「……で、どれがよかったんだ?」
「は、はあ、ええと、その……」
「お前の印象でいい。少しはあっただろ?」
「ぜ、全部です」
「全部?」
「はい、全部、よかったです」
「全部じゃ聞かせた意味がないだろ!」
丸めた紙で頭をはたく。
「どれだ、どれがよかった? ちょっとは違いがあるだろう」
「そ、そう言われても……」
「……しかたない、続きは家に帰ってからだ」
「えっ、もっとですか?」
家に帰ると、母さんはいなかった。
ご飯だけは用意されていたから、ストレス発散のためにバイクにでも乗ってるのか。
エルシィという悪魔兼設定上の妹と、二人で食事を取る。
さっきからちらちらとこっちを見てくるのはなんだ。
ボクは、青山美生に潜んだ駆け魂を狩るために、告白の台詞を選択していると
いうのにこいつは少しも役に立たない。
お風呂の後(もちろん入ってこないように厳重にいいつけた)、こいつのために
母さんが整えた部屋で向かい合う。
もちろんボクの部屋になど入られては困るからだ。
「……おい、真面目に考えてるんだろうな」
「うう、ごめんなさい」
まるで決まりやしない。いつまでも赤くなったりあわあわしたりして、
いいかげん慣れろ。
「次が最後だが……あんまり直球過ぎる気もするな。あのタイプには
それがいいのかもしれないが」
流石に疲れた。眼鏡を置いて手のひらを顔に乗せる。
じんわりと熱が顔に浸透する。
ぼんやりと見えるヤツはあいもかわらず顔が赤い。いつ慣れるんだ、いったい。
しょうがない、これが終わったらボクが勝手に決めてしまおう。
「おい」
「……」
「おいってば」
「へへへ……」
あまり良く見えないが、あいかわらずニヤニヤしている。
しょうがない、名前を呼ぶところからはじめるか。
「……エルシィ」
「えっ! は、はい、なんでしょう、神様……!?」
ボクの顔を見つめて驚いた顔をする。ああ、眼鏡をかけるのを忘れたな。
まぁ、いい。やっと集中できたみたいだからな。
「好きだ。付き合ってくれ」
真正面から切り込んだ。
普通ならよっぽどそいつとの経験を経ていないと成功しないだろう。
断られるのは折込済みだ。美生への先制パンチとして機能すればいい。
「……はい、神様、いえ、お兄様となら」
「は? 何か言ったか? で、どうだ。今の台詞は」
「はい、最高でした」
「ふうん、そんなに違うか。じゃあ、一発目の告白はこれにするとしよう」
ボクは自分の部屋に帰ろうとする。そこを手を引かれた。
「なんだ、お前。もう終わりでいいぞ。遅いからな」
「遅くなんてないです。それに、終わりでもないです」
「終わりだよ。もう決まったから」
変な目で見つめてくる。なんだ、いったい?
「告白の、その前にエルシィって呼んでくれました」
「ああ。だけど、お前の名前を呼ぶのなんて初めてじゃないだろう」
「いいえ、はじめてです」
……!?
身動きができない。ボクの指を噛んだ時のように、突然キスをした。
なんだ。何をしてるんだ。
至近距離で、目を閉じたヤツを見つめる。密着した体が熱い。
二度目だが(ゲームではそれこそ万を越えるだろうが)歩美とはまた違う。
自分から身体を離すこともできず、ただその感触だけをリアルに感じている。
正直、口を離してくれたとき、ちょっとほっとした。
「……おい、そこまでしなくていい。これは仕事だ」
「仕事じゃないですよ」
羽衣が絡み付いてくる。それを見てボクににじり寄ってきた。
なんだか悪寒がする。こういうシチュエーションも9回くらいは見たことがある。
「待て、ちょっと待て。もしボクの想像通りなら、それ以上は年齢的にまずいだろう」
「大丈夫です。私、300歳を越えてますから」
「ボクが越えてないんだよっ!」
「気にしないでください、お兄様。元々近親相姦なんですから」
「それは設定だろう! 年齢のほうが問題なんだよ!
