舞島学園の図書館から少し離れたところで、桂木桂馬とエルシィは入口で立ち往生している生徒たちを眺めていた。  
図書館は、ある生徒の独断で立ち入りが出来なくなっていた。生徒による立てこもりだ。  
「栞さん、図書館に立てこもっちゃいました」エルシィがトレードマークの箒を振りながら、片手を口にあてている。「なぜでしょう? どうして?」  
心配そうな顔をするエルシィに、桂馬は常の冷静さを身体に纏っている。  
「予兆はいくらでもあっただろ。消防車ばかり見てるんじゃない」  
「こ、これからどうしましょう神様――」背中を向けた桂馬に、エルシィが慌てて意見をうかがう。「栞さんを止めるべきでは?」  
「止めるか止めないかは……ルート展開次第さ」  
エルシィには桂馬の言っていることが分からなかったが、脚を止めない彼に彼女はいつものように仕方なくついていった。  
 
図書館を封鎖した渦中の少女――汐宮栞は、祈りを捧げるように両手を組み合わせながらあれやこれやと思考を巡らせていた。  
(う……うう…………わ……我ながら大それたことをしてしまった)  
栞は本がうず高く積まれた受付の中でちょこんと椅子に座っていた。はたから見れば受付はさながら本の城塞で、『必勝』という文字が書かれた達磨が番人のようにどっしりと構えていた。  
(やっぱりや……やめようかな……せ、先生呼ばれちゃったらどうしよう…………でも呼ぶよねきっと……)  
栞はそわそわとして落ち着きがなく、きょろきょろ視線をさまよわせていると、積まれた本の塔が傾いていることに気づいて腰を浮かせた。  
(ううん、弱気になってはダメ!! 覚悟の上の狼藉のはずよ!! この本たちを廃棄処分になんかさせないわ!!)  
塔の形を四方から整えて、周りでも位置のずれている書籍を丁寧な所作で直していく。抱えきれない本の森の中で、彼女は慈しむように書物を愛でている。  
(どこの店でも買えるCDを入れて、この子たちを処分だなんて……!! 図書館はコンビニじゃないのよ!! 貸し出し頻度が少なくても、価値のある本を守るのが図書館じゃないの?)  
彼女の心は口以上に滑らかに、本心を言葉に変換していく。  
(私の大切な図書館を……守らなきゃ! 視聴覚ブース、断固阻止!)  
図書館のガラス張りの入口の立て札を思い浮かべる。彼女は小さな文字でだが『視聴覚ブース導入反対! 汐宮 栞 拝』と書いていた。  
彼女が本の手入れをしていると、背後の窓がドンドンと外から叩かれる音がした。  
「ここか――? しおり――開けろ――!! このうつけ――!!」カーテン越しに数人の影が投影されている。「しおり――」  
栞はあわあわと眉尻を下げて慌て始める。  
(み……耳栓してきたのに、まだ聞こえるよ〜〜……どなり声ってどうしてこんなに怖いのー?)  
