その日の空も、透き通るように蒼かった事を覚えています。  
 まだ十代の初めごろだったでしょうか、幼かった兄は雪の中に呆然と佇んで、空を見上げていました。  
「フレイ! お兄さま!?」  
 もう何時間もそうしていたのか、寒さで蒼白になった顔が、どこか虚ろな表情で私を振り返りました。  
「フレイア?」  
 かつて私と瓜二つだった面差しは、ここ数年のうちにすっかりやつれ、  
 幽鬼のように痛ましくなっています。  
 その腕に抱えられたものを見て、私は思わず「ヒュ……」と息を呑みました。  
 きっと悲鳴も上げられなかったのだと思います。  
「フェンリルが……」  
 兄が抱いている無残に変色した死体は、彼が何よりも可愛がっていた犬だったモノ。  
 今際に吐いた血が、雪と兄の服を赤黒く汚しています。  
 周囲に満ちている空気の臭いに、私は自分が呼ばれた理由を知りました。  
 猛毒に汚染された中庭へ足を踏み入れる事ができるのは、この屋敷に私しかいません。  
「僕は、また……」  
 壊れた人形みたいに感情の欠落した声。  
 度重なる能力の暴走に、兄の精神が限界まで蝕まれていることは、当時の私にもわかっていました。  
「僕が、僕が殺した……フェンリルも、鳥たちも……」  
「違うわ! 兄さま、兄さまのせいじゃない!」  
 駆け寄って抱きしめた彼の体は、冷え切って氷のようでした。  
 小刻みに震える兄を抱きしめながら、私もいつしか泣いていました。  
 兄さまがいったい何をしたというのだろう。こんなに優しい人なのに。  
 兄さまのせいじゃないのに……  
「フレイア」  
「兄さま、お部屋に戻りましょう」  
 周囲の空気を私の能力で浄化しながら私はそう言いました。  
 
 兄を格子窓のある部屋まで連れ戻すと、私は雪でびしょ濡れになった服を脱がせ始めました。  
 彼は無反応でされるがままになっていました。  
 兄の部屋には、子供らしい調度の一つも、ベッドさえありません。  
 牢獄のような冷たい石の床と壁以外は、兄の放つ毒が腐食させてしまったからです。  
「兄さま」  
 凍える唇に自分のそれを押し当ててから、私も身に付けていたものを全て脱ぎ捨て、  
 もう一度その体を抱き締めました。  
 雪に体温を奪われ尽くした肉体は、兄や私のような存在でなければとうに凍死していたでしょう。  
「兄さま、暖めてあげる」  
 呟いて、私は押し倒した兄に覆い被さると、痩せ衰えたその体に唇を這わせました。  
 
 兄の……フレイの能力が暴走を始めてから、二人の間で密かに行われるようになった行為。  
 残酷な運命から目を背けるように慰め合い、幼い快楽に溺れ、お互いの温もりを確かめながら眠りにつく……  
 それが禁忌である事は、当時の私達にもわかっていました。  
 でもあの時の私にとってその行為は、壊れかけていた兄の心を守る、たった一つの手段だったのです。  
 
「んっ」  
 薄い胸元に繰り返し舌を這わせていると、冷えきった肌が少しずつ温もりを  
 取り戻してゆくように思えました。  
「フレイア?」  
 微かにその瞳が、正気の光を取り戻したことに安堵しながら、  
 私は兄の手を膨らみ始めた自分の胸に押し当てました。  
「そうよ、私よフレイお兄さま。触って……」  
 乳房と言うのもおこがましいささやかな膨らみは、それでも熱を帯び始めた指に触れられていると、  
 くすぐったいような甘い感覚を私に伝えてきます。  
「大丈夫。もう大丈夫よ」  
 そう繰り返しながら私は彼の額にひとつ唇を落とすと、両脚の間に顔をうずめて、  
 まだ稚い性器を唇に含みました。  
 
「あぁ、フレイア……気持ち、いいよ……」  
 すがりつくように私の胸に触れながら、うわ言みたいな兄の声が言いました。  
 口の中に収めた彼のそれに丹念に舌を這わせると、少しずつ硬く熱くなっていきます。  
 まだ子供だとはいえ、私も兄も性的な機能は年齢相応に発育していました。  
 こうして禁じられた遊戯を重ねられるくらいには……  
「フレイア、僕にも……」  
「ええ、いいわ兄さま」  
 そう言うと私は彼の隣に身体を横たえて、おずおずとその顔の前に脚を開きました。  
 下腹部から、彼が小さく息を呑む気配が伝わってきます。  
 何度目にしても慣れない羞恥に、顔から火が出そうな思いをしながら、  
 私はそれを紛らわすように、唇と舌で彼のファロスを愛撫し続けました。  
 そうしていると、不意打ちのように兄の舌が私の中心に触れて来ます。  
「!? んぅっ!」  
 まだ恥毛も無く幼いクレバスは、それだけの刺激でトロリとした熱を内部から溢れさせます。  
 子供の身には早すぎる愉悦を覚えてしまった体は、夢中になって兄が与えてくれる刺激に溺れていました。  
 おそろいで長く伸ばした髪が内腿をなぶり、くすぐったいような感覚で追い討ちをかけます。  
「くぅん! ああ、兄さま……」  
「あっ! ああ……フレイアのここ、すごい。どんどん溢れてくるよ……」  
 兄の舌は、溢れる蜜液を掬い取るように、または唾液を塗りつけるように、  
 たどたどしく亀裂をなぞり、陰核を舐めまわします。  
「んっ……ふぅ!」  
 私はただ、必死で歯を立てないようにしながら、兄のものに縋るようにむしゃぶりついて、  
 狂おしいほどの快感に耐えていました。  
 しかし限界は呆気なく訪れます。私は脳裏を真っ白に灼くいつもの感覚に、思わす唇を離して喘ぎました。  
「兄さま、フレイ兄さま! 私もう、落ちる……落ちちゃう!」  
「うん。いいよ、イッて。フレイア……」  
 その言葉に許しを得て、私は背筋を駆け上がる衝撃にしばし身を震わせていました。  
 
