「おいエルシィ、ここは最重要ポイントだぞ。絶対、一番にかのんを捜し出すんだ!!」
桂木桂馬とエルシィは鳴沢臨海ホールの付近を走りながら、渦中の人物の影を捜していた。
「このイベントは他の誰にも渡さない!! ギャルゲーマーの!! 名にかけて!!」
腕を組んで宣言するも、聞いていたエルシィは浮かない表情をしている。
「捜すといっても、かのんちゃんは気配をなくせるんですよ? この広い場所で透明人間をどうやって捜すんです?」
桂馬は顎に手を当て、
「困った時はひとまず、選択肢総あたりだ!!」
「それどういう方法ですか!?」
「手当たりしだい捜すぞっ」
「フツーに言ってくださいよー」
無責任なことを言う桂馬に、エルシィが呆れたような声を出した。
桂馬とエルシィはひとまず、二手に分かれてホール付近を虱潰ししていった。夜もだいぶ更け、煌々とライトが街に灯っている。
「いませんねー」
一通り動きまわった二人は、煌びやかにライトアップされたホールが見渡せるベンチに、ぐったりと腰かけている。エルシィの弱気な呟きに、桂馬は頭を抱えながら応じる。
「コンサートの開演までに見つけないと……中止になったらアウトだ!!」
二人が捜しているのは、クラスメートであり、テレビの向こうにいるアイドル――中川かのんだった。彼女に駆け魂が宿っていると知り、桂馬は身を楯にして彼女の攻略に打って出ていた。
かのんは不安なことや誰かに勇気づけてもらわないと、透明になってしまうという奇妙な現象に見舞われていた。桂馬が励ますと色を取り戻すのだが、落ち込むとすぐに脱色してしまう、アイドルとしては厄介な状況だった。
「しかし見えない奴を……どうやって見つけるか…………」
半透明な彼女を肉眼で見つけるのはなかなかに難しい。目の前で透明化すれば『そこにいた』という認識で、彼女に目を無意識に引かれるだろうが、あらゆるものが雑多な街中では、無意識のうちに彼女を捉えられない。
桂馬が頭を抱えていると、横でエルシィが何かを思いついた仕草をとった。
「神様!!」卒然と張り上がった声に、桂馬が肩を跳ね上がらせた。「駆け魂センサーがありますよ!! 透明でもこれで位置がわかります!!」
エルシィは頭につけたドクロ型のセンサーに触れながら操作する。
「かのんちゃんの駆け魂はキロクしてあります!! 再探索しましょうっ!」
「お前今回初めて活躍したな!!」最初からそれを出せ、と桂馬が彼女を詰ったのは言うまでもない。
ドロドロドロ――と妙に愛嬌のあるアラームが、センサーから鳴った。
「ち、近いですよ!! ど……どこだろ…………?」
エルシィがデザインベンチから立ち上がって、ふらふらと吸い込まれるように曲がり角に姿を消した。桂馬はエルシィを追いかけようと立ち上がりかけたが、ふと隣に気配を感じてそちらをうかがった。
そこに文字通り透き通った中川かのんが、悄然と座っていた。
「! いたっ」
桂馬が思わず跳び退く。まるでホラー映画さながらの演出だ。
かのんは俯いてブツブツと何事か呟いている。横顔にはアイドルとしての笑顔も破棄も感じられず、桂馬は腫れ物に触るように彼女を呼んだ。
「か……かのん……」
いきなり名前を呼んだからか、彼女は身体をビクンと竦ませた。
「け……け……桂馬くん!!」
かのんがこちらに視線を向けると、薄赤くなった顔が驚愕に彩られた。
「……何してんだ? 今日はすごいコンサートするんじゃなかったのか?」
「そ……うなんだ…………そうなんだけど……そうなんだけど…………そうなんだけど!!」
胸に当てた手を握り締めた彼女の身体が、見る見るうちに震えを大きくしていった。
「また透明になるのが怖い?」桂馬が訊ねると、かのんがはっとしたように顔を上げた。「アイドルになって目立たない自分から抜け出した……でもいつも不安なんだ。人から注目されなくなったら……ほめられなくなったら……また透明になる気がして……」
「そ……そうなの……そうなの!! 桂馬くんは私のことなんでもわかってる!!」
縋るような顔つきのかのんに目を合わせることができず、桂馬は視線を外して続ける。
「ぐ、ぐーぜんだよ。そんな話に出あったことがあるだけだ」ゲームで……。桂馬の本音は、相変わらず尻すぼみで、誰にも聞こえなかった。
