「いーじゃん!」  
歩美は、勝利の喜びを満面の笑みで表していた。  
桂馬は困惑した。  
「曖昧なフラグばかり・・・」  
ブツブツと文句を言いながら、また手元のゲーム機に集中し始めた。  
 
━━━  
 
「やったね、流石歩美だよ!」  
「すごーい!優勝間違いなしだね!!」  
クラスメイトの女子達が歩美を取り囲んで、騒ぎ始めた。  
「う、うん。まあね!」  
けれどそこには、先ほどのような笑みは浮かんではなかった。  
歩美はチラと「彼」に目を向けた。既に興味は「別のもの」に向けられていることは、一目瞭然だった。  
「・・・む」  
当然のことだ、と分かっているのだが、何故か釈然としない。  
「あいつ、マジ空気読めないよね!さっさと帰んないかな。」  
一人がそう声を細めて言った。  
周りの女子も完全に同意状態。そんな中、歩美一人だけは別の考えをしていた。  
「ちょっと、桂木に言ってくる。」  
歩美が桂馬に向かって歩を進めた。  
女子のブーイングを背に、やはり釈然としないが、それでも、彼女らとは違う考えが歩美を支配していた。  
 
「桂木!」  
どうせ、いつもみたいに反応してはくれないだろうが、大声で話しかけた。  
「・・・?今度は何の用だ。」  
「へっ!?」  
即座に反応があり、キョドる。  
「め、珍しいじゃん。返事ができるなんて。」  
「そんな下らないことを言いにわざわざ戻ってきたのか。流石3次元、無駄が多いな。」  
「な!?」  
「まあいい、それでなんだ。今の僕は機嫌は良くないが、乗り気ではある。早く言え。」  
ゲームをしながら・・・・、と思いきや、何となく、目はこちらに向いていた。話す気があるのだろうか。  
「えと、そう!桂木!ちゃんと参加しようよ!」  
「与えられたノルマはクリアした、問題ない。」  
「大有りだよ!桂木だけ浮いてるじゃん!そんなのよくないよ!」  
「誰も困らないだろ。困らせてないだろ?」  
「そんな、そんなの・・・・・私が、困」  
「は?」  
「な、なんでもない!ほら立って!屋台いっぱい出てるし、一緒に行こ!」  
 
曖昧な フラグは続く どこまでも  
 
 
「何のつもりだ。」  
たこ焼きの屋台で出来上がりを待つ間に、桂馬は率直に尋ねた。  
「何が。」  
あからさまに後悔した表情をする歩美。  
それもその筈。「こいつ」と二人で歩いていると、見る人見る人が、目を丸くするのだから。  
そして言われる。  
 
”なんでこんな奴なんかと一緒にいるの?”  
 
「桂木、もっとマシな生き方したら?」  
憎まれ口が自然に出てきた。出てきてしまった。  
(言いたいのはそんなことじゃなくて、もっとちゃんと言わなきゃいけないのに。)  
「三次元に心配される筋合いはないな。僕は現状に満足している。」  
「一応聞くけど、彼女とか、欲しくないの?」  
桂馬は鼻で笑い、愚問を一蹴した。  
「なら逆に聞こう。三次元を相手にするメリットを教えてくれ。」  
「そ、それは!」  
「それは?」  
「ぬ、温もり、とか。」  
「は?」  
「画面の中の彼女なんて、触れないし、手だって繋げないし、第一、絵が気持ち悪いじゃん!」  
「戯言だな。」  
「な!それに、それに!」  
「キスって、とっても気持ちいいんだよ!」  
 
「・・・したことあるのか。」  
桂馬は、聞き逃さなかった。今の自分の攻略達成に繋がるためのセリフを。  
「な、何よ。いきなり食いついて。」  
「質問に質問で答えるな。したことがあるのか、と聞いている。」  
「そ、そんなの、ないに決まって・・・・あれ?」  
 
覚えている感覚、覚えていない記憶。  
歩美は、恐怖を覚え始めた。  
「な、何これ・・・。私、何で、キスしたこと、あるの?えっ、どうして?」  
「どうした、『歩美』!」  
名前で呼ばれたその瞬間、何かがフラッシュバックした。  
そして、抱きかかえられる。  
「しっかりしろ!」  
倒れそうになった歩美を、桂馬はしっかりと抱きかかえていた。  
 
