがないもんねー」  
 嘘だ。  
 嘘だ嘘だ嘘だ。  
 そんなの――――――――  
 
   
 「そんなの、恋じゃねー」  
 
 誰かが私の心の答えを当てた。  
 その声にぞっとした。  
 ふと見ると、オタメガがそこに立っていた。瞳に怒りを宿して、私をじっと見ていた。  
 「ヒロインの恋はもっと重いんだよ!! すぐに忘れたり!! 乗り換えたり!! そんなのは恋じゃない!!」  
 オタメガが怒りながらそう言う。恋は重い物だと。普段だったら笑い飛ばせられたけど、今この時だけはその言葉は私の心に深く突き刺さった。  
 知ってる。  
 知ってるよ、そんな事。  
 でも、心では解っていても。言葉では否定してしまう。  
 「何よあんた!! オタメガには関係ないでしょ!!」  
 その一言で振り払いたかった。けれども振り払える訳が無い。そんな一言で済んだら、きっと人生の何もかもが上手く行くだろう。  
 「うるせー、ボクの心配返せ!!」  
 心配?  
 「し、心配!? なんの心配よ!!」  
 もしかして、コイツはあの時の事を心配してくれたのだろうか?  
 まさか、そんな訳……。  
 オタメガが一旦戸惑いを見せた気がする。けれども、次の瞬間には言葉を紡ぎ始めた。  
 「フ、フン…。現実女のレベルをまた思い知ったよ!!」  
 オタメガの瞳が改めて私を映し出す。  
 それは、まるで私の心を見透かす様に。  
 「部活も入らず!! がんばることもない!!」  
 やめてよ。  
 「そのくせ、人をあしざまにののしり!!」  
 やめて。  
 「口を開けば誰がイケメンだと色恋の話ばかり!!」  
 やめてったら。  
 「お前らみたいな連中が!!」  
 
 やめてって――  
 
 「現実を汚染しているんだ!!」  
 ――言ってるでしょうがっっっっっっ!!  
 その後の事はもう憶えていない。殆ど脊髄反射の領域で、オタメガの言った事をそのまま返した。  
 アイツが私に言った事は、そっくりそのままアイツ自身にすら当てはまる事だったから、反論するのに訳は無かった。  
 この時、オタメガの言っている事を返した時に思った。  
 ……もしかしたら、コイツはクラスの誰よりも私に近い存在なのでは無いか、と。  
   
 ▽  
 
 その日からオタメガは誰とも話さなくなった。  
 クラスメイトどころか家族である母親や妹のエリーすら話さなくなったらしい。  
 授業中は平常運転でも、エリーから聞く所によれば、ゴハンすら食べなくなったらしい。私も、少なくともアイツが昼を取る所を見ていなかった。  
 そんな日が三日ほど続いたある日、思わず彼女に漏らしてしまった。  
 私、悪くないよね、と。  
 「ふーん。『桂木』、そんなに落ち込んでるんだ……」  
 ぽつり、と。  
 高原歩美は、そう呟いた。  
 本人にしてみても何か意味が有った訳じゃないんだろう。でも、歩美が『オタメガ』という仇名じゃなくて、ちゃんとした苗字の『桂木』でアイツの事を呼んだこの時を今でも憶えている。  
   
