「ねえ、茂」  
 小川のせせらぎに紛れるような声で、ユリ子が言った。  
 普段の鼻っ柱が強くてきかん気なあいつには似つかわしくない声を、俺は今でも覚えている。  
「いつか、悪い怪人たちがいなくなって、世の中が平和になったら……」  
「平和になったら?」  
「二人で……どこか遠い、美しい所へ行きたいわ」  
 らしくない事を言うもんだ、と思いながら、どこかくすぐったい気分を誤魔化すように俺は、  
 殊更に気楽な口調で答えた。  
「いいねえ、俺も行きたいよ」  
「ホントに? 約束してくれる?」   
「ああ……約束だ」  
 滅多にない平穏な時間。心地いいコーヒーの香り。  
 戦いとは無縁の空気に、らしくなくなってたのは俺も同じだったのかも知れない。  
 気がつくと、ユリ子がひたと俺を見つめていた。  
 黒目がちの大きな瞳が潤んでいるように見えたのは、今にして思えば気のせいじゃなかったんだろう。  
 俺は何となく、一緒にいたはずのおやっさんの姿を目で探したが、  
 彼はいつの間にその場を離れたのか、目の届く所にいるのは俺とユリ子だけだった。  
「茂……」  
 聞きなれた声が、どこか哀しげに俺の名を呼ぶ。まっすぐに俺を見つめたまま。  
 その体が手の届く距離まで近づいた瞬間、俺はあいつを抱きすくめていた。  
 
 本音を言えば、可愛いと思った事なんて、一度や二度じゃなかった。  
 妙に照れくさい気持ちの時は、ガキみたいにわざと憎まれ口を叩いたりもした。  
 売り言葉に買い言葉で喧嘩になることなんざはザラだったけど、  
 小さな体でブラックサタンの連中と懸命に戦い続けるあいつの姿に、俺はずっと……惹かれていた。  
「ユリ子」  
 ユリ子は微かに震えながら、それでも大人しく俺の成すに任せていた。  
 腕の中の体は、こうしてみると想像よりずっと華奢で柔らかかった。  
 少し熱っぽい気がしたのは、状況のせいだろうとその時の俺は思っていた。  
 唇を重ねたのは、どっちからだったのか、もう覚えていない。  
「ん……っ!」  
 舌先を潜り込ませた時、一瞬だけユリ子の体が強張った。  
 でもすぐに、俺に応えようとするように、おずおずと舌を絡めてきた。  
 その後は夢中で、その柔らかさと熱さに溺れるみたいに、俺はあいつの感触を貪っていた。  
 
 キスに夢中になっていた俺は、あいつが息苦しさに喘ぐまで、加減を忘れてる事に気付かなかった。  
「っ……悪い! 大丈夫かユリ子?」  
 苦しげに肩で息を付き、俺にもたれかかったまま、ユリ子は紅潮した顔を俯かせて小さく頷いた。  
「茂、岩陰に連れて行って」  
 羞恥からか緊張からか、消え入りそうな声で言われた、言葉の意味にドキリとする。  
 ただ俺は、それが当たり前の、自然の事のようにユリ子を横抱きに抱き上げて、岩陰に運んだ。  
 
 
 バカな話だ。その時の俺は何一つ、全く気付いていなかった。  
 ユリ子が攫われた子供達を救出する時、ドクターケイトの基地で毒に侵されていた事も、  
 自分の命がもう幾許もないのをオヤっさんにも口止めし、必死で平気に振舞っていた事も、  
 あの日、あいつが言った言葉の、本当の意味も……  
 
 
 ユリ子の体を岩陰まで運ぶと、上着を敷いてその上にあいつを横たわらせた。  
 着ていたシャツをはだけると、現れた素肌に脈が跳ね上がった。  
 恥かしそうに身を縮こまらせてる様子が、堪らなくいじらしくって、どうにかなっちまいそうだった。  
「生傷だらけだな」  
「な、何よ!?」  
「スゲェ、綺麗だ……」  
 多分真顔で口走ってたんだろうセリフに、ただでさえ赤いあいつの顔が、耳まで真っ赤になる。  
「…………バカ」  
 そこから先は抑えが効かずに、俺は細い首筋に顔を埋めた。  
 