というか、お前さっきからすごい変だぞ」
「お前じゃないです、神様」
膨れた顔で極限まで顔を近づける。
「さっきのように、名前で言ってください。
「はぁ? 別に言う必要ないだろ」
「必要です」
「なんでボクがそんなことを言わなきゃならない」
「言ってくれないと、お掃除します」
「別にお前の部屋なんだから好きにしろ」
「またお前って……」
また顔をしかめ、ボクのズボンに向かう。
「ちょっ、ちょっと待て。なんだか想像がつく気がするんだが」
羽衣で縛り上げられた下半身の一部分が開く。
「神様のをお掃除するんです」
「神様、ってのを除けば18回くらい聞いたことがある台詞だがっ!
ちょっと待てっ!」
ボクのアレがこいつの目の前に現れる。恥ずかしながら固い。
「神様の……大きいです」
「比較もしないでそう言うのも371回くらい聞いたことがあるが、やめろ、おい、エルシィ!」
その言葉に世にも嬉しそうに笑顔を浮かべる。誰かこいつを止めてくれ。
「ありがとうございます。エリュシア・デ・ルート・イーマ、いえ、桂木エルシィ、頑張ってお掃除します」
「おい、息がかかる! あったかい、あったかいから!」
「そんなにいとおしげに見つめるなっ! 正気に戻れって!」
「うわ、びくっとした、びくって。だ、ダメだろ、そんなことしちゃいけないんだぞおい!」
「ま、待って。舐めるな、舐めちゃダメっ! いやっ、気持ちいい!」
「ぞくぞくする、ぞくぞくするからっ」
ボクの台詞の合間合間にはとても文字にできないいわゆるちゅぱ音というのが聞こえている。
そして、そんな行動をされることがはじめての身体は、たいして持つわけがない。
耐え切れずにとうとうそれを吐き出そうとしたとき、
「え?」
羽衣が一気に拘束をはずす。ボクの目の前にはボク自身をくわえた溶けるような顔のエルシィ。
そして、一度射出に入ったそれが止められるわけはなく、自由に動けるボクの選択肢は。
・口に出す
・顔に出す
・自分の眼鏡をエルシィにかけてその上に出す
「じゃあ、口に出す、って、そんなところじゃないだろおおおおおっっっ……」
断続的にエルシィの口に流し込んでいく。なんだか、普段より量が多い。
それが当然のように、わかりやすく口の端から雫を少量こぼしながら、嚥下を始めた。
吸われる感覚に、ボクは払いのけられもしない。腰ごと飲み込まれていくようだ。
喉の動きが一息つくとそのまま舌先が絡みつく感触が腰から上った。
精液に汚れたそれや周辺を清めていく。
止めていた息が、かすれたような声を引き連れてボクの口から漏れた。
その声に反応するように、視線だけを一度寄越し、笑顔を残してまた清掃に取り掛かる。
近くにあった眼鏡をとり、腰の感触に耐えながら、あらためて観察した。
見た目は変わっていない。しかし、やはりおかしい。普段のこいつとは違いすぎる。
「……ふぁ。神様、綺麗にしました」
そう言ってボクを眺める視線も表情も、淫蕩、という表現が似合う。
と、顔色が変わる。瞳の光が変わる。溶けていた顔が、緊張が解けているいつもの顔へと
変化していく。
そして、ボクの顔をまじまじと見た後、自分がまだ握っているものにはじめて気づいたように
近所迷惑に悲鳴をあげた。
「は、はわああああああああああっ!」
予想通り逃げ出した。
距離を取ろうとして壁にぶつかり、ドアにぶつかり、ドタバタと騒いだ上で
ベッドの上でボクに背を向けてがたがた震えだした。
なんというか、わかりやすい。
まだ半萎えだったが、ズボンの中に押し込んで、立ち上がる。
その音にびくっと全身を振るわせた悪魔女はボクに背を向けたまま、すごい勢いでヘッドバンクさせた。
「ごめんなさいごめんなさい神様ごめんなさいごめんなさいごめんなさい神様ごめんなさいーーっ!」
……