普段から人とあまり離さない彼女だからこそ、余計に人の大きな声に敏感だった。  
(う……う……こ…………来ないで――――)  
心臓が烈しく鼓動していて、息がつまりそうだった。  
天井からパラパラと塵が落ちてくると、「あて!! いてて!!」という喚き声が聞こえてきた。  
「きゃあああ!」  
栞が咄嗟に振り向くと、穴のあいた天井の真下の本棚に桂木桂馬が脚を組んで座っていた。  
「やあ」  
二人は城壁のような本を挟んで、見下ろし見上げていた。桂馬は手を組むと顎に手を当てた。  
「ボクも静かな場所が残っているほうがいいからね。応援するよ」  
桂馬がじっと栞を見つめてくる。彼女は頭から湯気が出そうなほど言葉を必死に探し出す。  
(……………………)  
(………………)  
(…………)  
(……)  
「桂木くんっ!」  
出てきたのは彼の苗字だった。彼女は言葉に出せたことに安堵して、ほっと息をついた。  
「一発で言えた……」  
桂馬は背の高い本棚から降りようとして、どさりと落ちてしまった。  
(じゃなくて、どこから入ってきたの? カギは全部閉めたよっ。誰も入ってこれないはずなのに……)  
栞はわずかにほんのり染まった顔で桂馬を一瞥する。  
 
(ケンカを売ってきたと思ったら……こんな所に現れて……)  
桂馬が本はなくなってもいい、と言ったことを彼女は思い返していた。彼は本を要らないと言ったし、図書館の――共有の書物に落書きもしていた。  
(この人は……誰……? まるで……)  
にも関わらず、ここにやってきた。本を必要としていないはずなのに。  
(まるで……お話の中の人みたい…………)  
そう、まさに小説の中に出てきそうな人物だった。  
「…………ど……どうぞ…………」  
彼を城の中に招くと、彼女はペットボトルのお茶を二人の間に置いて勧めた。二人は本に囲まれたスペースに並んで腰を落ち着けていた。  
「狭いアジトになっております」  
「どうも」  
桂馬は早速どこからかゲーム機を取りだし、指をカチャカチャと動かしながら短く応えた。  
(……)  
(…………)  
(………………)  
愛想のない人だ、と栞は感じた。本当に応援しに来たのだろうか。  
(話したほうがいいのかな……えーと、でも、何話したらいいんだろ……話題がない…………えーと……えーと…………えーと………………)  
彼女は目の色を変えて話題を掘り起こそうとするのだが、まったく見当がつかず、『コマン坊』という本に顔を半分埋めながら、結局顔の色だけを赤くしていた。  
すると前触れなく、視界が真っ暗に塗り替えられた。  
(わ!? 電気が……!! わ――わ――――!!)  
栞は不意を打たれたことで取り乱し、あちこちをぶつけてしまった。バランスを崩した本の塔が倒壊する音や、身体に降りかかってくる感覚にいっそう気が動転してしまう。  
次第に目が慣れてくると、うっすらと現状を把握することが出来た。  
(……)  
(…………)  
(………………)  
(……………………)  
いくつかの本が雪崩れて、足場を埋め尽くしていた。  
停電か、と胸をなでおろした栞は、自分が何かに抱きついていることに気がついた。そっと顔を動かすと、眼前に桂馬の呆気にとられた表情があった。  
数瞬、二人はぱちくりと目を瞬かせつつ見つめあったが、  
(わっ! わっ! ずわ――っ!)  
栞が弾かれたように、彼の胸を押して跳びしさろうとした。勢いよく身体を離した栞のセミロングの黒髪がふわりと揺れたかと思うと、彼女の背中がドンと硬いものにぶつかった。  
その弾みで、堆かった本がバラバラと崩れて二人に雪崩れ込んできた。  
(あ!? うわ――っ)  
脚から背中を、書籍の雪崩が呑み込んでいく。本の重さに、栞は思わず桂馬に圧し掛かってしまった。  
(お……お…………重い……)  
数多の本が、二人をずっしりと押え込んでいる。  
桂馬は一部始終を無言でやりとおしていたが、嘆息して身体の上に被さっている栞ともなく呟いた。  
「まったく現実ってのは、どこまでつきまとうんだ? そっとしておいてほしいよっ……」  
本の海から顔だけを出した栞が、同じ体勢の桂馬を一目見た。  
(そう……現実なんて怖いだけ…………人付き合いも面倒………………)  
昔から栞はテンポの遅い人間だった。いや、そう思われていた。  
頭の中ではいつも言葉が目白押しなんだ。万巻の書物から読み得てきた千言万語が、ぐるぐると出口を求めて彷徨っているの!! ただうまく入口に導いてあげられないだけ!!  
