正直、行きたくなんかない。  
とはいうものの、なぜか、横から背中から、クラスの連中の嫌な視線を感じる。  
ふだんはそんなもの気にもならないが、今はなぜか妙に気になる。  
 
あきらめてドアへと向かった。  
 
「なに?」  
「……パンの買い方がわからないから付き合いなさい」  
 
 
南校舎の屋上。  
ここへは出る階段が一つしかなく、不便なために、あまり人気がない穴場だ。  
静かにゲームに没頭したいときはここがいい。今日も人がいない。  
 
「ふうん、こんなところがあるんだ」  
 
ボク達以外には。  
 
「それにしても、またオムそばパンなのか」  
「美味しかったんだから問題ないでしょ。たくさんあまってたのは、ママに捨てられちゃったし」  
 
こいつ一人だったら、あれをまだ食べるつもりだったのか。  
賞味期限とか知ってるのかな。それくらい、教えておけばいいのに。  
ボクも同じくオムそばパンを食べながら、さっきの出来事を思い返して溜息をつく。  
 
「……さっき教えたのは、覚えたのか。500円100円50円10円5円に1円」  
「急に何? 覚えたに決まってるじゃない」  
「63×10000÷3は?」  
「210000」  
「りすさんがりんご7ことみかんを3こかいました。  
 りんごはひとつ50円、みかんはひとつ20円です。  
 しはらうお金をここにある硬貨を3種類使ってあらわしなさい」  
「……」  
「わざとやってるんじゃないだろうな」  
「うるさい!」  
 
完全にアホの子相手の会話だ。  
小銭でパンを買う方法を覚えるのはいいにしても、ボクがつきあわされるのは勘弁して欲しい。  
 
そもそも、エルシィの駆け魂を捕らえることができれば、こいつの記憶は消去されるはずだ。  
だったら、今つきあわなくたって問題なんてまったくない。  
なるべく時間をとられないようにこいつから離れたいところだけど、どうするのがいいか。  
ツンデレがデレになってから別れるっていうのは、ボクにもあまり経験がないからな。  
 
「そういえば、エルシィはいないの?」  
「別のやつと食事でもしてるんだろう」  
「だって、さっきお前を呼んでもらった男は、  
 『今日は珍しく妹と一緒じゃないな』って言ってた」  
 
余計なことをいうヤツだ。エルシィがきてからたいして日がたっているわけでもないのに。  
 
「別に四六時中一緒になんていない。倒れたのだって、なんともないって本人が言ってるし」  
「そう……」  
 
もふもふとパンを食べることに戻る。  
それにしても、あいつもそうだけどどうしてこんなに食べるのが遅いんだろうな。  
鞄からPFPを出す。電源を入れようとすると、きつい目で睨まれた。  
 
「何をするの?」  
「ゲームをしようかと」  
 
きりきりきりと眉毛があがる。わかったからムチをだすのは止めてくれ。  
諦めてボクの大事なPFPをしまう。別にもう出すつもりもないが、食べるスピードを  
ずいぶんとあげて、ボクを睨んだまま食べ終わった。  
そのまま、二人で意味もなくベンチに座ったままでいる。  
 
「なにか喋りなさい」  
「何を」  
「普通は、こういうときはなにか気の聞いた話をするものでしょ」  
 
気の聞いた話といっても何を話せばいいんだ。  
こいつの趣味特性がわからない状態じゃ何を話題にするといいかの判断が難しい。  
いや、そうじゃない。なんで三次元相手にそんなことを考えてるんだ、ボクは。  
 
「ないのなら、別にお前の話でもいいわよ」  
「ボクの話?」  
「誕生日は?」  
「6月6日11時29分35秒」  
「……それ、なにか覚えていていいことあるの?」  
「ひょっとして、ゲームに入力する必要があるかもしれない」  
「……私は1月2日! 血液型!」  
 
ゲームには性格設定を決める一因になるなどの理由付けがあるけれど、  
現実で、献血でもないのに聞いて何になるんだろうな。こんなこと。  
何度も繰り返される質問に答えてやる。  
別に覚えるつもりもなかったが、美生のプロフィールも自動的にボクの頭に記憶されていく。  
 
結婚したら何人子どもが欲しいかって、そんなもの常日頃から決めているものなんだろうか。  
 
質問する内容もつきてきたらしい。  
美生は、今さらのように周りを大きく見回した。  
 
「……ここ、本当に人がいないんだ」  
「昼休みの最初の頃からならともかく、途中から来るやつは見たことないな」  
 
その回答の後にまた黙り込んでしまう。  
意味ありげにボクをちらちらと見るのは、何の真似だろう。  
こっちは静かにゲームの世界にいたかっただけだったのに。  
当然のようについて来るのを撒けなかったのがボクの敗因なのか。  
 