「桂馬くん……桂馬くん……」かのんが彼の名前を繰り返し呟く。ふらふらとした足取りで歩み寄ってくるかと思いきや、弾かれたように彼女は桂馬に突進してきた。
桂馬は勢いに押されて、あっという間に手すりに身体をつけた。
「桂馬くんずっと私といて!! 私を勇気づけて!! 私を見て!!」かのんは桂馬の首に腕を回しながら、まるで世界が終わってしまうという面持ちで本音を漏らしていく。「あんな沢山の人にほめられるのムリだよ……今回こそ……私…………失敗する……」
かのんの前方、桂馬の背後には、彼女が立つはずのホールが煌々と鎮座している。
攻略は夜が多いな――と場違いにも桂馬は不意に思った。歩美も、美生も、どちらも気分が向上してきたのは夜だった。夜景は、夜は女子を正直な気持ちにさせるとでも言うのだろうか。
「でも……桂馬くんが……私を支えてくれたら、私……私……」二人の唇の距離が近づく。かのんの目つきはどこを見ているのか、桂馬にはひどく歪んで見えた。鼻息がかかり、唇が触れようとした瞬間。
「いやだ」桂馬がはっきりとそう口にした。「ベンベン」
かのんは裏切られたという表情で、「ベン……ベン……?」口をパクパクさせている。心なしか、透明度が上がった気がする。
桂馬はうろたえるかのんを半ば睨みつけるように、自らの心を彼女に伝える。
「人の言葉でしか自分を認識できないのか? それじゃいつまでも透明なままだよ!!」
かのんは彼に肩を掴まれ、距離を開けられる。
「人任せはやめろ!! 君の……!!」どうしてか、桂馬は口を止めることができなかった。ぽつぽつと漏れ出る言葉に、自ら頬を染めてしまう。「お……お前の歌……いいと思うぞ…………」
下がり気味だった視線が上がり、桂馬とかのんの瞳が線で結ばれる。
「君は君自身の力で……輝ける!!」
かのんは堪え切れなくなった涙をぽろぽろとこぼし始めた。
「だ……だめだよ私の力なんて……一人でなんて…………で……できないよ」
「もう……やってきたよ」
桂馬の労いの言に、かのんの耳がホールから飛び出す盛大な『音』を拾った。
上から見ると八角形をした鳴沢臨海ホールから、地面を揺るがすほどの『かのんコール』が聞こえてきたのだ。夜の空気を震わせる大音声は、遠くにいてなお彼女を求めている人たちの魂の呼びかけだ。
「君の光に惹かれて……みんなやってきた」
桂馬の声に、しかしかのんは毒にあてられたように呆然となって、身体を震わせる声に身を委ねていた。
開演時間はすぐそこで、多くの人がかのんの登場を待ち侘びている。今日のために時間を空け、ここまで足を運んできてくれた人々が、ただ一人のアイドルを迎え入れようとしている。
「ボクがひとりじめできないよ……」
「私……」かのんは桂馬に背を向けて、背後に向けて声をかける。「私……ひとりのためにずっと歌っても……よかったんだよ……」
桂馬は確かに見た。彼女の身体が、徐々に色を、本来の姿を取り戻していく様を。
黄色の大きなリボン、フリルのあしらわれた青と黄の衣装――それは桂馬のよく知っている、街明かりの下で暮らしている人々のよく知っている、中川かのんその人だった。
アイドルの衣装に身を包んだ中川かのんは、くるりと軽やかに振り向くと、
「じゃあね」
と笑い、ふわりと舞うように桂馬の唇を奪った。
二人を祝福するような街燈の光を一身に受け、かのんの目尻で玉になっていた涙がきらきらと輝いていた。
夜は人を大胆にさせる、と言ったのはどこの誰だったろう。
二人の口づけは、ただ唇を合わせるだけのソフトなものだった。かのんが口を離すと、月明かりに濡れた瞳で見上げてくる。ふたたび目を閉じると、今度はさっきよりも強く唇を押し付けてきた。
バランスを取るために、桂馬はじりじりと後退さらざるを得なかった。ベンチの縁がひざ裏に当たると、膝カックンをされたように桂馬の腰がベンチに落ちた。さきほどとは立場を異にし、かのんが彼を見下ろす。
かのんは桂馬の脚の間に座ると、身体をひねって彼の胸に顔を埋めた。彼の香りをいっぱいに吸い込むと、かのんは力をもらったように穏やかな気分になった。
「桂馬くん……」
彼女はすりすりと、猫のように頬を当てている。彼の腕の中で懐いた猫の振る舞いをするかのんに、彼は胸をぎゅっと締めつけられた。
