「……」  
 
なぜ美生がここを、と思った瞬間に答えを思いついた。  
そうだ。エルシィが悪魔の力が使えなくなったということは、記憶の消去を  
行うこともできなくなってるのか。  
 
「……どうして、ここに?」  
「ドレスと、お釣りを返しにきただけよ。私じゃお釣りのお金が合ってるかどうかも  
 わからないし」  
「あ、ああ、ありがとう。別に月曜日でも構わなかったけど」  
 
ボクの台詞を聞いて、ちょっとむかついたような表情をする。  
 
「この私がわざわざここまで歩いて持ってきてあげたのに、なに? 運転手のくせに!」  
 
だから頼んでない。というか、なんで怒るんだ。  
もう終わったことだけど、しょうがない、昨日までの続きと思って諦めるか。  
 
「いえ、わざわざありがとうございます、お嬢様」  
 
封筒とドレスがはいっているらしい袋をいただいて、うやうやしく頭を下げる。  
頭を上げると、腕を組んでボクに向かって仁王立ちをしていた。  
 
「なんで、まだ昨日のスーツを着てるの」  
「昨日、このまま寝ちゃったから」  
 
なんか漫符みたいに怒りのマークが見えたような気がする。  
 
「……昨日の、メイドの女の子は大丈夫だった?」  
「さっき気がついた。とくに悪いところはないらしい」  
「そう、良かったわね。ちょうどいいから、ちょっと挨拶させて。私も心配だし」  
「いや、別にいい。……別にいいってば。そこ、靴脱がなくていいから」  
「お邪魔します。あの子はどこ?」  
 
ずかずかと上がりこんでくる。性格はあまり変わってなさそうだ。  
こいつ、これからまともに人生やっていけるかな。  
 
「そっちは店。二階にいる。こっち」  
 
 
「エルシィ、入るぞ」  
 
一応ノックしてドアを開ける。もう一人の人物を見て声を上げた。  
 
「みっ、美生様?」  
「私のこと、知ってるんだ。桂木から聞いたの?」  
「はっ、はあ、ええと」  
「名前は?」  
「なまえ?」  
「あなたの、なまえ」  
 
ボクにするよりはわずかに口調は大人しいが、語調は強めのまんまだ。  
初っ端から勢いにおさっれぱなしのエルシィはまともに返せていない。  
しょうがないので助け舟を出してやる。  
 
「そいつは、桂木エルシィ。ボクの妹だ」  
「……妹?」  
 
「なんだ、妹だったのか……」  
 
ブツブツと小さく言葉を漏らす美生。エルシィから?マークが飛んでくる。  
自分のことだというのになぜこいつはすぐ理解できないのか。  
 
「お前がそうなってるから、まだ、消えてないんだろ」  
 
ボクの頭を指差しながら、答えてやる。ああ、という表情で手を打ってから、  
声を出さずにショックを受けた表情をする。  
そんなやり取りの中に美生がボクを睨みつけてきた。  
 
「桂木、妹にあんな格好させるなんて、お前やっぱりおかしいんじゃないの?」  
「こいつがそうしたいと言ったんだ。ボクのせいじゃない」  
「えぇー!」  
 
今度は声を出した。ボクを責めるように。  
 
「そうなの?」  
「う、うー……はい」  
「どうして?」  
「み、美生様とおにーさまがうまくいくように……です」  
「う、うまくいくってなにが!? こ、こんなのとなんてなんにもないんだから!」  
 
わかりやすいな。  
 
「神にーさまはこんなのなんかじゃありません! 訂正してくださっ!」  
 
舌を噛んだらしい。口を押さえて涙ぐむ。ああわかりやすい。アホだ、こいつ。  
 
「だ、大丈夫?」  
 
気遣う様子を見せる。エルシィは涙を浮かべたまま返すこともできない。  
美生は少し考えた様子で、立ち上がってから優しい口調で告げた。  
 
「今日はこれで帰る。エルシィ、また。体に気をつけなさい」  
 
ためらいもなく部屋を出ていく。  
後を追うように、ボクも出た。  
 
 
「ごめんなさい」  
 
階段を歩きながら謝られた。意外だ。  
 
「何が」  
「悪いところはないっていうけど、興奮させたらよくないから。  
 ……お前の態度が昨日少し気になったんだけど、妹なら、仕方ないわ。  
 家族だし、心配でしょ?」  
 