「ひゃう!?」  
 甘く悲鳴を上げて、ユリ子の背中が跳ねる。  
 噛み付くみたいな勢いでキスした肌は、赤く痣になっちまった。  
 かまわずに舌先でくすぐると、ユリ子はくふんと鼻を鳴らして俺にしがみついてきた。  
 唇を滑らせて、小振りの胸に顔をうずめる。  
 掌にすっぽり収まりそうなそれは、触れる前から薄紅く先端を尖らせていた。  
「ん、くっ」  
 指と唇の刺激に、小刻みに震えながら息を荒げる。あいつの反応に煽られるみたいに、  
 俺はグローブ越しにもはっきりとわかるその感触を追い続けていた。  
「茂……あんっ! 茂、おねがい……」  
「?」  
「グローブ、外して……じかに、触ってほしい」  
 俺は一瞬躊躇った。改造手術の影響で、バケモノみたいになった俺の両手。  
 戸惑う俺に、ユリ子はその手を伸ばすと、自ら俺のグローブを外した。  
 醜い、殺戮の為の兵器でしかなかったこの手に、いとおしげに頬を摺り寄せ、唇を押し当てる。  
「茂の手、あったかい。みんなを護ってくれる手だからかな?」  
 それ以上、余計な事は必要なかった。  
「バカヤロウ。んなこと言ってると、マジで手加減できなくなるぞ?」  
「望むところよ」  
 そう言って、あいつはクスッと笑った。  
 
「やぁっ!? あふ!」  
 あいつの上げる嬌声が、水音に混じって俺の耳に甘く響く。  
 今度こそ俺は欠片の容赦も無しに、乳房を揉みしだき、先端を弄り、きつく吸い上げて責めたてた。  
 直に触れる肌の、命そのままみたいな熱さに、頭のシンが溶けそうになる。  
「んんッ! あ……っく!」  
 腕の中で身をよじらせて悶える、あいつが俺の愛撫に感じてくれているのはわかっていた。  
 息も絶え絶えになったあいつを、一度解放してやると、ゆっくりとそのズボンを脱がす。  
「パンツ、濡れちまってるな」  
「も……バカァ……」  
 泣きそうな抗議の声は、却って俺を煽る役にしか立たなかった。  
 無意識に抗う下肢から下着を引き抜くと、両足を広いてその中心に顔を寄せる。  
「やだっ!? ダメ、そこ汚な……」  
「うるせえ」  
 あいつの声には耳を貸さずに、俺はもう充分に潤ったそこを、舌で割り広げた。  
 
「ダメ! 茂! あん!?」  
 濡れた粘膜を舌で掻き分けると、慣れない刺激に抑えきれない声が、ユリ子の喉をついた。  
 深くそこに口付ける度に、とろりと透明な粘液が、蜜みたいにあいつの中から溢れ出してきた。  
 舌先に感じるあいつの味が、甘く、俺の意識を痺れさせていく。  
「や、ああっ! 茂ぅ……あぅ……」  
 もう、意味をなさない声ばかりを上げて、あいつは必死でその指を俺の手に絡ませ、しがみついていた。  
「ひぁ!? んんっ!!」  
 硬く尖った花芽のような部分を唇が探り当てると、あいつの嬌声が一際鋭くなった。  
 俺は夢中になって、舌で転がし、吸い、唇で啄ばんだ。  
「茂……もう……私、もう……!!」  
 ユリ子の反応が、次第に切羽詰まったものになってくる。  
 下に敷いた上着の背中は、もう川に落としたみたいにビショビショだった。  
 何度目かに俺が強く吸い上げた時、あいつの体が今まで以上に激しくしなった。  
「あ!! やぁ! んん……ッ!!!」  
 プシャ、と迸るように透明な飛沫が、あいつの奥から溢れ出した。  
 くたりと、体の力を失って、ユリ子はそのまま俺の腕に沈み込んだ。  
「あ……う……茂ぅ……」  
 朦朧と掠れた声が、俺の名前を呼ぶ。俺はそのまま、あいつの体をきつく抱き締めた。  
 背中に回された腕が、哀しいほどの力で俺に応えた。  
 
 もどかしい思いで、俺はジーンズのベルトを外して前をくつろげた。  
 恥ずかしながら俺も、とっくの昔に限界だった。  
 もう一度、今度は触れるだけのキスを交わす。  
 目が合うと、俺が何か訊く前に、ユリ子は一つ頷いてみせた。  
 痛いほど滾っているものを、俺はあいつの中心に押し当てた。  
「……っ」  
 未知の本能的な恐怖からか、あいつが身を竦めるのがわかった。けどもう止まらない。  
 何も言わず、俺は一息にユリ子の中に俺自身を突き入れた。  
 