口の蛇口が小さいのだ。言葉が何層ものフィルターでろ過されて、出ていくときには何も残っていないのだ。  
声に出せないなら、せめて文字に起こそうと考えたこともなくはなかった。言葉の凄さは、何といっても形に残るということだ。音ではなく形としても機能する万能の道具。  
だから本の感想を原稿用紙に沢山書いたのだけど、気味悪がられて終わった。  
周りの人は、口を割らない彼女に「なんかしゃべれよ」「どうして答えないの」と口さがない言葉をかけてくる。時間は、人は私を急かす――。  
その点、本は人を急き立てるようなことはしないだけに、安心した。本の中でなら、彼女はあまねく言葉を知り、操ることのできる翼を持っていた。  
ビスマルクの名言を槍にして、本や言葉を楯にして、彼女は本の世界の住人となった。  
(桂木くんなら……わかってくれる…………)  
栞は腹を決め、硬く錆ついてしまったバルブを回して狭い蛇口から水を滴らせた。  
 
「私もずっと……静かに図書館で暮らしたいだけなの…………」  
誰にも言わなかったことを――言う必要を感じずに自分の中に押し留めていたことを桂馬に言った。しかし彼は、  
「それは、ウソだね」  
すかさずに一蹴した。  
けんもほろろな態度に、カァーっと栞の顔が熱を持ち始める。それは照れではなく、何を言おうかと頭を回転させたことによる排熱だった。  
栞の中のファンは勢いよく回転するのだが、処理はエラーばかりで解を出してはくれない。そんな彼女をしり目に桂馬は、  
「君は本当は人と話したいと思っているんだ」  
彼の彼女への印象を吐露していく。  
「でも、不安なんだ……話をして嫌われたりしたらイヤだから……」  
「でもそんなの誰だって……桂木くんだって…………」  
栞が先を継げずに言い淀んでいると、そっぽを向いていた桂馬が彼女に向き直った。  
(わっ!!)  
「ボクは、現実の世界なんてなんとも思ってない」  
なんてことないように、当然のように、彼は言ってのけた。返す言葉が頭を巡りきらない間にも、彼の口はまっすぐに言葉を流していく。  
「だってボクは……ボクの信じる世界がある!!」  
桂馬は顔をしかめながら、圧し掛かる本の中から這い出ようとする。上半身を水面にあげた彼を、栞は見ることができなかった。  
「しおりは今本を守りたいのか? それとも外の世界からの逃げ場所を守りたいのか?」  
彼が身体を起こして、バサバサと本が落ちていく。  
(ち……違う…………!! 私は本が……本が好きなの……!!)  
(他の人なんて……)  
(………………)  
(…………)  
(……)  
栞の頭の中は、自分が言葉を探して話しあぐねていた時の映像でいっぱいになった。  
その時声に出そうとした言葉が、しゃべりたいと思った気持ちが、感情が、表情が、あらゆるものが奔流となって彼女を耽溺させようとする。  
(でも……話したいの…………本の話もしたい!!)  
言葉は声にしなければ。  
(話したり……)  
声は口から出さなければ。  
「話したかった!」  
(あの時も、)  
「あの時も!!」  
本が栞を目がけて落ちて来て、彼女を呑みこまんと大口を開けてくる。  
(でも今さらムリよ……もうムリ…………私の口はすっかり退化してるもの………………)  
(ムリだよ……私はここから出られない)  
(ムリだ……)  
(私はここで暮らしたいの……)  
(外は怖い……人は怖い…………)  
(ムリ……怖いよ…………)  
栞は言葉を紡ぎ出せる。あらゆる言葉を、慣用句を、語句を、ことわざを、四字熟語を――。  
(……勇気があれば…………)  
(勇気がでないの……)  
(どうせ……届かない…………私の声は届かないよ…………届かない………………)  
出し抜けに本を掻き分けて彼女に向かって伸びてきた手が、がっしりと細い手首を掴んで彼女を強い力で引っ張り上げた。本を押しのけて彼女が顔を出すと、凛とした瞳で自分を見据えてくる桂馬の視線とぶつかった。  
「ゆうき……あげるよ」  
眼鏡の奥で、揺れることない静謐を湛えた瞳は宝石のように円らかで、綺麗で、思わず見とれてしまった。  
桂馬は栞を引き寄せると、彼女の唇に彼の唇をそっと合わせた。  