桂馬の手がかのんの首筋に伸びた。すぐに折れてしまうんじゃないかと思うほどの細い首に指をあてると、小さくかのんが揺れた。
近くで見るかのんは、確かにアイドルなのだと感じさせる雰囲気と体つきをしていた。
いい香りが鼻腔をくすぐるし、黄色地のヒダスカートから伸びる脚はほっそりとしていて陶磁器のような白さだ。剥き出しの鎖骨や肩も滑らかで、おいそれと触れていい代物には思えなかった。
「桂馬くん」かのんが上気した頬で見上げてくる。「もっと……私を……見て欲しいな」
中川かのんは人に見られていないことを怖れていた。有り体にいえば、もっと自分を見て欲しいと思っていた。そうしなければ、消えてしまうと思っていた。
桂馬はかのんの、さざ波に揺れる水面のような瞳を、底を見通す気持ちで見つめた。
腕の中で丸まる少女を、とても愛おしく桂馬は感じた。さっきまで不安に心があっちこっち行って過激な行動を取っていた反動か、物静かに腕の中に収まる彼女は静謐な美しさを放っていた。
かのんは桂馬の首に腕をまわして、強く抱きついてくる。彼の身体に、彼女のふくよかな感触は毒だった。
「お……おい、かのん」
「なに、桂馬くん?」
「あ……当たってる…………」
歩美よりも、美生よりも、ずっと女性らしい肉感に、桂馬はどぎまぎとせざるを得ない。ここで他の女性と比べてしまうことに、桂馬は情けなさと浅はかさ、それと申し訳なさに痛み入っていた。
本来ならば彼女らに触れることすらなかったはずだった。それがひょんな悪魔の登場で一変し、そのうえ人道的に諾否の問われることをしている。
駆け魂を追いださねばならないことと、そのために彼女らに触れてしまうジレンマに、桂馬はためらいを覚えている。このダブルバインドを解消するには、いったいどんな手を取ればよいのだろう。
「え――あっ!!」
気付かなかったのか、かのんは咄嗟に身体を前に向け、居直った。雪原のようにまぶしい背中越しには、かのんの表情は彼にはわからない。
とん、とかのんの身体が傾き、背中が彼の身体に隠れる。桂馬も男子としては線が細い方だが、その身体に隠れてしまうほどかのんは小柄だった。
「け……桂馬くんも」かのんが口をもごもごさせながら、訥々と言う。「む、む、胸とか……興味…………あるんだ」
ボッと桂馬の顔が熱を持ち始めた。彼は頬をぽりぽりと掻きながら応える。
「う…………まあ、そりゃあ」
かのんを見下ろすと、ばっちりと胸の谷間が視認できる。見てはいけないと思いつつも、つい視線がそちらへ動いてしまう。男の性だった。
「な、なんで……?」
いくら胸が当たっていたからといって、興味があるか? という質問に飛躍するには材料が不足している気がする。それを聞いて、桂馬はとても後悔した。
「だ、だ、だって…………あ……あ、当たって……るし」
かのんの言葉はかすれていって、最後の方なんかはほとんど聞き取れないほどか細かった。けれど、桂馬は何を言われたのかはっきりと悟っていた。
ちょうど、かのんの尾てい骨あたりに、桂馬の膨れたモノが主張していたのだ。
「ご、ごめん……」
桂馬がうっかり謝るも、
「う……ううん、男の子だもん…………ね」
かのんは取り立てて騒ぎたてようとはせずに、しゅんと肩をすぼめている。彼女は肩越しに、チラっと桂馬をうかがってくる。眉尻は下がっていて、何かを訴えかけているみたいだった。
「な、なに……?」
桂馬が訊ねると、彼女はごくりと喉を鳴らした。
「け、け、桂馬くんは…………わ、私の、さ……わりたい、よね?」
彼は心臓を激しく鼓動させた。どくどくと血液が流れ、みるみる股間に送られていく。
桂馬はありとあらゆるギャルゲーをクリアしてきた落とし神だ。タグクエスチョンくらいは見抜けて当然だ。彼は意を決すると、不退転の思いで手をそろそろと伸ばしたが、
「で、でも――ごめんっ!!」
かのんの声音に、手を引っ込めた。
「私は……アイドル、なんだよ」かのんが真剣な想いを声に乗せる。「だから…………私はみんなのもの、なの」
アイドルにスキャンダルはご法度だ。ましてや、昨今のアイドル像は強固な掟があって――絶対に身持ちが固くなくてはならない。つまり、歩美や美生のようにはいかないのだ。
となると、駆け魂はどうなる?
