銀水晶が如く煌めく細雪がちらつく中のシュプールの聖夜。  
ましてや、思いを寄せる女性と共に過ごすというのならば、それはもう最高の祭日と評しても過言じゃあない。  
小林さんの作る料理の絢爛振りには相変わらず舌を唸らせるし、みどりさん達が夜を徹した華やかな飾りつけは気を弾ませる。  
 
「メリークリスマスや!」  
 
香山さんがサンタに扮して、白い大きな袋を抱えて入ってきた。  
女性陣はきゃあきゃあと囃したてながら、香山サンタを囲む。  
順番や順番やでと、白い袋から取り出すのはラッピングされたプレゼント。  
どうせ会社の売れ残り在庫なんだろうけれど、吝嗇家の香山さんにしては太っ腹な振る舞いだった。  
傍に佇む春子さんは上品な笑みを浮かべつつ、夫に手伝いクリスマスカードと共にプレゼントを手渡していく。  
真理が肘で僕をせっつく。  
 
「ほら、透。早くしないと」  
「残り物には福があるって言うじゃないか。僕は最後でいいよ」  
 
元々残り物だろうし、大差ないだろうと僕は余裕の面持ちだった。  
だが。  
突如、啓子さんが大声を放ち、その余裕はあっさりと胡散した。  
 
「こ、こ、これ。どういうつもり!?」  
 
プレゼントの中身を開けると、そこには一枚の紙切れが入ってあったのだ。  
僕達が否応無しに既知の内容が書かれた紙切れが。  
皆が息を呑んだ。  
 
『こんや12じ、だれかがしぬ』  
 
静まり返る室内でただ一人俊夫さんが香山さんに詰め寄る。  
 
「悪戯にしては笑えませんよ?」  
「し、知らんがな。ワシが入れたのは、大量の在庫で倉庫を圧迫して悩みの種やった、ダンシング狸やったのに」  
 
やはり売れ残りだったか。  
それはともかく、これは一大事だった。  
誰かがプレゼントの中身を入れ替え、一年前の忌まわしき文書を封入したのだから。  
冗談か本気かも分からない。  
俊夫さんの言うとおり、笑えない冗談であった。  
 
「他の人のは?」  
 
真理が疑問を発すると、丁度今気付いた様で、慌てて手許のプレゼントを開封していった。  
いずれも中身は香山さん曰くダンシング狸のみ。  
啓子さんは気味悪そうにぶるぶると体を震わせていた。  
無理も無い。  
 
「まず考慮すべき点は一つ。誰がプレゼントの中身を取り替えたのか?」  
 
真理はまず香山さんの方に視線を向けた。  
心外だと言わんばかりに大きく首を振る。  
 
「何が悲しゅうて、めでたい日に水を差すかいな」  
「それもそうですよね」  
 
順に視線を移動させていくが、皆一様に否定の表現だ。  
らちが明かないと僕は疑問点を口にする。  
 
「プレゼントを梱包したのはいつなんですか?   
 置き放しにしていたのなら、誰でも簡単にプレゼントの中身を入れ替えれたと思うんですが」  
「実際プレゼントを梱包したのは、つい二時間前の事です。  
 私達が泊まる二階の部屋で、ダンシング狸と、箱、包装紙、リボンをそれぞれ区分けして持ってきました。  
 ですから、その時点ではあの紙切れが紛れ込む筈が無いのです」  
 
問いに答えたのは春子さんだった。  
 
「梱包に掛かった時間は? 作業が終わってからはどうしました?」  
「大体三十分程度で部屋を出て、私は奥さんの調理の手伝いを、香山もキッチンで衣装の着替えをしていました」  
「キッチンでですか?」  
「他に人目が付かずに着替える場所が無かったんや」  
「着替えた後は? プレゼントは二人で取りに行ったんですか?」  
 