栞は目を瞠る。拒むことも身じろぐこともできず、ただなされるがままに凝然と固まっていた。  
押し付けられた唇は、言葉や声以上に、彼女に雄弁に物語っていた。  
 
唇が離れるのにかかったのは一瞬だったが、栞には何十分にも匹敵する、濃厚な時間に感じられた。  
栞は目を閉じることもできずに、ただ眼前の桂馬をきょとんと見つめるばかり。  
(……え、なに、なになに)  
(いまのって…………キス? キスかな……キスだな)  
(でもなんで私なんかに、桂木くんが……)  
頬は湯が沸かせそうなくらいに熱くなっていて、心臓が破裂せんばかりに激しく鼓動している。  
物言わぬ花のような栞に、桂馬はふたたび顔を近づける。彼女はわれ知らず身を強張らせて、瞼を下ろす。  
さきほどの柔らかな感触が、今一度栞の唇に去来する。それだけではなく、彼は唇で彼女を食むようにしてきて、なんともいえないむずがゆさを感じる。  
身体の熱がみるみる上昇していく。頭がとろけそうな状況に何とか順応しようとするのだが、こんな経験などない栞には荷が勝ちすぎていた。  
やがて、桂馬は舌を伸ばして彼女の唇を味わう。それに彼女はぴくりと身体を跳ねさせる。熱いものが唇を割って、歯ぐきなどを舐めていく。  
栞が得も言われぬ感覚に思わず口を開くと、桂馬はたちまち舌を彼女の口腔へと侵入させる。熱い、濡れた舌同士がぶつかり合い、桂馬が彼女を絡め捕る。  
(か、桂木くんの…………舌?)  
(熱い……)  
(あ……なんだか変な気分)  
唾液の交わる音が反響して、それがますます彼女を海面に引きずり込んでいく。舌全体で口の中を舐められ、桂馬は彼女の舌を口に含んで啜った。吸い込まれるような衝撃に、声が漏れてしまう。  
「……ん!!」  
眉根が寄って、引き抜こうとして舌を動かすのだが、強い力で吸われると身体がぴりぴりと痺れてしまう。栞は彼の手を強く握り返すことで、必死に耐えていた。  
一通り桂馬が栞の口を弄んで顔を離すと、二人の間に唾液の橋がかかって、やがてぷつんと切れた。  
「……っはあ、はあ」  
熱い感覚が遠ざかっていくと、栞の胸がさびしいものに浸っていくのを感じる。眉尻を下げて息を荒くする彼女を引き起こすと、桂馬は彼女を後ろから抱いた。  
「桂木くん……?」  
首に手をまわされて彼の腕の中に収まった栞は、背中を守られている安心感に心臓が落ち着いていくのを悟る。どくどくと穏やかな鼓動が溶け合って、まるで一つの生命体になったような一体感が生まれた。  
彼にキスをされたことを嫌だとは思わなかった。それどころか、彼女の中に何かが形を成そうとしているのを肌身で感じてさえいる。  
(本当に……物語の中の人みたいだなあ、桂木くんは)  
(って、どうして私はこんなに安心しているの!!)  
(ああ、でも、すごく暖かい)  
(桂木くん…………どうしてこんなことするのかな)  
(ゆうき、ってこういうことなのかな?)  
乱雑に積み上がった本を背もたれに、二人は緩く座っている。彼の脚の間にすっぽりと入ってしまう栞の髪を、桂馬がそっと撫でていく。わずかな刺激でも、栞は妙に反応してしまう。  
(自分で触っても……こんな風にはならないのに)  
(桂木くんに触られると…………)  
(ああ、なんてこと考えてるのよ私)  
栞は今まで読んできた本の内容を頭の中で反芻する。恋愛小説だったりだと、このような状況が書かれた書物は少なくない。経験はなくとも、栞はあらゆることを知識として知ってはいる。  
桂馬の手が、そっと彼女の胸元に伸びる。制服の上からでは分からない膨らみを撫でられると、じん、と身体のあちこちが熱を持ち始める。  
ブレザーのボタンが外され、ブラウスのボタンさえも外されていく。栞は抵抗せずに、ただ身を強張らせて桂馬に任せている。  
ピンクホワイトのブラジャーが剥き出しになると、ブレザーとブラウスを桂馬は半分ほど脱がせる。肩が露出した程度で、袖は通ったままだ。  
「きれいだ」  
桂馬が呟くようにいうと、栞の顔はさらに紅潮し、身体が汗ばんだ。  
(き、き、きれいだなんて)  
(その前に……私…………脱がされてる)  
(な、なんで抵抗しないんだろう?)  