嫌悪感はない。むしろ・・・。だから。  
「人気のないところに行こう。」  
そう囁かれて、頷いてしまった。  
 
 
歩美を抱える桂馬の周りに人だかりが出来る。  
そんな彼らのことを気にすることなく、歩美の手を掴み、その場を去る。  
歩美は逆らえなかった。というより、意識が別にあった。  
 
私は、キスをしたことがある。でも、だれとしたかは覚えていない。  
「自分にとって、とても大切な人と、大切なことのためにした、大切な、『温かい』キス」をした相手の顔が思い出せない。  
分かるのは、同じ学校、同じ学年、そして、同じクラスの男子だということ。でも、どの男子とも一致しない。  
━気持ち悪い━  
歩美を、空前絶後ともいえるジレンマが襲いかかってくる。  
忘れてはいけないことだと思うのに、全く思い出せない。  
━苦しい━  
まるで、心に穴(すきま)が空いたような感覚。  
私を励ましてくれた人、私を支えてくれた人。ちょっと『おかしい』所もあるけど、でも、でも・・・。  
私は、その人のことを、好き・・・・【だった】んだ・・・。  
 
 
「歩美。」  
名前を呼ばれ。歩美は目を覚ました。  
「あ、あれ?私、どうして。」  
「気を失ったから、日陰に連れてきた。」  
辺りを見回すと、そこは校舎裏。当然、人気はない  
「大丈夫か?」  
「えっ!?あ、う、うん!平気だよ!だって、私は、元気がとりえだし!」  
桂馬が自分のことを心配する、という異常現象に、歩美は戸惑いながらも返事をする。  
「ああ、そうだったな。」  
そっけない返事を聞いて、「ああやっぱり桂馬は桂馬だと」、歩美は思う。  
「ねえ、桂馬。私、どうかしてる。熱でもないのに、なんか意識が遠のいちゃって、変な夢を見て。」  
「さあ。僕の知ったことじゃない。」  
「ああ、そうだった。桂馬はそういう男だったよね。」  
呆れてため息が出る。  
「だが。」  
桂馬は歩美の隣に腰掛けた。  
「言っただろ。今僕は、『乗り気』だ。聞いてやるよ。」  
一人でも早く片付けたい。その一心で、普段なら絶対にありえない言葉を口にする。  
「偉そうに・・・」  
そう言うが、何故か嬉しかった。  
「でも、ありがとう。」  
 
歩美は、自分の中にある心の穴について話した。  
普通に考えたら、こんなこと相談したら笑われるのだろうが、桂馬なら、笑ったとしても、理解もしてくれそうな気がした。  
直感。  
「私、初めてキスした人の顔も思い出せない。最低だよね。」  
「三次元なんて、元から最低だ。僕にとってはな。」  
普段なら絶対逆上しそうな言葉だったが、歩美は可笑しそうに笑う。  
「言うと思った。」  
桂馬は意外だった。  
「なんだ怒らないのか。」  
「だって、そのとおりだもん。最低だよ、私。」  
桂馬は、みていて複雑な気持ちになった。普段あんなに活発な女が、こんなにしょげていることが、理解できない。  
面倒だな。  
そう思い、桂馬はフラグも糞も関係なしに、歩美に質問した。  
「なあ、歩美。お前、僕とキスしたか?」  
答えはYESかNO。肯くか、否か。否か、それ即ち反抗的な態度をとるであろう。  
しかし、答えはどちらでもなかった。  
「私も、それ、聞こうと思ってたの。」  
「は?」  
歩美の言ってる意味が理解できず、呆然とする。歩美は、冗談でも気まぐれでもなく、真剣に問うた。  
「ねえ、桂馬。あんた、私とキスした?」  
 
