「一曲、披露するわ」
香山さんが上着を脱ぎ捨てるやいなや、自身のメタボリック・ボディを誇示せんばかりに、
物語上の狸の行動を裏書きするが如く、ぽおんと張りつめた太鼓腹を打ち鳴らす。
ぽん。ぽん。ぽん。
その体格からは想像も付かぬ程機敏な動作で、実にリズム良く小気味良い音が重ねられる。
いつしか僕は月並みではあるが、十五夜のどこぞと知れぬ山の風景を思い浮かべる。
生まれも育ちも都会である僕が持ち合わせる筈の無い、田舎への憧憬、郷愁感が生じ、心の琴線に触れるのだ。
香山さんはただ、腹を震わせているだけでは無い。僕達の心までも震わせるのだ。
静謐な感動に身を湛えている所に、春子さんが赤茶の盆に自慢の載せて登場だ。
色取り取りの山菜や魚が、目を楽しませ、仄かに香る食欲を誘う匂いが、鼻を擽る。
春子さんの手料理に下鼓を打ちながら、僕と真理は香山さんの腹鼓による演奏に陶酔していた。
真理がかくん、と僕の肩に首を傾けた。あまりの心地良さからからだろう、目を閉じ、小さな寝息を立て始めた。
時を置かず、太鼓の音に連動し徐々に、僕の目蓋も重くなって来た。
意識が緩やかにフェイドアウトしていく。
完全に眠りに落ちる前に、香山さんが――そろそろ効いてきた頃やな、と呟いた様な気がした。