桂馬が目まぐるしく思考を働かせていると、かのんの手がためらいがちに、彼の股間に触れた。
「か、かのん……!?」
「ヴァ……ヴァージンは…………」かのんは口ごもって、今はまだ、と聞こえないように小さく呟いた。「あ……あげられない、けど」
かのんがすくっと顔を上げ、くるりと桂馬を上目づかいで見上げてきた。瞳は強い光を放っていて、さながら獲物を捕捉した猫のようだった。
「わ、私が…………シてあげることは…………できる、よ?」
桂馬の顔色をうかがう顔つきは、どこか不安に彩られていて、心細そうだ。
歩美も、美生も、何かをすることを、されることを望んで口に出していた。それが彼女らの本音であって、望みであったのなら……。
人によって満たされる行為は、それこそ千差万別だ。キスだけで満たされる人もいれば、何をしても満たされない人もいる。
桂馬はいま、どういう立場で世界を見渡しているのだろうか。
歩美と美生は、桂馬に行為を求めた。相手からの行動で満たされようとしていた。だが、かのんはそれとは逆で、相手を満たすことで満たされようとしていた。それは、理に適っているのだろうか?
桂馬が肯定も否定もしないでいると、かのんは彼の股間を優しくさすってきた。
「……はしたない、って思わない、でね?」彼女は慣れない、ぎこちない手つきでベルトのバックルと格闘している。あれ、こうかな、ええ、などとあたふたとしている。
そういうところは、なんだか世間知らずのアイドルという感じがして、つい笑んでしまった。
「あ……いま、絶対バカにした……」かのんが頬を膨らませた。「無知な女って思ったでしょ」
「そんなこと思ってない」桂馬は取り立てて真剣な口調で言った。
ベルトにかかったままの彼女の手をどかして、彼は自らベルトを緩めた。彼女は彼がベルトを緩めている間に、スラックスのボタンとファスナーを、やはり悪い手際だったが、どうにか屈服させた。
桂馬の黒いトランクスが覗き、かのんは思わず顔を逸らしてしまった。彼のモノが、きつそうに張っていたからだ。
「無理しなくてもいいよ」
「だ……大丈夫っ」
かのんは決然と、桂馬のトランクスから一物を取りだした。飛び出したのは、隆々と脈打つグロテスクな代物で、彼女が息を呑むのがわかった。
「お、大きい……ね」かのんは桂馬の太ももに座って、右手で一物を撫で始めた。「っ……熱い」
桂馬は彼女の手の感触に、そこで全てを感じ取ろうとするかのように、全神経がペニスに集中していった。
「桂馬くん……ど、どうして欲しい?」
かのんがちらりと桂馬を見上げたが、すぐに顔を逸らして俯いてしまった。わずかにのぞく顔は、サウナに入っているのかと疑うほど真っ赤だった。
桂馬は答えるのに恥ずかしさを覚えたが、ここは答えなければ先に進めない。
「……に、握って…………しごけば……いいと思う」
「に、握ればいいんだね……」
周囲に人がいないのを確認すると、かのんはペニスに目を遣って恐る恐る掌中に収めた。もっと最初の段階で周囲に人がいないか確認するべきでは、と桂馬は思った。
「で……し、しごくって……?」
「そのまま……上下に、手を動かして」
「こ……こう?」
かのんの細い指がペニスを絡めとると、上下にゆったりと動きだした。桂馬は頷くと、どこを見てよいのか分からずに視線を泳がせていた。
手が律動するたびに、桂馬のモノはぴくんと反応をする。脈打っているのが自分でも分かって、奇妙な恥ずかしさに見舞われた。
いつもマイクを握っている手が、今日だけは桂馬の――男性器を持っている。そのことにそこはかとない感慨を覚える。はたして、桂馬はアイドルが手ずから性器を扱っているという構図に興奮していた。
