◆  
 
終業後の掃除の時間。  
外廊下で掃き掃除をしているエルシィ。  
普段であれば、鼻唄でも歌いながら楽しそうにしている時間だ。  
しかし、その顔には、桂馬によるものとはまた別の原因による困惑が広がっていた。  
 
「どうしたの、普段ならすぐ終わらせちゃうのに」  
「……」  
 
掃除のペアになることが多いクラスメイトの言葉。  
とくにそこに不満などがこめられているわけではなく、普段の、よすぎるほどの  
掃除の手際との違いを、ただ不思議に感じているだけの意味でしかない。  
他意はない発言だ。  
しかしそれは、現在の彼女に残った拠り所をさらに狭めるものだった。  
 
気づかれないようにカチカチとホウキのダイヤルを回す。  
けれどそれはまるで反応してくれようとしない。  
似合わない溜息をついて、ただのホウキとして掃除を続けた。  
 
普段よりも時間をかけて、掃除を終える。どうしても手を抜くことだけはできなかった。  
急いで部活へ向かっていくクラスメイトの後姿へ、エルシィは大きく頭を下げた。  
 
うつむいた顔を上げて、教室を見る。ホームルーム直後に声をかけてきた桂馬を  
振り切ってきたのに、今さら居るわけがないのはわかっているけれど。  
その想像のとおり、教室の窓には誰の姿も映ってはいない。  
 
校門で待たれているかもしれない。そう思いながら、風呂敷をホウキにくくりつけ、  
エルシィは普段使っている門へと向かった。その歩みはこころなしか普段より早く、  
その期待は別の方向で正しかった。  
 
「エルシィ」  
「み、美生様?」  
 
校門で待っている美生。  
桂馬もいるのだろうかと周りを見回すエルシィに、美生から答えを伝えられる。  
 
「その、桂木は、自転車をとりにいったから」  
 
屋上でのテニスキスの後、コークスクリューブローを桂馬の腹に叩き込んでから  
一緒に帰るかを聞いたときに、逃げるように後ずさる彼から引き出した答えだ。  
家からよりも、学校からのほうがあの屋敷へ歩く距離が短くてすむという効率的な理由からでは、  
美生もそう無理をいうわけにはいかなかった。  
 
「……途中まで、一緒に帰ってもいい?」  
 
照れた顔と口調にエルシィは驚く。彼女が桂馬と一緒に、攻略時に見ていたときには、  
ほとんど見られなかった態度だ。  
 
美生は、普段であれば男であろうと女であろうと庶民という立場での対応を取っていた。  
今のエルシィへの態度は、複雑な思いがからみあい、現在のところはまるで優しくあろうとする  
姉のような風情になっている。  
 
「……ええと、はい」  
「うん」  
 
「桂木は、もうなんともないっていってたけど、本当?」  
「はい、体はぜんぜん大丈夫ですよ」  
 
本人からその言葉を聞けて、美生は安堵した表情を見せる。  
そんな表情も、間近で見るのはエルシィは初めてだ。  
(どうやら、あいつはいい奴ということらしいぞ)  
と言った桂馬の発言を思い出した。  
それと同時に、昨日からの疑問が浮かぶ。桂馬には聞けなかったから。  
 
「あの、美生様も、おにーさまも、私が倒れたって心配してくれますけど、  
 どんな風だったんでしょうか。私、覚えてなくて」  
「──私も、桂木のそばで見ていただけだけど」  
 
思い出そうとする努力もなく、美生はすぐに言葉を続ける。  
 
「最初は、桂木が、あなたが倒れているのを見つけて、そこへ駆け寄って。  
 あいつは、あなたを抱き上げて、何度も名前を呼びながらすごく心配そうにしてた。  
 そして、あなたを抱いたまま、タクシーを捕まえに走っていったの。  
 タクシーの中でも、あなたを抱いたまま離さずに、ずっと大事そうに見つめて。  
 家についたら、私なんて目もくれずに、あなたを連れてかけこんでいった」  
「……そ、そうですか」  
「妹だって、知らなかったから。タクシーの中でも、帰っても、  
 あの子は誰だろう、どんな子なんだろうって、すごく心配だった」  
「……」  
「怪我とか、病気とかが心配なんだっていうのは、頭ではわかってたけど。  
 でも、あいつは私のことを好きだって言ったのに、別の女の子のことを  
 あんな目で見てるか……  っっ!」  
 