いえ、私一人です、と春子さんが答えた。  
 
「大体、それが三十分前ですね」  
 
すなわち香山夫妻が部屋を空けていたのは丁度一時間。  
となると考えられる手段は三つだ。  
 
「一つは、香山さんと春子さんのいずれか、もしくは両方ともが嘘を付いている。最初から脅迫状を忍び込ませていた」  
「な、なんやと!」  
 
激昂する香山さんを真理がまあまあと宥める。  
僕は溜息混じりに  
 
「落ち着いて下さいよ。可能性を羅列しているだけなんですから。  
 二つ目は、空白の一時間に何者かが侵入してプレゼントを交換した」  
「まあ、それが普通だろうな」  
「鍵についてはこの際考慮しません。小林さんが調理中なのでマスターキーは誰でも取れましたしね  
 それから三つ目。戻った春子さんが中身を入れ替えた」  
「な、なんや! それは! 透君。君、春子を疑っとるんか!?」  
 
今度は誰も香山さんを止めない。  
力任せに僕の胸倉を掴み、食って掛かる。  
 
「このダンシング狸! 透くんの尻穴にねじ込んでもいいんやでッ!」  
「そんな別時空の美樹本さんが喜びそうな脅迫やめて下さいよ。  
 先ほども言った通り、可能性の羅列を――」  
「……足りないわ」  
「え?」  
 
真理が薄い唇の先に、人差し指を横向きにして咥えながら、  
 
「四つ目。啓子さんが入れ替えた」  
 
真理の指摘は、件の紙切れを受け取った啓子さんの自作自演を示唆していた。  
啓子さんはぽっちゃりとした体を怒りでわなつかせながら  
 
「真理さん、それはあんまりじゃないですか!」  
「気を悪くされたのならすみません。でも、問題点は一つずつ潰していかないと」  
「そうなるとダンシング狸が、啓子ちゃんの服の中に隠されている訳だな」  
 
じろりと女性陣(特にみどりさんが)が、デリカシーの無い発言を放った俊夫さんを睨みつけた。  
肩をすくめて、悪気は無いよとのポーズをした。  
 
「でも、そういう事になるだろう? だって、彼女はその場から一歩も動いていないんだから」  
「確かに……」  
「いいですよ。どうぞ好きなだけ調べて下さい」  
 
啓子さんは大きな体を更に広げるような体勢となる。  
なら私がと近付く可奈子さんを制したのは、みどりさんだった。  
 
「念の為、私か、真理ちゃんが調べた方が良いと思うんだけど」  
「それは私達が共犯だとでも言いたいのですか?」  
「ごめんなさいね」  
 
あんなに和やかな雰囲気だったのに、紙切れ一枚で険悪な空気が立ち込めている。  
こうなれば、真相がどうであれ、この空気を払拭できまい。  
みどりさんが仏頂面の啓子さんの身体検査をしている傍ら、僕の気持ちは陰鬱に沈み込んでいた。  
一通り調べ終えると、ほうっと安堵の溜息を吐き出す。  
 
「ごめんなさいね。何も無かったわ」  
「当たり前です」  
 
ぷんぷん怒りながら、口を尖らせる啓子さんに、再び頭を下げるみどりさん。  
まあ、結果的には怒りが彼女の恐怖感を抑えた様子で、良しとすべきではないだろうかと安直に考えていた所。  
再び、真理が問題提起を放つのだった。  
 
「まだですよ、みどりさん」  
「え?」  
 
真理は可奈子さんと亜紀さんを順々に指差した。  
 
「啓子さんの傍にいた二人もプレゼントを入れ替える機会があった筈。  
 あるいは、啓子さんが彼女達の衣服に隠した可能性だって考えられます。  
 二人の身体検査もお願いします」  
 
みしり、と空気に亀裂が入り、嫌悪が底寒く僕らを包み込む。  
ああ、真理。  
君はこのままでは全員の憎悪を買ってしまうぞ。  
だが、そんな重々しい緊迫感すら素知らぬ素振りで、ダンシング狸が見付からなければ済む話ですよ、とのたまった。  
 