桂馬は絶句した。  
「聞いてる?」  
歩美は身体を桂馬に近づけ、言い寄る。攻略時以外で、こんなに女子と身体を・・・、顔を近づけることがなかった桂馬は、  
甲斐もなく、予想できるはずもなかった展開に、心拍数が上げざるを得なかった。  
「今、何と言った。いや、ちゃんと聞いていたが、あまりにも意味不明かつ突拍子もない質問だったような。」  
歩美はそのままの体勢で、桂馬の腕をつねってやった。  
「っ!何をする!」  
「いいから、答えてよ!」  
歩美の表情は真剣そのものだった。その眼には、戸惑いと恐れとが交わったものがみて取れた。  
が、桂馬には、歩美が『深層心理』で抱いている感情には気づけはしなかった。  
「ふ、ふふふははははは!」  
桂馬はわざとらしく笑う。とりあえず、今の自分の精神を何とか安定させたかったからだ。  
とりあえず桂馬は、肯定でも否定でもなく、『三次元の女という低次元極まりない存在を、笑って見下す』を選んだのだ。  
「何よ。いきなり変な笑い方して。」  
「変なのは自分のほうだろ。僕とお前がキスだと?笑止!そんなことある筈がない!」  
そう、まくしたてる。相手をなるべく煽ったつもりだったが、歩美は怪訝そうな顔をした。  
「じゃあ、桂馬。あんた、何でさっきあんな質問したの?私とキスするって、あり得ないんでしょ?どうして?」  
「ぬぐぐ・・・」  
あっさり論破されてしまう。  
「いいから、答えてよ。YESかNO。それ以外はいらないから。」  
「それは・・・」  
「もう一度聞くね、桂馬。桂馬、私と、キス、したことある?」  
忘れたくとも忘れられない。醜悪な記憶が、桂馬の脳裏で再生される。  
自分の思考のうち9割9分9厘以上、即ち限りなく10割近くが、『醜悪』と認識する。認識したがっている。  
だが、ヒトとしての性も捨てきれていないことに気づき、そんな自分こそ、とても醜悪に思えてくる。  
━僕は、三次元に、欲情しているのか。いや、あり得ない。だが・・・━  
「バカバカしい。そんな質問に意味はない。僕がYESと答えたらどうする。NOと答えたらどうする。どうにもならないだろ。」  
桂馬は、精神不安定になりつつも、愚問からの脱出を図る。  
歩美は押し黙ったまま、桂馬をじっくりと見つめていた。  
「質問に、意味はない。まさに愚問だ。だが。」  
こちらの質問にも答えてもらわねばならない。YES、即ち女神か。NO、すなわち否か。  
もう、三次元との関係を絶ちたい。一刻も、一刻も早くだ。嫌われるのは簡単だ。だから。  
「歩美!」  
「へっ!?」  
桂馬は歩美を抱き寄せた。抱きしめた。  
何も言うまい。桂馬は、歩美の反応するのを待っていた。  
歩美の心臓の鼓動が、よく伝わる。僕の鼓動も、伝わっているのだろうか。  
ふと、そんなロマンチックなことを考えたが、すぐに振り捨てた。  
「け、桂馬?」  
振り絞ったような声が、耳元で聴こえた。違う、僕が求めているのは、そんな台詞、反応じゃない!  
普段、お前がバカにしている男に、こんなことをされている女の反応がそれか!?  
違うだろ、お前は超体育会系女子だろ!もっと、叫ぶなり、突き放すなり、殴り飛ばすなり、あるじゃないか!  
けれども、桂馬の考えとは裏腹に、歩美の様子は、ただただ可笑しいばかりだった。  
「桂馬、私、変、だよね。好きでもない男子に、桂馬に、『こんな風』にされてるのに、なんでだろ・・・」  
歩美は身体を震わせながら一言、呟いた。  
「嬉しい。」  
桂馬は、苛立ちを抱えながらも、何故か優しく囁いた。  
「いい加減にしろよ。僕は迷惑極まりない。そんな見え透いた嘘を、よくも言えたもんだな。」  
歩美は、何もいえなかった。そう思われても、仕方ないよね。そう思った。  
「それとも、本気なのか。本気で、嬉しい、だなんて思ってるのか。歩美。」  
歩美は、静かに頷いた。  
「桂馬、私、怖い。私が、私じゃないみたい。だって、だって、おかしいよ。」  
「ああ、そうだ。僕に抱きしめられて、嬉しい、だもんな。」  
すると、歩美は、大きく首を横に振った。  
歩美は少し僕から身を離して、顔を上げた。泣いていた。  
「違うの、私、私!・・・桂馬のことが!」  
聞きたくない。いや、言わせるものか。確証はないが、だが、攻略対象でもない女に『告白』されるくらいなら、その口を!  
・・・桂馬は、自らの唇で塞いだ。  
 
