「……これでお別れなのね。」  
 
「そうだ。」  
 
「私、今日のことも、忘れちゃうのね。」  
 
「そうだ。」  
 
「なんとなく、わかってたんだ。  
 ……こうなっちゃうことって。  
 
 あなたが、私のことを本当に好きになってくれるわけがないって。」  
 
「……」  
 
「でもね、でもね。  
 私、あなたと一緒に居られて良かった。  
 あなたの傍に居られて良かった。  
 
 そう、初めて出かけた花火の夜も、あなたは私を見つけてくれた。」  
 
「今も、ボクは君を見つけたよ」  
 
「……そうね、見つけてくれた。  
でも」  
 
「でも?」  
 
「私に、あなたを、忘れさせるために、私を見つけてくれたんだ。」  
 
「そうだ。」  
 
「私、あなたのことを忘れたくない!ずっと、ずっと想っていたい!  
 だから、時間なんか、止まればいい!  
 お願いだから、もう、このままで居たいの!」  
 
「甘えるな。」  
 
「え?」  
 
「そうして君は消失してしまったんだ。  
 
 だけど、ボクは、君に逢いたかった。  
 君を忘れたくない。  
 君を想っていたい。  
 君を抱きしめたい。  
 
 君と、君とずっと、一緒にいたいんだ!  
 
 だから、君を見つけられた。」  
 
「……そうね。  
 あなたは、私を見つけてくれた。  
 みつけて、くれたんだ。」  
 
「……」  
 
「でも、おかしいよね。  
 
 すごく、すごく逢いたかったのに、出逢ったら忘れてしまうんだもの。  
 こんなのって、こんなのって、ひどいよう。」  
 
「でもボクは、君に忘れられてもいい」  
 
「え?」  
 
「たとえ、忘れられてしまうとしても、  
 君の、君のぬくもりを、忘れたくない。  
 
 凍った時間の中に閉じ込められた君を見つめるより、  
 今、君を抱きたいんだ!」  
 
「……」  
 
「……」   
 
「そうね。  
 
 ねえ、私を抱きしめて頂戴。  
 キスをして頂戴。  
 凍った心と凍った時間を溶かして頂戴。  
 
 忘れてしまっても、  
 
 ううん、きっと、私はあなたのことを忘れないんだ。  
 
 ただ、あなたと一緒にすごしたことを忘れるだけ。」  
 
「そうだ。」  
 
少女は少し背伸びをして、潤った瞳を少年の綺麗な顔に近づけようとする。  
少年は手馴れたしぐさで、彼女の背に腕を回す。  
そして、何かの流れから彼女を引き戻すように、強く抱き寄せる。  
触れられた腕のぬくもりに、彼女の時間がとろける。  
 
上気した頬を隠すまでもなく、むしろ、見て欲しいとばかりに少年にさらす。  
少年は、彼女の頬をなでる。少し冷たい感覚が伝わる。  
それとともに、彼女はすこし、そう、ほんの少しだけだけど、安心した表情を見せる。  
 
そして、瞳を、閉じて。  
 
重なる唇と重なる影。  
 
一筋の涙。  
 
 
「あったかいのね」  
 
「そうだ。」  
 
「私は、このぬくもりを忘れたくなかった。  
 ずっと、忘れたくなかった。  
 
 ずっと、私のものにしたかった。  
 
 だから、この冬が終わらなければいいと思った。  
 きっと、時間の雪解けが訪れるとき、あなたは露として消えてしまうから。」  
 
「消えないよ。」  
 
「……え?」  
 
「君の記憶は消える。  
 
 だけど……想いは消えないんだ。  
 満ちた想いは、消えないんだ。」  
 
「……」  
 
「ただ、ボクが居なくなるだけ。  
 
 それだけだ。」  
 
「そうね。  
 
 それも、悪くないのね。  
 満ちた思いは消えない。  
 
 うん、悪くない。」  
 
「だから……」  
 
「……うん。」  
 
もう一度、二人は抱き合い、ぬくもりを確かめ合い、  
 
けして忘れたくないのだと、強く言い聞かせながら、  
 
もう一度唇を重ねる。  
 
しっかりと、  
 
しっかりと。  
 
 
 
どれだけの時間が経ったのだろう。  
 
 
意識を失っていた彼女が、目を、覚ます。  
 
 
 