 ――それから、その日の放課後。私はオタメガと再び対峙した。  
 アイツは教室の掃除当番で。  
 私は歩美にその代わりを頼まれて。  
 「何でお前と掃除なんだ?」  
 「頼まれたのよ。歩美が部活があるから代わってほしいって…」  
 久しぶりにオタメガの声を聞いた。思ったよりも元気そうな感じがして、少しばかり罪悪感が軽くなる。  
 多分、歩美はきっと私とオタメガの仲を直そうと考えているのだろう。  
 私は悪くないのに。  
 私は悪くない。  
 「見え見えのセッティングには乗らん!! さっさと掃除しよう」  
 「フン、わかってるわよ」  
 悪くない。  
 「い、言っとくけど!! 私、悪いとは思ってないからね!! ゴ…ゴキブリは確かに言い過ぎたかもしれないけど……」  
 悪くない。  
 でも。けれど。  
 悪くないけど、……確かに言い過ぎたのは否めない。  
 「……」  
 オタメガは一瞬虚を突かれた顔をした。けれども、それも直に収まって、黙々と掃除の続きを行う。  
 私もしばらくは黙々と掃除を行った。  
 彼がやって来たのはそんな時だった。  
 「オタメガ、伏せて!!」  
 オタメガを巻き込んで、私は咄嗟に廊下側の壁に隠れた。  
 別に隠れる必要なんて無かった。無かったんだけど、何で隠れてしまったのは自分でも解らない。この後の今になっても、それは同じ事だ。  
 彼の名前はユータと言った。勿論これは本名では無くて愛称だけど、彼はどちらかと言えば愛称で呼ばれる事の方が多かった。  
 「あー、やっぱかっこいいなー、ユータくんっ!」  
 「あんたとは大違い」  
 「どーでもいいや」  
 確かに彼は顔は良かった。私は面食いだったし、顔が良いだけで夢中になれた。  
 でも、カッコ良かったけど、けれど何かが違った。彼への恋はその違う何かの正体すら解らず、まるで無理矢理押さえ込む様な物だった事を、その当時から何となく感じていた。  
 「何とかお近づきになれないかな。もーすぐ彼、誕生日らしいのさ。雑誌でプレゼントにいいアイテム探してんだけどねー」  
 
 「ふ、愚かな……」  
 そう漏らしたら、鼻で笑われた。  
 「雑誌? そんな適当なアイテムで落ちれば世話は無い。  
  相手の好みは? 性格は? 髪の色は? 部活は? ……アプローチはそれぞれ変わってくる」  
 何故か凄い偉そうに、オタメガはまくし立てて来た。  
 「わ、わかんないわよ。こないだ知ったばかりなのに!」  
 というか、相手を調べるのは解るけど。好みも性格も部活も良いとして、髪の色って何?  
 「相手の分析もせずに攻略に乗り出すとは、まさに笑止。  
  ――北極探検に水着で行くが如し」  
 「な、何よ!」  
 だから、何でそんなに偉そうなのよ。オタメガの癖に。  
 「ボクは常に分析をおこたらない。だからボクの告白イベントは百発百中だ!」  
 「……どうせ、ゲームの話でしょ?」  
 「だからどうした? お前は告白して成功したこと有るのか?」  
 う。  
 「ど、どうでもいいでしょ。そんなこと……」   
 「ふ、ゲームでも現実でも成功してない輩がボクに意見とは――片腹痛い!」  
 
 何よ。  
 何よ何よ何よ。何だって、そんなに偉そうに言うのよ。  
 アンタなんて――  
 
 「エラソーに! 現実の恋愛なんてしたこと無いクセに!  
  デートやキスした事あんのか! 『現実』で!」  
 無いもんだと思ってた。全部ゲームの話だと思ってた。  
 けれど、私が想像していたオタメガの反応と、現実のオタメガの反応は違った。  
 オタメガは顔を赤くして、私から目を背ける。  
 「あ、あんなの、べ、別にどうって事無いよ」  
 ……それが嘘じゃない事は、言葉じゃなくて醸し出される雰囲気が雄弁に語っていた。  
 雰囲気には真実の重さが有った。薄っぺらな嘘では出す事の出来ない、真実だけが出せる重さが。  
 