「き、気持ち、いい……?」
斜めに見上げてくるかのんに、桂馬は逡巡して応えを返す。
「あ、ああ」
「そっか……うれしいな」
かのんが嫣然と微笑んだ。大きな快楽の波が、桂馬に打ち寄せて来た。男は刺激だけではなく、精神的にも感じることができるらしい。
彼女の手はリズミカルに上下に動き、与えられる刺激は心もとないものの、桂馬は確かに感じ入っていた。むしろ桂馬が満たされているようで、ミイラ取りがミイラになった感じだ。
彼女は空いている左手を手持無沙汰にベンチに置いていたが、それを彼の右太ももにそっと持ち上げた。太ももを舐める彼女の手は、まごうことない刺激を桂馬に渡す。
桂馬はただ拳を握って、快楽に身を任せていた。必死に堪えている桂馬を見て、かのんは彼を可愛いと感じ、きゅっと胸が熱くなった。もっともっと気持ち良くなってほしい――そう思えた。
「な……なんか出てきた」桂馬のモノの口からは、先走りがじわりと汗のように吹き出ていた。「こ……これって……もしかして」
「ち、違う……かのんの想像とは、たぶん違うから」
「そ――そうなの?」
「うん」
かのんは手を止めて、ぷっくりと膨れた玉をじっと見ていた。ふるふると震えるペニスの振動で、ややもすれば垂れてしまいそうだった。
もっと――もっと彼を気持ちよくさせてあげたい。その献身的な想いが、かのんを大胆にさせる。
彼女は桂馬を一瞥すると、身体を曲げて彼のペニスに顔を近づけた。
「お……おい!!」
「……私が、シてあげるって…………ゆったでしょ」
小さな口から伸びた舌が、そっと彼から出た液体を掬い取った。
「ん……」舐め取られるときに触れた舌の感触は形容しがたく、桂馬の身体の芯が揺さぶられた。刺激されたことで、さらにカウパーがだらしなく溢れてくる。「ぁ……また出てきた」
半ば寝そべるような格好になった彼女は、ぺろぺろとペニスの先端を清めている。なおも溢れる液体を舐め取り、それを舌の上で転がした。
「んちゅ…………なんだか、不思議な、味だね」
彼女が困惑したようなはにかみ顔を見せた。
「この姿勢……身体が凝っちゃうな」
かのんは辺りをきょろきょろ見回すと、桂馬の膝の間に向き合うように屈んだ。つまり、彼女の眼前にはそそり立ったペニスが――。
「……す、ごい…………ね。大きいし…………堅いし…………匂いも」
ペニスが握られると、ふたたびリズミカルな刺激が桂馬を襲う。かのんは上目づかいで彼を見上げ、顔色をうかがっている。
「け、桂馬……くん。さ、さっきの…………どう、だった?」
「さっきの……?」
「し……舌で…………その…………な、舐めたの………………気持ち、よかった?」
「あ……あ、うん」
桂馬はかのんから視線を剥がし、そっぽを向いた。男だって、恥ずかしいものだ。
「そ……そうなん、だ」かのんは大きく息を吸い込み、うそ笑んだ。「じゃ、じゃあ…………舐……める、ね」
言うが早いか、彼女はつんと伸ばした舌で彼に触れた。チロチロと一か所を濡らしていく舌に、桂馬は腰を浮かしかけた。
「どう、すればいい?」
かのんが亀頭を舐めながら訊ねてくる。
「う……裏を…………下から、上に向かって」
「舐めればいいの?」
彼女は早速、彼の股間に顔を埋め、根元から亀頭へ向けてべっとりと唾液を塗りたくった。誇張なしに、桂馬の腰が浮いた。それを感じ取ったのか、かのんはまた同じ動作をし始めた。
「ん……あふ、じゅる」唾液を舌にいっぱい乗せてくるかのんは、戸惑いがちに苦笑する。「なんだか、アイス舐めてるみたい」
ナメクジのように、舌が快感とともに這い上がってくる。彼女の熱い吐息や鼻息が濡れたペニスにかかり、それがまたぞくりと桂馬を痺れさせる。
