◇◇◇  
 
家庭教師のアルバイトを終えた透は冬の夜道を、京王井の頭線、つつじヶ丘の駅から  
ほど近い恋人の家へ急いでいた。  
 
ちょっとした買い物をしていて、約束の時間よりはかなり遅れそうだ。  
連絡はしたが、真理は少し怒っているみたいだった。  
 
矢島透は来春卒業の4年生で22歳。すでに就職は大手製薬に内定している。  
恋人の小林真理とは以前、都内の同じ大学の同級生だった。ちょうど2年前の同じ12月、真理の叔父が  
経営する「シュプール」という信州白馬のペンションに、二人でスキーに行ってから、急速に親しくなった。  
 
それまではガールフレンドだったが、このまま行けば正式な恋人同士になる日も近い。  
透がそう思っていた矢先、真理の父親が北海道へ転勤になり、同時期に彼女の母親が  
病気を患って、経済的な負担と母親のケアの必要から、真理も大学をやめ、家族で北海道へ  
転居することになってしまった。  
 
ところが、それから1年半たった今年の夏に、二人は思いがけなく再会を果たした。  
 
透たちが泊まったその日のペンション「シュプール」の人間模様をモチーフに、その夜そこで殺人  
事件が起こった……そういう内容のゲームを作ってヒットをさせた、我孫子武丸という人から、彼が  
無人島に購入した別荘に、ゲームの人物のモデルとなったそのときの「シュプール」宿泊客たちが  
招待を受けたのだ。  
 
透と真理は、今度は夏のリゾート島でまた同じ時間を共有した。  
そして今度はしっかりと、お互いの愛情を確かめ合ったのである。  
 
真理の母親の病状が快方に向かっていたこともあって、旅行のあと、彼女は両親に正直に  
気持ちを打ち明けた。  
 
将来を考える大切な人が出来たこと。  
その人とはもう長いあいだ離れ離れになってきたこと。  
もしかなうのならば、自分は今からでもその人のそばで暮らしたいということ。  
両親は真理の希望を許した。  
 
こうして真理が東京に戻り、透のアパートと同じ、京王沿線のこの場所に一人で住み始めてから、  
もうすぐ2ヵ月になる。  
 
あえて同棲という形をとらなかったのは、真理の希望によるものだった。  
 
透は卒業就職を控えていて、今から二人で一緒に住んでしまうのはなにかと良くない。  
自分にしても、結婚するまでは一定のけじめをつけて生活したいのだという。  
透はいかにも真理らしい、と感心したものだ。  
 
それで二人はルールを決めて、金曜か土曜の夜から日曜だけをどちらかの家で過ごす、  
週末同棲の形をとった。  
 
どちらの部屋で過ごすにせよ、その週末というのは幸せな時間だった。  
離れて生活してきた空白の時間を埋めるように、昼間はいろいろな場所でデート。  
夕食は、そのまま外食することも、家に帰って料理の得意な真理が作ることもある。  
「シュプール」オーナーの叔父ゆずりなのか、彼女の腕もとびきりで、出てくるものは  
どれも美味い。  
 
部屋ではその後、軽くビールなどを飲みながら、テレビやDVDを観たり、ゲームに興じたりする。  
いろいろなことを語り合う。  
 
それから抱き合うのである。  
 
今日、透にはセックスでひとつの目標があった。  
それは真理をイカせてあげる、ということだった。  
 
透と真理はこの夏の旅行で、21歳で結ばれるまで互いに童貞であり、処女であった。  
それまで透は女性に全くおくてであり、真理は男性へのガードが極度に堅かったのだ。  
当然初体験や、この週末同棲を始めた2ヶ月前は不慣れで、幼いセックスだった。  
 
しかし二人のそれは、お互いを思いやり、協力し合って経験を重ねていくうちに、どんどん素晴らしい  
ものになっていった。  
 
隠れた才能だったのか、初めは稚拙だった透の技巧や性交の持続力は、驚異的な速さで向上した。  
それはスキーの上達よりもはるかに早かった。  
また真理は性感の感受性がすぐれていて、いわゆる前戯では初めから快感を得ることができたし、  
ペニスの挿入で感じるようになるのも早く、その感覚は経験のたびに目に見えて深化した。  
 
とくにこの前愛し合ったときは、透の体の動きに大きな声を漏らし、気持ちいい、と何度も言葉にして  
訴えてきた。  
透はこのままいけば彼女を絶頂に導けるのかもしれないと考えたが、しかし結局は自分の方が先に  
果ててしまったのである。  
 
だから真理はまだセックスの絶頂感というものを知らない。透はそれを味わわせてやりたい。  
 
一度決心した透は行動的だった。わざと一週口実をもうけて泊まるのを避け、2週間の猶予と  
彼女の欲求を高める時間をつくり、その間にネットから書物までいろいろな情報を調べ、経験の  
豊富な友人からは懇切丁寧な指導を受け、さらに自分は必ず真理を満足させられる男なのだと、  
友人からも、自分でも、徹底的な暗示をかけて今日にのぞんでいた。  
 