(嫌じゃ…………ないのかな)  
栞が頭を回転させていると、桂馬の手が彼女の鎖骨のくぼみを撫でた。  
「ひぁッ……」  
か細い声が漏れる。彼はその反応を愉しむように、首筋や鎖骨を撫で、あまつさえ背中に舌を這わせ始めた。  
 
「ッ――ふぁ……っ…………ん」  
ぞくぞくと肌が痺れて、熱いものが込み上げてくる。繊細な指のタッチと濡れた舌の感触に、息遣いが荒くなる。  
「か……桂木くん」  
栞が肩越しに振り向くと、言葉を遮るように桂馬が口をつけてきた。彼女は口を塞がれて、彼にいいように扱われていた。翻弄されてばかりの栞は、しかし本気で嫌悪している様子はない。  
彼の手が下着の中にまで入って来た時は、思わず彼の舌を噛んでしまったが。それでも桂馬は舌も手も休めなかった。細く骨ばった指が胸の先端に触れると、針で肌を刺されたような衝撃が彼女を襲う。  
「――んっふぁッ!!」  
彼は一旦手を離すと、器用に彼女のブラのホックをはずし、半分ほど降ろした。あらわになった彼女の膨らみが外気に触れると、いっそう栞は身を強張らせた。  
(は……恥ずかしい)  
なおも口を舌が蠢き、彼の手は胸や背中を撫でまわしていく。草原に吹く穏やかな風のような触れかたに、もどかしさすら覚えてしまう。もっと、なんて思ってしまう自分がいる。  
くすぐったさや嫌悪よりも、羞恥心が高まっていく。  
彼が顔を離すと、手がスカートに伸びる。抗議する前にスカートの裾を掴まれると、下着が見えるくらいまで捲り上げられる。  
「……あっ」  
片手でスカートを押さえると、彼は空いた手で太ももを撫でさすってくる。反射的に足を閉じようとするのだが、間にある彼の手によって完全には閉じない。  
胸を触られる以上に敏感に反応してしまう栞は、そんな自分をはしたないと感じていた。口からは熱い息が塊となって漏れ、顔を振りながらも神経が下半身に集中してしまう。  
(っ……はあ、やっ…………)  
(ぅぁ)  
彼の手が下着越しに股間に触れると、  
「あっ!!」  
普段では出さないような大きな声が口を衝いた。そこを始点にして、何かが頭から素早く抜けていった。触れられた後の一瞬の虚脱感が彼女を包み込むと、桂馬は執拗にそこを指でいじってくる。  
(桂木くんの指…………)  
(や、やだ…………私………………濡れちゃって、る?)  
