コーヒー牛乳を口にしながら、隣にいる現実の女を見る。  
興味はないが、可愛いといっていいんだろう。  
今も、屋上のベンチに座るボク達への好奇や敵意の視線を感じるし。  
 
「エルシィちゃんてかわいいね。  
 なんか本当に妹って感じ。お姉さん気分満喫できそう」  
「ふうん」  
「今更転校してくるってことは、離れて暮らしてたんでしょ。  
 あんたからずっと離れようとしないもんね」  
「ほう」  
 
オムそばパンはなかなかうまい。具がこぼれないように  
食べるのも集中力が必要で、話半分に聞くのに都合がいい。  
こいつは質問で終わらないのがいいな。適当に相槌さえ打っていればすむ。  
 
「あのさ。お風呂、一緒に入ってるって本当?」  
「違う」  
一言返してから、落ち着いて麺を飲み込む。  
 
「そうなの? だって顔を真っ赤にして否定しなかったし」  
「事実無根だ」  
全面否定しろ、粗忽な奴だ。後が面倒だろ。  
 
そうすれば、こいつのように、  
「ふうん」  
などと、ちょっと疑いを持ちながらも、それ以上つっこみようがなく、  
パンを食べるのを再開してくれる。  
 
「桂木は」  
そこで言葉を区切られてしまう。手元にパンはもうない。  
しょうがなく、続きを促すように歩美へと視線を向けた。  
無言の時間なんて、二次元ならともかく現実には無用な時間だ。  
 
「……あ、あの」  
ボクの目を見ながら話を続けようとする。それでも言葉は続かない。  
陸上部だというのに日常会話をハキハキ喋らない奴だな。  
 
「ええと! 二人とも桂木だと紛らわしいね!  
 桂馬って呼んでいいかな?」  
「……」  
 
全然紛らわしくないだろ。桂木とエルシィでうまく使い分けてたよ。  
 
「よくボクの名前なんて知ってるな」  
「そ、それは知ってるって。クラスメイトだから」  
 
少なくともこないだまでオタメガネとしか言われてないぞ。  
 
「名字のままでいい」  
「いいじゃん、そのほうがわかりやすいよ。  
 あ、じゃあ、名字と名前の一文字もかぶってるから、  
 桂ちゃんなら」  
 
あきらかにテンションがおかしい。顔赤いし熱でもあるのかこいつは。  
 
「け、桂ちゃんとエルシィちゃんで!  
 あ、KとLで隣あってるから兄妹なんだ! 英国的だね!」  
「……少なくともボクは桂馬というとても日本的な名前だ」  
 
というか、誰かこいつを止めて下さい。それだけが私の望みです。  
少し笑ってしまった後、ボクは歩美へと続けた。  
 
「桂ちゃんは断る。だったらまだ桂馬のほうがいい」  
「うん、じゃあ桂馬で。私も名前で呼んでいいよ」  
「……」  
「あの、名前、知ってる?」  
「いや、知らない」  
 
歩美を見ないように、言う。  
 
「そっか。じゃあ教えるよ。将棋の歩に、美しいで、歩美」  
「ああ、わかった。食べ終わったし、もう行く。ご馳走様」  
「あ、と」  
 
立ち上がって扉へ向って歩く。呼び止めようとしていたようにも見えたが、  
見なかった振りをする。けれど、  
「桂馬」  
歩美のボクを呼ぶ声に、しょうがなく立ち止まった。  
 
「……その、ゲームで、質問があるんだけど」  
「高原が?」  
「私じゃなくて、その、弟が」  
「どんなゲームを?」  
「ええと、なんだっけ。ああ、うぐぅとか、がおとかいうやつ」  
「口癖を馬鹿にするな!!」  
「うわ、ごっ、ごめんなさい」  
 
「まあ、いい。それで、どんな質問?」  
「それが、ちょっと忘れちゃったんだ。だから、明日、またお昼に聞いてもいい?」  
「昼に?」  
「うん、少しでもいいから」  
「……わかった」  
 
今度こそボクは、屋上を後にした。歩美が後を追ってくることはなかった。  
 
◆  
 
──新品のスパイク。彼女自身で買ったものではない。  
本来なら大事な大会に使うということはありえない。  
けれど、なぜかそれを使った。そして、それだけで、プレッシャーを微塵も感じることはなかった。  
綺麗に泥を落としたスパイクを指先でなぞり、歩美は考える。  
 
なぞった指先とともに、右手を頬に当てる。自分の熱が感じられるだけのはず。  
けれど、それだけですでにとくとくと心音は高い。目の前が柔らかく回りはじめる。  
今日、右手を握った。女の子のように、やわらかく、熱く、細かった。  
 
桂木桂馬のPFPを後ろから覗いたときに見えた落とし神という言葉。  
検索サイト経由で見たそのページは、よくわからなかったが、力を入れて作られているのだけは  
理解できた。きっと、これは桂馬が作ったものだと理解した。  
そして、馬鹿馬鹿しくて誰にも相談できなかったことを送る。相談するならば、最も相応しい人に。  
 