どういう状況かは読み込めてはいた。おそらくは、何かのトリガーで性格が変わったとかいうところだろう。
ジキルとハイドか、麻疹によるものか、セイカクハンテンダケか。
こいつが取り乱してくれたおかげで自分を取り戻せた。
さて、どうするか。このまま黙って自分の部屋へ戻るのがいいか、話を聞いておくほうがいいか。
ボクの世界なら後者だが、現実だから、前者を選んだって問題はない。
これでこいつとの縁が切れるならありがたいというものだ。
……ふん、しかし、とりあえずは原因を知っておくほうが論理的だろう。
「おい」
「はいっ、ごめんなさいごめんなさいすいませんすいませんっ!」
「謝るのはもういい。それにいいかげんこっちを向け」
頭を下げた形のまま身体をぐるぐる回転してこっちに方向転換した。
もちろん顔は見えない。
「まず、理由を聞かせろ。いつものお前じゃないことくらいはわかってる」
「……あの、神様、怒ってないのでしょうか」
「怒ってるよ!」
またぺこぺこと頭を下げ始めた。まったく面倒だ。こっちは理由を聞かせろと言っているのに。
「私にも、わからないです。神様が名前を呼んでくれて、眼鏡をはずしたお顔を見てから、
なんだか、私が私じゃなくなったみたいで……
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
多少は落ち着いてきたのかやっとここまで聞き出せた。
おそらく、トリガーとしてはその二つだろうな。
それなら同じことが起きないためには、同じことをこいつの前で実行しなければいいだけだ。
起きたことの理由はわからないが原因がわかれば対処はできる。
そう結論付けた。起きたことは起きたことだ。後悔は時間の無駄だし、無意味だ。
そんなことをするくらいなら次のゲームにとりかかったほうがどれだけ生産的かわからない。
まぁ、あとはこいつをどうするか。
「……本当に、すいませんでした神様。地獄に行ってきます。今までありがとうございました」
何か自分の中で完結したのか、ぐすぐすと泣きながら立ち上がった。
「地獄へ行ってどうするんだ。このギロチン首輪がなくなってくれるのか?」
「それはどうしてもできないんです。でも、バディである神様が死んでしまったら、悪魔の首も飛びますが、
その逆にはなりません。だから、もっと優秀な悪魔の方に代わってもらってきます」
「なんだ、結局駆け魂狩りは続けなきゃいけないのか」
それでもこいつがいなくなるのは悪くない。
「短い間ですけど、楽しかったです。学校にも行けましたし、神様の妹にもなれました」
「ああ、そうだな。ボクはひどい目にあっただけだけど。
……まぁ、ごくたまになら遊びに来てもかまわないぞ」
次に来る悪魔はさすがにこいつほど図々しく邪魔な存在ではないだろう。
「いえ、この首輪を渡すには、その悪魔は死ななくてはいけないんです。だから、これでお別れです」
「……は?」
そう伝えてきた顔を見る。もう泣いてはいないが、死ぬという言葉にも影響を受けない、普段の表情だった。
「もしお姉様に会えたら、お姉様に神様のバディになっていただけるようお願いします。
お姉様は本当に優秀なんですよ。だから、神様もきっとすぐに契約を満了できます。
ですから、頑張ってくださいね」
「おい、待て。たしかに無茶苦茶なことはされたが、何も死ぬことはないだろう。
次に気をつければ」
そもそもこんな首輪をつける羽目になったことに比べれば、この程度許せない出来事というわけでもない。
若干気持ちよかったのは確かだが、それをいうと負けだ。
「いえ、神様にご迷惑をおかけしてしまったのはかわりありません。
私だって、もし嫌いな男の人からこんなことをされたと考えると、すごく嫌です」
「それは……そうかもしれないけど」
「そんなことを神様にしてしまって、しかも明日からも駆け魂狩りをしてもらうなんてできません。