突然の出来事に驚かないわけがなかった。歩美にとっては、それはファーストキスのようなものだった。  
だが、歩美は抵抗しなかった。むしろ、桂馬のキスを受け入れた。更には、桂馬の背中に腕をまわし抱きつき、  
互いに抱き合った格好となった。  
それはまるで、「祭の熱で浮かれて校舎裏でイチャついたカップル」そのものだった。  
歩美は、丸くなった眼を閉じて、もっと、執拗にねだった。  
「キスなんてしたことがない」歩美なりに、ただ唇同士を触れ合うだけのそれ以上を、求めた。  
 
自分の思考を彷徨う『もや』を取り除きたかった。自分を、記憶をかき乱すこの『もや』を。  
そして、『こいつ』なら、桂馬ならきっと、これを取り除いてくれる。そんな気がした。気がしたんだ。ただ、それだけ。  
それだけで、私は、桂馬のキスを受け入れて、私からも求めている。  
私は、私って、軽い女なのかなあ。だって、好きでもない男子とこんな・・・・・・  
あれ?でも私はさっき、桂馬に何て言おうとしてたの?桂馬のことを何だって言いたかったの?  
私は、私は!  
 
「歩美。」  
理解不能な状況に陥った最中に声をかけられ、意識を戻す歩美。  
「えっ、う、うん。」  
気がつくと、既に二人の唇は離されていた。  
「どうだった。」  
そう訊ねられ、慌てて歩美は、  
「よ、良かったよ。」  
と素直に感想を述べた。  
桂馬は、やや呆れた表情をした。それをみて歩美も、答えの種類が違うことを理解し、また慌てて答えた。  
「ご、ごめん。やっぱり、思い出せない。」  
「そうか。」  
特に感情は込められていないただの相槌に、歩美は聞こえた。  
「なら、歩美、お前の勘違いだ。何かの思い違いだ。忘れろ。」  
桂馬は、そう事務的に、吐き出すように言った。  
そしてそれは、歩美の心に深く突き刺さった。  
そんな歩美を尻目に、桂馬はその場を去ろうとした。  
「け、桂馬?」  
 
歩美は『女神』ではない。時間がかかったが、それが分かっただけでも充分だ。  
記憶がやや残っているのは、後遺症かなんかだろう。あのヘッポコのせいだ。全く、疫病神め・・・。  
いや、悪魔か。  
どうせすぐ忘れるさ。3次元なんてのは薄情だ。しばらくしたら、お笑い話にでもなっているんだろう。  
あるいは、黒歴史化して、たまに思い出して後悔するか。まあそんなもんだろう。  
これ以上関わりたくない。僕は足早に校庭へ向かおうとした。だが、後ろから、思い切り抱きとめられてしまった。  
「桂馬!」  
「何のつもりだ。」  
桂馬は冷たく吐きすてる。  
「行かないでよ!まだ、まだ何にも解決してないんだよ!言ったじゃん、聞いてくれるって!」  
「話なら聞いた。そして、歩美に頼まれたこともしてやったんだ。これ以上まだ何か望むのか。欲深いな、流石3次、欲深い。」  
さっさと逆上してほしかった。今まで通り、自分のことなんか相手にしない3次元の1女に、戻って欲しかった。  
これ以上、僕の領域に入ってくるな!身の程を理解しろ! だが・・・  
「ごめん、ごめんね・・・ごめんなさい。欲深くて、ごめん。でも、でも、私、このままじゃ、いられないよ!」  
僕にか、あるいは自分にか、何かに、ひたすら謝る歩美。  
「・・クソ」  
らしくもない悪態の吐き方をする。  
「私、やっぱり、したことあるよ。キスしちゃったんだ。でも、誰だか分からない。ねえ、こんなことって、あると思う?」  
無言で返す。そのうち落ち着くだろう。というか、落ち着いてくれ。  
「ははは。」  
歩美が力無く笑う。それこそ、らしくないものだった。思わず僕は振り返る。歩美は、目を真っ赤にして、  
けれど、何かを振り切った顔をしていた。  
「私、もう、どうでもいいや。もう、自分が嫌だよ。大切なこと、あんなに大切なことを、思い出せないんだもん。もう、壊れたい。」  
そして歩美は力なく、しかしながら力強く、僕に言った。  
それは、ねだりや願いなんてチャチなものではなく、服従心すら感じられた。  
「壊して。あんたでいいから、私を壊して。ううん、あんたになら。桂馬、お願い、私を破壊(こわ)して。私を、桂馬で・・・。」  
BAD ENDか、これは。一番望まない結果が、僕を襲おうとしている。それは明らかだった。  
 
