彼女の記憶には、暗黒の時期が存在している。  
 跪き、王を待てと託宣を得た時以前の記憶。  
 そして…王を得て、そして失った時以降の記憶。  
 王を待ち、伴侶となって永遠なる王国を築く。それだけを全てとして、金色に輝く砂漠の  
砂の数ほどの時を過ごして、孤独に耐え切れず流した涙も枯れ果てたのに…あの時、王と  
認めた者、カザミシロウの生を望んだ時に、薄れていく意識の中、頬を濡らす熱い感触は  
はっきりと覚えていた。  
 赤い仮面と、頬を濡らす熱い感触が、最後の記憶。  
 その二つを覚えたまま、彼女は再び目を覚ましたのであった。  
 
 
 彼女が目を覚ました事に、その男はひどく狼狽したようだった。  
 王は、どこなのです?  
 そう問いかけようとしたのに声は出ず、ジジ、と耳障りな電子音が静寂を破り、その男の  
狼狽を更に大きなものにしただけだった。  
 「まだ…動けるのか…」  
 眼鏡をかけ、白衣を身に着けたその男は、ひどく重たい溜息と共にそう言った。周囲には  
冷ややかな印象の白と灰色の鋼の箱が乱立し、彼女の体は…指一本すら動かせなかった。  
頭の数箇所に、何かひどく引きつった感触がするだけだ。  
 状況を理解しきれずに、問い詰めようとしても、ただ何かが弾けるような電子音が  
するだけで、やはり声は出ない。頭に引っ張る感触を取り払い、この男に王の安否を  
確かめなければならないのに…何一つ、成すことができない。  
 ああ、王は…カザミシロウは、どうなったのです!?ホルス神を真似たあの狼藉者は?  
 「落ち着きなさい…君の疑問に、私は答えることができる…が、その君自身がショート  
してしまっては、私の声を理解する事もできなくなる。」  
 男の目は、彼女自身ではなく、彼女を捕らえている何かの先を見ているようだった。  
 彼女自身には見えない事ではあったが…今の彼女は、破損した彫像の頭部を開き、何本もの  
ケーブルで宙吊りにしているような、悪趣味なオブジェめいた状態にされていた。彼女が口に  
しようとする疑問は、全てモニターに表示され、それに対してその眼鏡の男は答え始めた。  
 
 「まず、君が王と呼んでいる男…カメンライダーの…V3、と呼ばれているがね…彼は、  
そう…健在だよ」  
 健在だと口にした時、男の口調は、どこか嬉しさに似た色を帯びていた。何の変哲も無い、  
ただの中年男だが、落ち着いて見てみれば、しっかりとした知性と…何か重い荷物を抱えた  
ような疲労とが目の色や表情に滲んでいる。  
 「タカロイドを…実に、見事に破って…今も、BADANに対して牙を剥いている。」  
 王は、無事だった!  
 涙ぐみたいほどの歓喜が、無いはずの胸を貫く。  
 会いたい、王に、会いたい…!  
 「…」  
 早く、私を、離しなさい。…王に、会いに行かなくては  
 「それができないのは、君自身が判っているだろう?手も足も無い…ましてや、今から君は  
廃棄処分になる」  
 廃棄…?私が…王妃たるこの、私が!?  
 「君の行動は全て…プラントの残骸の傍に作られていた墓から、君達を掘り出した後、ここで  
情報を吸い出され、BADANの知る所となった…」  
 目を閉じた男の表情は、雄弁に彼の内心を語っていた。  
 どうして、今目覚めたんだ?…寝ている間に、お前を無に帰そうと思っていたのに。  
 苦渋に満ちた沈黙の後…男の手が、傍らの装置に伸びた。  
 