嫌悪感を露わにした彼女達の視線たるや、僕の下半身が粗相しかねない。  
だが、逆らう意志は無い様で、どうぞご自由にと二人とも両手を上げた。  
みどりさんの表情は本意ではないのだと重々しく、僕としては同情を禁じえなかった。  
彼女達がプレゼントとして受け取ったダンシング狸以外は見受けられなかった。  
一通り調べ終えると、みどりさんは疲れ切った風に、無いと一言告げるに留まった。  
 
「まだです。もしかすると、可奈子さんや亜紀さんはプレゼントを受け取った振りをして――」  
「やりすぎだ、真理!」  
 
溜まらず僕は真理に非難をした。  
 
「君らしくないぞ。変に疑って掛かって……」  
「ごめんなさい。でも、第四の蓋然性は全て潰してしまわないと、話が進まないでしょう?」  
「それはそうだけど――」  
「真理ちゃん。ちゃんとワシは三人にプレゼントを手渡した。春子もちゃんと見とる。それで満足できへんか?」  
 
香山さんの証言が決め手となり、真理は口を噤んだ。  
 
「となると第二の可能性に言及する必要がありますね。香山さん達が部屋を離れている間の」  
「その時間にアリバイがあるのは、小林さん夫妻と香山さん夫妻だな」  
「小林さんと今日子さんに関しては、第一、ニ、三、四の可能性に対しては完全に容疑圏外ですよね?」  
 
亜紀さんの言う様に、小林さんは料理に忙しくキッチンからずっと離れていない。  
香山さん夫妻がそのアリバイを証明している。  
 
「なら、第二の可能性。その時間帯のアリバイを証言し合おう」  
 
香山さん夫妻と小林さん夫妻は前述の通りだ。  
俊夫さんとみどりさんは一回にある俊夫さんの部屋で二人仲睦まじくしていたらしい。  
全く何をしていたのやら、下世話な想像が浮かび上がる。  
僕と可奈子さん、亜紀さんは一階の居間でテレビを観賞していた。  
途中、亜紀さんがトイレに立ち、入れ替わるように啓子さんが戻ったのがそれから十五分頃。  
十五分もの間啓子さんが何をやっていたのかと言うと、ご馳走の芳醇な香りに誘われ、  
ふらふらとキッチンの方に出向いていたのが、香山さんの証言で分かった。  
それから啓子さんはテレビの部屋に居座っていた。  
事を終えた俊夫さん達が部屋から出ると、丁度化粧室に入る亜紀さんの姿が見えた。  
化粧室の位置から二階に上がる為には、僕らが仲良くテレビ観賞していた居間からでは視界に丸分かりだ。  
問題は……真理のアリバイだけが曖昧だった。  
彼女は自分の部屋で一人読書に勤しんでいたのだ。  
香山さんが部屋で梱包中の時間帯からずっと、八百項に及ぶ長編ミステリと格闘していたらしい。  
啓子さんが鼻を鳴らす。  
 
「なるほど。真理さんが必死になる訳だわ。だって、明らかに容疑圏内だもの」  
「真理さんの部屋は、香山さん夫妻の部屋の左隣だしね」  
 
疑心暗鬼な視線が一斉に絡まり、真理を突き刺した。  
 
ま、と僕は慌てて言葉を迸らせる。  
 
「待って下さい!」  
「透さん、庇いたくなる気持ちは分かるけれど、今現在最も怪しい人物は真理さんなのよ」  
 
亜紀さんが目を伏せながら、僕を慰めるように告げる。  
その発言に皆が頷く。  
首を振ったのは僕だけだった。  
 
「違いますよ。真理には無理だったんです。何故なら――」  
 
言葉を切って僕はたたたたと階段を駆け上がるや、自分の部屋に一直線に向う。  
室内に入るや、鞄から、ああでもないこうでもないと、荷物を投げ出し、取り出し、ようやく目当ての物を見つける。  
僕はそれを丁重大事に持ちながら、呆気に取られる一同の元へ舞い戻った。  
息を切らせ、これです、とそれを見せる。  
 