「……ッ!!」  
 一番奥まで俺を呑み込んだ瞬間、ユリ子の体が激痛に強張った。  
 それでも俺を気遣ってか、ユリ子は懸命に俺の肩口で苦鳴をこらえていた。  
「くぅッ!」  
 初めて知ったあいつの内部は、熱くてキツくて柔らかくて、こうしてるだけで意識まで持って行かれそうになる。  
 どれほどの苦痛に耐えているのか、あいつは息をするのもやっとの様子で、  
 必死に俺の背中にしがみついていた。  
 苦しいほどの感覚にも慣れ、霞む頭で見下ろしたあいつの顔は、ポロポロと涙を零しながら、幸せそうに微笑んでいた。  
 
(ユリ子……)  
 しばらく俺は、その表情に見入っていたらしい。  
「茂……?」  
 呼ばれる声に我に返る。  
「いや……今、」  
(一瞬、お前が消えちまいそうに見えた……)  
 言いかけて、口を噤んだ。言葉にしちまうとそれが本当になりそうで怖かった。  
 だから俺は、答える代わりにあいつを抱く力を強めた。  
 柔らかなあいつの癖ッ毛を、くしゃっと撫でつける。  
「動くぞ」  
「うん……」  
 
 あいつの体の強張りが解けるのを待って、ゆっくりと抽送を開始する。  
「茂……っく……茂!」  
 すがりつくように名前を呼ぶ声。  
 背中に立てられた爪の、微かな痛みがいとしい。  
 叶うことなら、ずっとこうしていたかった。  
 だがこのまま、ユリ子の苦痛を長引かせるわけにもいかなかった。  
「いっ……あ、くぅッ」  
 俺が体を動かすたびに、あいつは懸命に喉の奥で、痛みから上がる悲鳴を殺していた。  
 それでも苦痛を感じていることは、しがみついてくる腕の震えでわかっちまう。  
「グ……ウッ……」  
 俺自身を追い立てるように、スパートを早める。  
 快楽に一度加速がつくと、限界が来るのはすぐだった。  
「ユリ子ッ! もう……」  
 昇りつめる直前、引き抜こうとした俺を、あいつの手が引きとめた。  
「いいの、来て、茂……」  
 その言葉に俺は一瞬躊躇したが、すぐに迷いは消えた。  
「ああ」  
 答えると、俺は一際深く、あいつの体を突き上げた。  
「オオッ!!」  
 思いのたけのように、放った精をあいつの奥深くに注ぎ込む。  
 開放感に真っ白になる意識の中で、俺は腕の中の確かな鼓動を、ずっと感じていたいと思っていた。  
 どのくらいの間、そうして抱き合っていたのか、  
「幸せよ……」  
 そう呟いたあいつの声は、ぼんやりと覚えている。  
 
 
『茂……ユリ子はな……ケイトのアジトで戦ったとき、ケイトの毒でやられたんだ。  
 もう長く生きられないことを知っていたんだよ』  
『オヤっさん!? それを、なぜ黙って……?』  
『ユリ子は足手まといになる事ばかりを気にしていた。だから苦しくとも隠してたんだ……  
 この事は決して茂には言わないでくれって俺に頼んで……』  
 
 
 あいつが、ユリ子があの時、何故あんな行動を取ったのか、  
 俺がその理由を知ったのは、あの直後だった。  
 自分の命がもう残っていないと知っていたあいつは、  
 残る命と引き換えに、ウルトラサイクロンでケイトを倒し、散っていった。  
 命には賭け時ってもんがある。俺にそれを教えてくれたのは、あいつだ。だが……  
 
 
「ちぇ……ったくよ。とんだ三枚目だぜ。  
 再改造で埋め込まれた超電子ダイナモが、俺の自爆を押さえ込んでくれたとはな……」  
 コマンダーとかいう謎のライダーどもを相手に、自爆覚悟で放った超電子ウルトラサイクロン。  
 その爆発から、何の因果か俺は生き残った。  
「そうそう簡単に、死ねる体じゃねえらしい……」  
 今はまだ、俺の『命の賭け時』じゃないって事か。なぁ、ユリ子……  
「茂ー!!」  
 オヤっさんの声が、後ろの方から聞こえてくる。  
 滝とかいう、インターポールの刑事も一緒だ。  
 無事だとは思っていたが、俺は一応胸を撫で下ろした。  
 それじゃ、俺はそろそろ行くぜ、ユリ子。約束だからよ。  
 ロクでもない組織の奴らなんざ、ちゃちゃっと倒してきてやるさ。  
 
 そう、いつか、平和が来る日のために……  
 

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