 一瞬、過剰に電流を流す。  
 それだけで、王妃の記憶は失われ、ただの金属の塊となる。  
 速やかなる死刑が行われるその刹那…男の手を止めさせたのは、一つの奇跡の記憶だった。  
 −女の映像が見える  
 −ただ、俺を見つめて、泣き続けているんだ  
 −あの女は…俺が、誰かを知っているんじゃないのか?  
 人としての全てを奪われたはずの男。その男が…血塗られた記憶を折り重ねた心の中から、  
浮上させる事ができた、姉の記憶。ムラサメは、人としての心を取り戻す事ができたのだ。  
プログラムたる彼女にも…奇跡が起きても、いいのではないか?  
 そんな躊躇が、彼の手を止めさせたのだ。  
 暗闇の底で、確実に人類を滅びに追いやる事になると分かっている研究を重ねながら、  
彼はずっと踊り続けていた。自分はどこまで命意地が汚いのだろう。今続けている研究を  
完成させてしまえば、自分とてあっさりと殺されてしまうだろうに、早いか遅いかの違いで、  
結果は同じなのに、他者の死に顔を踏みつけてまで生きていようとしている。  
 恐怖と、罪悪感をパートナーに、ひたすらもがき続ける悪夢にも似た不毛なダンス。  
 ムラサメに起きた奇跡は、それはそのまま彼の希望であり、救済でもあった。ムラサメが、  
そして仮面ライダー達が、BADANの野望を砕き、彼の手を無辜の人々の血で濡らさずに  
いさせてくれるのではないか、と。  
 目の前の『王妃』は…涙を流したのだ。  
 『王』を篭絡するためのそれではなく…一人の男の生を願って。  
 これも、奇跡だ…そう思えば、あっさりとスクラップにする事は、あまりにもむごい事の  
ように思えた。確実に、自分の中の何かを、また殺すことになるような気がしてならない。  
 …何か、方法は無いのだろうか?  
 タカロイドも回収され、今頃は生化学班のラボで再生されていることだろう…肉体すら  
持たない今の『王妃』はただのAIでしかない。一体となっていたプラントやミイラ兵たちも、  
失われている。  
 そこまで思いを巡らせたところで、彼ははた、と気づき、後ろを振り向いた…  
 
 
 全てを洗い流し、浄化しようとするように、波は飽きることなく寄せては返す。  
 この地球上に陸地が生まれて以来、途切れることなく続けられてきたそれは、砂浜全部を  
包み込むような音をたて、大気に潮の香りを満たしていく。  
 月が冴えた光を周囲に満たし、三人の男の影をくっきりと地面に刻む。  
 朗らかな表情のよく似合う青年が振り向き、赤い癖ッ毛の男に笑みを向けた。  
 「風見センパイ、いい男が台無しッスね…純子さんが見たら、きっと大騒ぎッスよ」  
 赤い癖ッ毛の男は鋭い印象の目鼻立ちをしていたが、その顔には殴りあいでもしたのか、早くも  
青く腫れ始めた痣や擦り傷がこれでもか、とはりついている。苦笑を浮かべると、切れた唇が  
ひりついたのか、軽く眉をしかめた。  
 「…もちろん、内緒ッスよ。」  
 青年…沖一也は、常ならば言わずもがなである事を、殊更冗談めかして口にする事で、互いの  
間にある理由を元とした沈黙を払おうとしていた。  
 今夜…一つの希望が、種から芽を吹いた。  
 が…その希望に現実を変える力を与えるには、その誕生には影が付きまとっていることが、  
彼らの口を重くさせていたのだった。  
 「…しっかりした看護婦がついているから、あいつの方は問題が無いだろうけどな」  
 赤毛の男に肩を貸している背広姿の男…結城丈二も、沖の言葉に乗ずるように、笑い交じりの  
口調でそう言った。知性の光を宿した目は、月明かりに照らされた村雨家の別荘を見上げる。  
 「風見…看護士でも構わないか?」  
 淡く笑みを浮かべ、首を振り、赤毛の男…風見志郎は、体重を結城から外す素振りをした。  
 それだけで、結城も沖もそれ以上の軽口を叩くこともなく、だが、それぞれに相通ずる思いを  
胸に、村雨家の扉をくぐった。  
 時間が必要なのだ。  
 風見も結城も、私怨を胸に刻みつけ、その痛みを飲み込む過程を経たから実感として理解している。  
 「あの子なら…きっと、ムラサメを支えてくれますよ。」  
 楽観的だ、と断じてしまいそうな沖の言葉を、風見は、何故か信じる気持ちになれた。  
 …それは、希望が生まれた夜だったからかもしれない。  
 