 「え、あんの?」  
 「……」  
 沈黙は肯定と等しかった。  
 「嘘、あるの!?」  
 「うるさい!」  
 相手は誰、と。  
 そう言いかけてふと気付いた。  
 自分とオタメガのやり取りを、さっきからユータ君が何事かとじっと見ている事に。  
 再び私達は教室の壁に隠れた。隠れた際、私がオタメガの頭をラッコの様に抱きかかえる形になってしまう。  
 オタメガは最初は息苦しそうに暴れていたが、しばらくが経つと大人しくなった。  
 「……」  
 オタメガに恋愛経験が有る。その事実は私の心を大きく揺さぶった。  
 あんなにオタクだのメガネだの言って見下していたのに、その実私よりも精神的な意味で大きく先を行っていた。  
 オタメガと付き合っていた彼女は、一体誰なのだろうか?  
 デートはしたのだろうか。キスはしたのだろうか。  
 ……オタメガでさえ、恋をする事が出来るのに。  
 それなのに、私は。  
 そう思うと、心がじくりと痛んだ。  
 痛んだ心は、心の壁にまた少しだけ穴を開ける。その穴から少しばかり本音が漏れた。  
 「どうせ、本当の恋愛なんて知らないわよ……」  
 その言葉の響きは、呻く様だった。  
 「じゃあ、どうしたら良いって言うのよ……」  
 そして振り払う様でもあった。  
 「そこまで言うなら…見せてちょーだい」  
 目と目が合う。何もかもを見透かす様な瞳。そこには私の顔が映っている。  
 「私の告白、あんたの力で成功させてよ」  
 
 冷たい瞳。鋭い眼光。  
 そこで気付いた。  
 ……『桂木』、意外とまつ毛長いんだ。  
   
 ▽  
 
 思いの他オタメガは良い奴だった。  
 私が勢い混じりで言った事を律儀に守って、私の為に色々動いてくれた。  
 ……或いは、私以上に本気になって。  
 そんなオタメガと対照的に、私の『本気の熱』はどんどん冷めて行った。  
 ほら、何時だってコレだ。  
 何時だって、私は見ているだけだ。  
 現に、私はだんだん一生懸命なオタメガを見ているだけで満足していってる。  
 これが私の性質なのだ。  
 私は誰かを必要とする。けれど、誰かは私を必要としない。その事を知っているから、本気であろうとする事を止めて、ただ見ているだけに徹してしまうのだ。  
 
 あぁ、そうだ。  
 だから、きっと今こんな事になっているのだろう。  
 
 「いいかげんに、しろ」  
 
 オタメガが、怒りの籠もった目で私を見ている。  
 理由は簡単だった。オタメガが頑張ってくれてたのに、私が『告白するのを止める』と言ってしまったからだ。  
 そりゃあ、誰だって怒る。それを解っててやった辺りに私は一体何を考えてるのだろうか?  
   
 「何よ、私はムリに協力してなんて言ってないわよ!」  
 
 やめて。  
   
 「そんな問題じゃない」  
 
 やめてったら。  
   
 「今まで出会った奴らは違った……。みんな、みんな頑張ってた……」  
 
 桂木の目が、私から逸れる。私を背ける。  
 私を見ずに、焦点は過去に合わさる。  
 やめてよ。  
 目、背けないでよ。  
 過去を見ないでよ。  
 今までの子と、私を比較しないでよ。  
 私を、お願いだから、私を……見てよ。  
 
 「少しは、お前も真剣になれ!」  
 
 この感情は、  
 ……一体何なのだろうか?  
   
 「……いーじゃん」  
 劣情?  
 それとも、もしかしてもっと別の――  
 「私、何の取り得も無いし。見た目も、……可愛くないし」  
 言葉は殆ど自動的に紡がれる。私の意志とは関係無く。まるで機械の様に。  
 だから、この言葉の震えも私の意志とは関係無い。  
 「みんなみたいに、輝けないもん。  
  ――真剣になって、どーなるってのさッ!」  
 あ。  
 あ。  
 あー。  
 言っちゃった。あぁ、言っちゃった。  
 誰も得をしないのに、何で言っちゃうのかなぁ?  
 ねぇ、小阪ちひろ。アンタは一体何が欲しかったの? 何が好きだったの? 結局アンタは何を求めていたの?  
 それすらも解らないまま、正体の解らない何かを求めていたの?  
 「……テキトーでいいじゃん、どいてよ!」  
 その言葉を向けたのは誰だったのか。  
 オタメガなのか、それとも私自身なのか。それすらも解らなかった。  
 