ですから、お詫びをします。お姉様か、次の悪魔の人と、頑張ってください、神様」
「だから、ボクは気にしてないから、次がなければいい。
それに、お前だって、お姉さんに褒めてもらいたいといっていただろう。こんなことで死んでてどうする」
悔しそうな、泣きそうな表情をしたと思ったのは一瞬だった。
「ありがとうございます、神様。でも、いいんです。やっぱり私、なにをやってもダメなんです。
これからも神様に迷惑をかけ続けるくらいなら、早いほうが」
まるで取り合わない。意外に潔癖な奴だったことに驚いた。
しかし、いくら現実の、しかも迷惑ばかり振り掛けるこいつといえども、死ぬのを見過ごすわけにもいかない。
……それに、まぁ、残念ながらこの状況からエンディングに向かう方法も、すでに見えてはいる。
見えているし、こいつとボクとの設定にあわせての微調整も終えている。
後は、それを実行するだけ。
……内容を考えると、できれば説得だけですますことができれば楽でいいんだけどな。
悪魔はボクの目からはまるで汚れているようには見えない部屋を細かく掃除している。
おそらくは世話になったボクと母さんのために、それに、これが最後の掃除だからと思っているんだろう。
心の中でため息をつく。
しょうがない。やるか。
「エルシィ」
ちょっと危険だが、名前を呼んだ。たしか、さっき名前を呼んだときはまだ正気だったと思う。それに賭けた。
慌てて、キョロキョロしながらこっちに向き直った。
「はっ、はい、なんでしょう、神様」
「わかったよ。掃除ももういい」
少し震えると、その言葉にホウキをあやつる手を止め、無表情でボクに頭を下げる。
「お母様にもよろしくお伝えください。本当にありがとうございました。
さようなら、神様」
背を向けようとした。
そして、その手を引く。
「バディとやら言う、協力する人間としてのボクはそれでかまわない」
エルシィはボクを見ようとしない。
「……だけど、ボクは、大事な妹が死ぬなんて見すごすことはできない」
振り向いた顔に思い切り顔を近づける。
「か、神様」
「お兄様、だ」
「お、にいさま」
顔が赤くなっていく。その様を見つめて、言葉を続けていく。
「エルシィ、さっきの原因を教えてあげるよ、心に駆け魂が入り込んだからだ」
「え、で、でもそんなの検知できませんでした」
「そして、キミのそれはそうとう深く入り込んでる。だからきっとおかしな現象が出たんだろう」
「そ、そんな現象があるなんて聞いたことはないんですけど」
「だったらそのスキマを埋めればいい」
ボクを見る。そのスキマを埋めるということはどういうことか、彼女にはよくわかっている。
「だから、大丈夫だ。お前は、明日の朝には、今夜のことは忘れてる。
駆け魂が入り込んだことも、そのせいで起きたことも、これからのことも」
理解してくれたんだろうか。驚いた顔のボクの妹は。
「エルシィ。ボクのそばにずっといてくれ」
身体を思い切り引き寄せて唇を奪う。3回目。自分からははじめて。
驚いて固くなった身体も、舌をさしこみ、小さな犬歯の形を覚えるくらいに
蹂躙した頃にはくたりとボクに寄りかかるようになった。
おずおずとボクの口の中に入ってくる舌とを絡ませる。
唇をはずすと、先ほどまでの淫蕩な顔ではなく、恥ずかしがる表情に変わっていた。
身体を離して、距離を取る。追いかけられて、その距離はすぐに埋まってしまう。
「明日には、忘れられそうか?」
こくこくこくと頭を振る。その後、ぶんぶんぶんと横に頭を振る。
どっちなんだ。
「ボクのことを、嫌いだから?」
ぶんぶんぶんぶんぶんぶんと倍に増えて横に頭を振る。
ちいさく、言葉を付け加えた。
「あの、まだ足りないみたいです……」
まったく、現実は面倒くさい。
口付けくらいでいいので、と言っていたのはどこの誰だ。