「兄さま……次は、兄さまの番よ」  
 そう微笑むと、私はまだ気だるく火照った体を起こし、兄の下肢に跨りました。  
 火傷しそうなほど熱を持った彼の性器を指先で包み、透明な粘液でぬめるクレバスへと導きます。  
 腰を落とす時にだけ、予期できる痛みと背徳感に私は今更ながらためらいました。でも、  
「フレイア、お願い……早く、欲しい」  
 兄の掠れた声が、私の内奥へと火を点します。  
「わかったわ。今、あげる……」  
 そう答えると、私は一息に腰を落とし、熱く張り詰めたそれを胎内へと呑み込みました。  
「くうっ!」  
「うあぁっ!!」  
 どちらのものかもわからない喘ぎが、二人の喉を同時に突きます。  
 彼の上で体を強張らせ震える私に、兄が息を乱したまま気遣わしげな声をかけました。  
「……大丈夫? まだ、痛いの?」  
「ううん、大丈夫。痛くないわ」  
 言って、頬に伸ばされた指に自分の手を重ねると、私は身体の内部を押し開かれる苦しさに耐えながら、  
 ゆっくりと腰を動かし始めました。  
「んっ……く! あぅ!」  
 本来まだ受け入れられる程には成熟していない肉体は、回を重ねても多少の苦痛をおぼえます。  
 それでも得られる充足感と安らぎは、痛みを押しのけて二人を行為に耽溺させるには充分でした。  
「ふぁ……ああ! フレイア、あったかい……溶けそうだよ。  
 フレイアは……フレイアは、きもち、いい?」  
「ええ……気持ち、いいわ。兄さま、ああっ!」  
 私の動きを追うように、兄が夢中になって腰を突き動かすのがわかります。  
 体の最奥部を突き上げられる度に、ズキズキと甘い疼痛に似た感覚が、  
 そこから全身を貫くように思えました。  
 
 繋がった部分を通して、お互いの哀しみと痛みまでもが分かち合えればいいのに……  
 お互いの肉体を貪りながら、私はぼんやりとそんなことを思っていました。  
「フレイア……僕は……僕は……」  
 昇りつめる直前、怯えを含んだ目で問い掛けた兄に、私は言いました。  
「いいの、浄化してあげる、フレイお兄さま。私のなかで、全部。だから……ああっ!!」  
 どこにも行かないで……  
 言いかけた言葉は、体の奥へほとばしる彼の熱に途切れました。  
「ああああぁッ!!」  
 細く甘い悲鳴を上げて放精の余韻に震える兄と、必死で指を絡め合いながら、  
 私はせめてこの瞬間が少しでも長く続くよう、そして悲しみが早く終わるようにと、  
 混濁する意識の中で祈っていました。  
 鉄格子の窓から見えた空が、気を失いそうなほどに蒼かった事は、今でもはっきりと覚えています。  
 
 
 
 
 私、本当は知っていたんです。  
 私たちをこんな体にしたのが、父の望みだったことを。その為に飛行機事故を仕組んだことも。  
 でも、私は信じたくなかった。あの優しい父が見せた悪魔のような笑みを。  
 何よりも、彼を信じていた兄のために……  
 
 
 
 
 その数日後、早くに目覚めた私は、悪い予感が当たった事を知りました。  
 傍らで眠っているはずの兄の姿が無かったのです。  
『僕は……僕はもうすぐ人間でなくなる……』  
 あの日に聞いた兄の言葉が思い起こされて、私は矢も立てもたまらず、  
 身繕いもそこそこに、父の書斎へと駆け込みました。  
「お父さま! お父さま、フレイお兄さまは!?」  
 血相を変えて飛び込んで来た私の非礼を咎めることもせずに、父はいつものように書物に向かっていました。  
「兄さまがどこにいるか、知りませんか、お父さま!?」  
「あの子は、どうやら行ってしまったよ……」  
 いつもと変わらぬ声に、何故かゾッとするものを感じて、私は思わず父から身を引きました。  
 ゆっくりと立ち上がり、振り向いて微笑みかけた父の顔に私が見たものは、  
 かつて実験用ポットの中で見たのと同じ、悪魔のような狂気でした。  
「そうだ。あの子は選ばれたのだ……素晴らしい! 流石は私の息子、私の最高傑作だ!  
 なあフレイア、おまえもそう思わんか? そうだろォォ!?」  
 歪んだ歓喜に満ちた声を、私がどんな思いで聞いていたのか、今となっては思い出せません。  
 ただ真っ暗に染まった意識の中で、父の哄笑がひどく遠くに聞こえていました。  
『でもね、フレイア……』  
 ただ闇に飲まれていくような心の中に、思い出されるのは最後の兄の言葉だけでした。  
『父さんを、恨んじゃだめだよ。だってさ……父さんは、僕たちの大好きな父さんのハズだから』  
「ええ……わかっているわ、兄さま……ええ……」  
 瞼を押さえた指の間から、零れた涙が絨毯に点々と黒ずんだ染みを落としていきました。  
 滲んだ私の視界に映ったのは、戻らない兄の笑顔と、あの日の空の蒼でした。  
 
(終)  
 

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