けれど、歩美は、相談したことなんて、本当はもうどうでもよくなっていた。  
男の姿を脳裏へ思い描く。細身の姿。  
桂馬がまとう服がなくなっていく。そのまま白い上半身だけがあらわになったころ、  
歩美のその右手は自身の胸へ沈みはじめる。  
 
下着から片側だけまろばせた乳を、桂馬が愛撫する。  
ひどく優しく、焦らしながら。  
上目遣いの歩美の視線を少年は優しく受け止める。  
今日、見てしまった。  
度があっていないせいなのか、普段はきつい目つきのそれが、柔らかく微笑むところを。  
 
ぎゅうっと指先で強くつまむ。  
ぴくりと動く肩先を、馬鹿にしたように見つめる男もいる。  
厳しい視線を眼鏡越しにあやつる桂馬。  
歩美は痛いぐらいに自分の胸をつまみ、息を荒くする。  
 
「……あぅ……」  
 
右手は股間を。左手は胸を。胎児のように体を丸くして、熱さを閉じ込め圧力を高めていく。  
 
(淫乱な奴だな。恥ずかしくないのか)  
背筋が震えるほどにきつく。  
 
(歩美)  
溜息が漏れるほどに甘く。  
 
歩美の指は恥ずかしいほどに動き、太ももを湿らせながらちゅぷちゅぷと音を漏らす。  
心の中で二人の桂馬に犯されていく。  
細身の彼にふさわしくないほどの大きな性器が歩美の頬を突く。  
歩美は自身の指先をいとおしく舐めまわす。  
部活動に支障のないよう、綺麗に手入れしてあるピンク色の爪のなめらかさが  
心を熱く飛ばす圧力になる。  
 
優しく陰核をなで上げる。せつなく鳴く歩美を笑顔で見つめてくれている。  
厳しく陰唇を摘み上げる。ひくひく動く歩美を笑顔で見下して眺めている。  
 
「あ……ふぁ……」  
 
口の端からは涎が垂れ、父親でさえも溶かしそうに淫蕩な表情。  
二人の桂木桂馬が重なっていく。  
右手のこぶしが股間を往復する。  
ぴちゃぴちゃといやらしくぬめる花を左右に開きながら。  
 
受け入れるために布団の中で股を開く。膝頭が割られるように開く。  
柔軟性に満ちた体は恥じらいを持たずさらけ出された。  
まだ男に見せたことのない箇所は、ぱくぱくと呼吸するように蠢き、待っている。  
 
「あ……?」  
 
脳裏の二人が重ならない。きっと好きだったはずなのに。  
男はかきけすようにいなくなり、残るは自慰行為にふけった少女のみ。  
乾いてしまった脳が、火照ったままの体にひどく不快を覚えさせた。  
 
「う……うううううう」  
 
濡れそぼった右手。徐々に冷えていくそこにもう昼の記憶はなくなっている。  
こぼれた涙をなぐさめてくれる人の姿はもう現れることはなかった。  
 
◇  
 
「ただいま帰りましたー」  
「ああ、おかえり。ききたいことがあるけど、入ってくるなよ。ボクがそっちへ行く」  
 
エルシィの部屋に行く。こいつの部屋はきれいすぎて落ち着かないが仕方ない。  
頭には、とくに変わったようには見えないドクロのアクセサリー。  
 
「それ、何か変わったのか?」  
「ええ、いろいろとできるようになったんですよ!  
 駆け魂の広域検索の範囲が広くなったりとか。  
 今度神様にも教えます」  
「別にいらない」  
 
すっぱりと話題を切る。本題はこれからだ。  
 
「駆け魂を払った女が、攻略中の記憶を残しているってことはあるのか」  
「それは、歩美様や美生様たちのことでしょうか?」  
「そうだ」  
「ええと、それはないはずです。でないと、駆け魂狩りを続けていくことが  
 難しくなってしまいますから」  
「まぁ、そうだな」  
 
今日の歩美の態度は明らかにヘンだった。まるで、ボクへの好きという気持ちが  
残っているかのような。  
 
「あの、でも」  
「でも、なんだ」  
「駆け魂が抜けた後に神様を好きになったり、そもそも駆け魂がついてない  
 場合に神様を好きになるのは別です。それは駆け魂とは全然関係ないことですから」  
「……まぁ、それは関係ないな。現実の人間の女になんて興味はないし」  
「げ、現実の、人間の女性、ですか!」  
 
前から言っている事なのに、やけに声を荒げて繰り返す。  
なんだその変なガッツポーズは。地獄で流行ってるのか。  
 
「メールだよ♪」  
エルシィがその音に振り返る。ボクのポケットのPFPから、着信音が流れていた。  
 
 

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