「んふ……桂馬くん…………可愛い」顔を動かしながら、桂馬を一目見た。「……声、出してもいいのに」桂馬は手の甲を口元に当てて、声を出すまいと押し殺していた。それがかのんには可愛いと感じさせた。
かのんは目の前で雄々しく空を仰いでいるモノに、懸命に舌を這わせる。こんな知識どこにもないはずだったのに、不思議とどうすれば彼が気持よくなってくれるのか分かった。
舌だけではなく、唇をペニスに触れさせながら舌も器用に動かすと、大きく彼が反応する。顔を横にして甘く食んでみると、彼が目を瞑っているのが視界に入った。
彼の感じている声を聞きたかった――堪えている姿も可愛いけれど、彼の声をもっと耳に収めたかった。
かのんは顔を離して手でしごくと、桂馬を見上げてチロリと舌を出してみた。彼には彼女の意図するところが分からず、ただ困惑するばかりだった。彼女は表情を緩めると、口をあーんと開けた。
パクリと彼を口に含むと、彼が何かを言おうとしたのが分かったが、奥まで咥えると言葉を制して彼から声が漏れた。
「ぅ……か、かのん…………」桂馬が腰を引こうとするが、彼女は左手を腰に回してそれを許さなかった。「き……汚い…………から」
咥えたまま桂馬を見上げると、彼は物憂い表情で顔を歪めていた。彼女は口から彼を吐き出すと、「汚くなんてないよ…………桂馬くんのためなら、私…………なんだって、しちゃうんだから」
顔を綻ばせて、ペニスを咥えこんだ。唇で挟んで、裏筋を舌で滑脱に刺激すると、軟口蓋に何かが吐き出された感覚があった。勢いよく、桂馬の先走りが飛び出したのだ。
さきほどまでとは違って格段に反応を見せるようになり、かのんは口に含みながら悦に入った。
「んっ……じゅぷっちゅぷっんうぅっ……じゅる…………あふっぷぁッ」
舌で裏筋全体をローラーのように舐め、唇はもごもごと動かす。ときおりそのせいで垂れる唾液を吸い上げると、「じゅるる……じゅる」と赤面してしまうような音が鳴る。
かのんは耳で感じていた。桂馬の息遣いやまれに漏れてくる呻き声、自分が立てる唾液の音や奉仕の音で。
「んんうっ……んあっ…………じゅぷ、れろ、ふぁっ――あふ、あむ」
丹念に奥まで咥え、吸い上げながら顔を持ち上げていく。それを繰り返していると、頭がぼうとなりくらくらする。まるで桂馬にあてられたかのように、酩酊してしまいそうだった。
「ぷあぁぁ――」かのんが口を離すと、手でしごきながら亀頭を甘噛みしてくる。「んちゅ……桂馬くん…………桂馬くん…………」
はあはあと肩で息をしながら、かのんは一心に桂馬の名前を呼び、不乱に彼への奉仕を続ける。
激しさを増す手つきと舌に、桂馬の腰は震えていた。飽くなき刺激が彼を快楽の海へ引きずり込んで、溺れさせようとする。彼女の口唇奉仕は気持ちが良すぎて、頭がぐるぐると眩暈のような症状をきたす。
「んっ…………ぁ。……こ、こっちのヴァージンは…………あげちゃった…………ね」
「か……かのん…………」
「あむっ――んぷ、ぐぷ、んあっ」
かのんの手つきは慣れていき、洗練されたものになっていた。ペニスを頬張ったかと思うと、手も頭と一緒に動かしてくる。指の与える繊細な刺激と、舌と唇がもたらす激烈な刺激に、桂馬は呻く。
「桂馬くん……気持ちいいっ?」
早口でかのんが口にすると、暇もなく奉仕に戻る。
「気持いいよ――」
「んじゅっ、じゅぷっじゅぷっちゅぷっ――んはぁっ。もっと、もっと気持ちよくシてあげるから――――」
かのんの舌が焦らすようにゆっくりとペニスを這いずり回る。根元から搾り上げられるようにきつく唇に締め付けられると、どんどん射精感が高まってくる。
ペニスは当初よりも膨らみ、来るべき時に向けてタメを作っているようだった。
