『おい、なんでついてくるんだよ』  
『あのお姫様がどんな顔で人間と住んでいるのか気になるじゃない。  
 それに、同じクラスになったんだし。ご挨拶ついでよ』  
『姫様っていうな! リカに聞こえるだろ!』  
 
(……リカなんて今の場面にいたっけ)  
オートプレイを止めて、バックログを読み返す。  
リカも一緒に帰っているのはわかったけど、何故そうなったのかを覚えてない。  
ボクとしたことが。  
 
……駄目だ。  
こんな状態じゃゲームに申し訳ない。  
セーブして、一つだけ起動しているディスプレイの電源を切った。  
 
手持ち無沙汰に、教科書とノートを広げてみる。  
けれど、書かれた文字はボクの網膜だけを流れていき、頭にはまったく記憶されない。  
 
……なんだろうな。  
今日、ヘンなものでも食べたかな。  
あの弁当も、くずれたケーキも、ヘンといえばヘンも極まったものだったけど。  
椅子に背を預けて、原因と、その対策を、改めて考える。  
とたんに、ドコドコとドアの叩かれる音と共に、間の抜けた声が聞こえてきた。  
 
「神にーさまー、いれてくださーい!」  
 
……なんだあいつは。部屋には来るなって言ってあるのに、それすら守れないのか。  
椅子から立ち上がってドアに行くと、なぜか珍しくカギがかかっていない。  
そのままドアを開いていく隙間からは、満面の笑顔が見え始める。  
 
「なんだ」  
「ケーキです! 今度はお母様に教えていただいて、ちゃんと作ったんですよ!」  
 
割烹着かエプロンなのか、料理するときに着るヘンな服をまとったまま、ケーキを見せる。  
母さんも一応は店で出すケーキも焼くから、それが本当なら食べられるものだろうけど。  
見た目もずいぶんしっかりしているし。  
 
「ボクは甘いものは嫌いだって言ったはずだ」  
「でも、本当においしくできたんです!」  
「……味見だけだぞ」  
 
ドアを開けて招き入れる。  
ソファーなどはないから、ベッドに座る。当然のように横に座ると、  
それを差し出してきた。半ホールも持ってこられてもどうしろというんだ。  
隣から嫌になるくらい期待を込めた視線をあてられ、しょうがなしに  
フォークで生クリームごと口に入れる。……まぁ、たしかに味もちゃんとしているようだが。  
 
「どうですか?」  
「……うまかったよ」  
 
全てをたいらげてから伝える。今更伝えても、嬉しそうな顔はもう変わらなかったが。  
ボクの手から皿を下げる。  
 
「エヘン、またお料理のレベルがあがりました」  
「レベル1からならスライムを倒したって上がるからな」  
 
ボクの言葉にも動じずに、にこにことエルシィはすぐに座ったところから立とうとする。  
 
「おやすみなさい、神様」  
 
腰を上げるエルシィ。無意識にボクの手が袖を掴んだ。  
 
「わ、っと。な、なんでしょう、神様?」  
「いや……」  
 
もっと驚いているのはボクのほうだ。  
どうしてボクはそんなことをしたんだろう。  
 
「そんなに……すぐに行っちゃうなよ」  
 
それどころか、なぜそんな台詞を口に出してるんだ。  
なんだ。さっきプレイしていた聖結晶アルバトロス! エクスタシーの  
せいだろうか。  
慌てて次の台詞を続けた。  
 
「こ、今回のは、昼間のケーキと何が違うんだ」  
「基本的には材料を、人間界のにしただけです。  
 そうですか、そんなに神様がパティシエに詳しく聞きたいということなら任せてください!」  
 
母さんか本からか知らないが聞きかじったらしいネタを誇らしげに語りだす。  
そもそも女性ならパティシエールだけどな。  
バターがないから牛乳から作ったといういじましい裏事情も含めて、  
エルシィの表情はころころと変わる。  
昼間の泣き顔なんて、こいつのほうは、かけらも残していないのか。  
少しだけ、それにいらつく。本当に、何も考えていないヤツだと、よくわかった。  
三百歳がどうこう言っていたが、地獄では三十倍くらいの早さで時間が流れてるんだろう。  
だったら、ボクのほうからはじめるしかないってことか。  
 
ふわ、とあくびをもらす。そういえば朝6時に起きていたとか言っていたな。  
きっともうすぐ、部屋に戻ろうとするだろう。  
一応は、ボクのために早起きしたんだし、そのまま行かせてやればいい。  
 
「エルシィ」  
「はい?」  
「……クリームがついてる」  
 
頬に少しだけ舌をつける。ちょっとだけ、唇も触れてしまったかもしれない。  
唇の柔らかさとはまた違う、頬の滑らかな感触がボクを揺らした。  
 
「かっ、神様!?」  
 
ベッドの上でちょっと距離を取り、きっと昼間のボクもそうだったように、  
顔を赤くしている。  
……お前が先にしたことだろう。少しくらいはボクと同じ目にあってみろ。  
 