「何、この不細工な造作の折紙の箱――」  
「薔薇に見立てているようです」  
「うーん」  
「薔薇と言うよりは亀に見えるな」  
「これ、透君が?」  
 
いえ、と僕は首を振る。  
そして、視線を顔を真っ赤にして体を震わせている真理に向ける。  
 
「こないだ大学の昼休みで、同級生が折り紙を持ってきたんですよ。  
 その際、皆で好き勝手折ってみたんですが――」  
 
真理は凝り性の割には不器用であったのだ。  
ヒステリーを起こしかけた真理を宥めすかし拝みこんで、手に入れたのがこの箱細工だ。  
ちなみに僕は小学校に習っていた事もあって、無難に鶴を折った。  
先程まで疑惑交じりの視線だったのが、いつしか呆れるやら気まずいやら、複雑な感情の込められた同情的な視線へと転じていた。  
 
「分かりましたよね。致命的に不器用な真理が、これだけ見事に綺麗なラッピングが出来る筈が――うぐ」  
「ひ、酷いわ、透。私を笑いものにして――」  
 
真理は怒りと羞恥心で赤面にして、涙目で僕の首をぐいぐいと締め上げる。  
く、苦しい……。  
まあまあ、と香山さんが間に入る。  
 
「自分の不器用さを誇ったらええ。おかげで、疑いが晴れたやないか」  
「そんなもの誇りたくもありません!」  
 
ぷいと顔を背ける真理に、生暖かい笑い声が重なった。  
先程までの重圧が少しだけ和らいだ気がした。  
 
「でも第二の可能性が潰されたのなら、犯人は――」  
「わ、ワシやないで! 勿論春子も違う!」  
 
香山さんは必死に言い募るが、他に可能性が無くては――  
 
「ちょっといいですか」  
 
可奈子さんが手を挙げる。  
 
「外部犯がいるとしたら? そうすれば、第二の可能性が蘇って来ます」  
「無理だよ。入り口から入れば居間にいる僕達が気付くし、裏口からでもキッチンに居る小林さん達が気付く」  
「二階から入れば――」  
「確かめてみるか? 暖房利かせてたとしても、痕跡は残っているだろうし」  
 
厭も無い。  
僕達は連れ並んで、順々に自分たちの部屋を確認しに行った。  
結論から言えば、痕跡は無かった。  
どの部屋も、各々が退室した当時の状態を保持している様に見受けられた。  
 
「香山さん、もしくは春子さん――もう言い逃れは出来ませんよ」  
 
俊夫さんが億劫そうにポニーを揺らせ、詰め寄る。  
春子さんはおろおろと香山さんと俊夫さんの両方を見回し、香山さんは顔を憤然とし、両腕を組み何やら物思いに耽っていた。  
はた、と香山さんの眼が、一つの憶測を呼び起こしたらしく、ぎらぎらと輝きを増す。  
 
「――そうや。第五の可能性があるわ」  
 
「言い忘れていたけど、春子が袋を持って帰ってきた後、五分程用を足していたんや。大体時間は、事件から十五分程前になるか」  
「でも、小林さんや春子さんがいたんでしょう?」  
 
面目無さそうにぽりぽりと禿げ上がった頭を掻いて  
 
「それがなあ。ワシは春子から袋を預かってそのままトイレに行ってな。その間、袋を外に置き放しにしてもうた」  
「はあ!?」  
「嘘じゃありませんよね?」  
「小林くんや春子に聞けばええ。キッチンには袋が無かった」  
 
十五分前――その間のアリバイはどうだろう?  
皆が皆慌しく行き交い激しくしていた様な気がする。  
しかも、そんな短時間でラッピングを開封し、中身を入れ替えて元の通りに戻すなんて事が出来るだろうか?  
そもそも、そんな意図しない好機なんて、ずっと監視でもしない限りは無理だ。  
結論から言えば、これは可能性にもなり得ない、と思う。  
香山さんがいつトイレから出るかも分からないのに、そんな悠長な作業なぞ出来るとは到底思えない。  
……待てよ、悠長な作業?  
犯人は本当に入れ替えたのか?  
もしかして――僕は断片的な情報を想像で補いながら繋げ、やがて一つの確信を導き出した。  
そうか。  
 