 
「答えは、Noだ。」  
桂馬は冷たく言い放つ。だが、歩美の様子が気になる、という心境を否定しきれず振り向いた。  
「そう。」  
桂馬の背に顔をうずめ、その表情を決して見せようとはしない。  
「お前は気づいている筈だ。お前が今、普通じゃないってことに。」  
返事はない。それでも桂馬は続ける。  
「2度もお前のスキマを埋めてやるつもりはない。他をあたれ。」  
 
「2度」「埋める」  
歩美は、それらの情報により、少しだけ我を取り戻していた。  
歩美は覚えていた。自分の心に、ぽっかり開いていたことを。  
「あの大会」直前、自分の在り方を見出せなくて、けど何にも誰にも頼れずにいたあの頃。  
そんな時、思ってもみないところから、私の心を埋めてくれた人が現れたこと。  
忘れもしない。けれど、忘れてしまった。  
それが今、取り戻せるような気がする。  
 
「ねえ、2度って何。1度目は、いつのことを言ってるの?」  
「む。」  
桂馬は閉口せざるをえない。  
「ねえ、本当のことを教えて。お願い。私と桂馬に、何があったの?」  
「断る。」  
「どうして?」  
「教えたところで、僕には何のメリットもないからな。」  
「なら、私、私、桂馬の言うことなら、何でも聞く。従うよ!だから、教えて。」  
桂馬は歩美の中でどのような思考がなされているか、理解できなかった。  
「ねえ、私、いい。桂馬の奴隷でもいい。だから、お願い。」  
「奴隷、だと。」  
「うん。私、おもちゃでいいよ。桂馬のおもちゃで、だから。」  
歩美の目は、ますます本気になっていた。  
「それは、本気か。」  
「うん。」  
「それで満足か。」  
「うん、私、桂馬の奴隷だよ。」  
 
ここで桂馬はようやく気づく。  
「お前、また『憑かれた』のか。」  
その質問には、歩美は疑問符を浮かべる。  
失態だ。桂馬はそう思った。  
そもそも、歩美の思考回路を理解しきれなかった自分に非がある。  
歩美が自分に気がある、という最も重要な「前提」を知っていれば、対応も違った・・・かもしれない。  
 
僕には責任がある。  
相手が「攻略対象」になってしまった以上、僕はエンディングを迎えなければならない。  
それがいかに糞ゲーだとしてもだ。  
まさか続編があるだなんてな、予想できるもんか。  
しかもまさか、X-RATEDとはな。いや、今の時代それも普通か。ジ○キもエロゲになるしな。  
 
桂馬は振り返り、歩美を抱きしめる。  
背に手を、というよりは、身体全体を支えるよう、なまめかしく。  
「いいだろう。」  
「け、桂馬?」  
「奴隷なんかじゃなくていい。お前を愛してやる。」  
歩美の耳元で、出来る限り優しく呟く。  
「ほ、本当に?」  
歩美が甲高い声をあげる。それはまるで心に光が差したようで・・・。  
「だから、お前も、さっき言いかけたことを、言え。話はそれからだ。」  
「う、うん。分かった。」  
歩美も、自分の身体を、桂馬にそれを感じさせるように、押し付けるように、抱きしめた。  
「桂馬、す・・・・ううん。大好き。私、桂馬のこと、大好き。だから、お願い。・・・・して。」  
歩美の目尻からは、温かい涙がうっすらと流れ始めた。桂馬は、それを舐め取るように、口づけた。  
 