 ▽  
 
 鈍色の空。空を覆った雲は余りにも分厚く、太陽すら飲み込んだ様に感じられる。  
 空気は若干肌寒い。雲行きから察するに、もしかしたら雨が降るのかもしれない。  
 気が付くと私は走っていた。  
 何で走っているのか、その理由すら定かでは無いけど、足は勝手に動いていた。  
 何も考えない。何も思いたくない。  
 感じる事、考える事、思う事。……その一切合切を止めてしまいたかった。  
 でも、その中で一つだけ止められない物が有った。  
 桂木と付き合っていた子って、一体誰だったのだろう?  
 その思いだけは、何故か止める事は出来なかった。  
 
 ▽  
 
 これは、私の物語だ。  
 私、小阪ちひろが成長する物語。けれど、私の成長は私自身が勝手にした訳じゃない。  
 私の成長は、アイツによってもたらされた物だから。  
 
 ▽   
   
 海を見ていた。  
 あかね丸の上から。ただ静かに。  
 自分でも何処をどう走ったのか定かでは無い。ただ気が付くと学園の横に有る記念船のあかね丸の上にいた。  
 甲板には誰もいない。私以外は誰も。それは一人になりたかった私にとっては僥倖な事だった。  
 海は静かに波打っていた。そして私はそれをただ呆けた様に見ている。  
 すると、そこにオタメガがすっ飛んできた。  
 「早まるな!」  
 「わ!」  
 すっ飛んできて、タックルをかまされた。衝撃から足がもつれ、絡まり合い、甲板の上を転がってしまう。  
 「な、何!?」  
 「……身投げするかと思った」  
 何を言っているんだろうか、コイツは。  
 「するか!」  
 思いっきり叫んで否定する。別に自殺なんてする気など毛頭無い。  
 「何で追ってくるのよ! 私の事、嫌いなんでしょ!?」  
 その場から離れ、逃げる様に階段を駆け上がる。  
 「なんだよ! こっちは心配して来てやったのに!」  
 
 心配。  
 心、配?  
 
 「わ、私なんか心配しなくたっていい!  
  あんたの言う通りだよ。私、本当にいい加減な女だもの!」  
 「……」  
 「自分でも解ってんの。勉強だって、運動だって、見た目だってパッとしないし……何したって、平凡な人だもん!  
  なのに真剣に生きるって、カロリーの無駄じゃんか!」  
 「――嘘を吐くなよ、本当はもがいてるクセに」  
 今まで俯いて黙っていたオタメガは、今は下から見上げる様に私を見つめている。  
 静かに、心の底を見透かす様な冷たい瞳で。  
 ぞくり、とした。  
 「わ、私の何処がもがいてるっていうのよ!?」  
 「じゃあ、どうして好きでもないクセに、男を追いかけるんだ!?」  
 雨が降って来た。  
 まるで今まで堪えていた涙が、限界を超えて零れ落ちる様に。  
 勢いは思いの他強く。私は手にしていた傘を差した。   
 「……なんか、光ってる人に憧れちゃうのよ」  
 雨の中、私の声はそれでも掻き消える事無く響いた。いっその事消えてくれれば、どれ程良いだろうか。  
 「憧れている間は、私も一緒に光っている気がして……たまにアホらしくなるけどさ」  
 ――でも、それは私自身が光っている訳じゃない。  
 私に光る事なんて出来ない。  
 私は誰かを必要とする。けれど、誰かは私を必要としない。その事を知っているから、本気であろうとする事を止めて、ただ見ているだけに徹してしまうのだ。  
 「まったく、だらしの無いヤツだなぁ」   
 すると、オタメガは私の差している傘の中に勝手に入って来た。  
 「入ってこないでよ!」  
 それで追い出せない事は解ってるけど、一応言っておく。  
 「本降りになってきたな」  
 結果、無視された。  
 まぁ流石にこの勢いの雨の中で追い出す訳にも行かず、そのまま入れてやる事にした。  
 「……何よ、私ら似た者同士かと思っていたのに」  
 