桂馬は自らの股間に顔を潜らせ、献身的に奉仕をしてくれるかのんを見つめる。ふくよかな胸はベンチの縁に押し付けられて丹然とした輪郭を描いている。薄らと陰った谷間が、身体の動きに合わせて上下に揺れる。
ヒダスカートが揺れて、丸い彼女のお尻も動いている。いま、かのんは全身で桂馬に奉仕しているも同然だった。
それを思うと、全てを外に向けて放出したい欲求が彼の身体を駆け巡った。
「かっかのん――イ、イきそう……だ」
桂馬が伸吟すると、かのんが噎せてまでペニスを頬張った。
もうしゃぶっていると言っても良いくらい、唾液が弾ける音が二人の間で鳴っていた。アイスキャンディーを溶かすような丁寧さでペニスをしゃぶるかのんは、桂馬の声に取り合わずに頭を振り続けている。
「んうじゅぷちゅぷっ、んっんっんっ」
彼女の動きが一律になると、身体が上下に揺すられているような錯覚を覚えた。彼女の舌が、唇がペニスを十二分に責め立ててくる。息が、唾液が、ペニスにこれ以上となくぶつかってくる。
「イ……くッ!!」
桂馬がさすがに腰を引こうとするも、かのんが両手で彼の腰を彼女の方へ引き寄せている。膝が笑い出し、腰がだるくなってきた桂馬は、振りほどく力もなくただ流れに乗ることしかできなかった。
一瞬、桂馬のペニスが大きく膨らむと、次の瞬間には勢いよく自らの欲望を、かのんに吐き出していた。
「ンんんンッ――――――!?」
桂馬自身がびっくりするほどの力強さで、白濁が彼女の喉をしたたかに撃った。どろどろと吐き出される精液に彼女はむせながらも、口を離そうとはしなかった。
四度、五度と脈動したペニスは、夥しい量の精液をかのんの口の中に放出した。彼女は目を瞑って眉根を寄せている。苦しいのか、激しく何度も咳き込んでいる。
ペニスの律動が徐々におさまっていくと、かのんの咳き込みも静まり、彼女は大きく鼻で息をしていた。
彼女が吸い上げるように――精液を口から零さないために――口をすぼめてペニスをゆっくりと念入りに吐き出した。
「…………っちゅぷッ」かのんが口を閉じて、桂馬を陶然とした表情で上目遣いに見た。口角からは溢れた精液が垂れかかっていて、艶めかしいこと極まりない。
桂馬が息を切らしながらかのんを見下ろしていると、彼女は眉をひそめて、小さく喉を鳴らした。
「――かのんッ!!」
桂馬の制止の声を受け流して、かのんは苦悶の表情で彼の白濁を喉に落としていった。
「…………っぷあぁあ〜…………けほっげほっ……っえほ」かのんは咳き込むと、桂馬を見つめて微笑んだ。「桂馬くんの……いっぱい出ちゃったね」
「だからって……飲むことは…………汚い……し」
「だって、だからって出る時に口から離しちゃったら、服とか――顔に、かかっちゃうと思って」かのんがチロリと悪戯っ娘のように舌を出した。「それに、桂馬くんのなら、私、平気……だよ?」
かのんはそれを示すように、口元に垂れていた精液を指で掬うと、それを咥えた。
「ん……」彼女は精液を舐め取ると、「ね?」と目を弓なりにして笑った。
桂馬はどうしていいのか分からず、ただかのんを見つめていた。彼女は口をもごもごと動かしながら、顎が疲れたのかしきりに手でさすっている。
「……気持ち、よかった?」
意地悪そうな笑顔を浮かべて、かのんが桂馬に訊ねてくる。
「…………訊かなくたって、わかる、だろ」
彼は紅潮した顔をそっぽに向けて、頬をぽりぽりと掻いた。かのんは、やはりそういう仕草をする桂馬を愛おしく思っていた。
「あははっ…………うん、口の中……桂馬くんのでいっぱいだったもん」
