「あゆみー、おはよ。」
いつもの、朝の教室。
雑誌片手にちひろがやってきた。
「近くのたい焼き屋で、チョコ味のたい焼きが出てるらしいんだけどさー、部活の後一緒に行かない?」
おはよう、と言う間もなく、お店の紹介ページが目の前に広がった。
「人気スイーツ★バレンタインの特別メニュー!」という見出しが、ページのトップを飾っている。
ああ、そうか。
今日、バレンタインなんだ。
ここのところ、ずっと部活ばっかりだったしな。好きな人とかチョコあげたい人とか、いないんだよね。
そう、いないはず…何だけど。モヤモヤした気分になるのはなぜなんだろ。
何も予定ないし付き合うよ、と返して、部活の後校門前で待ち合わせを取り付けた。
よく考えたら部活の後にちひろと買い食いするって、初めてかもしれない。
別に仲が悪かったわけじゃないけれど、ちょっと前までちひろは帰宅部で、毎日部活してる私とは時間が合わなかったのだ。
今はちひろもバンドの練習やってて、同じくらいの時間に帰ることも多い。
「そういえば、ちひろは誰かにあげたりしないの?」
「んー、チェックしてるカッコイイ人はいっぱいいるんだけどなぁ…前みたいに告白するぞーって感じじゃないのよ。そういう歩美はどうなのさ。」
イケメンには目がないちひろが、バレンタインみたいな恋愛イベントをスルーするなんて珍しい。私も、好きな人なんていないんだけどさ。
バレンタインってことで、なんだか浮き足立ってる人が多い。そんななかでも、普段通りのテンポを保っている奴が一人。
そういえば、そんな奴にオプションで付いてるマスコットが見当たらない。
「あれ、もしかして今日エリー休み?」
「あー、そうそう!!昨日アニキにチョコ作ってあげるんだって張り切ってたんだけどさ、自分で味見し過ぎて倒れたのよ。ほんっと間が抜けてるよ。」
エリーらしい。お兄ちゃんって存在は大きいんだろうな、私には分かんないけど。
始業のチャイムが鳴り始めた。みんな、席に戻って授業用の顔になる。(約1名を除く。)
そんないつもの日常。
だけど、今日はバレンタイン。
何事もなく日常は過ぎて行って、私の本領発揮の放課後がやって来た。
しっかり運動して、お腹すかせておこうっと。
いつもは部活の前におやつ食べてたんだけど…今日はやめておこうかな。
家から持ってきたカ○リーメイト(チョコレート味)を鞄の中にしまったまま、運動場に向かう。
靴を履き替えようとしたとき、奇妙な格好の人影が目に付いた。人目を気にせず寝そべっている寝癖の男。かすかに、ぎゅるるる、なんてお腹の音らしきものも聞こえる。
…前も、同じような光景を見た気がする。あれ、これってデジャヴ?
「何、またご飯たべてないの?」
いつもはエリーが無理矢理昼食に誘ってるからな。
大方、今日は食べるのも忘れてゲームに没頭していたんだろう。
「ほら、これあげるよ。今日はどうせ食べないから。」
鞄の中のカ○リーメイトを取り出して差し出す。
「…いいよ、家帰れば食べるものあるし。」
「こんなところで倒れられたら、気になって部活にも行けないってば。」
あ、いい方法を思いついた。
「…じゃあさ、コレ、バレンタインのチョコってことでいいから受け取ってよ。ほらっ、丁度チョコレート味だしっ!」
「…見返り期待したって何もないぞ。」
そういいながらカ○リーメイト受け取る桂木。
な、何赤くなってんのよ。私まで気にしちゃうじゃない。
「あ、ええと、エリーに早く元気になってって言っといてね。じゃぁね!」
後ろを振り返らず、そのまま運動場に走り出した。
アイツは今、どんな顔してるんだろう。
コレって、抜け駆けしちゃったのかな。ちひろも、エリーも、さっきのことは知らないはずだし。
…後で、エリーにもチョコ味のたい焼き、買っておこう。
運動場が見えてきたら、ちょっとずつ加速していく。
冷たい風が頬に当たって気持ちいい。
朝感じたモヤモヤした気分はすっかり無くなってしまっていた。