静かになったボクの耳に、校庭や別の屋上からいろいろな声が響いて聞こえてくる。  
そういえば、あいつは休み時間のたびにどこにいってるんだろう。  
 
「──いないの」  
「……なに? 聞いてなかった」  
「その、誰もいないの」  
 
繰り返しの言葉。  
 
「ああ。誰もいないな」  
「いないんだってば」  
「だからなんだ」  
 
美生に顔を向ける。あいかわらずのツリ目がボクを見つめている。  
それが閉じられて、幼い表情で顎をあげた。  
……おい。  
 
「……学校で何をする気だ」  
「二人きりなんだから……いいじゃない」  
「そんなことできるわけがないだろ」  
 
何を考えているかわからない。いくら二人きりとはいえ、もう少し恥じらいを持て。  
ボクの発言をまったくとりあわず、片目だけをあけて続きを言ってきた。  
 
「昨日、自分からするって約束した」  
「捏造するな。次はお前からしなさいっていわれただけだ!」  
「覚えてくれてるなら、おんなじ」  
 
もう一度つぶって、ボクに身体を寄せてくる。かわりのようにボクが身体を引く。  
 
「して」  
「嫌だ」  
「しなさい」  
「断固断る」  
 
冗談じゃない。三次元への歩み寄りなんかこれ以上するわけにはいかない。  
ボクは負けないぞ。  
 
「しないの……?」  
 
「……今回だけだからな」  
 
なんて強引なやつなんだ。  
こっちの都合も考えないで、まったく3D女は本当にろくなものじゃない。  
 
ここで、一度キスをしてすますのは簡単だ。  
だが、それだとこのままなしくずしに何度も要求されるのが目に見えている。  
かといって頬やおでこなどへのキスは、ノーカウントといわれて一回損するのも目に見えている。  
このまま帰ってやろうか、と考えたのはすでに見越されていて、ボクのズボンが握られている。  
 
こいつに何かしてやる方法はないかと考えていると、ポケットの中にミントの飴があるのを思い出した。  
これを口の中に送り込んでやれば、驚いて口を離すかもしれない。  
ゲームの経験の中にはないが、ボクの抵抗を見せる必要がある。  
 
「……早く」  
 
口に飴をほうりこみ、顎に指をかけた。反射的に引こうとする唇を追いかける。  
また、あの香水の匂い。3回目ともなるとさすがに少し慣れてきた。  
 
じっと動かないままの美生。  
そっと舌先を唇の隙間から差し込む。滑らかな感触が残った。  
ボクの手には美生の反応。左手で動かないように肩を掴む。  
 
少しだけあけられている前歯。このままじゃ入らない。  
ノックするように、前歯に触れた後、舌を差し込んでいく。  
……噛んだりするなよ。  
 
広がっていく隙間。奥に隠れている舌らしきものと少しだけ触れ合った。  
驚いたようにさらに奥まったところへ逃げてしまう。  
 
一度戻り、飴をボクの舌にのせる。……うまく安定しない。  
舌先に唾液を集めた。ころころと転がる飴を唾液のわずかな水溜りで止める。  
今度は問題ない。  
 
美生の口の中に再度侵入する。噛まれてはかなわないので、今度は唾液ごとそれだけを送り込んだ。  
ぴくんと今まで一番大きな反応を返す。  
けれど唇は外してくれない。自分の中でその異物を吟味しているらしい。  
 
少しすると、美生の舌がボクの唇にふれてきた。くすぐったい。  
くにゅくにゅと柔らかく押してくる。  
小さいんだな。こいつの舌って。  
 
前歯をボクは開けてやらない。今更返してもらっても困るというものだ。  
表面をどうしようもなくなぞるだけの舌。  
少しして、美生は実力行使に出た。  
 
単純にズボンの上からボクの太ももをつねってきた。なんて卑怯な真似をする。  
だったら素直に自分の口を離せばいいのに。  
 
痛い痛い。手加減てものを知らないのか。  
 
しかたなく前歯を開く。待っていたといわんばかりの舌に、途中で前歯を閉めた。  
それ以上は入ってこれないだろう。  
馬鹿にするように舌先で美生の先端をつつく。  
 
だから痛いって。つねるのは反則だ。  
 
前歯を開く。美生が入ってくる。ボクの舌をみつけ、怒るように絡ませる。  
唾液がボクの口へと送られる。雫が口の端から垂れたようだ。  
思い出したように送りかえされた飴を押し返しながら、舌と舌とでそれを交換する。  
わずかに聞こえる音がボクをなんだか昂奮させる。  
息が苦しくなったのか、美生の唇は一度離れ、そのままもう一度塞いでくる。  
 
美生の顔は赤くなり、隣り合っている身体はいつしかぐいぐいと  
気づかないままボクに押し当てられている。  
ドレスの時も思ったけれど、見た限り平坦な身体つきの美生。  
けれど、そういうふうにされるとさすがに柔らかさを感じてしまう。  
 
ボクの太ももからは美生の手の熱が伝わってくる。  
曖昧な視界から見えるその手のそばにあるのは、短いスカートから見える彼女の同じ部位。  
細い足だ。だというのにどうしてあんなにやわらかそうにみえるんだろう。  
 
さすがに息が続かなくなったボクは、美生から口を離した。  
離した口からぽとりと落ちた飴玉は、ボクらの唾液に塗れてすぐに転がりを止める。  
わずかにひろがっていくコンクリートの上の水分が、とてもいやらしいものに見えた。  
 
 

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