エルシィとは関係ないことをつけくわえていることに気づいたようだった。  
聞いているエルシィのほうが、色々な意味で恥ずかしくなった。  
そして、妹ということで安心感を与えたことに、一抹の罪悪感を感じる。  
 
「べ、別に桂木なんて、嫌いじゃないけど、その、あいつが私のことを好きだって  
 いってきたんだから、なんだか、だから馬鹿にされてる感じがするじゃない……」  
 
風が吹いて美生の髪を揺らす。それとともに、一度近くでかいだことのある匂いが、  
もう一度エルシィの鼻へとたどり着いた。  
 
「あの、美生様」  
「な、なにっ?」  
「神にーさまと、キスをしたんですか?」  
「きょ、きょうのを見てたの!?」  
 
今日の。昨日のではない。それを理解してエルシィは心が振れた。  
 
「……あっ、あれは、あれは」  
 
思い返しているのか、ひたすらに取り乱す。  
きゅうっと眦を寄せて、目を閉じる。顔が真っ赤だ。  
そっと唇に当てる手が、昨日の桂馬の同じ動作にかぶさって、エルシィの心を再度揺さぶる。  
 
「あの変態が、人気のないところに連れ込んだりしたせいなんだから!」  
「……」  
 
あの神様は、どんなことをしたんだろう。  
嫌そうにはまるで見えない困った表情にエルシィは溜息を吐く。  
嫉妬、申し訳なさ、憐憫、羨望などの想いはある。  
けれどエルシィは今の美生を、いけない娘、として嫌いにはなれそうになかった。  
 
二人の共通する話題といえばそれしかない。  
桂馬の話を続けながら、二人は家路を歩く。  
やや明るくなったように見えるエルシィの姿を見て、美生も安心した。  
桂馬を呼んでもらったクラスメイトの男は、彼女にこうも言っていた。  
(なんだか喧嘩してるみたいだったな)  
 
 
「お帰り、エルちゃん。桂馬といっしょじゃないんだ」  
「ただいま帰りました、お母様。おにーさまは、まだです」  
 
美生と別れ、喫茶店に顔を出したエルシィに、客もいない中、楽しそうに話を振る。  
 
「そういえば、エルちゃん知ってる? 昨日桂馬が可愛い子とキスしてたよ」  
「は、はい」  
「西條秀樹が着るようなスーツなんか着て、肩なんか貸したところを  
 女の子から積極的にキスなんてしてねー」  
 
友達もいない息子の母としては、嬉しい出来事だったように振舞う。  
もしくは面白かっただけか。  
 
「ゲームしかしてなかったあの息子が女の子に目を向けるなんて、  
 エルちゃんを見て可愛い女の子に目覚めたのかな」  
 
にこにことエルシィの頭をなでる。  
嬉しがっていいのやらなんといっていいのやら複雑な表情で笑みを浮かべた。  
 
「あ、あの、お母様」  
「何?」  
「えーと、お母様は神にーさまのスーツを、昨日はじめて見たんですか?」  
「うん? うん。あんな服着てる桂馬は、はじめてだし」  
 
 
エルシィは自分の部屋と戻り、制服を脱ぎ、普段の服へ着替える。  
身についていた癖で、羽衣を触ろうとしては、ないことにしゅんとする。  
 
ただのホウキとなっているそれを壁に立てかけ、ベッドへと腰掛ける。  
視線は誰もいない部屋を壁越しに見つめている。  
一人になると、違和感がある。  
あれからまともにそばにいない。一度も口を聞いていない。  
まだ人間界にきてから2週間程度しかたっていないのに、それだけで  
どうしようもないほどの違和感。  
 
嫌いは好きへ変換可能。  
そういっていた桂馬をエルシィは思い出す。  
そうであれば、昨日のできごとはエルシィにとってはどうしようもないほどの  
とどめになったのかもしれない。  
 