かのんが桂馬のしおれた一物をちらりと見た。彼はそそくさとそれを仕舞い込んでしまった。彼女は慌てふためく彼を見てまた笑みを零した。彼を見ているだけで、彼女の笑みのストックは切れない。
じんじんと彼女は下腹部が熱いのを感じていた。桂馬に身体を――胸やアソコを触れられたら、きっと我慢できずに色々なことを要求してしまっただろう。
彼女は逆に彼に尽くすことで、ギリギリの一線を超えずに済んだのだ。
かのんは火照った頬や身体を冷ますように、一時を風に吹かれていた。心地よい風が二人を撫ぜて、あっという間に通り過ぎて行った。息を整え、深く深呼吸を繰り返す。
桂馬は彼女のそんな姿を、見逃さないようにしっかりと目に焼き付けていた。
かのんが所作を終えると、顔を綻ばせた。背後に鳴沢臨海ホールを背負う彼女は、これからあそこで何万人もの客を相手に戦うのだ。アイドルとして、中川かのんとして。
「桂馬くん、私を見てくれていてありがとう」
今の彼女は、透明でもなんでもなく、ありのままの姿をさらけ出していた。不安も恐怖もそこにはなく、ただ前途茫洋の地平が切り開かれているだけだった。
「じゃあね」
中川かのんは、今まで桂馬が見た中で、最高の笑顔を浮かべながらホールに向けて駆けだして行った。
舞台の上で歌と踊りを披露するアイドルを前に、エルシィが嘆息して言った。
「神様、かのんちゃん……すごい……」きらきらとした眼差しでステージ上のかのんを見つめるエルシィは、感極まった様子だ。「今は……まぶしくて見えない……」
刺すようなスポットライトが炯々とかのんを照らし出している。煌びやかなドレスを振り乱しながら踊るアイドルを。
「神様、現実のアイドルのこと見直したでしょ?」
エルシィがしたり顔を浮かべて、肘で桂馬を突く。
「ま、まだまだだな……」
桂馬は眼鏡の位置を直しながら、満更でもなさそうに答えた。
「それにもう、かのんはアイドルじゃないぞ」
意味深長な桂馬の言に、エルシィも興味を惹かれて彼を見つめる。ライトに輪郭を浮き上がらせた横顔は、アイドルを見る目ではなく――中川かのんを見つめる瞳を持っていた。
「自ら輝く……『星』になったんだ」
今回こそ前回、前々回とは違った落ちになったものの、桂馬としては程度の違いはあれど、前二回と同程度に今回のことを受け止めようとしていた。
かのんはアイドルとしての体面や体裁を守ろうとし、はたして桂馬だけだったら駆け魂を彼女から追い出せたのか分からなかった。彼の中にかの行為は思い浮かんではいなかったのだから。
中川かのんは自分で自分を救ったに等しい。桂馬は自らの不甲斐無さを悔い恥じた。
最初はキスだけでスキマに蓋を出来ると勘違いしていた。さっきまでは彼女らを満たすことでスキマを埋められると妄信していた。
現実は確かに面倒だし、厄介な事柄やリスクも多い。が、桂馬はそれらを一笑に付してしまえるほど、まだ現実を知り尽くしているわけではなかった。
ゲームの世界と現実は、当然ながら別物だ。にもかかわらず、どこかでこれはゲームと同じだと、ゲームと同じ次元で考えてしまってはいなかったか?
彼は今までの行動を分析し、その傾向が強かったことに恥じ入った。現実と虚構を一緒くたに扱ってしまうのは愚の骨頂に他ならない。
桂馬はまた一つの記憶と責任を胸に抱いて、ステージで頑張っているかのんを見上げた。
思うことはたくさんあるし、考えなければならないこと、答えを出さなければいけないこと、身にしみて感じなければならないことは数え上げたらきりがない。
そうであっても、今はまず、かのんを精いっぱい応援することを心がけよう。
桂馬は「かのんちゃーん」と声を張り上げるエルシィの横顔を一瞥すると、立ちあがって彼女の名前を口にした。
/To Be Continued