 ぽつり、と思わず言葉が漏れてしまう。  
 「……」  
 「アンタだって、適当に現実生きてるじゃん。ゲームの中に逃げ込んでさ。あんたなら私の気持ち解るかと思ってた……」  
 こいつは、もしかしたら私に一番近い人間では無いのか。罵倒してしまったあの日。自分と同じく、無い物を追い求めてしまう性質を持つ者としてシンパシーを感じていた事を吐露してしまった。  
 こいつと私の違いは、それをゲームに求めるか、他人に求めるかの違いだと思っていた。  
 すると――  
 「まったく、解らんな」   
 その考えを、思いっきり否定されてしまう。  
 「……え?」  
 思わず驚愕してしまった。  
 「ボクは確かに現実に絶望している。だけど、自分には絶望していない。  
  今がつまらないのか、楽しいのか、平凡なのか。  
  それを決めてるのはボクじゃない。決めてるのは何時だってボクだ。ボクが望めば不可能なんて無い」  
 すると桂木は私の方を見る。  
 「――だから、お前だって、望めば何でも出来る」  
   
 心臓が、一際強く打つのが解った。  
 ……この感情は、一体何なのだろうか?  
 
 「で、でたらめよ!」  
 振り払う様に、もしくは逃げるかの様に。私はオタメガをそこに置いて、近くに有るボートの方へと駆けた。  
 「現実には限界があるのよ! 私がやる気になったからって、かのんちゃんみたいなアイドルになれると思う!?」  
 「それは、ちひろ次第だ」  
 オタメガは、そう言って私の方へとやって来る。  
 「ちひろって言うな!」  
 畳んだ傘を、フルスイングでオタメガに叩き込んでしまう。けれどオタメガは止まらない。  
 
 「ボクもお前を平凡だと思っていた。でも、実はお前が一番個性が有ったのかもしれない……」  
 「……」  
 「お前の悪口はSランクと言わざるを得ない。ボクをあそこまで打ちのめしたのは、お前だけだ」  
 オタメガが。  
 桂木が。私の目を、逸らす事無く確りと見つめる。  
 「ちひろが望めば出来るよ。たかが現実だ、お前なら楽勝だ」  
 「な、何しても私なんか……どうせ」   
 どうせ。  
 『どうせ』。  
 何時も。何時だって、この言葉で諦めてきた。  
 自分で歩む事を見て見ぬフリをして、何時だって歩く人を見てるだけだった。  
 「どうせ、――平凡なの」  
 次に言おうとした言葉も、また『どうせ』。  
 けれども、その言葉が声になる事は永遠に無かった。  
 それよりも早く、口が塞がれていたからだ。  
 
 ――そのキスは、淡かったけれど。焼ける様に熱かった。  
 
 「できるよ」  
 ……。  
 「不安になった時は、いつでもボクが助けてやる」   
 その時、雨が上がっている事に気付いた。雨上がりの空が晴れ、雲から覗く太陽が桂木を照らす。  
 その姿は、何処か神々しくも感じられる。  
 あぁ。  
 そうか。  
 今解った。今、ようやく解った。  
 この感情の正体。  
 それは――  
 「じゃ、じゃあ……今助けてよ」  
 