 
 体の各所が、悲鳴をあげていた。  
 村雨…ZXと正面からぶつかり合い、怪人を粉砕する力を持つ蹴りをまともに受けたのだ。  
 鍛えこんだ体だけに、致命的なダメージとなりはしなかったが、治ろうと体中の組織がフル回転する  
熱と疼きは痛みを伴う。吐く息は火のようで、一人別室で眠る事を主張して良かった、と、数度目の  
寝返りの後、風見はぼんやりと思った。  
 眠らなければ、治るものも治らない、と潮騒を子守唄に、目を閉じようとする。  
 その刹那、潮騒に混じり、大きな羽音を聞いた気がして眼を見開いた。  
 月が真珠色の光を室内に投げかけ、窓枠が瀟洒な客室の内装に十字の模様を描いている。  
 気のせいでは…ない…あの羽音には、聞き覚えがある。風見の表情に険が刻まれ、傷を負った身を  
むくりと、重たげに起こす。  
 翼を持つ人影が舞い降りるシルエットが映るのを待たず、風見はそちらを振り向いた。  
 「ベガ…」  
 大きな猛禽の翼を背にしまうのは、痩身を黒い衣装に包んだ浅黒い肌の男。  
 再生怪人の例もあり、さほどに驚きはしなかったが…やはり、命を弄ぶ事への禁忌感が腹の底を  
僅かにかすめた。自身もまた、共犯者である。  
 「…」  
 無言で、ベガはベランダに面した窓を開けた。  
 口は軽く結ばれていて、大きなサングラスのせいもあり、表情が伺えない…肉体だけが蘇り、魂も  
知性もなく、自分を狙ってきたのだろうか?  
 盗掘屋だったと語っていた出自を証明するように、絨毯を踏み分ける足音は無い。  
 その接近を留めるように鋭い視線を投げる。  
 「もう一度…葬られたいか?」  
 王妃の体と共に葬った男。自身に戦う気力を満たすために出した声はかすれていた。  
 内心舌打ちしながら、両手を横へ挙げかけた時…室内に射す人影が、もう一つ増えた。  
 「テメェを殺した奴に、女ァ届けることになるたぁ思ってなかったぜ、風見のダンナ♪」  
 にっ、と大きく笑顔を見せるベガの傍らに姿を見せたのは…  
 「…オマエ…は…」  
 「王妃の顔を、お忘れですか?」  
 その声は、吹き込んだ声を再生したようなそれではなく…肉を備えた女性のものだった。  
 
 「おっとぉ…風見のダンナ、勘違いするなよ。確かに俺たちゃBADAN製だが、俺達がココへ  
来たのは、俺たち自身の勝手だぜ?」  
 風見の視線に、凶暴な影がよぎるのを見て、慌てたようにベガは弁解するが…二人のそんな様子を  
意に介さないように、王妃は風見に無防備に駆け寄ってきた。  
 「王よ…なんとした姿なのです…ベガの狼藉は、ここまで貴方を…」  
 「…」  
 大怪我、と言って差し支えない惨状の風見の頬に広がる青痣に、震える手を伸ばしてくる王妃。  
 その手を払いのけ、風見は無言で見下ろし、ベガは肩をすくめる。  
 「俺がやったんじゃねぇよ、王妃」  
 「…言ったはずだ…俺の望む世界に、王は要らない」  
 二人から、自身の言を否定され、黒々とした瞳に動揺を見せて王妃は二人を交互に見る。  
 「っていうか…もう、オマエさんだって王妃じゃないだろ」  
 しばし考える様子を見せた後、ベガはにやっと笑いを浮かべた。  
 「遠い所から連れてきたきれいどころだし…ネフェルティティ(遠来の美女)とでも名乗りなよ。」  
 「そのままだな」  
 「ほっとけよ…それより、風見のダンナ…確かに、届けたからな?」  
 「?どういうことだ」  
 「女連れで任務続行ってのも不可能だからな。一応、ニードルの野郎の探索と監視目的で、  
俺は生き返ったみたいだし。」  
 「ここに、置いていくつもりなのか?」  
 「そのつもりなんだって。女一人も持て余すくらい、アンタは甲斐性無しなのかい?」  
 「…」  
 口を開きかけた風見の言葉を封じるように、ベガは重ねて言った。  
 「いらないなら、その窓からネフェルティティを投げ捨てなよ。もう、住むべき城も無い女をさ」  
 その言葉を最後に、猛禽の翼を広げてベガは夜空へと舞い上がっていく。  
 「待て…おい!」  
 待つわけもないのが分かっていても、制止の言葉をその背に投げずにはいられなかった。  
 
