その日、舞島市に久々に雪が降った。
エルシィには初めての雪だ。
「わー、寒いですぅ。
にーさま、この白いぽわぽわは何ですかー」
「そんなことも知らないのか?それは雪だ」
「これが雪ですかぁ!
息が白いです!」
寒空の下、外に出る二人。夜空に街灯とカフェグランパの灯りで照らし出される降り積む雪…
子供の様にはしゃぐエルシィを桂馬は呆れ顔で見て、彼は屋内に戻った。
翌朝、エルシィが倦怠感を訴えてきた。
どうやら、風邪らしい。
生憎母は旅行中のため、仕方なく桂馬はエルシィの面倒を見ることにした。
ベッドに寝かせたエルシィの横に座り、バカでも風邪を引くんだな、等と思いながらも、この偽妹(ぎまい)をいとおしく思ってしまった。
バカな。
BMWを忘れたか!
こいつとは血が繋がっていない。
記憶だって…
そうして桂馬はエルシィとの日々を思い出した。
そうだ、こいつとは随分長く付き合わされているんだな。
そして、こいつは俺の事を好きだと言っている。
不意にエルシィが、
「神にーさま」
と、うわ言を漏らした。
ドキッとした。
見透かされたかと思った。
そのあとの消防車に纏わる意味不明な解説に、がっくりと来たが。
不意にエルシィが寝返りを打って、毛布がはだけてしまった。
冷えると良くないな、と、桂馬はそれを直そうと、エルシィに覆い被さった。
ベッドに横たわるエルシィの息づかいが荒い。
相当具合が悪いのか?
桂馬は彼女の額に手を置いた。かなりの熱だ。
悪魔に人間用の風邪薬が効くのだろうか?
桂馬の手のひらの冷たさにエルシィが薄目を開けた。
「にーさま…学校は…」
「休んだよ。お前がこんなじゃな」
「ごめ…なさい…」
「いいから寝てろ。ボクはゲームでもしてるから」
安心させようと、PFPを取り出してみせる。
「にーさまは、いつも、優しいんですね」
発熱で頬を火照らせながらも、精一杯の笑顔でエルシィが言った。
つと、彼女から目をそらしつつ、答える。
「別にお前の心配をしている訳じゃない。お前に何かあれば、ボクも死ぬわけだからな」
契約の首輪で、二人は繋がっているのだから。
「あは、そうですよね。私たち、一心同体なのですから」
「べ、別にそういう事じゃない」
彼女の不本意な表現に、桂馬は少し恥ずかしくなってしまった。
エルシィは潤んだ目で桂馬を見つめ、こう言った。
「じゃあ、私を本当の意味でパートナーにしてください…」
ねだる様な、せがむ様な声で桂馬に訴える彼女の艶っぽさに、彼は思わずドキリとした。
落ち着け、ボク。
エルシィは現実女子じゃないか。しかも妹と偽って我が家に居候しているバグ魔じゃあないか。
…まてよ、エルシィは悪魔だ。悪魔は本来現実的ではない。仕方なしにこの状況を認めただけだ。
ということは、エルシィは現実女子ではなく、非実在青少年、つまり、ゲームのヒロインと同じ存在だ。
しかも、彼女とボクは契約で繋がっていて、ずっと駆け魂狩りで日々を共にして、しかもコイツはボクの事を求めてきている。
いけない。
BMWのピースが確実に揃っている。
悪魔でも妹、
じゃなかった、
あくまでも妹、
じゃない、
悪魔で妹ではない、
これも違う、
そう、エルシィはエルシィだ。
エルシィと過ごしてきた日々が桂馬にとってかけがえのないもので、彼女もまた桂馬にとってかけがえのないものなのだ。
「馬鹿だな、お前は。
とっくにお前はボクのパートナーだよ」
優しくそう言って、エルシィの髪を撫でる
「本当に、本当ですか!?」
「ああ、そうさ。だから、今は眠るといい」
そう言って桂馬はエルシィにキスをした。
満足そうな笑顔で眠るエルシィを、拘留ビンを持ったハクアと桂馬が見下ろしている。
「まったく、悪魔の癖に駆け魂に憑かれるなんて」
「オマエが言うな」
「あ、あの時は仕方ないじゃない、私だって…」
「まあいい。エルシィも元に戻った事だしな。まさか駆け魂に憑かれて風邪を引くなんて」
「でも、こんな低級の駆け魂に憑かれるなんて…それに、オマエは妹を、こ、恋で満たすなんて、不謹慎よ!」
「エルシィは妹じゃないだろ。それに、恋愛じゃないよ」
「じゃあ何よ?」
桂馬はハクアに答えずに、ただ優しく微笑んだ。