「香山さん、プレゼントの数は幾つでしたか」  
 
僕の発言の真意に気付いたらしく、真理は、はっとした顔となった。  
 
「ああ、人数分用意したで。三人に手渡して、三個。袋の中は――うん、丁度八個、合計十一個あるわ」  
「人数分と考えていたんですよね。もしかして、最初は十二個と考えて用意してませんでしたか?」  
「え? ……あ。ああ、ああ! そうや、よう分かったな」  
「あの時、シュプールに泊まっていたのは十二人です。最初は名前を照らし合わせずに、数だけを記憶していた――間違いありませんか?」  
「確かにそうや。何か気持ち悪いな、全て見透かされている様で。あ、もしかしてあれか! 透くんは超能力少年やった過去が――」  
 
殊更黙殺して僕は言葉を重ねた。  
 
「恐らく必要な数を確保し用意した後で、指摘されたんじゃないですか。名前と数の不一致を」  
「確かにそうやが……」  
「指摘した相手を当ててみましょうか。春子さん、ですよね?」  
 
ばさり、と手紙が床に散らばった。  
春子さんが手に持っていたクリスマスカードの束だ。  
僕はじっと彼女に視線を合わせる。  
 
「包装紙とリボン、箱。寸分たがわず一揃えするには、身近な人物以外には考えられません」  
「聞いてみましょうか。皆さん、知ってましたか? 梱包の造作を?」  
 
一同ぶるぶると首を振る。  
 
「言ってみれば僕達にとって、予想外だった筈です。  
 何しろ経営者の立場である香山さんは、再三、税金対策やら金のありがたみやらを説いて回っていたのですから。  
 有り体に言えば、ケチだった。そんな香山さんがプレゼントを配布するだのと考える人はいないでしょうね。  
 ゆえに犯人は、情報を既に知っていた人物による計画的犯行となります。  
 今回の場合、パッケージは一つ一つ丁寧に設えてあります。恐らく、仕上げたのは春子さんでしょう?」  
 
物悲しそうに香山さんが愚痴る。  
 
「何や、ワシが杜撰と言われてそうな気がするんやが」  
「話を続けます。いかな香山さんの目が節穴だとしても、梱包作業中に脅迫状を混入するのはリスクがあります。  
 ですから、箱を入れ替えた機会は第三の可能性でしょう」  
「おいおい、透君。まさか君は――」  
 
僕は深く頷いた。  
 
「そうです。春子さんが犯人だと言っているんです」  
 
「まさか――本当なんか、春子」  
 
春子さんは香山さんの視線から逃れたいが如く、目線を下に落としたままだった。  
僕は訥々と語る。  
 
「動機は分かりません。それこそ、この中の相手に恨みがあるのか。  
 これは想像ですが、脅迫状の相手も無作為では無く、相手を選んだのかもしれませんね。  
 包装紙に目印でもつければ一目瞭然ですから」  
 
啓子さんがぎょっとした目で春子さんを見た。  
春子さんは下唇を噛み締めて、ずっと床に目を伏せていた。  
 
「そうなると、ダンシング狸は屋内にある筈です。梱包したままかどうかは分かりませんがね。  
 下手に館内で処分すれば、すぐに分かりますから、恐らくは春子さんの鞄の中――」  
 
そう聞くが早いか、俊夫さんが物凄い勢いで階段を走り上って行った。  
しばらくして、あったぞ!との返答が頭上から耳元に届いてきた。  
がくりと春子さんは膝を落としていた。  
僕はなるだけ追い詰めぬ様なるべく声の調子を落として問い質す。  
 