 「え?」  
 「今言ったでしょ。困った時が有ったら、いつでも助けてやるって。……今不安なのよ」  
 もっと上手い言い回しは無かったのだろうか。自分のボキャブラの低さを、今痛感してしまう。  
 今度のキスは私の方からだった。   
 二回目のキスは淡い物じゃなくて、濃い物だった。  
 桂木の舌と私の舌が嬲る様に絡んでいく。嬲る様に、貪る様に。こういうのを熱情っていうのかな?  
 熱く。ただただ熱く。  
 「――っぷは」  
 口を離すと睡液がキラキラ光る糸を引いた。桂木の頬に赤味が差している。  
 「今も不安なの! あんたの所為で! だから責任を取って頂戴!」  
 「お、おい」  
 「責任取ってよ!」  
 「……解った」  
 桂木は、そのまま壁に寄りかかって胡坐をかくと、その胡坐の上に私を座らせた。  
 そして、私の耳たぶを甘く噛み。右手を胸に、左手を太腿に這わせた。  
 右手が、私の胸を揉んでいく。  
 左手が、私の腿を撫でていく。  
 口唇が、私の耳を食んでいく。  
 何だかその手際が酷く手馴れた物に感じた。もしかしたら、桂木は既にこういう事を何回か経験しているのかもしれない。  
 顔の知らない誰かと、桂木が。  
 そう考えると何だか怖かった。何だか怖くて、何だか悲しくって、そして苛立たしかった。  
 「か、桂木ぃ」  
 「何だ?」  
 唇を耳から離し、返事が返ってくる。  
 「……私だけを見てて」  
 私だけを見て、私だけを求めて。  
 私を、必要として。  
 そうじゃないと、私は今にも溶けて消えて無くなってしまいそうになるから。  
 「解った」  
 その言葉は、きっと意味が通じた物では無かったのだろう。けれど、その言葉に私は安堵を覚えた。  
 桂木の左手が太腿を這い上がり、股間の方に宛がわれる。ショーツの中が滑り込む様に侵入されると、私は思わず太腿を閉じてしまった。  
 でも、それは遅い。余りにも遅い。  
 桂木の指は、私のソレをいじり始めた。最初はゆっくりと、そして徐々に速度を上げて。  
 声にならない声が、掠れた空気が何度も漏れてしまう。  
 指が入ってくる。  
 私の中に、私の奥に。  
 最初は浅く、徐々に深く。  
 それは、一人でする時とはまた違った感じがした。  
 雨はもう止んでるけど、水音は未だに長く続いている。  
 
 「っふ、ぅあ……」  
 掠れた空気が、とうとう声になった。でも、それは言葉というには余りにも稚拙で何の意味も持たない。  
 「……ん、ぁ」  
 でも、それを止める事は出来なかった。だって、桂木が求めていたから。求められたら応えない訳には行かない。  
 心がざわつく。青い興奮が私の心を覆っていく。  
 「止めるか?」  
 「……や、やぁ」  
 ようやく言葉に出来たのが、それだった。  
 でも、止めないで欲しい。  
 もっと。もっと、私を求めて欲しい。  
 今までの誰よりも。  
 「う、うぅ……あぁぁ……」  
 快楽の波が私の穴を埋めていくのが解った。心にぽっかりと空いた穴が、ゆっくりと収縮していく感触が解る。  
 途中、桂木の指が引き抜かれる。そして私のショーツが完璧に脱がされてしまった。  
 「か、桂木……」  
 「ちひろ、その……本当にいいか?」  
 「……今更何言ってんのよ。ダメだったら、アンタとこんな事しないわよ」  
 桂木のズボンが脱げるのが解った。  
 ズボンが脱げて、桂木のソレが露になる。初めて見る男の人のソレは、思ったよりも、思った以上に大きかった。  
 肉の棒。コンドームで覆っていない、生の性器。血が巡って大きく膨張したソレが、私に宛がわれる。  
 「ぅ」  
 亀頭が、ゆっくりと私の膣を広げて行く。それと共に痛みも同じ様に広がって行った。  
 思わず奥歯が強く噛み合わさる。『初めて』は痛いって雑誌に書いてあったけど、どうやらそれは本当だったらしい。  
 けれど。それでも、快楽が無い訳じゃない。  
 桂木の物を飲み込んで行く中で、背筋にぞくぞくした物が幾度も走る。  
 桂木の……その、ペニスは私の奥深くを抉って行く。  
 深く、深く。何処までも深く。  
 途中、何かが破れる音がした。多分それは破瓜の音だろう。熱い感覚は血か。  
 「……ぃ、……あ、ぅあ……」  
 痛みに身体が震えてしまう。でも、その震える身体を桂木は後ろから抱きしめてくれた。  
 求められていた。求められているのが解った。それが涙が出る程嬉しかった。  
 体温が重なり合う。後ろの心臓の鼓動が手に取る様に解る。  
 「桂、木」  
 「何だ?」  
 「入った、全部? 全部……」  
 「入った。動くぞ、大丈夫か?」  
 「……うん」   
 桂木が腰を動かす。私の鎖骨に桂木の顔が埋まる。  
 最初はゆっくりだった物の、腰を打ち付けるスピードは段々一定の物になっていく。  
 「う、くう。あぁ、あっあっあ」  
 喘ぎ声はもう隠せなかった。漏れ出た声はわりかし大きく、もしかしたら声を聞きつけて誰かやって来てしまうかもしれない。  
 けれども、止められない。隠す事が出来ない。秘所は初めて男のソレを受け入れたというのに、貪欲に精を搾り取ろうとする。  
 身体は沸騰してしまいそうだ。  
 「ちひろ、その、声が……」  
 「く、ぅう」  
 そんな事を言われたって。出てしまう物はしょうがないじゃん。  
 溶けてしまいそうだった。頭は熱でグルグルして、どうしようも無く位熱い。  
 痛みと快楽の中、それは何処か吐き気にも似ている。  
 