「もうちょっと……話をしていけ」  
「は、はい」  
 
眠気はとんでいったのか、エルシィは元通りの体勢に戻った。  
 
「──あのまま帰っちゃったけど、家庭科室もドラゴンみたいなのも大丈夫なのか」  
「室長にお願いしました。また怒られましたけど」  
「すごいな。なんとかできるのか?」  
「羽衣さんで表面だけごまかしたので、工事を後でしてもらえるそうです。  
 マンドラゴン達は、後で捕まえに行くみたいです」  
「適当な対応だな……  
 それにしても、攻略とはまったく関係ないところでも、なんとかしてもらえるんだな」  
「関係なくないですよ。バディである神様と信頼関係を結ぶのも、大事なんですから!  
 神様が私に冷たいからいけないん、です……」  
 
尻すぼみに、声は小さく、顔は赤くしてこっちを見る。  
信頼関係ね。正直、ほとんど役にたたないし、ボクのゲームライフを無茶苦茶にした  
こいつとの間に、どんな関係を結べばいいんだ。  
 
視線を向ける。大きな目がボクを見つめている。赤らんだままの頬と  
より鮮やかに赤い唇を意識してしまうほどに、顔が近い。  
少し踏み出せば、なんだってできるくらいに。  
 
……待て。まだ早い。どうして、ボクはそんなに急いているんだ。  
さっきからいうことを聞かない体を、無理矢理、疑問を口に出すことで逃げた。  
 
「そ、そういえば、駆け魂を集めるのはいいけど、ボクに何のメリットがあるんだ」  
「え? メ、メリットですか?」  
「悪魔の契約だからそんなのないといえば、そんなものかもしれないけど。  
 普通はあるだろう。たとえば7つの駆け魂を集めると  
 なんでもボクの望みをかなえてくれるとか」  
「な、ないですよ。だって神様は自分から契約されたんですから」  
「その契約自体、反則もいいところだけど、それは置くとしよう。  
 でも、だとしたら、それこそ何かボクにメリットがあってしかるべきだろう。  
 自由意志で契約したんだからな。  
 お前は、姉に認めてもらうという目標があるからいいけど、ボクには何もない。  
 普通なら、そんなもの、サボタージュするところだ」  
「そんなことしたら、私たちが死んじゃいます」  
「そうならないようにはするけど、悪いことをしたわけでもないのに輪をはめられるのはおかしいだろ」  
 
正直、無茶苦茶な巻き込まれはゲームの世界で色々と経験はしている。  
その場合、何ももたない女の子が提供するモチベーションを高めるものといったら、  
 
「か、かわりに、駆け魂狩りを続けられるなら、私、なんでもします!」  
 
予想していたとおりの答えが返ってくる。  
家に住もうとしたときにも、一度言っていたことだからな。  
 
「お前が、何を?」  
「お料理でも、お掃除でも!」  
「もうしてもらってる」  
「う、うー」  
 
なんでもする、か。  
取引として、その言葉のとおりに女の子と付き合ったり、もしくはエッチなことをして、  
それがそのうち、本当の愛とかいうものになるのは、ルートとしては、よくある。  
だけど、同じくらいにバッドエンドの行き先であることも、よくある。  
 
考えろ。今はどっちなんだ。エルシィを攻略するには、どうすればいい。  
だいたい、本当はまだ、エンディングが見えていない状況でする質問じゃなかったはずなんだ。  
さっきから、ボクはおかしすぎる。  
かのんの時みたいに、ぎりぎりまで待つべきだったのに。  
 
だけど、もう、ボクが待てない。  
こんなクソゲーな世界のバグだらけの悪魔。  
いつも一緒にいるはずのこいつを、もう逃がしたくない。  
 
「今さら、褒美としてのお前なんて……必要ない」  
「か、神様ぁ」  
 
泣き顔がボクに向けられる。その表情に、続けようとした言葉を噛む。  
 
「ご……誤解するな。忘れたのか。ボクは落とし神だ。  
 欲しい女くらい、自分で攻略してみせる」  
 
細い肩を掴んで、ボクに近づける。  
 
「そんなのに頼らなくても、お前は……ボクが落とす。ボクの、ものだ」  
 
理解していないのか。ひたすらに見つめるボクを、驚いたようにただ見ている。  
 
「……ボクの心は、二次元の愛で埋まってる。だから、もうスキマがないんだ。  
 だから、スキマがないから、溢れそうなこれを、お前に注がせろ。  
 こぼしたりなんか……するなよ」  
 
言葉を切った後、そのまま、吸い寄せられるように、その場所へ重ねた。  
 
 

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