 
一人の少年が、彼女の近くのベンチに座っている。  
 
クリスマスの夜、きらびやかに飾られたツリーの傍のベンチ。  
 
街行く人々が幸せそうに微笑みあう、そんな夜。  
 
少しだけ、少年は切なそうな瞳をして、座っていた。  
 
 
「ねえ君?」  
 
「ん?」  
 
「もしかして、君もこのツリーのお話を信じているの?  
 ここで大好きな人と約束しないで出遭うことができて、クリスマスを過ごせば、ずっと幸せになれるって。  
 ちょっと、乙女チックだよね。  
 
 私もね、好きな人がいて、今日、ここで、  
 
 ……ここで。  
 
 あれ?どうして私、ここに居るんだろう?  
 
 あなたも、誰か、大好きな人に逢いに来たのかしら?」  
 
「ああ、そうだ。  
 とっても、とっても大好きな人を待っていたんだ。  
 
 ただ、出会えたんだが、どうやら一緒にクリスマスを過ごすことができなくなってしまったんだ。」  
 
「まあ」  
 
「でも、その人は、きっと幸せになれるんだって、わかったから。  
 だからボクは、それでいいと思ったんだ。」  
 
「優しいのね」  
 
 一瞬、ほろ苦い表情を浮かべた後、少年は言う。  
 
「そうだね。」  
 
 ベンチから立ち上がり、少年は少女を見る。  
 綺麗な瞳だな、と、少女は思った。  
 ちょっとだけ、懐かしい、瞳。  
 
 
「さて、残念ながら、どうやら、クリスマスは独り……  
 いや、家族とすごすことになりそうだ。早く帰らないと妹がうるさいからな。  
 
 君も、一人でここに居る必要はないんじゃないかな。  
 さすがに今日は寒い。暖かいお家におかえり。」  
 
うん、と、表情で答えた後、少女は立ち上がり、まるで漂う羽のようにふわりと、歩き出し、  
そして、ふと、少年を振り返り、また歩き出す。  
 
「ねえ君、今日は、残念だったかもしれないけど、きっと、明日があるよ。  
 もしかしたら、明日は本当に大好きな人に出会えるかもしれないから。  
 
 私もね、そういうことがあったんだ。  
 もう、想い出になっちゃったから、あんまり思い出せないんだけど、幸せなことだったことは憶えているんだ。  
 だからきっと、  
 
 ね。」  
 
優しく微笑み、少年は答える。  
 
「そうだね、ボクも、君を見習って、明日を想うよ。  
 ……ありがとう。」  
 
「え?なーに?」  
 
既にずいぶんと歩き出していた少女は、少年に聞き返す。  
答える声がないので、振り返る少女の前には、あの美しい少年は居なかった。  
 
「ちょっと変わった人だったなあ。あんな言い伝えを信じるなんて。  
 でも、それはあたしもおんなじか。  
 
 さて、明日があるんだ、もう、いろいろ頑張らなくっちゃ!」  
 
振り返ることはなく、少女は歩き出す。  
 
 
 
「神にー様!駆け魂拘留しましたぁ!」  
 
ぽてぽてと、少年に歩き寄る少女。  
 
彼女の名前はエリュシア・デ・ルート・イーマ。  
地獄から駆け魂という、悪人の魂を捕らえるため、人間界にやってきた少女だ。  
通称エルシィ。  
悪魔、なのだが、少年と同じ学校の制服にベージュのダッフルコートを着込み、  
ただひとつ、人と異なることは、天女の如く羽衣をまとっていることだ。  
 
「にー様?どうしたんです?」  
少女は、少年に話しかける。  
 
「なんでもないよ。」  
 
「あー、よかったです。なんだか、少し思いつめたような瞳をしていたので。」  
本当に、ほっとしたような息をついたエルシィ。  
 
「エルシィ、帰るぞ。  
母さんがケーキを作って待っているだろうからな。  
 
あと……」  
 
「あと?」  
エルシィは少年の瞳を覗き込む。  
 
「今日はクリスマスの時限イベントがいったいいくつあると思っているんだ!!!」  
 
さっさと少年は歩き出してしまった。  
 
「あーうー、  
 
 もー、にー様、待ってくださいよぅ!」  
すぐに少年を追いかけるエルシィ。  
 
あれ?  
 
いつも一緒だった、彼女が兄という少年の表情が、少しだけ、切なそうに思えた。  
 
そのせいで、彼女はあることに気づくことができなかった。  
 
 
 
 

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