(今日のおれは違うぞ)  
ふしぎな自信がみなぎっているのが自分でもわかる。  
 
目的の賃貸マンションに着いて3階にある部屋の前に立つと、透はチャイムを鳴らした。  
「はい」  
インターホンから澄んだ声が返る。  
「あ、ぼく」  
「はーい」  
 
ロックをはずし、透を部屋に迎え入れた真理には、しかし笑顔はなかった。  
綺麗と可愛いのと、その中間というのがぴったりのその顔をコワくして、透をにらんで見せる。  
 
「遅かったのね。久しぶりなのに」  
でもそのまつ毛の長い、二重まぶたの美しい目は決して怒っていない。  
じゃれているのだ、いつものように。  
そんな真理がかわいいと透はいつも思う。  
 
「ごめん! ほら、言ってたおみやげ」  
透も合わせて、大げさに謝り、白い袋を掲げる。  
中に入っているのは箱入りのワインボトルだった。いつもの缶ビールなどではなく、たまには  
しゃれたワインでもと思って、これを選んでいるうちに遅刻してしまったのだ。  
 
案の定、真理の顔はすぐにっこりと笑み崩れた。  
「高級ワインね。じゃあ許してあげる」  
笑った顔はどこか幼くて、天使みたいだと透は思う。  
「高級かは分からないけど……シャトー・ラグランジュ、1996だって」  
「高いの?」  
「1万2千円」  
 
真理は目をまるくした。  
「すごい。ほんとに高級じゃない」  
「でもワインの高いのなんて、上はキリないだろう」  
「今の私たちには充分高級よ」  
真理はまじめな顔で言った。  
「無理しないでね、無駄遣いは駄目」  
「まあ、たまにはさ」  
透は笑顔を向けながら、真理はしっかりした奥さんになるだろうなと将来を想像した。  
 
マンションは2DKで新しく、8万の家賃は真理のアルバイト収入からは無理をしたものだったが、  
ほかの生活費を切りつめてでも、綺麗でセキュリティとプライバシーに行き届いたところに住みたい  
というのが彼女の希望だった。敷金、礼金、家具代は、さすがに北海道の両親が出してくれた。  
 
夕食のいい匂いが漂う、暖房のきいた部屋はきれいで、片づいていて、自分の雑然としたワンルーム  
とはさすがに違うなあと透はいつも思っている。二人で選んだインテリアもいい感じだ。  
 
真理はグレーの、腰までかくれるロングのパーカーに、黒いぴったりとした七分丈のレギンスという  
可愛い部屋着姿でキッチンに立つ。  
 
後ろから見ると、透の大好きなストレートのロングヘアと、ミニスカートのようなパーカーの裾から  
伸びる、二本の黒い脚線がなんとも魅力的だ。  
透はリビングの6畳で、自分も部屋着のスウェットに着替えながら、その姿につい見とれてしまう。  
 
ダイニングのテーブルに着くと、彼女の手料理が並び始める。  
今日はビーフシチューと、ポテトサラダにご飯。  
「これなら赤ワインがけっこう合うね」  
透がいうと真理も笑った。  
「偶然ね」  
 
二人はテーブルに着き、乾杯をしてワインを口に含んだ。  
芳醇にして飲みやすく、グラスも食事もすすむ感じだ。  
透はスネ肉を圧力鍋で煮込んだビーフシチューをしきりに褒め、真理はワインを褒めた。  
 
「でも今日はほんとにいいワインでよかったかも」  
酔いでほんのりと頬を赤くして真理がいった。  
「夕ご飯と合うから?」  
「そうじゃなくて、いいことがあったの」  
「うん?」  
透も笑顔で先を促す。  
 
「実家から電話があってね。お母さんの経過がすごくいいって。今はなにも心配ないって」  
「本当?」  
真理の母親の病気は重い消化器系の疾患で、一時は入院を余儀なくされていたのだ。  
 
「今日検査の結果を聞きに行ったんだって」  
真理は嬉しそうに続ける。  
「心配いらないから、ずーっとそっちにいていいよだってさ」  
「良かったあ」  
透は真理がずっと東京にいてくれることと、彼女の母親の身体が回復したことの両方に対して言った。  
 
「でも帰ってこなくていいって、あんまり言われると複雑よね。いらない娘みたい」  
透はその冗談には乗らず、まじめに答えた。  
「真理に安心してこっちで生活してほしいんだよ……あとはぼくがっしっかりしないとな」  
「しっかり?」  
「うん、なんでもない」  
 
何かを聞きたそうな真理だったが、透はなんとなくくすぐったくて、結婚のことに触れるのはやめた。  
今はそれよりももう一度言いたい。  
「でもほんとよかった。お母さんよくなって」  
「うん」  
明るくいった真理の溶けるような笑顔がとびきり可愛くて、透はグラスを持ち上げるのを  
忘れてしまうほどだった。  
 
◇◇◇  
 
未完  
 
 

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