 目の前が白くなっていく。  
 何もかもが白く、白く白く白く。  
 私の中の物が動いていく中で徐々に膨らんでいくのが解る。もしかして、もうそろそろ出るのだろうか?  
 「か、かつ、桂木」  
 「……何だ?」  
 「出るの、もう、出ちゃうの?」  
 「……あ、あぁ」  
 「な、なら、中に出して、中に」  
 「お、おい」  
 外に出される、それは何だか嫌だった。  
 もしかしたらの可能性が生まれてしまうかもしれないけど、それは不思議と今は怖くなかった。  
 むしろ、桂木を独り占め出来るなら安い代償だ。  
 「桂木、桂木桂木桂木ぃ……」  
 
 だって。  
 だって、私は――桂木の事が好きなんだから。  
   
 「ぅ、あ」  
 「あ、うあぁぁぁぁああぁぁ」  
 弾け飛ぶ様な快楽の割に、絶頂の声は両方とも消え入りそうな位に掠れている。  
 熱い物が中を浸していく感覚が有った。精液が私の中を埋めていく。そこにはただ心地良い暖かさが有った。  
 極限まで荒くなった息を整え、私は言うのだ。  
 桂木。  
 いや、こうじゃない。  
 こいつの名前は――  
 「桂馬」  
 そうだ桂馬だ。  
 そして言うのだ。言わなければならないのだ。  
 「何だ?」  
 「……大好き」  
 私の身体が細い腕で抱きしめられる中、その中で私はそっと意識を手放した……。  
 
 ▽  
 
 光っている人が好きだった。光っている人に憧れていれば、まるで自分も光っている気がしたからだ。  
 でも、それがその気になれるだけである事に気付けない訳では無かった。  
 心の中は、いつだって何処か醒めていて、その醒めた部分は何時だって冷静に自分をバカにしていた。  
 何時だってそうだった。  
 何時も、何時だって、私は見ているだけだった。  
 それが何時からなのか、もう自分でも思い出せないが、小学生の時にはもうそんな自分の性質を自覚していた覚えが有る。  
 そう考えてみると我ながら屈折した性質だと思う。そしてその性質を変えようとした事をしなかった辺り、多分私は何処かで諦めていたのだろう。  
 多分、これは変えられない物なのだと。  
 歩みだす事もせず、それが極めて正しい事だと思い込んで諦観を決め込んで。  
 それが変わったのは、それを変えたのは――他でも無いアイツだった。  
 
 これは、私の物語だ。  
 私が歩み出す物語。性質を越えて、一歩を踏みしめる物語。  
 肉体的な意味じゃなくて、精神的な意味合いで。  
 
 これは、私こと小阪ちひろが変わる物語。  
 小阪ちひろが、桂木桂馬に好きと言う為の物語。  
 それを言う為に随分と遠回りをしてきたけど、最後はこの言葉で締めたいと思う。  
 
 ▽  
 
 私は、桂馬の事が好き。  
 

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