「春子さん、話してくれますか」  
「……確かに私は、プレゼントの中身を入れ替えました。そして、啓子さんに渡したのも意図的な行動です」  
「――それは」  
「シュプールでの一件から、香山が啓子さんと親密になり、度々連絡をとっておりました。  
 時に出張と偽って家を出るや、ホテルで密会を交わしていたり。私はそれを止めさせたかったのです」  
 
香山さんは何かを口にしようとしたが、最早何を言おうが弁解になると思ってか、  
結局言葉にせずもごもごと太い唇を震わせて、そのまま押し黙った。  
沈痛の面持ちで啓子さんが傍に寄ってくる。  
 
「春子さん、私――」  
「何も仰らないで下さい。恐らく、職の面倒を見るとか言われたのでしょう? この人のやりそうな事です」  
「…………」  
 
図星だったらしく、啓子さんもその口を固く閉ざしてしまった。  
がば、と春子さんが僕の方に向き直る。  
 
「でも違う――」  
「へ?」  
 
何を言い出すのだろうか。  
 
「私が入れたのは、興信所に依頼した調査書のコピーなのです。あの様な紙切れを入れた覚えは――」  
「何だって!?」  
 
つまり、もう一度プレゼントは入れ替えられたのだと?  
 
「ふ、不可能ですよ。春子さんが交換した時間帯から考慮すれば、誰も入れ替える事なんて――」  
「……一つだけ方法があるわ」  
 
混乱をきたした場の空気を諌める様に、冷静な意見が真理から成される。  
 
「もしかして、春子さんが用意したプレゼントは、事前に梱包が完了していたんじゃないの?」  
「え? ああ、はいそうですけど」  
 
それが何か、と言わんばかりの疑問符を顔に浮かべていた。  
 
「私の推理を言います。恐らく、春子さんが鞄に入れたプレゼントは、自宅か会社かは分かりませんが、一度荷を解かれていた。  
 そして、中身を摩り替えた。いえ、向こうには梱包材の予備があるでしょう?   
 こちらで春子さんが摩り替えた様に、向こうで擦りかえられたのかも。目印を同じ場所に記名して――」  
「誰が?」  
「香山さん――は違いますよね」  
 
その憔悴振りは、明らかに浮気が知られていた事に気付いていない様にしか見えない。  
ぶんぶんと真理は首を横に振る。  
 
「それは私達が巻き込まれた事件を知っている愉快犯かも知れないし、或いは私達の中の一人かもしれない。でも――」  
 
それを知るにはあまりに情報不足だ。  
一同重い溜息を吐き出した。  
 
「どうする?」  
「一応警察に連絡して置きましょうか。何か遭ってからでは遅いですし」  
 
そうだな、と俊夫さんが首肯して電話の方に足を向けた。  
随分神経を磨耗した様で、僕の腹は空腹を主張し始めていた。  
それに気付いた真理は含み笑いをして、おじさんを呼んでくるわ、と一人キッチンの方に駆け出した。  
 
「春子、ワシは……ワシは……」  
「次は無いですよ」  
「……許してくれるんか?」  
 
春子さんは、にこりといつもの上品な笑みを湛えて、許しませんとにべもなく言い放った。  
土下座する香山さんを横目に僕は啓子さんの方に目を向ける。  
親友の二人が肩を撫でて、いたわり、慰めの言葉を掛けていた。  
これなら大丈夫だろう。  
後は紙切れがただの悪戯であれば、一件落着だ。  
……だが、事はそう上手くは行かなかった。  
俊夫さんが表情を変えて、走り寄るなり  
 
