「えっ、あの、そのぅ、私、まだ心の準備が出来てなくて…」
「ヒッ」
意気揚々と乗り込んだ部屋の有様に、僕は思わず悲鳴を上げてしまった。
さっきまでぎらぎらと鎌首をもたげていた僕の息子も、あっという間になりを潜めてしまった。
そのスピードだけならカール・ルイスやベン・ジョンソンの足など可愛いものだ。
「お、おおおおお、オーナーがっ、何してるんですかっ!しかもそんな格好で…!」
そう。
僕の目の前には、一体どこから調達したのか黒のゴテゴテしたレースとフリルだらけの何か
(それをそういう趣味の下着だと認めたくなかった)に身を包んだ小林さんが、
これまたどこで用意したのか天蓋付きのベッドに身を横たえているという
なんとも奇怪な光景が広がっていた。
据え膳食わぬは何とやらと聞くが、なんというか、ここまで嬉しくない据え膳はどうかと思う。
真っ青な顔をして口をぽかんと開けたまま立ち尽くす僕に、小林さんの頬がみるみる赤く染まる。
勘弁してくれ。
もじもじするふとももがいやに艶かしい。
これは網タイツのせいだ。そうに違いない。
断じて小林さんにどうこうなんて、ありえない。よりによってこの僕が。
「いや、その、ね」
小林さんが申し訳無さそうに目を伏せた。
そんなことをして誘っているつもりか。さっきから無理だと言っているじゃないか。心の中で。
口に出して言えばきっとツンデレ扱いされてしまう。
そんな有無を言わせぬ雰囲気が、主に小林さんから漂っていた。
「透君が、こんなものがドアの下に挟まっていたと言うんでね。
あんまり気味悪がるものだから、一つ仕掛けさせてもらったのさ。
しかし、まさかあなたが、その…」
小林さんが恥じらいながら一枚の紙切れを差し出した。
出来るだけ、小林さんと目を合わせないように気をつけて、僕はその紙をひったくった。
”こんや 12じ だれかを ほる”
間違いなく、僕の字だった。
僕がこの、透君の部屋に差し出したメッセージカードだった。
「せっかくだから、美樹本さん。私でよければ…」
「嫌だ!僕は年増は好かないんだ!透君!透くぅううん!たすけっ、おぅっ、やめっ、ギャアアアアアア…」
「真理、今何か聞こえなかったかい?」
「…え、い、嫌ね、透ったら。空耳よ空耳。決して叔父さんの性癖とかじゃないから。大丈夫」