 
桂馬は歩美を抱きしめたまま、校舎の壁によりかかった。  
「桂馬、好き。」  
聞き飽きるほどに幾度も呟いたその台詞には、先ほどよりも艶やかさが増している。  
━可愛い━  
思わず口に出そうだったが、それは何か敗北感を味わうことになりそうなので、堪える。  
「おい、歩美。」  
意識がほぼ飛びかけている歩美を、呼び戻す。  
「歩美、僕に『おねだり』しろ。」  
他にも言い様はあるだろうが、桂馬は悪乗りしていた。  
「『おねだり』?」  
「僕はこの手のことには、からっきしだからな。お前の方が詳しいだろ?」  
「べ、別に、詳しくなんか・・・」  
「じゃあ、それでもいい。とにかく、歩美がどうしたいか、どうされたいか、言ってみろ。」  
「う、うん。それじゃあ。───もっと、キスしたい。」  
そう言うや否や、歩美は唇を桂馬のに押し付ける。  
「うぷ」  
呼吸の準備や、心の準備など、全てすっ飛ばしてのいきなりのキスに動揺が現れる。  
しか、それに構うことなく、歩美は自分のしたいことをし続ける。  
 
━━━  
やり方なんて、やったことないから知らないよ。  
でも、でも、桂馬としたいことだったら、あるよ、あるよ!  
忘れていることを思い出したいとか、「心のスキマ」を埋めたいとか、  
そんな「不純」な気持ちじゃないんだ。  
純粋に、私がこいつを、桂馬のことを、好き、好きになったから、大好きだから!  
だから、私は舌をねじ込んで、桂馬の戸惑いが表された舌と絡ませて、  
吸う。吸う。吸う!  
いやっ、凄い音がしてる。こんなの聞いたことないよ。  
凄く、いやらしいよね。桂馬、ひいてるよね。ごめんね。でも、やめられない、とまらないの。  
───桂馬、私、直感だけど、「あの人」は、きっと桂馬なんだよね。  
今なら何となく、理解できるよ。桂馬が、私を助けてくれたんだよね。  
覚えてないけど、そうであってほしい。ううん、そうなんだ、きっと。  
私、桂馬のこと好きになったんだ。だから今、桂馬のことが好きなんだね。  
「ねえ、桂馬。キス、どうだった?」  
私は、唇を離した。  
━━━  
 
