―――一文字に日本を任せ、欧州に来てから一月ほどが経つ。
夜分のノックの音にドアを開けると、そこには長い髪の少女が立っていた。
少女が俺の胸へと飛び込む。
「本郷さん・・・やっと見つけた・・・!」
「ルリ子さん、どうしてここへ?」
「この街にいるってマスターに教えてもらって・・・あとは街の人に写真を見せて訊いたの。
私はあなたの助手よ。黙って置いて行くなんて非道いわ」
黙って来たのはこれ以上彼女を戦いに巻き込みたくなかったからだ。
既に彼女は何度も危険な目に遭っている。
守りたいとは思っていても、おやじさんも滝もいないここでは彼女を守りきれる保証すらない。
それに・・・こんな化け物になってしまった俺よりも、もっと彼女に相応しい男が現れるだろう。
逡巡して押し黙る俺の心を見透かすように彼女が続けた。
「危険でもいいの。守ってくれなくてもいいのよ。・・・ただ、あなたの傍に居たいだけなの」
その言葉に胸を突かれ、俺は思わず彼女を抱きしめた。
「ねぇ、私を好きだって、言って?」
愛してる、と聞こえるか聞こえないかくらいの小声で呟き
薄紅色の唇に口付けて、長い髪に結ばれたリボンを解いた。
隣で眠る彼女を起こさないようにベッドから抜け出した。
物音を立てないように着替えて、トランクに荷物を詰める。
元々大して物があるわけでもない。荷造りはすぐに終わった。
一度ならず二度までも、君を置き去りにする俺をどうか憎んでくれ。
憎んで、そして願わくば俺を忘れて幸せになってくれたら。
ふと、ベッドサイドに置かれたリボンに目が留まった。
(これを貰っていこう)
リボンを胸ポケットに押し込み、代わりに自分のマフラーを置く。
そっと別れのキスをして囁いた。
「―――さよなら、ルリ子」
ドアが閉まり、足音が遠ざかっていくのを確かめてから半身を起こした。
耳を澄ませばバイクを押して歩く音がする。
その時、はたと音が止んだ。
(・・・きっとこの部屋を見てるんだわ)
本当は窓を開けて引き止めたい。行かないでって叫びたい。
だけどそれは彼の負担になるだけだ。
再びタイヤの転がる音がして、そしてその音はやがて聞こえなくなった。
起き出して窓を開け、彼の去った方向を見つめた。
彼が戻らなくても、二度と会えなくても、私はこの部屋で彼を待っていよう。
窓辺に赤いマフラーを結んで。