いつから桂馬のことを好きになっていたのかはわからない。  
会ってすぐだったかもしれないし、妹として認めてくれたときかもしれないし、  
偽物の告白をされたときかもしれない。  
昨日の朝までは、それこそ兄として慕うのと同じような気持ちだと思っていた。  
それがどうしようもないほど変わってしまったのは、人間になってしまったからだろうか。  
自分の気持ちの変化をエルシィは正確に判断ができない。  
 
昨日、怒りのままに脱ぎ捨てて、そのまま洗濯もせずにおいてあった桂馬の寝巻きを手に取る。  
上の寝巻きを広げ、長い手の部分などにエルシィは桂馬を想像する。  
 
あのときに感じたどうしようもない憤り。  
自分など好きではないというのはわかってはいたが、表面だけでもよかった。  
キスをされてもかまわないくらいには、桂馬のことが好きだったから。  
それなのに、いくらなんでも、他の人とキスをした直後にしようとするなんて。  
 
桂馬の寝巻きを絞り上げるように抱きしめる。  
桂馬の匂いなどをかぎわけられるのかはわからない。  
ただ、そうしていると気分がよかった。  
 
怒りをぶつけた後に、普段であればあまり自分をむいてくれない桂馬が謝り、  
機嫌をとろうとする姿にわずかに暗い喜びを覚えてもいた。  
(実はボク、ポニーテール萌えなんだ)  
などと焦って似合わない甘言を吐く桂馬を100%無視し、困って自分をみつめる  
桂馬の姿にエルシィはどこか快感を覚えていた。  
桂馬は、ゲームのことも考えずにどうしたらいいかを考えてくれていたのに。  
 
エルシィの息が上がり始める。  
自分の匂いと桂馬の匂いがまざりあった寝巻きへと鼻をうずめるうち、  
エルシィは桂馬への態度の後悔の中に、官能を呼び覚ます。  
 
昨日、下着だけは替えられていなかった。桂馬の母が土曜の夜のことを知らない  
ということは、それ以外は全て桂馬が変えたということだ。  
 
エルシィは思う。彼のことだ。きっと何もしていないだろう。  
それどころか病気だと思っていたのだから、そんなことを考えてもいなかったはずだ。  
触れられることを基本的には嫌う桂馬がそうしてくれただけでも、嬉しい。  
役に立たない、今ではそれこそ掃除すらも、駆け魂狩りすらもまともにできない自分を心配して。  
 
トクトクと心音が大きくなる。  
美生の解説のように、エルシィはそのシーンを自分の中で回想する。  
抱き上げられながら移動するシーンや、心配そうに自分をみつめてくるところを、  
いくぶんかの美化を交えて想像する。  
ベッドに優しく横たえ、整った顔を焦らせながら脱がせ、下着だけにしている。  
 
けれど、妄想の中の彼の動きはそこから違う。  
 
横たわったエルシィに変化はない。  
ただ寝ているかのようなその状況に、もう一度肩を揺り動かす。  
起きずにいる少女。  
落ち着いた表情に、若干の安堵とともに、一息ついた彼は、思い出したように  
エルシィの下着だけの姿に困惑する。目を一度逸らしてから、もう一度向ける。  
 
やがて、ほのかに頬を赤らめたまま、妹の頬を撫でさすり、  
「エルシィ」  
と声をかける。  
 
そっと指先で跳ね返りをたしかめるように頬をぷにぷにと触れる。  
それから、申し訳なさと、期待と、ひそかな欲望をこめた表情で、  
壊れ物でもさわるように、大きくはない胸をさする。  
 
エルシィは熱く呼気をはきながら、意識せずに指を伸ばす。  
300年を経てまだ成長途中の身体へと。  
知識として知ってはいた。けれど、今までずっと、そのような行動を取る意味がわからなかった。  
好奇心に迫られて触れたときも、まったく気持ちよくもなく、嫌悪感だけを感じてすぐにやめた。  
 
今は違う。  
あの人の手、と思うだけで触れられる前からざわめいた。  
 
窓の外からは宵闇が忍び寄る。部屋の中には雌の匂いが漂い始める。  
両の手指が着慣れた服の隙間にねじ込まれ、窮屈な状態のまま服の表面を揺らす。  
その手はとまることはない。  
感じたことのない快感に、エルシィは酔っている。  
視界が潤む。わけもわからず浮かんできたわずかな涙が  
妄想の中の桂馬の姿もにじませる。  
 