 「王…夜気は傷に障ります。どうか、横になって…」  
 舌打ちした風見に、背後から王妃…ネフェルティティは声をかけてきた。  
 「王じゃない」  
 振り向き、憮然と否定した風見の言葉に、ネフェルティティの浅黒い面には困惑が浮かんだ。  
 「…風見と呼べ。…お前が要らない、と冥府へ追いやろうとした男の名前で」  
 言ってから、風見ははっ、と口をつぐんだ。罪悪感をかすかに感じるも、どうしようもなかった。  
 その理由を自身の言葉で悟り、彼はむっつりと黙りこんだ。自分で思っているよりも、俺は恨み深い  
らしい…結城や、村雨に大きな顔はできないな、と僅かにプライドが傷ついた気がする。  
 「…カザミ。お願いですから、床におつきに…」  
 おどおどと風見の名を呼び、僅かに袖を引いたその手を、反射的に彼は払ってしまった。  
 目を見開き、簡素な貫頭衣に包まれた細い体をすくめた王妃は、全身に恐縮の意を見せて跪く。  
 「もうしわけありません…カザミ…お怒りは受けます、が…」  
 「よせ」  
 低く出られれば居心地の悪さにたまらなくなり、風見は床に低頭しようとしたネフェルティティの  
二の腕を掴んで無理に立たせた。苦痛に歪んだ顔を見て、慌ててその手を離す。  
 「…お願いですから…」  
 「分かった!」  
 重ねての哀願を聞くまい、と強い口調で遮ってしまい、苦い表情で口をつぐむと風見はベッドへと  
向かい、どさっ、と体を投げ捨てるように横になった。いい物を使っているらしく、しっかりと  
体を受け止めたベッドにすら不快感を感じる…その正体が、自己嫌悪であるだけにどうしようもない。  
 固く絞ったタオルを手に、ネフェルティティはかがみこんできた。  
 止めろ、と言おうとした自分を抑えて、風見は無反応を貫く事にした。強い言葉を投げつけたり、  
手荒い扱いをしてしまうような恥ずかしい真似をしてしまうのはもうごめんだ。  
 寝転がると、改めて体が不調なのを感じて重く溜息を吐く。その頬に触れたタオルの冷たさは、  
一瞬ちくりとした刺激を伴っていたが、腫れが放つ熱が吸い取られていく感覚は心地いい。  
 タオルがぬるくなれば、再び水差しへと戻り、タオルを絞って冷やす行為が繰り返される。  
 その動きに、風見は我知らず先ほどまで見ていた波の動きを思い出していた。  
 
 無言を貫き通す事を決めた風見だったが、彼女も伊達に三千年の孤独を生きていないのだろう。先に  
口を開いたのは彼の方だった。  
 月明かりの中、タオルを絞るネフェルティティの後姿に何気なく目をやる。  
 なよやかにくびれた腰の線や、むきだしのすんなりとした小麦色の腕…見る限りは、ただの女だ。  
 「…プラントは失われた…お前にとって、俺はもう何の意味も持たないんじゃないのか?」  
 「何をおっしゃいます」  
 こちらに戻って来ながら、ネフェルティティは柔らかく微笑んだ。  
 「カザミは、私の王ですよ。」  
 砕け行く黒いピラミッドの記憶が蘇る。王妃は先に出会った風見を王と認めたために、当初の計画とは  
違いベガを敵と看做し、守ってきたピラミッドを破壊し、自身もまた破壊された。  
 …なぜ、プラントを自ら破壊したのだろう。  
 ずっと心に引っかかっていたのは、その疑問だった。強靭な肉体を持つ者を洗脳して王とする事が  
目的だったのなら、あの時ベガに造反して壊される必要は無かったのだ。  
 「王ではない…と、何度言わせるんだ」  
 「申し訳ありません…いつまでも粗忽で…ご不快になられましたか?」  
 「何度も同じ間違いをされるのは、好きじゃない」  
 「カザミ…お許しを」  
 不安げな目が間近になり、頬に冷たくタオルが触れてくる。  
 「ピラミッドは、また作ればよいのです。でも…カザミは、三千年待って、ようやく出会うことができた  
ただ一人の人ですから…」  
 「なら、俺でなくても、いいんじゃないのか?」  
 「…?」  
 「三千年の後、俺ではなくベガが来たのなら…お前は、ベガのところにいたんだろう?」  
 「…カザミ…」  
 「作られた愛など、捨てても構わん。俺も、求めはしない」  
 俺からも返す事は無い、とまではさすがに口にはできなかった。濃度の高い沈黙が部屋を満たす。  
 ふと、目を上げれば…きつくきつく、ネフェルティティは唇を噛み締め、溢れ出す涙を必死にこらえている。  
形のよい前歯は唇に深々と食い込み…鮮血を滲ませていた。  
 