(自分が自分じゃないみたい……)  
栞の下着は分泌された液体で色を濃くして、張り付いてくる感触が少し気持ち悪かった。脚を強く閉じるのだが、桂馬の指はそれでも動く。  
「……はあ、ンッ――ひゃぁっ」  
桂馬が下着をずらして直接触れると、とろりと何かが垂れていくのをどこかで感じた。ぴちゃ、という淫靡な音が立つと、彼女の口がわなわなと震えて、それが身体に伝播する。  
口や身体だけではない、音や匂いすらも彼女を責め立ててくる。  
「……ンッん」  
歯を食いしばっても、彼が少し指を激しく動かすだけで、彼女の口は開いてしまう。栞は彼の太ももを爪をたてんばかりに握って、ぎりぎりの綱渡りをしていた。  
彼の指が離れると、またあの寂しさが胸に去来する。離れた桂馬の指は液体に濡れていて、それが自分から出たものだと思うとどうしようもない申し訳なさと恥ずかしさに襲われる。  
栞は尾てい骨あたりに当たる硬い感触に、しかしそれどころではなかった。全神経が、その正体を突き止めようと奔走していた。  
(……純文学とかで、こういうの読んだことがある)  
男女の営みなどを通して生命を表現するそれらは嫌いではなかった。ただ、実際の行為がこのような感慨をもたらすとは思ってもみなかった。熱くて恥ずかしくて、何よりもなんでだか安心する。  
(大丈夫…………本で読んだ通りに、すれば)  
栞は手を後ろに持っていくと、ちょこんと桂馬の硬いものに触れた。  
「しおり」  
手で触れていると、なんとなく形がおぼろげに頭に浮かんでくる。硬くて、とても熱い。  
栞は決意して桂馬に向き直ると、強い光を湛えた瞳で彼をじっと見つめた。ゆらゆらと揺れる瞳に、桂馬はごくりと唾を呑む。  
「ゆうき…………もらったよ」栞は訥々と、しかしはっきりとした語調で語を継ぐ。「だから…………見て、て」  
言い切ると、栞は彼の膨らみに手を添えた。  
(ええと…………本で見た内容だと…………)  
彼女は様々な本での描写を思い出しながら、ジッパーを下げて、四苦八苦して彼のモノを取りだした。なかなか出てこなくて苦労した。のぞかせた一物を前に、栞は口をつぐんでしまった。  
文字では見たことがあるし、男の子がこういうものだということも知ってはいた。だが実際に見た『男の子』は、彼女の想像をはるかに超えたところにあった。  
 
屹立したものは栞の顔の半分ほどの長さがあって、ときおりぴくんと脈打っている。  
(こ、こ、こんなものだったの!?)  
(う……うわあ…………)  
(……あ、ぴくんって動いた。なんかかわいい)  
栞は四つん這いの姿勢から桂馬を見上げた。彼は恥ずかしげに顔を逸らしてしまったが、ちらちらとたまにこっちを見てくる。  
(……本、みたいにすれば、いいのかな)  
それには相応の勇気がいる。今の自分ならできると、栞は自らを叱咤しておずおずと彼のモノに触れた。そのまま上下に動かすと、彼が少し呻いたのが分かった。  
(あ……気持ちいいのかな。小説の人みたいに)  
両手で包み込むようにして動かすと、どくどくと脈動しているのが分かる。  
(えと…………これを………………れば、いいんだったよね)  
栞は身体を低くすると、口を彼の一物に近づけてそっと舌で舐めた。  
「……ッ!!」  
「……ん」  
桂馬がいっそう大きな反応を見せたのを、栞は見逃さなかった。小説で読んだような行為を、彼女は続ける。  
口を開けて彼を含むと、ぐっと奥まで咥えこんだ。  
(……清める、んだっけ? こう……かな)  
ペニスを咥えながら、彼女は舌を適当に動かす。清めるように、舌で舐めていく。  
(すごい……味)  
(匂いも)  
(あ……ぴくってした、ここがいいのかな)  
(桂木くんの顔…………かわいいな)  
桂馬に奉仕しているという実感はなかったものの、彼がいちいち見せる反応に、彼女の女性の部分が大いに喜んでいる。彼女は懸命に彼への口での奉仕を続ける。  
「ん…………あむ、あふ……じゅる」  
桂馬のペニスの裏側を這い上っていくナメクジのような感触に、彼は全ての血液がそこに流れていくのを感じていた。栞は口をすぼめて顔を動かしながらも、舌を休めることなく蠢かす。  
