春日檜  
 
春日主将の姉だ  
主将に勝るとも劣らない腕っ節の強さ、  
主将すら敵わないダイナマイトボディの持ち主  
どうやら今回の駆け魂の持ち主、らしい  
 
今回もどうやらボクは無事に済むのかどうか  
 
しかし、彼女、生粋のトラブルメーカーなんじゃないだろうか?  
登場早々エルシィに絡んできたパセリどもを追い払ったと思いきや、  
にエルシィの羽衣さんを奪って行ったり、  
 
攻略ルートに入るための情報収集ですら一苦労だ  
 
ともあれ、春日家へは「軟弱な自分を鍛えるため」という名目で潜り込むことに成功した  
 
気がかりなのは、主将だ  
万一、彼女の中に女神が居るとしたら、彼女の記憶が消えていないことになる  
その場合、下手な行動は攻略の妨げになる  
 
だが、今はまずは檜との距離を測らねばならない  
道場生にどつかれ、誤って檜の胸に飛び込むフリをする  
 
ぱふ  
 
やわらかい感触にボクは顔面を埋める  
所詮脂肪の塊だ、どうということはない  
 
しかし、彼女は動揺することなく、大人の余裕で対処(背負い投げとも言う)した  
どういうことだ?檜は僕の意図を読み取れるのか?  
 
それよりも、主将のボクへの目線が険しい  
ジト目ならともかく、何か、ボクを観察するような目つき  
 
楠はボクを覚えているのか?  
 
主将は、ボクに道場の掃除からはじめるように言いつけ、その場を去った  
 
覚えていないのか?  
ならば、少し、試してみよう  
 
エルシィのあまり役に立たない報告を聞きながら、道場の雑巾がけをする  
床の磨き方に差をつけて、「武」の文字を描いてみる  
楠は、気付くだろうか?  
 
本題は、檜のほうだ  
いったい彼女は何者だ?  
 
道場には愛らしい姉妹の写真が残っていた  
過去、武の道に打ち込んでいたことはまず間違いない  
 
ところが、今は自分は女優だ、という  
ただ、初めて会ったときは、自分はデザイナーだと言っていた  
矛盾はするが、女性らしい仕事を生業としているのは間違いない  
 
大方、春日家では、自由奔放な姉は出奔し、  
責任感の強い妹がやむなく道場を次いだ、といったところだろうか?  
しかしよくわからないな・・・  
 
楠が、道場の様子を見回りにくる  
しばしの間、ボクの様子を伺い、床に一瞬目線を落とし、もう一度ボクを見る  
一瞥、という表現の通り、彼女はそのままその場を去ってしまう  
 
楠の姿をみて、エルシィが言った  
「そうだ!にーさま、楠さんに聞いてみたらどうでしょう?  
 だって、お姉さんですから!」  
 
「教えてくれないだろ」  
先ほどの様子では、楠はボクとの事を覚えていないだろう  
そう、僕達はもう赤の他人、なのだから  
 
そこで、ボクは次のイベントを仕掛けることにした  
 
すなわち、お風呂イベントだ  
 
同居物では定番だが、好感度の測定にはうってつけだ  
何より、相手も丸腰、身体も裸なら、心も裸になりやすい  
ただし、慎重に事を運ばなければただの変態だ  
 
檜が風呂に向かった後、楠に銘じられたとおり、浴室の掃除を言い訳に、  
タイミングを見計らって脱衣所のドアを開けると、そこには・・・  
 
中に誰も居なかった  
 
まあいい、安易なお色気イベントは作品のレベル低下を生むだけだからな  
もっとも、相手は20歳なのでいくつかのことは気にしなくてもよくなる、はずだ  
 
さて、掃除を名目に浴室に入った以上、きちんと掃除をしなくては  
 
まずは脱衣所の掃除にとりかかる  
 
洗濯籠に衣服が無造作に脱ぎ散らかされている  
意外に主将は大雑把なんだろうか  
まったく、リアルってやつはこれだから  
 
脱衣所の洗面台周りを片付け、片手間に洗濯機を回す  
次は浴室だ  
 
がら、と、曇りガラスになったドアをあけると、  
誰も居ないはずのそこには、楠が居た  
 
髪を流している彼女にはこちらは見えていないのか、姉上?、と尋ねてくる  
 
しまった、どうやら選択肢を間違えた、いや、間違えさせられたと言った方がよいだろうか?  
ここで、何も答えないと怪しまれるが、かといって、檜のフリをするわけにもいかない  
だいたい、ここに入るときも、「楠主将の言いつけ」で、風呂掃除に臨んだのだ  
 