……ああ、そうか。こいつ父親を亡くしてるんだった。  
 
「明日から、迎えに来なくていいから、直るまであの子の面倒をみてあげなさい。  
 私は、平気だから」  
 
彼女の家と、ボクの家は結構離れている。タクシーで逆方向に一回通っただけで、  
道順を覚え、歩きなれていないだろうにここまで来るのはきっと大変だったはずだ。  
 
「その、昨日、送れなくてごめん」  
「ううん。タクシーのお金、ありがとう。  
 今はお小遣いがないけど、今度、私の分は払う」  
「……それはいらないから、かわりに今度、君が学校からボクの家まで、  
 送ってくれ。それでちゃら」  
「自転車なんか、乗れない」  
「運転手はボクの役目だよ。君は荷台でボクに掴まる役だ」  
「……バカ庶民」  
 
玄関に着く。腰を低くして彼女に肩を差し出す。普段と違う低い靴が履きやすいように。  
ボクの肩を掴んで靴を履いた美生が、手を離して近づいた。  
不意打ちのような唇だけの短いキス。芳しい香り。  
 
「……次は、お前からしなさい」  
 
顔を赤くして、ドアを開けて出て行った。  
 
 
……まずい。デレが始まっている。  
というか何をつきあってるんだボクは。  
スーツを着ていたせいでつい流されてしまった。  
 
呆けるように玄関を見つめていたボクが振り返ると、こっそり見てましたという  
風情の母がいる。  
口に手を当てたまま、ニヤついてフェードアウトしていった。  
 
「エルシィ!」  
「な、なんでしょう?」  
 
ボクの剣幕に、出していた舌をしまって、かしこまる。  
 
「すぐになんとかするぞ。誰かなんてもう待ってられない。  
 ボクがビンを持つから、お前の判断でふたを外して閉めてくれ。  
 それなら二人でできるだろう」  
「急にどうしたんですか、神様?」  
「あんなのに明日からもつきあってたら、それこそボクのゲームの時間がなくなってしまう。  
 だからだ」  
 
そばに置いてあった拘留ビンを手に取る。  
 
「……するって、キスをですか」  
「そうだ。お前に心のスキマなんてものがあるか知らないが、駆け魂を捕らえるために  
 埋めてくれ。ボクも今はお前のことを好きになるから」  
 
ベッドへ腰を下ろす。エルシィのそばへ。  
エルシィの頬に手を寄せる。こちらへ向けようとする力は強く遮られた。  
 
「……神様は、私のこと、好きですか」  
「ああ。それに、お前が駆け魂狩りを続けるためでもある」  
 
わずかのためらいの後、力が抜けて、ボクを向く。目が怖い。何を怒ってるんだ。  
 
ボクの利き手がビンを持ち、エルシィの利き手がふたを持つ。  
逆の手で、エルシィの空いた手と重ねた。  
つぶった両目の下で、頬が紅潮をはじめている。  
 
右手が回り、ふたが開く。ボクは、エルシィに限りなく近づいた。  
 
 
ベッドの下から、両手を伸ばしたエルシィが見えた。  
……なんだ。今ボクは突き飛ばされたのか。  
 
「……あの人の匂いがします」  
 
慌てて唇に手をやった。というかその台詞は止めてくれ。  
 
「か、」  
 
「神にーさまなんか、だい嫌いですっ!!」  
 
 
……くそ、ボクとしたことが。  
美生の奇襲と母さんのムカつく顔でつい大事なことを忘れてしまった。  
 
二人目が 通用したのは 今昔 親友姉妹に 資源集中  
 
一人がすでにフラグが立ちまくっている状態で別のヒロインに  
手を出すのは愚の骨頂だ。それが通用するのは特殊な条件での  
親友に姉妹、あとは親子ぐらいか。  
 
完全にエルシィを怒らせてしまったらしい。あの後は一言も口を聞いてくれないし、  
朝は勝手に行っちまってここでも休み時間のたびに逃げている。  
 
あと、6日。  
だいたい、何故ボクが苦労しないとならないんだ。好きでやってるわけでもないのに。  
 
「痛っ」  
「珍しくゲームをしてないのに授業を聞かない桂木君、この問題をやれ」  
 
先生がボクの頭を叩いていう。今の時間は数学だったか。  
黒板の内容を見る。  
 
「≒3」  
「ふん、正解」  
 
クラスメイトの、へえ、という空気の中に、エルシィの視線を感じる。  
そちらへ向けるとそれはすでに逸らされた後だった。  
 
昼休み。  
すでにエルシィの姿はなかった。  
ゲームをしたいところだけど、面倒な現実のことをどうするか考えるか。  
 
「おい、オタメガ。お出迎え」  
「……は?」  
 
クラスメイトの男がボクに向かって言う。  
ドアの外には、まるで当然のように、  
少し顔を赤くした、青山美生が、そこにいた。  
 

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