下半身が見える。  
ズボンの部分を盛り上げている体の一部。  
それを撫でさすり、口に含んだときに、あの人はどんな顔で、どんな声になるのか。  
胸の中心が押されるように苦しくなった。  
 
桂馬の手で下着を下ろされた。  
まったく反応していないはずのそこは、暖かく潤んでいる。  
今の状況と同じように。  
 
桂馬の舌先がとじられたそこへと近づく。  
妄想の中で触れられた瞬間。夢の中でのできごとで跳ね起きるように。  
エルシィの身体も跳ねた。  
 
桂馬の舌が動く。先端を尖らせるように、おおきく広げて舐め上げるように、  
珠を拾い上げるように、唾液でほとびさせるように。  
メガネを外し、目を閉じた表情は少年らしさを強め、一心不乱に  
見たことのない女の秘部を追い求めている。  
岩清水のようにじわじわとにじみでる愛液がエルシィの指先を彩る。  
 
エルシィの指の動きはそれに追いついていない。  
だというのに、妄想の中のそれが現実であるよう脳に快感を呼び起こす。  
 
声を漏らすのを防ぐため、桂馬の寝巻きを口に当てる。  
それ越しに吸い込む空気は阿片のように精神を溶かし、初めての絶頂へと  
エルシィを追い込もうとする。  
 
なにかがおきそうなことに気づいたエルシィは、口を離し、  
荒く呼吸をむさぼる。止めた指先へ、新しい刺激を求めて体が疼く。  
 
「……か、神様が見てるからダメ……なのに」  
 
この場合、どっちの神様を意味するのか、不分明なままに、  
両手を使ってより大胆に無毛のそこを責めていく。  
 
 
指先を口元へ運ぶ。ぬらぬらと光る指先をわずかに含み、不思議な味に驚く。  
(エルシィ)  
舌先で充分にそれを味わっていた、妄想の中の彼がふいにかすれた声でその言葉を発する。  
ぞわぞわと体の芯に快感の波紋が広がる。  
 
右手に重ねられた手。自分の手よりもおおきく、暖かかった。  
離したくなんてなかったのに、目をつぶったせいで敏感になった鼻が、  
その匂いをとらえてしまった。  
二人は今日もキスをした。明日もきっとキスをする。  
 
思い出したくない光景を止めるように、にちゅりと膣口を開くように指先を強める。  
荒々しくすることで、心のざわめきをとめる。  
必要とされたい。そばにいたい。  
 
小さな手が、なにものも侵入したことのないそこに指先を埋める。  
ちいさく立ち上がった乳首をぎゅうとつよく押さえ込んだ。  
 
「神にーさま……神様……」  
 
言葉にすることでひと時の開放を味わう。  
けれど、その開放された心はより圧縮された想いですぐに埋められてしまう。  
 
(神様……神様……神様)  
 
煮えるようにぐるぐると心が攪拌される。  
入り口の周辺をにゅくにゅくと撫でさする指先と、熱くしこる先端を  
刺激する速度が上がる。  
 
彼の姿は見えない。自分を抱いてくれているのか、かわらず愛撫してくれているのか。  
捜し求めるように、指の動きが止まる。  
目の前に、大きく写りこんだ桂馬の表情。  
触れられない彼が、自分の唇へと触れようとする瞬間、この上ない悦びを覚えた。  
寝巻きに歯をたてるようにし、大きく漏れようとする声を止め、  
びくびくと震える身体はそのままに任せた。  
 
 
視界も思考も不明瞭な中、どこか冷静な場所がエルシィにそれを思い出させる。  
憐憫の感情の発生源は、美生の記憶がなくなることだ。  
しかし、それは美生だけではない。今、ここでこの想いを抱えている  
昨日からの彼女自身の記憶も、どうしようもなく消えてしまうということを。  
 
 
──その頃、桂木桂馬は、二度と見たくなかった差出人からのメールを受け取っていた。  
 
 

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