「軽い殺意を覚えたぞ。」  
そう言いはなつが、歩美はクスクス笑う。  
「ごめん・・・なさい。でも、好きだから。」  
「ふん。それで、もう満足したのか?」  
歩美は大きく首を横にふった。  
「まだまだ、お楽しみはこれからだよ!」  
「『お楽しみ』って、楽しんでるのは歩美だけだろ。」  
その言葉が、歩美のスイッチに触れてしまう。  
「じゃあ、たのしもうよ。桂馬が楽しいなら、きっと私も楽しいし。」  
そういってまた、歩美は顔を近づける。  
「お、おい、そっちは・・・」  
しかし、近づけたのは桂馬の顔ではなく、もっと下、性器にあたる部分だ。  
「次に私がしたいのは、ううん、して『あげたい』のは、これ。」  
抵抗する間もなく、歩美によって性器を晒されてしまった。  
そこでようやく、歩美の流れが変わる。  
「こ、これが、桂馬の、桂馬のちんちん?」  
「な、なんだよ、悪いか。」  
桂馬は、歩美が馬鹿にしているように思って反論する。  
それもしかたなく、桂馬の性器は現状、長さも太さも(自称)大したことはなく、皮も被り気味。  
若干、コンプレックスに感じていたことであった。  
だが、歩美の絶句は単に、男性器を初めて見たことへの、驚異とある種の感動によるもので、  
決して、断じて、桂馬に対してマイナスのイメージを膨らませたということは、ない。  
「ううん。だって、同じ歳の、お父さん以外の見るのなんて、初めてだったから。」  
そう言いながら、右手の指先で触れてみる。  
「うぅっ。」  
性器がピクついた。  
歩美が桂馬を見上げるが、桂馬は反応を押し殺す。  
それを見て取れ、少し悔しい気分になり、今度は右手全体で軽く握る。  
「ぬぅ。」  
桂馬の全身から汗がにじみ出る。それに伴い、性器からも雄の臭いが漂う。  
「うっ、変な臭い。」  
思わず感想が口に出る。しかしすぐにそれを否定するように、  
「でも、桂馬のだからかな、全然、嫌じゃないの。」  
色っぽい声をだし、鼻をすんすんさせる。そして自然に、右手が前後に動き出す。  
「あ、歩美、それは!」  
そんな反応を見て、歩美は優越感に浸る。  
「気持ち良い・・・気持ち良いんだ。嬉しい。嬉しいよ、桂馬。」  
「し、知るか。」  
強がりは空しい。その証拠に性器は既に完全に勃起し、亀頭からは透明な液がにじみ出始めた。  
「舐めるね。」  
「なっ!?」  
歩美は舌を出せるだけ出して、それに桂馬の性器を乗せる。  
それだけでも十分に快感を、いや、快感を与えすぎているのだが、歩美は止まらない。  
そのまま、前後に顔を動かし、竿から鈴口まで満遍なく刺激を与え続ける。  
桂馬は、歯を食いしばるしかなかった。  
普段、自分で慰めることすら滅多にしない桂馬にとっては、地獄に近かった。  
「ひふぉひぃ?」  
上目遣いをする歩美と目があい、思わず視線を逸らす。  
それにむっときた歩美は、遂に───  
「はむっ」  
「おうふ!」  
優しく、唇を閉じた。口の中が桂馬でいっぱいだ。即ち、フェラチオ状態。  
「むぉぅぉ?ひふぉひぃへふぉ?」  
口にモノを入れながら喋るなと教わらなかったのか、という冷静ツッコミは出来なかった。  
「ふぁあ、ひぃふぉひふぉふひふぇあふぇふ・・・」  
何か言ったかと思う間もなく、歩美は前後に顔を動かす。  
「あっ、あぁぁあああ!」  
思わず歓声を挙げる。  
もういい、認める。気持ち良い。歩美にフェラチオされて感じてる。気持ち良い。  
桂馬はそう、認めた。  
 
「歩美、もう、僕!」  
「ふぇ?」  
一度、顔の動きが止まる。  
「射精。射精そうだってことだよ、言わせるな。」  
その眼には血が走っていたが、歩美が止まったことで少し余裕ができた。  
歩美と目を合わせる。  
「かわ・・・」  
言いかけて、口を閉じる。  
ばかげている。それは、2次元ではない者に、「そう」感じてしまったことがというより、  
もう歩美のことを可愛いと認めているのに、それを断じて伝えようとしない自分がだ。  
桂馬は深呼吸する。また少し、冷静さを取り戻す。  
冷静に考えた結果、やはり歩美は、可愛い。  
だが、それを決して口にはしない。それは譲れない。  
だが、言ってやりたい。そしたら歩美は喜ぶ。  
だが、それを言うことに関しては脳内では「働きたくないでござる信号」を発し続ける。  
だが───  
「んっ・・・」  
気づくと桂馬は、歩美の頭を撫でていた。意外だった。  
また、撫でるだけではなく、歩美の髪を梳くようにして歩美を愛でた。  
そんな自分に耐え切れず、早く終わってしまえと、歩美に命令する。  
「早くするんだな。もう、イくから。」  
それを聞いてハッとしたように、フェラチオを再開する。  
「あぁっ、歩美、歩美!」  
「へいふぁ、へいふぁぁぁあ!!」  
撫でていた手に力が入り、歩美の頭を掴むようになる。  
そしてその手を、前後に動かす。  
ややイラマチオの様になってきたが、そんなことを考えるはずもなかった。  
やがて、亀頭が歩美の喉奥を突き始める。  
当然歩美を、軽い嗚咽が襲う。  
しかしそれ以上に、大好きな桂馬を慰めているということへの満足・幸福感が上回っていた。  
そして、桂馬は、激しい射精感に襲われ始めた。  
「いくぞ、イくぞ!」  
「ふん、ふん!ひいよぉ。ふぁひへ!」  
「ううっ、ぁゎぁあああああああ!」  
校舎裏に、嬌声響く。  
 