普段の彼女からは考えられない、大胆な行動に、彼は彼女の頭を持って、ペニスを吐き出させた。  
「ッ…………ぷあ――――?」  
口元から唾液を垂らした栞が、首をかしげながら桂馬を見上げてくる。  
「……桂木くん、良くなかった?」  
心配そうに訊ねてくる栞に、桂馬は首を振って否定した。  
桂馬は肩をすくめると、また彼女を後ろから抱いた。しかし、こんどは彼女を膝立ちにさせて、だ。  
「……桂木くん?」  
「しおり……じっとしてて」  
彼はそのまま栞の腰を持って下に負荷をかけると、ペニスを栞の下の口に誘導した。下着を掻き分けてペニスがヴァギナに触れると、枯渇すようにそこがひくひくと動くのが彼女にとって恥ずかしかった。  
ゆっくりと彼が入ってくる。それに合わせて、膣が拡がる。ほぐすように進んでくる彼が、栞を中から刺激する。彼女の膣も、まるであつらえたように彼をすっぽりと包みこんでは、収縮によって等しい刺激を与える。  
まさに水魚の交わりといった様子で、今の二人は互いに互いを必要としていた。  
栞が脚を伸ばしてリクライニングシートに座るような姿勢になると、彼女はすっと腰をおろして彼を一気に飲み込んだ。  
「……う、あ――――」  
かすれた声が栞から漏れた。身体の中に杭を打たれたような初めての経験に、太ももががくがくと震えている。唾を呑みこむと、口の中に残った彼の香りも一緒に入ってきて、香りが鼻を抜けた。  
動いてもないのに、入れられているだけで彼女は身体をあっちへこっちへ揺すっている。挿入されただけで気持ちが弾けているようだった。  
桂馬が悪戯心で突き上げると、  
「ああああああッ!!!!」  
彼女とは思えない声が反響した。  
二人は互いが思っている以上に興奮し昂っていた。  
桂馬は彼女の腰を持って、自らを突き上げる。栞は彼の膝を手でつかみ、バランスを取っている。  
目を閉じて荒い息を漏らす彼女に、桂馬は深く深くペニスを突き立てる。きついくらいの締め付けがペニスを包み込んでは吐き出す。その心地よさに、栞は思わず喘ぎ声を漏らす。  
「しおり…………っ…………なんで、さっき、あんなこと…………したんだ」  
桂馬が訊ねる。  
 
「ぅぁっ……!! ほっ本で、読んだの…………あ、エッチな本じゃなくて…………その、小説で…………」  
栞は自分の言葉で身体が沸騰しそうになっていた。擦られて、突かれて、衝撃がどんどん彼女を深みまで引きずり込む。  
「じゃあ…………その時の女の台詞、全部言ってみて」  
悪ふざけをする子供のような顔で桂馬がとんでもないことを言った。しかし下半身からやってくる衝動に頭がうまく働かない栞は、命令を従順に聞いていた。  
「あ、あなたのおちん●ん、おいしい…………」  
さすがの桂馬も、やりすぎたかと、彼女を止めようとするも、栞の口からはどんどん台詞が飛び出してくる。  
「もっと……もっと突いてっ」  
「いや……もう、許して…………」  
「ごめんなさい、私が、いけない子でした。どうか、罰をお与えください」  
「虐めて……」  
「濡れちゃう……濡れちゃう」  
「あっあっ――イきそう、イっちゃいそう」  
「やめて、犯さないでッ!!」  
「んあっ、だ、ダメ……ダメ」  
頭を大きく振り乱し、彼女は自ら腰を振っている。桂馬もそれに合わせるように、腰を突き上げている。  
どんな小説が……と桂馬は不審に思いながらも、どこかは彼女のセリフなのだろうかと何も言わないでいた。  
「私はあなたの玩具です……」  
「口でするから、もう、許して、舐めるから…………飲むから」  
「あぅあっああっ――頭が壊れちゃうぅ」  
「出してッ、中に」  
「中はイヤッ――!!」  
真に迫ったせりふ回しに、桂馬は驚いてしまうも、それらの台詞に自分が興奮していることにも気づいていた。  
ペニスとヴァギナのたてる淫靡な音が、二人を虜にしていく。腰の動きはますます早まり、双方の腰はぶるぶると震えている。栞はイくという感覚を知らなかったが、すでに何度も果てていた。  
栞はスカートの裾を口に咥えていて、前からは結合部が見えているだろう。  
「しおりッ…………もう、イく――」  