「電話が不通になっている!」  
 
瞬間思い出したのは、一年前のあの出来事。  
あの時も電話線は切られ、その後――厭な予感がする。  
きゃあああああ、と絹を裂いたような悲鳴が聞こえる。  
 
「真理ッ!」  
 
居ても立っても入られなく僕はキッチンへ飛び込んだ。  
そして、その悲惨な光景に一瞬目を疑った。  
 
「透、透――おじさんとおばさんが……」  
 
キッチンは一面血の海となり、液体にうつ伏せになる様、小林さん夫婦が床に沈んでいた。  
凶行を示す様に、自信作であったろう数々の料理は無惨な形で崩され、血の跡が壁のそこら中にこびり付いている。  
一体僕達の気付かぬ間に誰がこんな惨事をやってのけたと言うのだろう。  
崩れ落ちる真理を抱えながら、僕の頭は混迷を極めていた。  
呆然としている間に、お馴染みの鳩時計が十二時の鐘を鳴らし始める。  
おかしい、まだそんな遅い時刻じゃないはずなのに。  
そんな僕の疑問を問う間すらなく、居間の方から、物騒な物音と共に、  
香山さんが、  
春子さんが、  
啓子さんが、  
亜紀さんが、  
可奈子さんが、  
俊夫さんが、  
みどりさんが。  
絶叫を上げ、助けを求め、苦悶の声を上げ――やがて静寂に包まれた。  
いや、違う。  
足音が聞こえる。  
こちらに近寄ってくる、粘着質な足音が。  
血溜まりに肉片に靴裏を這わせたからに違いない。  
ぴちゃり、ねちゃり、と徐々に足音がキッチンへと近付いてくる。  
僕は真理を背に、来るべき相手を待ち構えた。  
やがて、キッチンの入り口の前でぴたりと靴音が静止した。  
僕は恐る恐る語尾を震わせながらも、近場にあるフライパンを手に取り、勇気を振り絞り問い放つ。  
 
「だ、誰だ!」  
「…………」  
 
ぬちゃり、と足音が再開された。  
そして、変質した異様な圧迫感を付随させながら、現れたその顔は――  
 
 
 
 
「いい加減にしろ、矢島ァァァッッッ!!!!!!!」  
 
眼前の刑事が僕の胸倉を掴みすごみにかかる。  
微睡んだ目で眺めると、強面の顔も茫洋な印象となり、失笑物だ。  
僕の薄笑いが余程気に食わなかったのだろう、そのまま床に突き倒された。  
両手首の拘束が邪魔してまともな受身を取れず、ダイレクトに肩に鈍い痛みが走る。  
乱暴な人だ。そして、難しい人だ、と思った。  
せっかく同じ様な供述じゃ退屈するかと思って、僕なりに面白い話を一献と気を遣ったのに。  
これって精神医学的には、作話という症状とみなされないかなあ、との企みもあったけれど。  
そう。  
今迄の話は全て僕の空想上の産物だ。  
登場人物は実在するが、一年前に僕の凶行によって殺害されたのだけど。  
犯人は美樹本ではなく、僕。  
丁度一年前のクリスマスに、真理から彼女の叔父の経営するペンション『シュプール』に誘われたのだ。  
大学生活に置いて、それなりに親しい間柄だったけれども、どうしても内に踏み込めない僕としては渡りに船だった。  
この好機を持って、深い仲になるんだと固く心に誓い、当日に臨んだ――臨んだ筈なのに。  
真理は美樹本という男にそそのかされた。  
あの時の衝撃的で悲劇的な光景は今も網膜に焼き付いて離れない。  
彼女は  
僕ではなく、あの男を部屋に連れ込み  
僕ではなく、あの男に体の全てを見せ  
僕ではなく、あの男と愛撫を交し合い  
僕ではなく、あの男の自身を受け入れ  
僕ではなく、あの男と共に絶頂に至る  
ピロートークでは、僕の苦心惨憺する様子を逐一披露しては、あげつらい笑いの種として盛り上がり、  
だから。  
それゆえに。  
目が覚めたら、全て夢だったらいいのになあ、と暢気な想像をして、欠伸をした。  
刑事の怒りは頂点に達し、僕の頬を幾度と打ちつける。  
鈍痛は僕を覚醒には至らしめない。  
格子越しに、あの日と同じ様な細雪が散らついているのが視界に入った。  
僕は誰に言うとも無しにこう呟いた。  
 
「メリークリスマス」  
 
 
END  
 

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