 「…!?」  
 驚き、身を跳ね起こして小さな顔を両手に包む。  
 「カザミ…償いようのない無礼を私は働きました…ですが…今は、眠ってください」  
 化粧気の無い浅黒い顔に、唇を彩る血の紅が、月明かりになまめかしく光った。  
 親指で、それをそっと拭えば、儚いほどの軟らかさが指先に返る。  
 「今のお顔。真っ青で…腫れ上がって…私がいるのが御迷惑ならば、部屋の隅で息を殺しています。  
ベガも、ニードルを処分すればBADANに戻るはず。その時に、一緒に戻りますから…」  
 「…」  
 「カザミ」  
 「…分かった。お前の言うとおりにしよう」  
 頷いたネフェルティティの肩を抱くと、風見はベッドに倒れつつ、ブランケットの中にそのたおやかな  
肢体を招き入れた。  
 
 先ほど指先に返ってきた感触の柔らかさは、風見を激しく動揺させていた。  
 傷のために熱が出てきたのか、いつもどおりに思考を理の方向に傾けようとしても果たせず、  
眼前にいる女から気持ちをそらすことができずにいる。  
 鋼で形作られていた女が、生きた血肉を備えて現れた。  
 命を弄ぶBADANへの怒りは確かに身の底で強く燻るのだが…その熱が、この女へと  
風見の気持ちを寄せていくのだ。作られ、用意されていた愛だ、と何度自分に言い聞かせても  
結果は同じだった。  
 「カザミ…」  
 「俺のことは気にするな」  
 闇の中、ただ目を開いている自分に対して、気遣わしげに投げられた声に対して  
結局は切り捨てるような口調で応じてしまって今日何度目か、既に数える気が失せた  
自己嫌悪。  
 悪に身をおくものに対してならば、相手の姿がどうであろうともいくらでも非情に  
振舞うことができるし、そうしなければ既に命を失っていた。だが、ここにいるのは  
…友人と同じく、自分の意思を踏みにじられ、その生を弄ばれた女でしかない。  
 超えた、と思っていたのだ。  
 私情に駆られて、理性を曇らせ、私怨に身を焦がすことを。  
 (…ユキコ…俺は…)  
 俺は、この女を憎んでいるのか?  
 思い出を汚し、ライダーとしての道を踏み誤らせかけ…彼自身の魂、プライドに  
泥を塗ろうとしたから?  
 …そうは、思いたくなかった。  
 思いたくない、と葛藤すること自体が、既に風見の性分からすればたまらなかった。  
 (俺は、こんなに弱い人間だったのか?)  
 胸の中に生きる妹の面影は、何も語ろうとはしなかった。  
 ただ、元気付けようとするような微笑を浮かべて、揺らぐだけで。  
 ネフェルティティの命を否定するのではなく…彼女について、何かを考えることを  
避けたかった。  
 「お前が眠れば、俺も眠る…」  
 今は、心よりも体の声に耳を傾けよう。  
 全ての理を捻じ伏せ、風見は自分の体全体に広がる痛苦の熱に解けるような眠りに  
ついた。  
 

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