「あっあっあああっ――か、桂木くん…………中は、ダメ……」  
しっとりと湿った声音に、桂馬は自らの分身が大きく膨らむのが分かった。一つ大きく突きあげると、彼は勢いよくペニスを引き抜いた。  
烈しく脈動したペニスが、天井に向かって夥しい量の精液を吐き出した。彼女の股間の目の前にあるペニスは、白濁を彼女の顔や胸、腹に撃っていった。  
たぱたぱと栞が桂馬の精液で汚れていく。彼女は目を瞑り、顔や胸をしたたかに打つ生温かな感触に耐えていた。  
欲望のすべてを吐き出し終えると、桂馬は彼女を四つん這いにさせて彼女の下から這い出た。振り向いた栞を見て、桂馬はぎょっとなった。  
栞の顔は精液まみれで、顎から床に垂れている。口元にも明らかに白濁がかかっており、なんとも艶めかしかった。彼女は舌舐めずりし、口元の精液を舌で掬って口に含んだ。  
「……変な味がします」  
桂馬は彼女にティッシュを渡すと、二人で彼女にかかった精液をふき取っていった。  
栞の中で澱のように凝っていた何かが、絶頂を迎えたことで融解していくのを彼女は感じていた。情事のあとのある種の快感か、倦怠感か、身を包む空気が以前とは違うものに思えた。  
そして、いつも照れてばかりで感情をあまり外に出さなかった栞が、嫣然とした笑みをその顔に浮かべたのを桂馬は目端に捉えていた。それを一生忘れはしないだろう、それほどの笑顔だと彼は思っていた。  
 
 
「やっと開いた!!」  
「コラ――しおり――」  
入口で立ち往生していた図書委員の人たちが、ぞろぞろと汐宮栞を問いただそうと彼女を探す。  
栞は受付に立って、そんな委員たちを待ち受けていた。  
「ご……ご……ご迷惑おかけしました……」  
彼女は一冊の本を――彼女が愛してやまない本を胸に抱えている。  
「わ、私……本が捨てられることがガマンできなくて……ごめんなさい……」  
しゅんと視線を落としているが、彼女は覚悟を決めてきっと顔を上げた。そこに浮かぶ表情は、今までに彼女が見せたこともないような、真剣なものだった。  
「でも……どんな本にも伝えたいことがあるんです……。確かに伝えたいと………そう思っています……」  
本を掲げながら、一生懸命に彼女は自分の意見を伝えようとしている。それは彼女がやりたかったことで、できなかったはずのこと。  
「小さい声かもしれませんけど……そのささやきが聞こえる図書館であってほしいんです」  
委員たちは口々に栞が喋っていることに驚きを隠せないでいたが、中の眼鏡をかけた一人がぶっきら棒な口調で返事をする。  
「わかったよ!! じゃー処分本のことはまた会議しよ!!」  
栞は顔を輝かせながら、うんうん、と何度も何度も頷き、頭を下げた。  
台車に載せた本を運んでいる時に、「でも視聴覚ブースは決定だからね!! 手伝ってちょーだい」と言われ、彼女はあせあせと頷いた。ふと後ろ髪を引かれ、振り返ったが受付には誰もいなかった。  
「あの……そこに誰かいませんでした?」  
「? 急によーしゃべるな、オイ」  
眼鏡の女子が呆れたような、しかしどこか弾むような語調でクエスチョンマークを浮かべた。  
「誰かっ? って、誰?」  
「……」  
あれ、誰だったろうか、と栞は天井を仰いだ。  
受付の奥にある窓を開くと、まっさらな空から心地よい風が吹きこんできた。  
(思い出せない……しばらく夢を見ていたような気分)  
窓から顔を出すと、吹きすさぶ風に彼女が髪を押さえて目を閉じた。  
(でも……私、夢の中で何かをもらった…………確かに………………何かを)  
見上げた空には当然ながら答えは浮かんでいない。ここは本の中の世界ではなく、右も左も見渡せる現実だ。行間もなければ空白もない、あらゆるものがつまりにつまった現実だ。  
ふわふわと空を雲が旅していて、彼らは一体どこへ向かっているのだろう、と不意に思った。  
彼女もどこかへ向かって流れだしていた。  
行き先はまだわからないけれど、確かに、彼女の中で風は吹いていた。  
 
/To Be Continued  
 
 
 

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