「ふう。」  
桂馬は服装の乱れを直す。  
「全く、下らないことに付き合わされた。」  
誰にというわけではない呟きだったが、側に居た歩美の心に刺さる。  
「ごめん。」  
「まあ、いい。それより、どうだった。」  
「えっ、そ、それは。」  
いきなり感想を求められ、羞恥心を襲う。だが、歩美は正直者だった。  
「うん。嬉しかった。」  
「違う。そうじゃなくて・・・」  
「あ、そっか。えと、少し苦かったけど、ちゃんと飲み込めたし、嫌じゃないよ。」  
「だ、だからだなあ。」  
桂馬にとっての求める答えが返ってこず、調子が狂う。  
「記憶はどうだと聞いている。」  
「え、ああ。そっちの話ね。」  
照れ笑いをする。  
えーぃ、そういう顔をするな。そう桂馬は心で叫んだ。  
「思い出せた───と思う。」  
「はぁ?」  
「証拠はないけど、『あの時』私を助けてくれたのが誰なのか、それだけはよく分かったよ。」  
「そうか。」  
「あの、桂馬。」  
「大好き、か?それなら聞き飽きた。」  
「ち、違うよ!そ、それも言おうとしたけどさぁ。そうじゃなくて、ありがと!」  
その笑顔は、まるで『その時』のものに似ていた。  
スキマは埋まったのか。それともそれは勘違いだったのか。  
だが、そんなことは重要じゃない。  
「なあ歩美。お前は───」  
「うん?」  
「お前は、女神か?」  
しかし、やはりというか何というか、歩美は予想の斜め上の反応をする。  
「それって、桂馬なりの、告白?」  
「へ?」  
「だ、だって!桂馬って、自称『神様』なんでしょ!知ってるんだから!  
だから、それで『女神』ってことは、えと、そういうこと?」  
「か・・・」  
「か・・・?」  
そこで桂馬は模範的な答え方をする。  
「勘違いすんな!別にお前のことなんて、これっぽっちも好きなんかじゃないんだからな!」  
歩美の顔が、ポッと紅くなる。  
「そ、それって、あれでしょ!ツンデレ、ツンデレでしょ!知ってるよ!」  
「ば、バーロー!そんなんじゃない!勘違いするな!勘違いするな!」  
「ふふ、照れるでない、照れるでない!私はとっても、嬉しいゾヨ!」  
桂馬の背中をバシバシ叩く。  
それが、歩美の歓喜の表れだということはよく知っていた。  
 
━━━  
桂馬の視界にはただ一言、「GAME OVER」とだけ書かれていた。  
桂馬は人生初、BAD ENDを迎えることに『成功』したのだった。  
 
 
━OMAKE1━  
桂「そうだ、お前。『私を破壊して』とかイミフな戯言抜かしてたが、あれはどうした。」  
歩「そ、それは、あの、悪乗りだよ。それに・・・・」  
歩「桂馬の気持ちよさそうな顔見てたら、もうそればっかり気になっちゃったから♪」  
桂「ぬう。」  
 
━OMAKE2━  
歩「ねーえ!またキスしよ!」  
桂「この外道!精液臭ぷんぷんの口に誰がそんなことするか!」  
歩「いいじゃん、いいじゃん!細かいことは気にしない!」  
桂「お前って、本当に最低の屑だな。」  
 
━OMAKE3━  
歩「そういえば、『理解と破壊』ってタイトルはどうなったの?」  
桂「あんな厨二病満載のタイトルのままでは誰も得しないだろ。」  
歩「そうだよね!『俺さん』が、a○g○○a好きすぎて適当につけただけだもんね!」  
俺「Go to 教誨室。」  
 

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