コールタールのように粘度の高い闇の中、男はゆっくりと目を覚ます。  
磔のように束縛された身体は身じろぐ程度。  
深い闇に、ああまたこの夢か、と諦めに似たため息を一つ吐いた。  
繰り返し見る悪夢は、姉が殺されたあの日のこと。  
見ることしか出来ず、狂ったように叫ぶ自分に最後まで微笑んで殺された姉。  
目を閉じるたびに繰り返す瞬間は、何度見ても辛い。  
己の無力を痛感するだけなのだから。  
だが、この夢こそが、忘れるなと囁かれる絶望と憎悪だけが今の己を支えていることを、  
村雨良は知っていた。  
いつもならそろそろ浮かび上がるだろう。  
バダンの実験室の様子が、拘束された姉の姿が。  
しかし、今日は違っていた。  
少し離れた場所に浮かぶのは、冷たい色の光だ。  
熱を感じさせない青白いそれに目をやると、耳に届くのは女の泣き声。  
押し殺した嗚咽に、男の胸が締め付けられる。  
女の泣き顔は嫌いだ。  
ぼんやりと灯るそれに、人影が浮かぶ。  
細い身体は、両手で顔を覆って肩を震わせている。  
慰めるための指一本動かせないくせに、男はやるせなくて顔を歪ませる。  
何を泣いているんだろう。  
どうして泣いているんだろう。  
うっすらと浮かび上がる稜線は、まだあどけない柔らかさを残していた。  
なだらかなふくらみを描く体が仰け反る。  
泣くな、と呼びかけようと口を開いたとき、人影がはっきりと見える。  
横顔だけど、見間違えようもない。  
泣いていたのは、一条ルミだった。  
 
泣いていた。  
頬に大粒の涙をこぼしながら、歯を食いしばって、小さな身体を震わせて。  
白い裸身に男の手が這い回る。  
背後からのしかかる男との体格差で、快感から逃れることすら叶わない。  
男の腕の中で悶える少女は、捉えられた蝶に似ていた。  
まだ薄いふくらみを押しつぶすように揉みしだかれ、  
少女は引きつった悲鳴を上げる。  
「い、ったぁ…!」  
温かみが感じられない青白い光の下で、白い裸身がうねる。  
改造された村雨の視力は、男の手でつまみ上げられたルミの乳首が  
そそり立っているのを見る。  
まだ女として完成されてない身体を無遠慮に這い回る大きな手は、  
それでも少女を感じさせているようだ。  
荒い吐息に合わせて、薄い胸が上下している。  
男の顔は、影になっていて良く見えない。  
右手がルミの股間を這い回る。  
左手はまだ薄い乳房を弄ぶ。  
泣き声と思ったそれは、押し殺された愉悦の声か。  
目に映る光景が信じられず、村雨は息を呑む。  
何故だ。  
こちらに背を向ける少女の、こらえ切れない嬌声が闇に響いた。  
 
黒髪を振り乱して悶えるルミは、見とれるほど『女』だった。  
まだまだ庇護の目で見ていた村雨にとっては、  
頭を殴られたような衝撃。  
「んぁあ、も、だめぇ…!」  
背後から抱きついている男の右手が細かく早く動くのと合わせて、  
少女が限界を訴える。  
途切れ途切れの甘い声が、一気に爆発した。  
「ふゎあぁぁあああ!」  
背をそり返して、受け止め切れなかった快感に身を振るわせる一条ルミは、  
今まで村雨良が見たこともない表情をしていた。  
目を、そらせなかった。  
闇に縛られたまま、村雨は瞬きすることも忘れて果てた少女を見つめる。  
彼の記憶にあるのは、朗らかに笑うひだまりのような笑顔で、  
こんな風に悦んでいる顔など――。  
達したせいか、少女の身体が男の腕の中で崩れ落ちる。  
それを床に投げ捨てて、男は闇の奥の村雨に嗤う。  
酷薄な、オモチャを弄ぶ楽しさに歪むその顔を、  
彼は誰よりも知っていた。  
「ッ?!」  
「そう驚くものか?」  
金の目が光る。  
癖のある前髪を掻きあげて、『村雨良』が嗤った。  
毎日鏡の中で目にしていたはずの顔を目の前にして、村雨は言葉を失う。  
「何故、と?」  
聞きたいか? と愉しそうにノドを鳴らし、『村雨良』は金の目を細める。  
「あの程度で、我が手出しできないとでも思ったのか」  
メモリーキューブ。  
一条博士が、ルミの父親が、償いとして開発したそれによって、  
封じられた奴――JUDOは村雨の肉体へ干渉することも叶わなかったはずなのに。  
「…ん」  
床に力なく倒れ付したままの少女が呻く。  
冷たい汗が背を流れる感触。  
闇に拘束されたままの村雨はただ青ざめるだけで。  
絶望を浮かべる村雨の表情に満足したのか、金の目の村雨良は高らかに嗤った。  
「愚か者。貴様の自由など、所詮は我の手の中で遊んでいるのに過ぎんわ」  
 
少女の髪を掴み、無理やりに顔を上向かせると、  
男は村雨に見せ付けるように口唇を重ねる。  
薄く目を開け、息も絶え絶えなルミが、自ら舌を絡める。  
見せ付けるように開けた口から伸ばされた舌が、軟体動物のようにうねる。  
「ん、んん……、ふぁ、りょ、う…さぁん…」  
甘えたような、鼻にかかった声。  
たっぷりと重ねられた口唇の端から漏れる唾液に、  
二人の胸元がぬらぬらと光る。  
深いキスに答えて、細い両手が男の頭を抱え込んだ。  
狂ったように暴れる村雨だが、闇は彼を手放そうとせずに押さえ込むだけで。  
「ルミ! ルミ!!」  
叫び声すら、届かないのか。  
向こうの音声は嫌というほど聞こえるのに。  
「止めろ! 止めろぉぉお!!」  
耳をふさぎたいのに、手が動かない。  
目をそらしたいのに、目がそらせない。  
闇に、青白い裸身が舞う。  
「うゎぁぁあああ!」  
 
 
 
 
己の叫び声で、目が覚めた。  
 

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