ここは、直球で行くしかない  
 
「しゅ、主将!?失礼いたしました!!」  
 
なるべく、あわてた様子を装って、これは事故だ、ということで片付けるべきだ  
流石に主将も、道場の掃除を命じている以上、  
自分の言いつけということであれば、命までは取ることは無いだろう  
 
しかし、予想外の返答が返って来た  
 
「なんだ、桂木か?丁度いい、背中を流せ」  
 
極自然に、楠はボクに命じた  
 
「は、はひ!?」  
想定外の事態に、素っ頓狂な声を上げてしまった  
何処だ!?いったい、何処でここまで選択肢を間違えたというのだ  
 
「なにをもたもたしている?男ならさっさとせんか!」  
この人に男女と言う感覚は無いのだろうか?  
ボクは、腹をくくった  
 
「失礼いたします」  
どうと言うことは無い、たかが現実だ  
女性の身体であれば、結との入れ替わりで十分に思い知っているはずだ  
 
しかし、春日流道場の跡取りというだけあって、全体に引き締まったみずみずしくも美しい肢体  
武術家としての彼女とは相反するかのように、女性性を強調するかのような豊かな胸の膨らみ  
濡れた長い黒髪が美しく彼女の背を這い、そのラインは安産型の臀部に美しく繋がっている  
 
思わず、どきりとしてしまう  
 
タオルを泡立て、主将の背中に、触れる  
透き通った肌に思わず吸い込まれるような錯覚を覚える  
やわらかい彼女の肌の感触が、伝わってくる  
ボクは無言のまま、彼女の背を流す  
 
ふと、優しい笑みを、楠がこぼした  
 
「相変わらず、お前は無茶な事をするな・・・  
どうだ、私は十分に強くなったか?  
可愛くて強い武術家を目指しても、良いくらいに」  
 
消えたはずの、もう一人の主将が、そこには居た  
 
「主将・・・」  
ボクはあの日のことを思い出した  
 
男児の後継者に恵まれず、姉も出奔し、一人残された彼女は、  
春日流当主として強くなくてはならないと、様々なものを切り捨てて生きてきた  
それでも、女としての彼女は、そうして切り捨ててきたもの全てが、本当は大切なものだった  
そんな心の隙間に、駆け魂が憑いたのだ  
 
だが、桂馬と共に過ごした彼女は、女としての幸せを目指しながらも、今は強い自分を追い求めることに決め、  
桂馬との日々を、そして最後のキスを思い出に、自らを封じていたのだ  
 
「どうなのだ、桂木?ん?」  
優しく聞く彼女に、切なさを覚えながら、答えた。  
 
「主将はお強くなられました。  
いえ、貴女は元々お強い方ですよ」  
 
「そうか、ふふ。  
なあ、桂木。  
もしまた、私が困るようなら、お前は私を助けてくれるのか」  
 
「もちろんです」  
 
「そうか、それなら、いい。  
ありがとうな。  
私と、姉上を頼んだぞ」  
 
振り向きざま、彼女はボクにキスをした  
 
ふ、と、主将がボクから身体を離し、きょとんとした目で、ボクを見つめている  
 
ん?  
 
「きゃ・・・」  
 
一瞬、彼女は恥じらいの表情を浮かべた後、ボクは全力で蹴り出された  
 
いつのまに?  
 
「ごめんねー、妹の裸で我慢してね!!  
いやー、私のセクシーシーンが観たいなら、もっと気付かれないようにしなくちゃだめよ?」  
 
能天気な檜の声が浴室に響く  
まったく、駆け魂に憑かれているとも知らずに  
 
それでも、ボクは彼女を攻略する  
あの日決めたはずの「主将」との約束なのだから  
 

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